土管の中に入ってみましょう
翌日、私たちは真実の泉の裏手に来ていた。
昨日ドームの受付の人が言っていた通り、本当に泉の裏手の空き地には人が普通に入れそうな大きさの入口が開いた緑色の土管が地面から生えている。
「……本当にこの中に入るんですか? 底がまったく見えないですけど……」
「奈落の底に通じている、と言われても違和感が無いな」
「本当だね~」
……でも、土管の底が見えないくらい深いってどうなのかな?
一応土管には梯子が付けられてるから入ることは簡単にできるけど……。
「ここに入るのはちょっと勇気がいるかも……」
下に何があるのか分からないし……。
「まあ、入るしかないですけどね。ルーチェさん、先に行ってください」
「ちょっと! もし下に魔物が居たらどうするの!?」
前衛でまともに戦えない私一人でしばらく持ちこたえろって言う気!?
「大丈夫だろ。そんな待ち伏せまずありえないからな」
「そんな不意打ちを狙ってくるくらいなら自発的に地上に上がってくると思うしね」
「それに、全員一緒に下りますし、誰が一番最初に下りても問題ないでしょう?」
「……まあ、そうだけど……」
……それに、どのみちこの先に行かないといけないから遅かれ早かれ入らなきゃいけないんだけど……。
誰からとか気にせず、行くしかないか。
「……ずいぶん深いね」
「そうですね。ところで、何か見えます? 私達には何も見えないですけど」
「ううん、まだ何も見えないよ、ジル」
土管の梯子を伝って下に下りているんだけど、どうやらかなり深い位置に入口があるみたい。
かなり時間が経ってるはずなのに、未だに底が見えない。
「……本来はこの梯子じゃなくて違う方法で降りるんじゃないのか?」
ルシファーが今の入り方は間違ってるんじゃないのかと言ってきた。
……確かに、何か他にもっと早く入れる方法がありそうだけど……。
「でも、一気に降りたらそれはそれで危ないよ? うっかり梯子を掴み損ねたら……」
「肉塊に変わりますね……」
「……そうだな。おそらくこの方法で間違っていないはずだ」
安全に入る方法を優先した方がいいよ。
……って、あれ? 梯子は?
足がつかないって事は、土管の終わり?
「どうしたんですか、ルーチェさん。突然止まったりして」
「梯子が途切れてる。ちょっと下の安全を確認するから、待ってて」
当然土管も梯子と一緒に途切れてるけど、もしこの下が奈落だったら大変だよ……。
と言っても、梯子を下りてるこの状態で松明なんか取りだせないし、仮に取れたとしても下に落とすことはできても床につけられない。
……というか、そもそも私松明なんか持ってないよね? 買った記憶もないし……。
魔術しかないかな? あのお爺さんみたいに貧弱な威力に調節したらたぶん大丈夫……だと思うし。
ファイアボールやファイアウォールじゃ燃え広がる可能性がある、サンダーボルトやシャイニングレインはすぐ消える……って、しばらく光が立ち上るホーリー・カノンしか使える魔術、無いよね。
「急に下が明るくなりましたね。ルーチェさん、何かしましたか?」
「下の様子を見ようとしたんだけど……どうやら、大丈夫みたい。梯子がもうすぐ途切れるから、途切れたらそこから下に降りて。地面は近いから大丈夫」
魔術で照らし出されたのはすぐ近くに見えている床だった。
……よかった。これなら安心して降りられるよ。
「ここが例のダンジョンですか……? どう見ても地下道にしか見えませんけど……」
無事に全員降りたところでジルが口を開いた。
私がさっき放った魔術の影響で明るくなっている空間は完全な一本道で、しかもちゃんとブロックのようなもので舗装されている。
ジルが言うとおり、ただの地下道にしか見えない。
「魔物の気配は……確かにするな。だが、確かにそんなに強そうな魔物の気配はない」
「むしろ復活が厄介とか言ってたしね~。でも、その代わりに弱くなってるのかな?」
「……魔物の発生源が分かれば対処できるんだけど……」
でも、ここに来たばっかりの現状でそんなことできないよね。
「いずれにしろ、注意して進みましょう」
「そうだな。いくら弱い魔物でも、群れると十分脅威だ」
「……うん。魔物の気配に注意して進もう」
とにかく、今はここを抜けることを考えないとね。
先に進もう。
ヒュンヒュン! ガスッ! ガスッ!
