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everyday   作者: 佐倉井勝
2/4

女遊び

――震災から、一一年後。




「あぁ~って、もう!どうして私たちがこんなことやんなきゃなんないのよ!」

「どうしてって…、罰なんじゃないのかな…」

何気ない、私の日常。

愛用の時計のうっさいアラームに叩き起こされ、通学路の途中で親友の山本春奈と出会い、おしゃべりが過ぎて気づけば校門の前でチャイムを聞く。いつもと同じ生徒指導課の厳つい先生に説教され、同じタイミングで頭を下げる私たち。始業式早々に遅刻したため、放課後に呼び出されて罰がもれなくついてくる。

「第一、麻衣が悪いんじゃない!駅前のパフェ早く食べたい~って悶絶してるから遅刻したのよ!」

「春奈だって、見知らない男子高校生に一目惚れした~とか、恋愛の話に夢中になってたじゃない!」

今回に課せられた罰は、先生の書類整理の手伝い。先生が席を外してからというと、親友はこの調子。止まらない文句と理不尽な責任転嫁のオンパレード。開口一番ですでに口論になってしまうが、最後はお互いに笑ってた。笑い声をタイミングよく帰ってきた先生に聞かれて、ゲンコツを頂戴する。涙目になって先生を睨む私たち、再び説教が始まる。

「いったぁ~!頭割れるかと思った!」

「春奈が余計なことばっかり言ってるからじゃない」

なんだって~!とまた同じこと繰返し。このままではエンドレス無限ループなので、今回は私が引いた。そんな私を見て勝ち誇る春奈。キレる私。結局、繰返し。

私はこんな日常が大好きだった。

「もう終わんないよ!さっさと終わらせよ!喧嘩はナシ!」

「そ、そうだね…。もうあのゲンコツには耐えられない」

ようやく堪忍して黙々と作業に打ち込み始めた。それでもブツブツと不満を漏らしていたが、私も聞き流すことにした。

しばらくしてあまりの書類の多さに片付けても片付けても減らないとうなだれてきた頃、特に意図はなく外の景色を眺めた。青く澄んだ空の下には、桜に彩られた私たちの町が見渡せる。とりたてて目立つものはない町並みだ。

よく寄り道するショッピングモール。県外に遊びにいく時はいつも利用する駅、面白い人ばかりの商店街、小さい頃によく遊んだ公園、そして私が暮らす市営アパート。これといって突出した取り柄もなく、「この町のいいところをアピールしろ」と言われれば困ってしまうような変哲のない町。最近はその特徴の無さが影響してか、北陸の地ということもあって若干過疎化が問題視されている。

実はどちらも違っていて、もっと大きな理由で人が離れていくのかも知れないが、難しいことは私には分からない。

それでも、私はこの町が大好きだ。目立つものがない、観光業は発達しないと色々言われているが、その普通が私にはいい。なんだか安心する。

――この町にではないが、目の前になら目立つものがないわけではない。木々が生い茂り、季節ごとに異なった姿を町の人々に届け、誇り高く聳え立つその孤高に有無を言わせない威圧感がある。標高千メートル以上の山々が連なる大山脈《凰上山脈》だ。

かつては町と太平洋を分断する壁と呼ばれ、お陰で私たちは海との関わりが薄い。邪魔物扱いする町民すら過去には存在したそうだが、今となってはそんなことをいう者はいないだろう。

一一年前に北陸を襲った自然の猛威から、私たちを守り抜いてくれた。あの山脈がなければ町は壊滅していた――と語る人は多い。一件以降、凰上山脈は町を守った守護神として称えられ、その風潮は現在でも残っている。

…私からすれば、町を守ったか何だか知らないが、当時私はまだ三歳のことだったのでまったく覚えていなし、夏の風物詩である海水浴の障害物でしかなかった。

そもそもあの山脈の向こう側は海水浴など呑気に遊べる状況下ではなく、一一年という月日が流れた今でも傷跡が点在している。昨年に山の向こう側に遊びにいったが、復興作業に励む業者さんをよく見かけた。まだ何も終わってないんだな~って、気楽なことを考えてた。

