話を聞いてみましょう
萌えの部分を訂正してくれるって言ったし、ジルの用事は済んだよね。
じゃあ、さっき話していた酒場の場所でも聞いておこう。
「ところで、酒場って何処にあるんですか?」
「酒場は……丁度この建物の真裏ですよ。回り込めばたどり着けます」
バグリャ勇者の悪行を調べるためにも、情報収集しないとね。
さっそく向かおう。
「ところで、この服なんですけど……」
「ん? ああ、服屋にも売っているし一着くらい構わないよ」
「ありがとうございます」
ジルは導師の服を貰ってたけど。
でも、変装するなら役に立ちそうだよね。こういう感じの服。
……着てみようかな?
「酒場で話を聞き終えたら、服屋にでも行きます?」
「そうだね~。僕も服を変えた方が良いかな?」
「俺は必要ないな」
「まあ、グリーダーはね……」
どんな服を着たって、その身長とどす黒いオーラじゃ正体がすぐにばれるよ。
やるならマディスの薬で本格的に変装させないと……。
「じゃあ、酒場に行ってみますか」
「そうだね。行こう」
ドームを後にし、酒場を探すことにした。
「……だが、私は諦めない。その内、彼女すら圧倒できそうな可愛い男を……。男装の麗人なる言葉があるなら、女装の美男子なる言葉があっても良いはずだ……!」
去り際に聞こえた受付のちょっと不穏な言葉は、聞かなかったことにした。
ーーーー
「ここかな? 準備中って書いてあるけど……」
ドームの外に出てドームの裏手に回り込むように歩いていくと「漢酒」と書かれた看板を掲げた建物が見えてきた。
まだ準備中みたいで、中にはお店の人以外誰も居ないけど……。
「早速入ってみましょうか」
「待って、ジル。準備中なのに入るの?」
……今入ったら邪魔にならないかな?
「大丈夫だろう。さすがに飲み食いは出来んだろうが、話を聞くだけなら可能なはずだ」
そう言いながら店の扉を開けて中に入っていくグリーダー。
……本当に大丈夫かな?
「おっと、まだ準備中だぞ?」
店主にまだ準備中だと注意された。
まあ、当たり前だよね。
「いや、飲みに来たんじゃない。少し話が聞きたくてな」
「ん? まあ、飲みに来たのなら子供を連れてくるわけないか。……話? なんだい?」
「バグリャから来た人たちの話です」
まあ、簡単に話してくれるかは怪しいけど……。
そう思っていたら、店主が作業を止めて腕を組み、軽く天を見上げた。
「そうだな……結構いるから何人かの例を挙げるだけになるが、構わないかい?」
「はい。お願いします」
「……実名は出せないけど、許してくれよ。――――ここの常連のAがぼやいていた話なんだけどな、バグリャ勇者に付き合い始めて数日の彼女を奪われたらしい。なんでも、結婚を前提に付き合っていたらしいが、バグリャ勇者が現れた数日後、彼女はAに何も告げずにバグリャ勇者の所に行ってしまったようなんだ」
「突然すぎますね。……何があったんでしょうか?」
付き合い始めて数日の彼女を奪うって……。それも結婚を前提にしてたのに……。
「ああ、何でも彼女の家に勇者がやって来たらしいんだ。その彼女に「君をこの醜い男の手から救い出さねばいけない! 僕と共にくるんだ!」とか言いながらな。で、当然Aと勇者が揉めた。その時は勇者が諦めて引き下がったらしいんだが、その翌日に彼女は勇者の所に行ってしまった」
「……本当に何があったんでしょうか? たった一日で……」
本当だよね……。ジルや私みたいにチャームを使えるってわけでもなさそうなのに……。
「そこまでは俺には分からんよ。勇者の魅力に取りつかれたのか、夜にまた勇者がやって来てその時に操られたのか……」
「いずれにしろ、ろくでもないのは確かだな」
バグリャ勇者、最低……。
「ただ、勇者の被害を受けた人間は彼だけじゃない。B……まあ、Aとは別人だな。の場合は、結婚して数日の嫁が全財産を持って勇者の所に行ってしまった」
「全財産……?」
い、いくらなんでもそれはおかしいよ……。
だって、結婚して数日しか経っていないんでしょ?
