キューピッドに私はなる
あ、ここは乙女ゲームの世界だ。
そう気づいたのは高校の入学式。校門を潜った瞬間、何かがはじけたように身に覚えのないはずの記憶が頭の中にあふれてきたのだ。
それは所謂前世の記憶っていう奴で、ついでに私はこのゲームをフルコンプするまでやりこんだことも思い出した。だけど、生憎と前世の名前だとかどういう見た目だったとか、どんなふうに死んだとかは思い出せない。まあ、死んだ時のことなんて思い出せないほうがいいけどね。
それにしても、ここが本当に乙女ゲームの世界ならあの子もきっといるはず。ゲームの中で一番好きなあの子。
校長の長々とした話を右から左へ流しつつ、生徒たちをこっそり見回した。
しかし、攻略対象と思しきイケメンは何名は発見したものの、目的の人物ではない。私が会いたいのは彼らではなくヒロインなのだ。
私は乙女ゲームをプレイする時はヒロインと自分を重ねるのではなく、一人のキャラクターとして見ながらプレイしていた。
その為、攻略対象よりもヒロインの方に思い入れが深くなり、特にこのゲームのヒロインは数ある乙女ゲームの中でも一番好感が持てた子なのだ。
ぶっちゃけ攻略対象などどうでもいい。ヒロインと会いたい。あわよくばお友達になりたい。
が、その願いもむなしく彼女を見つけることはできなかった。
一体どうすれば…あ、そういえばこの式が終わった後ヒロインと攻略対象が接触するイベントがあったはずだ。
そのイベントが発生する場所に行けばヒロインにも会えるはず!
なんてことをつらつら考えているうちに校長の話も終わり、式は終了した。
それから教室に戻り先生からいろいろと説明を受けた後解散となって、私は帰宅するか友人同士で集まる学友たちの間をすり抜け目的地に向かう。
目指すは中庭にある大きな桜の木だ。
ヒロインはそこでキーホルダーを拾うのだが、それは攻略対象、それもメインヒーローの落し物でそこから接点が生まれるのだ。
私は校舎の影からじっと桜を観察する。
やがて一人の少女が桜に近づいていく。
おお、あの子か!と身を乗り出したものの、何かがおかしい。
ヒロインの髪形は確かボブだったはずだが、彼女は腰まであるストレートヘアである。
おかしい、私の記憶違い?
そう混乱しているうちに、その子はキョロキョロとあたりを見回したかと思うと急にしゃがみこみ、何かを掴んだ。
するとそこへまるでタイミングを計ったかのように一人の少年がやってくる。
「あ、それ俺の」
それはゲームでメインヒーローがヒロインへの第一声だ。
「え?ああ、これのこと?」
そう返す彼女のセリフも記憶のものと一致。どうやら彼女がヒロインで間違いないようだ。
しかし、どうしても記憶の中のヒロインとそこにいる彼女とが重ならない。彼女の見た目以外は全く同じなのに。
その後少し会話を交わした二人はその場で別れる。それもまたゲームの展開そのままだ。
しばらく呆然としていた私だが、いつまでもそこにいてもしょうがないので帰路につく。
そして彼女の正体を知ったのはそれから数か月後のことだった。
あれ以来、彼女は次々とイベントをこなしていった。それも見ていて圧巻するほどの手際のよさで。
ある時はスランプに陥っている美術部員の相談に乗り、ある時は幼少時のトラウマに苦しんでいる教師を助け、ある時は家庭に問題を抱えたクラスメイトに助言をする。
その優しさを持ってイケメンたちの次々に陥落させる姿はまさに乙女ゲームのヒロイン。
しかし、私は知っている。彼女がヒロインではないということを。
「あ、華ノ宮さんだ」
昼休み。
屋上にて昼食をとっていた私は友達の言葉に目線を校庭に移す。
そこには美少女が数人のイケメンをはべらせ、華やかな時間を過ごしていた。
「華ノ宮さんって本当にモテるよね」
友達の感心したような声に私は「そうだね」と適当に相槌を打つ。
正直、見ていて面白くない。
何故なら本来ならあそこにいるべきは彼女ではなく私の隣にいる友達だからだ。
友達の名前は森下沙世。このゲームの本来のヒロインである。