それでも、私の日常にそんな迷惑な風が吹いてくることはなかった。幼い頃は色んな経験をしたが、今となっては他人事に等しい。失ったものがあっても、苦しくもなければ悲しくもない。

何にも知らないし、過去を知りたいと思ったことすらない。ただ楽しければいい。女子中学生として普通に青春を謳歌したい。そう願っていた。

そんな最中だった。十四歳になっても甘え続けていた自分に、神は現実を突きつけようとしたのか――そんな人生最大の事件が、前触れ一つ用意されず、突然に起きた。

心身ともに疲れた…という感じでダラダラと作業を続けていた春奈が、突然「あっ!」と声を上げた。

「なに?どうしたの?」と春奈が手にする名簿を覗きこむ。震える手で指さすところは、私の名前「永田麻衣」の後ろ。

目を凝らさないと見えないほどの小さな文字で、何か書かれてある。私は一文字ずつ声にして読み上げた。

「えっと…ケツ…エン…シャ…ナシ…?」

読み上げた直後は意味を理解できなかった。なので、復唱する。

「ケツエンシャナシ?」

はっと意味を正しく判断したとき、声が出なくなった。そう――《血縁者無し》。

聞き慣れない言葉、知りたくない事実、認めたくない現実。たった五つの文字に、心臓を貫かれる衝撃を受けた。

誰かに甘え続けて、誰かに頼りながら生きてきた私にとって、それは受け入れ難いものだった。

ただ、どうしていいのか分からずにオドオドする春奈と、頭の中が真っ白になったことは覚えてる。




午後六時になってようやく罰が終わった。めんどかった~!腹立つ~!と普段ならストレスを爆発させているはずなのだが、そんな状態ではない。そもそもあの事件以降、口から魂がどっかに飛んでいってしまったように挙動不審になって、作業なんて手につかなかった。春奈が代わりに私の分も頑張ってくれた。

部活も無断でサボってしまった。明日が怖いなぁ…とまるで他人事のようにぼんやりと考える。

帰路についても寄り道なんてせずに家まで帰る。寄り道しない一日なんて珍しいくらいだった。いつだって遊び心を忘れない私ですら、そんな気分にはとてもなれなかった。

春奈はそんな私を気づかってか、ギリギリまで一緒にいてくれたが、悪いからと別れた。一人になったと同時にとてつもない脱力感に襲われた。

重たい足を一歩ずつゆっくりと進めるなか、頭の中を真っ白にして余計なことを考えないように心がけていた。もしも何かを考えてしまったら、泣き虫の本領を発揮してしまいそうだったからだ。

夕焼けで伸びる影に視線を落とす。気づけば自宅のあるアパートに着いていた。

重たい足と重たい気分のまま階段を登り、自宅の玄関の前で立ち止まった。

どんな顔をすればいいのか、問いつめるべきなのか、知らん顔して今までの日々を守るべきか。色んな不安が脳裏を駆け巡った。

おそるおそるドアノブを握る。金属製のそれが妙に冷たく感じられた。

思いきってドアノブをひねった。…が、鍵が掛かっていて開かなかった。

ほっと安堵のため息が漏れる。まだ帰ってきていないようだ。

普段ならムッとなるところだが、今日だけは安堵した。玄関を明け、革靴を脱ぐと自室に直行して制服のままベッドに飛び込む。

このまま寝てしまいたかったが、頭の中がぐちゃぐちゃで全然眠れなかった。

今日の出来事が夢のようで、また夢であって欲しいと願う。現実味がなくて、でも頬をつねったとしても当然に痛かった。

…私…他人と暮らしてきたんだ…。でも…そんなこと…ない…はず…。

涙腺が緩い私の瞳には、布団を被って今にも溢れようとしている涙を必死に堪えた。

私…ひとりぼっちなのかな…。ねぇ、早く帰ってきてよ…。そんなことないって、私を安心させてよ…。

家族との思い出が閉じた視界の奥に写る。全部が全部楽しかった。かけがえのないものだった。それが嘘だったなんて、信じたくない。

「私は他人の子なの?」って一秒でも早く聞いて、一秒でも早く「そうじゃない」って否定して欲しい。でも、まだ帰ってこない。待っても待っても帰ってこない。私、捨てられたんじゃ…なんて混乱も発生する。