「な……何の音?」
先に進もうと思い、進み始めた直後に先の方から何かの音が聞こえてきた。
「何かを投げつけているような音ですけど……」
「さっそく敵か?」
ルシファーとジルが前に出て、辺りを警戒しながら慎重に進む。
……また暗くなってきた。灯りをつけないと……。
「ちょっと下がって。辺りを照らし出すから」
二人の間に割り込み、目の前の暗闇目がけて光弾を放つ。
詠唱自体すっ飛ばしてるし魔力をほとんど込めていないから殺傷力は皆無だけど、灯りを得るには十分。
「何ですかそれ。新しい魔術ですか?」
ジルが聞いてきた。
まあ、こんな貧弱な魔術今まで使ったことないからね。
私が使ったの、殺傷力のあるファイアボールとかばっかりだし。
「ううん。魔力をまともに込めていないホーリー・カノン。威力は無いけど、光が立ち上る時点で灯りにはなるでしょ?」
「そのおかげで敵も気づいたみたいだけどな」
「……何あれ? ハンマーを投げる二足歩行の魔物が……二匹?」
光が照らしだした通路の先には、兜をかぶった二足歩行の魔物らしき存在が立っていた。
二匹セットで立ちふさがり、ハンマーを投げている。
さっきの音は間違いなくあのハンマーが地面に落ちた音だ。
地面に山のようにハンマーが積み重なっているし、間違いない。
「さて、どうする? 俺ならすぐに攻撃できるが……」
「ルシファーさん、斬り込むのはさすがに危ないですよ?」
「いや、斬り込むわけじゃないから大丈夫だ。……それか、ルーチェとジルが魔術で叩くか?」
……ルシファーに任せていい?
「分かった。念のために三人とも下がってろ」
そう言うと同時にルシファーは魔剣を抜き放ち、矢面に立つ。
ハンマーを投げている魔物はハンマーをばらまきながらじりじりとこっちに向かってきている。
……それにしてもあのハンマー、一体どこから出してるんだろ? 無くならないのかな?
「……魔剣の力、存分に味わえ! デモニックブラスター!」
ルシファーがそう叫ぶと同時にルシファーが掲げた魔剣が怪しく光る。
直後、魔剣からどす黒いオーラが一気に噴き出し、そのオーラから黒い光線が無数に発射される。
……あれって、グリーダーが使っていた魔術だよね?
魔剣から力を引き出して攻撃していたの!?
「魔剣の力って凄いですね。剣から無数の光線を放って攻撃できるなんて初耳ですよ」
「あれも魔剣の力だったんだ……。というか、オーラを使った攻撃手段って魔剣の力だったのかな?」
そんなことを話している間に、魔剣から発射された光線が次々に相手を貫いていく。
ハンマーを投げながらのろのろと接近するだけの魔物には、あの攻撃は避けられない。
二匹同時に無数の光線に貫かれて……ひっくり返って地面に吸い込まれていった。……え!?
「魔物が……消えた?」
「地面に吸い込まれただと?」
「倒したのに死体が残らないんですか!?」
「こんなの初めて見たよ~……」
先ほどの光景に驚きを隠せない私達。
……というか、倒した魔物が地面に吸い込まれていくなんて初めてだよ。
まさか、この後復活したりするのかな?
「そもそも、あれは倒したことになるのか? 一応攻撃が効いたのは確実だが……」
「死体が残らないですしね……」
しばらく警戒していたけど、倒した魔物の代わりに新しい魔物が出てくるわけでもないし、もちろんどこかから湧いてくるわけでもない。
……すぐに復活すると言うわけではなさそうだけど……。
「まあ、先に進むしかないよ。行こう、ルーチェ」
「……そうだね、先を急ごうか」
魔物の不自然な消え方なんか後でいくらでも考えられるし、今は先に進もう。
「! ルーチェさん! しゃがんでください!」
「え!?」
進もうとした直後にジルの叫び声が聞こえて慌ててしゃがむ。
その直後に頭の上を何かが通って行った。
振り返って上を見上げると、そこには空中を自在に飛びまわる白い烏賊の群れが居た。
な、なんなのこれ……。
「い、烏賊が……空を飛んでる……?」
「こ、こんなものまで居るんだね~……さすがバグッタの魔物だよ……」
「何なんですかこれは!? 空飛ぶ烏賊の群れなんて聞いたことも無いですよ!」
「……! こいつらどこから湧いた!? 気配なんて何も……!」
そんな事を言っている間にも空中を飛ぶ烏賊の群れが不規則な動きで私達を狙ってくる。
幸いしゃがんでいたら当たらないみたいだけど、こんなのが居たら安心して歩けないよ!
おまけに私たちを囲むように動いてるから逃げることもできないし!
「……どうやって対処したら……」
「炎結晶と炎結晶! 業火の渦で全てを飲み込め!」
どうやって対処しようか考えていたら、マディスが薬で炎の渦を作り出して私たちの周囲を囲むように飛び回っていた烏賊の群れを焼き払ってくれた。
渦に飲まれた烏賊は、やっぱりさっきの魔物同様にひっくり返って地面に吸い込まれていった。
……本当にどうなってるの!?
「……ありがと、マディス。……それにしても今の魔物、何だったんだろ……。というか、いったいどこから出てきたんだろ……」
「ほんとだよね~。さっきの空飛ぶ烏賊、どこから現れたんだろ……」
本当だよ……。さっき突然現れて私達が囲まれた時にルシファーが言ってたけど、さっきの空飛ぶ烏賊、気配も何も感じさせずに私たちの周囲に現れたよね?