それに対してイケメンたちに囲まれている少女の名前は華ノ宮月雫。容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能、その上性格までいいと学校中で話題になっている彼女は、恐らくだが私と同じ転生者だろう。
でなければあそこまで効率的良くイベントをこなせるわけがない。相当やりこんでいたとみえる。
ゲームには逆ハーレムエンドこそないものの、同時攻略は可能でありそれによって起きるイベントもあるので私も良くやった。
特に攻略対象全員の好感度を上げるとそれはもう砂糖の上に蜂蜜とチョコレートソースをぶっかけたかのような甘い甘い展開になる。
彼女もきっとそれを狙っているのだろう。
その気持ちはわかる。私もあのルートは大好きで何度もニヤニヤしながらプレイしたものだ。
しかし、しかしだ。
単にイベントを乗っ取り、沙世のヒロインの立場を奪っただけの華ノ宮さんが我が物顔でそのポジションに収まっているなんて納得がいかない。
そんな人がヒロインなんて私は認めない。
そんなことを考えていたらいつの間にか顔に出ていたらしく、沙世が心配そうに「どうしたの?」と聞いてきた。
「え、いや、なんでもないよ」
「でも、なんだかイライラしてたみたいだけど」
「いやいやいや、気のせいだって!」
あわててにっこりと笑うと、沙世はそれ以上追及せず、「何かあったら言ってね?」と言ってくれた。
沙世マジヒロイン。
「あ、橘君だ」
沙世の言葉に視線を動かせばゲームのメインヒーローが歩いていた。それを華ノ宮さんが目ざとく見つけ呼び止める。
相変わらずだなと内心ため息を吐きつつ、そんなことよりもさっさとお弁当を食べてしまおうとしたが、沙世はじっと校庭に目を向けたまま動かない。
不審に思って視線の先を追えば、橘君がいる。
「沙世?」
「え?あ、何!?」
「いや、固まって動かないから」
「あ、ごめんね。なんでもないよ!」
そういいつつも彼女の顔は若干赤い。
これはもしや…いや、もしかしなくとも…
「…沙世ってもしかして、橘君のこと好きなの?」
私の言葉に、沙世は顔を赤くし言葉を詰まらせてしまった。どう見てもビンゴである。
「ちょっと前にね、先生から言われて教材を運んでたんだけど、ちょうどそこに橘君が来て、代わりに持ってくれたの。それから、なんか気になっちゃって…」
「へえ、そうなんだ」
そんなイベントはなかったはずだが、よく考えれば普通に学校生活を送っているなら廊下ですれ違うことぐらいあるだろうし、ちょっとした接触から仲良くなることもありえるのだ。
この世界はゲームの世界でも、ゲームそのものではない。私たちは血の通った人間でここは間違いなく現実なのだから。
華ノ宮さんと橘君を寂しげに見つめる沙世を見て、私は彼女の恋を応援しようと決意した。
「里香、一体どこに行くの?」
「いいから、ついて来ればわかるよ」
戸惑う沙世を連れて、私はある場所に向かった。
学校から最寄りの駅前にあるショッピングモール。中にはゲームセンターや映画館などがあり、私たち学生の間では遊び場としてはもちろんデートでもよく利用される。
私は2階にある店舗に沙世を連れてきた。
「え?ペットショップ?」
どうしてこんなところに?と問いかける沙世をいいからいいからと中に急かす。
疑問符ばかり浮かべる沙世だったが店の中にいた人物を見つけると顔を赤くした。
「え!?どうして橘君がここに!?」
「ああ、橘君、最近犬を飼い始めたんだって。それでちょくちょくこのお店に来てるみたい」
この情報の仕入先は前世からだ。
このイベントはオマケというか、やりこみ要素のようなもので、攻略対象の意外な一面や何気ない会話を楽しむ為のもの。
好感度の変動はないし、フラグもない。スチルもないが、会話はランダムで種類もそれなりあるためユーザーには結構好評だった。
そして逆ハーレムを目指すなら、このイベントの回収を諦めなければいけない。
ここなら華ノ宮さんの存在を気にせず橘君と接触できると踏んだのだ。
「ほら、話しかけてきなよ。沙世も犬飼ってるし、きっと会話も弾むって」
「で、でも…」