悲壮感と焦燥感でとうとう涙を堪えられなくなり、嗚咽が止まらない。ナマケモノの私は泣き疲れたのか、知らず知らずのうちに暗転していた。




私には俊樹っていう兄がいる。大嫌いだけど、たった一人の家族。

両親は十二年前の震災で亡くなった。当時はまだ物心がついていない三歳で、両親のことはほとんど覚えていない。だから、三つ上の兄が親代わりだった。

兄と歩んできた私。孤児院で暮らしていたときも、ずっと兄にべったりだった。被災孤児と言われいじめられたときも、兄が優しく慰めてくれた。心が晴れなかった授業参観にも、兄は中学校を脱げ出してまで駆けつけてくれた。野球のユニフォーム姿の兄を見るたびに、心が踊った。中学に上がるとき、あることでケンカをしていて、軽い絶縁状態が続いている。今となってはカッコいいと思えた過去の私が信じられないが、それでも兄と歩んできた日々は大切なものだった。

たった一人の家族という存在は大きく、心の拠り所といっても過言ではない。どんなことがあっても、最後はお兄ちゃんが助けてくれる――それが私の心の支えだったのかも知れない。

なのに…他人なんて…。お兄ちゃんなんて好きじゃない!でも、他人なんて…信じたくない…。お兄ちゃん…お兄ちゃん…!




涙で充血した瞳を開けてみる。現実と幻想が曖昧になって、これも夢であればいいと願うが、現実はそんなに甘くない。

玄関を閉める音、兄が帰ってきたようだ。背筋を悪寒が走る。他人が帰ってきた!――なんてバカなことを考えていた。

ベッドから飛び起きると、自室の扉をドンと開ける。廊下に走ると、靴を脱ぎかけている兄を見つけた。

「…どうした?新しい遊びか?」

びっくりしている兄と、変に息が切れる私。今だ!さぁ、聞いてしまえ――!

「お、お兄ちゃん!……あのね……、あのね!」

「おっ、久しぶりだな。お前が俺にお願い事するって。こんなときに聞くのもアレだからさ、飯食いながら話さないか?」

「え…、あ、そうだね…」

長身の兄が私の頭にぽんっと手を置いて、リビングに入ってしまった。呆然と立ち尽くす私が廊下に取り残される。

流された!と気づいた時には、既に絶好の機会を逃していた。さっきの焦燥感はどこへやら、今となっては質問一つ出来ない情けない自分に腹がたつ。

再び自室に戻って、ベッドに潜る。悶える。枕を投げる!枕を殴って怒りをぶちまける。

「はぁはぁ………、私…何してんだろ…」

小一時間散々暴れまくった後、ようやく荒れ狂う乱心を鎮めることができた。

単純に疲れた。空腹でお腹が鳴る。怒っていた理由もいつの間にか忘れてしまっていた。

「おなかへった…」ととぼとぼリビングに入ると、兄が夕食を調理している最中だった。リビング全体に締め付ける空腹感を倍増させるいい臭いが漂っている。

「もうちょっとだけ、待っててくれよ。すぐ出来るからな」

「うん…」とここは大人しく頷いておく。テレビをつけながら横目で料理の腕を振るう兄を見た。

今時料理のできる男子高校生がどこにいるだろうか。早朝から二人分の朝食と弁当、夜は夕食を毎日作り、家計を切り盛りして、家事全般を完璧にこなす高校生など兄しかいないだろう。本来母親の役目である家業を、兄は通学しながら負担している。しかも平然と、だ。