「嬢ちゃんもそう思うだろ? けどな、事実だ。嫁さんは確か18くらいだったはずなんだが、勇者が家にやってきた直後に荷物を纏めてすべての財産を持ち逃げして勇者の所に向かっていったらしい。夫は当然連れ戻そうとしたが、勇者の命令で男は城に入れるなと通達されていたらしく、嫁の目の前で叩き出されてしまったらしいな」
「あんまりだよ……」
結婚して数日って……。
「で、叩き出される寸前まで夫は嫁に戻ってくるように訴えたらしいけどな、その時に嫁に言われた言葉が原因で完全に女性不信に陥ってしまった」
「……女性不信になるなんて、一体どんな酷い事を言われたんでしょうか?」
「……あんたなんかに嫁いだつもりはない。私は勇者様に嫁ぐために生まれてきたの。私が結婚したのはあんたの財産だけ、だから、顔も駄目、腕も駄目なあんたなんか興味ない。あんたみたいな生きている価値も無い不細工、その辺で餓死してしまえ。あんたの全財産は勇者様のために私が有効活用してあげるわ……そう言われたらしいな」
「酷い……! 夫に言うような言葉じゃないよ! その人、本当に結婚していたの……?」
だって、いくら直前に喧嘩していたとしても、全財産奪って逃げて、挙句の果てに夫に対して勇者に嫁ぐことに決めたとか餓死しろとか言うなんて……!
というか、そもそも喧嘩自体してなかったよね!? なのにどうして……!
「ああ、確かに結婚していたようだ。けど、勇者が出てきたとたんに勇者の所に行ってしまった。酷い話だ」
「……それは……確かに女性不信にもなりますね……」
そんな酷い人に騙されたなら、無理も無いよ……。
「それだけじゃないな。他にも、デートの約束をしてたら彼女がバグリャ勇者とデートしていて、自分はいつの間にか彼女を寝取られた、なんてことまで発生しているらしい」
「……勇者が魔術でも使っているんでしょうか?」
ジルが呟くように疑問を口にした。
洗脳の魔術を使えるようには見えなかったけど……。
「さてな。ただ、分かっているのは、恋人や嫁を奪われた男たちには居場所が無くなり、ここにたどり着くか他の国に逃げるかの二つの選択肢しか残らなくなると言う事だ」
酒場の店主が暗い表情でそう告げた。
確かに、そんなことになったらもうバグリャには居られない、よね……。
「酷い事するんだね~。バグリャ勇者って、本当に選ばれた勇者なの?」
マディスが疑問を口にする。
……そんな勇者が本当に選ばれた存在のわけないよね……?
「詳細は知らないが、確かに召喚された勇者らしいな。まあ、王宮で好き勝手に動き回ってきた感覚を町中でもやってるんだろうが……」
「そんな奴でも「勇者」か。そんな人間に期待しなければならない奴らは哀れだな」
本当に、悲惨すぎるよ。
殺したいほど憎い相手が魔王を倒すために呼ばれたはずの勇者なんて……。
「まあ、この町……いや、この世界にはそんな連中も集まってくる。だからこそ、こういう場所が必要なんだろうけどな」
「お話、ありがとうございました」
「まあ、興味本位で聞きたい、って思ったわけじゃなさそうだったし、な」
バグリャ勇者の事を調べるためだったからね。
……バグリャ勇者、放っておけないよ。
話も聞いたし、これ以上ここに居座るわけにもいかないから、ここから出よう。
「それにしても、バグリャ勇者って本当にふざけた生き物ですよね。どうします?」
酒場を出るなりジルが口を開いた。
……本当に、ね……。
罪悪感の欠片も無いのかな?