「華ノ宮さんのことは気になるかもしれないけど、二人はまだ付き合ってるわけじゃないし、沙世にもチャンスあるよ!何もしないなんてきっと後悔する!」
「里香…」
私の言葉に沙世は悩みの表情を浮かべる。私は何も言わずに彼女の答えを待った。
しばらくしてようやく、沙世は口を開いた。
「うん、そうだね。…私、がんばってみる」
先ほどまでとは違い、沙世の顔は明るい。
そして意を決して橘君に声をかけるのを見守り、私はそっとその場を離れた。
それからというもの、沙世と橘君が一緒にいるのを何度か見た。どうやらうまくいっているらしい。
「里香のおかげだよ」と沙世は言うが、しかし実際に勇気を出して行動を起こしたのは沙世なので、やっぱり沙世の頑張りによるものだと私は思う。
このままうまくいってほしいと切に願うも、そうはなかなかうまくいかないようだ。
「うわ、相変わらず…」
廊下の窓から見えた光景に思わず口をつく。
「え?何が?…ああ」
私の言葉に反応して隣にいた窓を見た等々力君は納得したように苦笑した。
そこには女子二人に男子一人がいた。言わずもがな沙世と橘君、そして華ノ宮さんだ。
最近、沙世が橘君と一緒にいると華ノ宮さんが目敏くやってきて邪魔をしてくる。
どうやらイベントを回収していないにも関わらず二人の仲がいいことに疑念を抱いているらしい。
橘君が本気で好きというわけでもないだろうに、ご苦労なことだ。そこまでして逆ハーレムを築きたいのか。
私もゲーム内では楽しんでいたが、ああいうのはフィクションの中だから許されるのに。それとも彼女は自分が生きているこの世界をゲームだと思っているのか。
私が眉を潜めていると等々力君はおどけたように「橘はモテモテだなぁ」と呟いた。
それに私は「別に華ノ宮さんは橘君が好きってわけじゃないと思うけど」と返す。我ながらかなり刺々しい。
しかし等々力君は私の発言に気を悪くした風でもなく「そりゃそうだ」と同意を示した。
「知ってるか?来週の文化祭、華ノ宮さんはいろんな人から一緒に回ろうって誘われてるけど、顔の良い奴はみんなOK出してるんだって」
「…まあ、ね」
やっぱりそんなことをしているのかとため息が出る。
文化祭は重要なイベントだ。なんていったって、ここでルートが確定するのだ。
話によると攻略対象のほとんどが華ノ宮さんと約束を取り付けているらしい。
唯一、橘君だけが誘っていない。だからこそ彼女も焦って露骨な行動に出ているのだろう。
ここはなんとか沙世に頑張ってもらいたいところだ。
「ところでさ、山田…」
「ん?」
等々力君を見れば、彼はどこか落ち着きのないそわそわとした様子で私を見つめる。それで口を開いて何かを言いかけるが、結局はそのまま閉ざしてしまう。
どうかしたのかと見つめていると、彼は顔を俯けて「いや、なんでもない」と言って行ってしまった。
一体どうしたんだろう?
少女は目の前の光景に歯ぎしりをした。
「どうして…一体何で…!!」
そこにはゲームの攻略対象でありメインヒーローでもある橘と元ヒロインの森下沙世が仲睦まじく下校しているではないか。
彼女は混乱する。
一体どうなっているのか。彼のイベントは全てこなしたはずだ。ステータスも十分高い。それなのにどうして彼の隣に自分ではなく彼女がいるのか。
ゲームの逆ハーレムイベントは攻略対象全員に文化祭へ誘われないと起きない。
橘以外の攻略対象からはすでに約束を取り付けてある。あとは彼だけ。しかし、彼はいつまでたっても誘いに来ない。それどころか、最近は自分のことを避けている節がある。
それでも文化祭前日の放課後になってギリギリで誘われることもあるので、もしかしたらと望みを託したが、結果がご覧の様だ。
何がいけなかったのか。何が悪かったのか。
自分にはミスなどなかった。完璧だった。それなら、恐らくは。
「きっと…あの女のせいだわ…」
そうだ。あの女。ヒロインだった女。
あの女さえいなければ…
「何をやっているんですか、華ノ宮さん」
突如かけられた声に、彼女の体は強張った。
念のため、後をつけていて正解だった。