…さすがの私も手伝わなければと思う…というか肩身が狭くなるので手伝いたいが、我ながら不器用だし、おっちょこちょいだし、かえって迷惑になる場合がある。だからこうして黙ってテレビを見てる方が兄からしたら楽であったりするので、それを直接口にされたことはないが、何となく自覚してる。…ムカつくけど。

器用にフライパンを駆使し、手際よく大皿に盛り付けていく姿は料理人さながらである。不意に釘付けにされている自分を自覚して、慌てて視線を反らした。

それに気づいてニヤつく兄。ムカついてそっぽを向く私。いつものパターンだ。

ここまでの話を聞いて察しがつくと思うが、てゆーか悔しいが、認めたくないが、あり得ないが、兄は完璧だ。

この上ない整った顔立ち――イケメン。はっきり言って、兄よりカッコいい男子を見たことがない。

真っ黒な髪と同じ真っ黒な双眸。見つめられただけで吸い込まれてしまいそうな儚い瞳。男の子なのに潤った唇。笑顔になるとエクボのできる頬。文句なしの美少年だ。でもって、すらっとした長身で、昔は野球をやってたから筋肉質な体を持ってる。その胸板に顔を埋めたなら、どんなに幸せなんだろう――って妹の私でも妄想してしまう。

おまけに県内トップの進学校に通っていて、そこの首席。生徒会長まで務めているときた。そりゃモテないわけないだろと文句を言いたくなる。

バレンタインデーなんかにはもう大変で、学生カバンをチョコいっぱいにして帰ってくる。中には妹である私を経由してチョコを渡そうとするバカタレもいるので、いい迷惑もこりごりだ。

友達には羨まれるし、学力でも兄と比較されるし、不満を並べたらきりがない。…情けない話だが、さっきみたいに時々妹である私が兄に見入ってしまう時がある。ボーッとしてたら兄をじっと見つめてたとか、顔に熱がこもってたりとか。とうとう兄妹という絶対的障害ですら貫いてくるのか。

それなのに、私ときたら…。繰り返すが、兄は完璧だ。なのに妹の私は、ダメダメ。同級生の友達より頭一つ分小さいし、色あせた黄色のリボンのツインテール童顔のちんちくりんだし、色んな人にカワイイって言ってもらうけど絶対ウソだし。バカだし、頭の回転遅いし、テストでは赤点取るし。ひとりぼっちはイヤだし、寂しがり屋だし、一人では何もできないし、いつまでもうじうじするし、泣き虫だし。愚妹とは私のことを指すのだろう。神様は私のいいところをぜーんぶ兄に持っていってしまったのか。どうしてここまで似てないのか、共通点がまるで無いのか――

「あっ!」と思わず声を上げてしまった。今日の出来事を思い出した。《血縁者なし》という言葉。もしも、私たちが本当の兄妹じゃないとしたら説明がつくんじゃ――

「どうしたんだよ、いきなり…。お待たせ、飯できたぞ」

「え、あ…うん」

固い動作で席に座る。テーブルにはホカホカのご飯と野菜炒め、肉じゃが、豆腐の味噌汁が美味しそうに湯気を立てている。沸き起こった疑問が一瞬で遥か彼方に飛んで――いきそうになった。この年でごはんに夢中になるなんて私はバカか――紛れもなくバカなのか。

「いただきます…て言えよ!」

「うるさいなぁ~、言わないから!」

箸を手に取ってさぁ食べよう「いただきます」

「結局言うのかよ!バカだな…」

「ムカ!これは無意識なの!」

いちいち癪に障る兄だ。いただきますを言おうが言わまいが私の勝手でしょ!言わなかったら世界が滅びるのかー!……なんて言ったら頑固親父さながらの説教が始まるのでやめておく。

気を取り直して、野菜炒めを一口頬張る。

「美味しい…」

「そう言ってもらえると嬉しいよ」

今だけはニヤつく兄も心を許してやる。こんなに美味しい野菜炒めがあるのか。何度食べてもそう思う。兄の腕は確かだな~ムカつく~でも美味しい――じゃなくて!