「ああ、間違いない。いきなり俺たちの周囲に出てきた」
「最初にルーチェさんを狙った烏賊も、何もない空間からいきなり出てきましたよ」
本当にどうなってるの……いきなり出てくるなんて聞いてないよ……。
「厄介、って言ってましたけど、不意打ちは本当に厄介ですね。何せ、避けようがありません」
「発生源をなんとかしないと危険だな」
「調べていく?」
……勝手に発生する魔物なんて本当に厄介だし。
「……見たところ、ただの一本道にしか見えないんだけどね~。何処かに見えない通路でもあるのかな?」
「ただの一本道にしか見えないよね……。でも、マディスの言うような通路がある可能性も否定できないし……」
マディスが呟いた通り、私たちが居るこの場所は完全な一本道で、どこを見ても脇道のようなものは存在しない。
天井、壁、床、全部見渡す限りブロックで舗装されていてどこにもおかしな場所など見当たらない。
でも、それじゃどこから魔物が湧いたのか説明できないよね? いきなり召喚されたってこともあり得るけど……。
「……まさか、天井裏とか言わないですよね」
「天井裏? どうして?」
いくらなんでもそれは無いと思うけど……。
「ルーチェさんは気付かなかったかもしれませんけど、よく見ると、ところどころ天井が低くなっていますよ? もしかしたら、天井裏に何かあるんじゃないかと思うんですが……」
「天井……?」
ジルに言われてよく見てみると、ところどころほんのわずかにだけど天井が低くなっている場所がある。
……ただの偶然じゃないのかな? それに、仮に天井裏だとしてもどうやって上がるの?
「そこなんですよね……。私たちでは空は飛べませんから……」
「どこかに足場でもあればいいんだけどな」
……そんなものこの辺にはないよね……。
「登れないなら仕方ないだろ。前に進むぞ」
「……そうだね。気になるけど、今のところどうしようもないし……」
今調べるのは無理か……。
あきらめて前に進もう。
「……さっさと抜けたいところだが、一体どこまで通じてるんだ?」
「あれから何も出てこなかったから今のところは安心だけど……」
烏賊を倒してからしばらく歩き続けているけど、今のところあの空飛ぶ烏賊を最後に魔物は出現していない。
でもまだ油断はできないよね。いつどこから魔物が出てくるのか分からないし。
「……あれ? この壁……」
辺りを見回しながら歩いていたマディスが突然立ち止まり、左手にある壁の方に向かって行った。
……どうしたの、マディス?
「ここの壁……ブロックかと思ったらここだけ石で出来てるね。なんでかな?」
「……? ブロックも石も同じじゃないの?」
「違うよ。周りのブロックは床も天井も煉瓦で作ってある。……この奥に何かあるのかな?」
……そう言われてみると、確かにここの壁だけ石で出来てるよね。
塗装でもしたんだろうけど色が微妙に違ってるし、叩いた時の音も全く違う。
……というか、この奥から魔物の気配みたいなものがするんだけど……。
「おそらく、この奥に何かあるんでしょうね。さっきの魔物はこの石で塞がれた場所の奥から出てきているかもしれません」
「どこかに通路でもあるのかな?」
だとしたら、それを潰せば……。
「ただ、この奥がどれほど危険なのかわからない以上、準備もせずに乗り込むわけにはいきませんね」
「確かにな……」
まあ、あたりまえだよね。
今の私たちはただここを抜けて鍛冶屋と服屋に向かうことしか考えてないのに、そんな状態で、情報もないのに危険かもしれない場所に突っ込むなんて無謀だよ。
「今はここの事だけ覚えておきましょう」
「そうだね。準備ができたら突入してもいいかもしれないけど、今は避けた方がいいよ」
ここの事だけは覚えておかないといけないけど。
……それにしても、どこまで続いてるんだろ?
出口はまだかな……?
「出口……おそらくあれじゃないですか?」
「また土管……?」
ジルが指さした方を見ると、天井より更に上まで通じている長い土管が。
こっちの土管は地面に刺さらないように形が曲がっていて、普通に歩いて中に入れる。
……中にはやっぱり梯子がついてるし、今度はこれをひたすら上るのかな?
「なんにしろ、こんなところさっさと出るぞ」
「そうだね~。色々やらなきゃいけないことも増えたしね」
「ほら、行きますよ、ルーチェさん」
「へ? あ、うん」
……それにしてもあの石壁の向こう、何があるんだろ?
鍛冶屋と防具屋で準備が出来たら、乗り込んでみないとね。
一度目は単なる通過点でした。次に来る時本格的に調べることになるでしょうね。
この時に調べるのもアリでしたけど、ロクな防具が無い状態では明らかに準備不足です。