誰もいない教室で二人を睨みつける華ノ宮さんをみて、私は自画自賛した。
「…誰?」
「隣のクラスの山田里香です。それより、すごく怖い顔で二人のことを睨んでいましたけど。そんな顔をしてるところを他の人が見たらびっくりしちゃうでしょうね」
私の言葉に華ノ宮さんの顔が歪む。
それは周囲の人間が言うような聖女とは程遠い醜悪なものだった。
「煩いわね、さっさとどっかに行って」
「言っておきますけど、沙世たちに何かしたら許しませんよ」
「何なのよアンタ、さっきから。名前もないモブのくせにっ!」
ああ、やっぱり。思った通りこの人はこの世界をゲームだと思っているらしい。
「…華ノ宮さん、何を勘違いしてるか知りませんけど、ここは現実です。そうやってゲームだと思い込んでいるといつか痛い目に遭いますから。」
「はぁ!?何言ってんのよ」
「現に橘君はイベントをこなしただけの貴方ではなく沙世を選んだじゃないですか」
「なっ…アンタ、まさか」
自分と同じ転生者だと気付いたらしい華ノ宮さんはぎりっと歯ぎしりをして、私に近づいてくる。
身の危険を感じ逃げようとしたが、身をひるがえす前に手を掴まれてしまう。
「そうか、アンタね。アンタのせいで橘君はあの女になびいたのね!!」
「…違いますけど」
私はただ二人が接触する機会を与えただけだ。
そこから努力を重ねたのは沙世だし、沙世を選んだのは橘君だ。
もし、彼のことを本気で好きだというならイベントだけに頼らず、自分の力で彼を振り向かせる努力をすればいい。
まあ、ただちやほやされたいだけ、他の男にも色目を使っている彼女には無理だと思うが。
「アンタさえ、アンタさえいなければ私はお姫様になれたのに!」
そういって腕を振り上げる華ノ宮さん。
思わず目をつぶる私だが、その瞬間ガラッと扉が開いた。
「流石に暴力はまずいですよ、華ノ宮さん」
そこにいたのは等々力君だった。その表情は普段の彼からは想像もできないほど険しい。
「…アンタ、私を嵌めたわね!!」
華ノ宮さんは私を睨みつける。
等々力君はそんな華ノ宮さんから私を引き離し、私を守るように私の前に立った。
「別に言いふらしたりしないので安心してください。そのかわり、もう今後一切こいつに関わらないでください。あと、橘と森下さんにも」
華ノ宮さんはギッと私たちをしばらく睨みつけたが、大きく舌打ちしてそのまま出て行ってしまう。
ため息をつくとともに体の力も抜ける。どうやら自覚していなかっただけで相当緊張してたらしい。
「等々力君、ありがとう」
「いや…それより勝手に約束を取り付けちゃったけど、あれでよかったかな?」
「うん。私ももうあの二人の邪魔に入らないならそれでいいから」
それにしても等々力君が来てくれなかったらどうなっていたか…
「あ、そういえば、等々力君はどうしてここにいるの?」
もうクラスのみんなは帰ってしまった。
橘君から誘われるのを期待して待っていた華ノ宮さんと、その華ノ宮さんを監視していた私とは違い等々力君が残っている理由とはなんだろう。
私の言葉に等々力君は、「あー」だとか「うー」だとか呻いて私から顔を逸らしながら私を探していたと告げた。
「私を?」
「そう。いくら探しても見つかんないからもう帰ったのかと思って焦った」
でも見つかってよかったと彼は安心したような表情を浮かべる。
「えっと、私に何か用でもあったの?」
等々力君に問いかけると、彼はしばらく黙ってゆっくりと口を開く。
「その、一緒に文化祭をまわらないかって誘おうと思って」
「文化祭?」
「あ、いや、もう他の奴と約束してるならいいんだ!友達とまわるつもりならそれで!」
「ううん、大丈夫だけど」
「え?ほ、本当か!?」
「うん」
「そ、そっか!」
そういって笑う彼は本当に嬉しそうで、私はなんだか落ち着かない気持ちになる。
彼といると時々こんな気持ちになることがある。
これってやっぱり恋なのかな?
今はまだ、ちょっとわからないけれど、もしそうなら、沙世にああ言った私が何もしないわけにはいかないよね。
私も頑張らないと。
最後のところををちょっと変えました