「――お兄ちゃん!」

「はいっ!」

「すばらしい返事だね…」

怖い…けど、聞かずにはいられない。小さな覚悟を決めて、疑問をぶつけた。

「その…えっと…」

歯切れの悪くて、なかなか話を持ち出せない。「何だよ」と目の前の兄が眉を寄せる。

だって、そう簡単に質問できる内容じゃない。小さな覚悟では到底無理で、ただモジモジするしかなかった。

すると兄は「まさか!」と声を荒げる。腕を組み始める兄と、なになに!?と後退りする私。そして、兄の口から出てきた言葉は――

「もしかして!男か!男ができたのか!?俺は許さん!俺は許さんぞぉ~!!」

ブチッ!と漫画さながら血管が切れる音がした。ふか~く悩んでた私がバカでした!ドンとテーブルを叩いて一言。

「私たちって、本当の兄妹じゃないの!?」

「へ?兄妹に決まってんじゃん」

……即答!?三秒ほど時間が止まった気がする。

まさしくクエスチョンな表情で私を見つめ、尚も箸が止まってない。気づけば野菜炒めが半分以上消滅してて、恨めしい眼光で兄を睨む。食べ物の恨みは恐ろしいんだぞ!――本題は食べ物じゃなくて!

「どうしてそんなことを聞くんだ?」

いまだにキョトンとした顔だ。どう見ても、嘘をついているようには見えない。

今日の出来事を兄に話してもよいのか、一瞬躊躇したが、本人がこう言ってるんだし話すことにした。

「もう使ってない教師用の名簿、私の名前の隣に"血縁者なし"って書いてあったんだ…」

こんな偶然、こんな書き間違いがあるのだろうか。

「そんなもん先生のミスだろ。人間誰だってミスはするもんだよ」

兄はあっさりと否定した。そうはっきりと断言されてしまっては、もう追求の余地はない。一抹の不安も吹っ飛んでいった。

それでももう一度だけ「本当だよね」と上目遣いで聞いてみる。「お前は俺の妹だよ」と返答がきた。もう聞かない、納得した。あれは先生のミスだ。

ふぅと一息して、さぁ夕飯の続きだ――ってない!私の野菜炒めがない。そんな私を尻目に、最後のお肉を口にほおりこむ。

「あぁ~~!!!私の野菜炒めぇぇ~…!」

「っておい!泣くなよ!飯ぐらいで泣くなよ!分かった!もう一度作ってやるから!」

中学二年にもなって、食べ物で号泣する私って…。兄の料理が美味すぎるから悪いんだ!と抗議の視線を送るが、すでに調理に取りかかっていた。

ぼんやりとその大きな背中を眺める。妹が泣いていれば、何でも助けてくれる兄。家事一つ担えない私に一言も咎めない兄。からかってくるけど、優しい兄。悪く言えばシスコンだが、こんなに妹思いな兄がいるだろうか。私も痛いほど自覚している。

だから周囲の女子からしてみれば、超イケメンで妹思いの兄を持つ私が羨ましいわけで、妬まれるわけだ。

しかし、私は羨まれるしような気持ちになったことは、中学生になってから一度もない。そもそも私は――

「そうだ。明日さぁ、俺帰り遅くなるから。冷蔵庫に作りおきしとくから、チンして食ってくれよ。俺は女の子たちとデートだから」

兄が大っっっ嫌いだ!

「いや~、どの娘も俺を離してくれなくてね~。ごめんな、麻衣」

私の名を呼ぶな!自分のイケた面で散々女子を魅了して、連夜と女遊びに浸る。どんな女子であろうと手を出しまくり、なのに向こうから誘ってくると豪語する。これのどこがカッコいいのか。女遊びでニヤつく兄を見てると、虫酸が走る!

顔がパーフェクトなのは認めよう。そこだけは私も同意だ。ある程度の優しさがあることも認めよう。私はそれで生きている。――しかし!女子のこととなると、こいつはクズだ!鬼畜だ!変態だ!一人の女子と真っ直ぐ恋をする純愛なら文句は言わない。妹として誇れる。なのに、兄は女子をとっかえひっかえしてるから、同じ女子として許せん!実際に現場を目撃したわけではないが、兄の豪語ぶりからきっと私の予想と相違ないのだろう。この男は乙女の純情を持て余してるんだ!

「はい、おまたせ」

さっきと変わらずじつに美味しそうだが、食欲は若干落ちていた。

チラッと兄を見るが、平然と肉じゃがに箸を進めている。男の風上にもおけない兄だ。

以前の兄は、こんなんじゃなかった。純粋に私もカッコいいと思えた。

どんなときも完璧で、どんなときも私のことを考えていてくれた。他人の気持ちを何より重んじる優しい性格で、誰からも信頼を寄せられていた。

転機は兄が中学から高校へ、私が小学から中学に進学するときだった。私たちの孤児院が資金難に陥っていて、それを知った兄は少しでも負担を軽減するために、高校進学と同時に一人立ちする決意をした。なんでも、両親が残してくれた貯金があってお金には困らないということだった。それでも、孤児院の保母さんと残される私は必死に止めた。一度決意したことは曲げない兄だ。説得は無駄だった。

兄は私を置いていくと言った。私は狂ったように怒った。そこで施設長は私を連れていくことを条件にした。兄はダメだと頑なに拒んだが、私は譲らなかった。そして、私が勝った。そうまでしても一緒に暮らしたいと一心に思える魅力が、当時の兄にはあったのだ。

しかし、高校入学とともに兄は変わってしまった。兄は大好きだったはずの野球をやめてしまったときは、家が壊れる勢いで大喧嘩した。髪が逆立つほど怒ったね。「どうしてやめるんだ」と、そうしたら兄はこう答えた。「野球なんてむさ苦しいもん辞めてさぁ、女の子と遊びたいんだよ。青春を楽しんでやるぜ」だって。兄最高から兄最低に堕ちるには十分過ぎる理由だった。

私は兄の野球のユニフォーム姿が大好きだった。何度も応援に行ったし、その度に声を枯らした。甲子園常連の強豪校の付属中学に通ってたから、そのままエスカレート式に進学するんだと思ってた。中学時代に学生選抜にも選ばれる将来が有望されていた捕手だった。そんな兄の影響で、私はソフトボールを始めた。捕手の兄に投球を受けてもらいたいから投手になった。


――なのに、やめた。進学先もいつのまにか県内トップの進学校に変わってた。性格も女遊び第一の性格になった。私が大好きだった兄は、どこかに行ってしまった。

なら私は?大好きな兄についてきて私は?大好きな兄に憧れてソフトボールを始めた私は?ついてきた私がバカだった――としか言い様のない現実が悲しい。

…こんな古い話してたら、妙に腹が立ってきた。食べる速度を速め、箸をテーブルに叩きつける。コップのお茶がちょっとだけ飛び散ったことと、兄が驚いていた。その顔にもムカつく。

チッと舌打ちをして、お皿を台所に運び兄に背を向ける。今のイライラは簡単に抑えられるようなものではなかった。

「明日、頼むな」と声をかける兄をガン無視して、自室のベットに飛び込む。

枕を殴る、殴る。訳のわからないことを叫びながら殴る!もう我慢できない。何が?……知るか!

一日中悩んでた自分がバカだったんだ!そんなわけあるはずがないのに!そうですよムダな気力を使いましたよ!悪いか!天然バカは天然記念物なんだよ!

そもそも、名簿に書かれてあったことが本当だったらよかったんだ!あのときにも、ついてこなければ!一緒にいなくても別によかったのに!兄のことが大好きなままの私でいられたのに!お兄ちゃんなんて、大大大大嫌いっっ!てゆーか、もう――

「お兄ちゃんなんていらないっ!!」

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