「そんな物があったら、初めから寝取りなどしないだろうな」
「罪悪感が無いから、好き放題できるんだろうしね~」
グリーダーとマディスが諦め口調でそう言っている。
……やっぱり、教皇みたいに倒した方が良い相手、だよね。
「まあ、直接襲われない限り、依頼を受けるか、町の人から直接頼まれるかしない限りは手出しできないですけどね。いくら屑でも、私達から先に仕掛けるわけにはいきません。そんなことしたら私たちが悪人になります」
「だから、バグリャ勇者の一行が襲ってきたときのためにも準備をしておかないとね。ルーチェ、次はどこに向かう?」
……やっぱり、防具屋? それとも、鍛冶屋?
ミスリルを大量に持っているけど、そのミスリルを防具に加工できる人を探さないとね……。
「なら、やはり鍛冶屋か? ……っと、あれは、何だ?」
グリーダーが何か見つけたみたい。
……看板、かな?
「……この先、真実を映しだし、偽りを剥がす泉。……バグッタの観光名所でしょうか?」
「真実を映しだし、偽りを剥がす泉、か……」
……一見信じられないけど、この世界だと何があってもおかしくないよね。
「行くあてもないし、行ってみようよ」
「そう、だね。行ってみよう」
マディスの提案に乗って、私たちは真実を映し出す泉という物の所に向かってみることにした。
ーーーー
「……ここが、そうなのかな?」
看板に誘われるまま私たちが進んだ先にあった物、それは人が一人入れるか入れないか程度の小さな泉だった。
何人もの人間が一気に覗き込もうと思っても、顔がつっかえるだろうから良くて二人くらいかな?
「泉の横に注意書きのある看板がありますね。……えっと、この泉は、真実の姿を映しだします。たとえ魔術で化けていたとしても、その真の姿が白日の下に晒されるでしょう。ただし、そのようなことをしていない人には、泉の裁きが下されることはありません。……また変な事を書いてありますね。泉の裁きって何なんでしょうか……」
ジルが泉の傍の看板に書いてあった内容を読んでくれた。
……泉の裁き、って何なんだろ? でもまあ、私達なら大丈夫だよね。
「早速覗いてみましょうか。ルーチェさん」
「え!? 誰も居ないけど……勝手に覗いちゃっていいのかな?」
もし誰かの所有物だったりしたら、何かあったら大変だよ……。
「良いじゃないですか。別に落書きや破壊行為をしに来たのではありませんし」
「僕も覗いてみようかな~。何が出るんだろ~」
……もう、人の話聞いてよ、二人とも。
「ふっ、子供だな。まあ、楽しめる時に楽しませてやれば良いだろ」
「グリーダーは泉を覗かないの?」
まあ、何もないって分かってるけどね。
「……そうだな……。まあ、ここまで来た記念だ。一度試しに覗いてみるか」
「二人が終わったら、私達も泉を覗いてみよう」
……真実の泉って、どんなものなんだろ……。
あ、二人が戻ってきた。
「ルーチェさん、凄いですよ。あの泉の水、鏡みたいに私とマディスさんの姿を映し出していました」
「ちょっと汲んでみたよ。これ、汲んだ物でも使えるんだね~。実験に使えそうだよ」
「って、汲むのは不味くないかな!? 湧き出るわけじゃないんでしょ!?」
水の汲みすぎで泉が枯れちゃったら……。
「大丈夫だよ。汲んでも汲んでもどこからともなく湧き出てきたからね~」
「ええ。私も見てましたよ。大丈夫です」
「……まあ、泉を枯らさなかったら良いけど……。それはそうと、今から私とグリーダーも覗いてみるね」
「ええ。ここで待ってます」
じゃあ、行こうか。グリーダー。
鏡みたいに覗き込んだ人の姿を映し出す水……どんな物なのかな?
「楽しみだな……と言いたいが、二人同時に見れるか?」
グリーダーの言葉通り、泉は本当に小さく、二人の顔がかろうじて入るくらいの大きさだった。
「……まあ、ちょっと顔をずらせば大丈夫だよ」
そう言いながら、私は泉を覗きこんだ。
……泉の水は非常に透き通っていて、水面には私の顔が鏡のように映し出されている。
「わあ……水面が動いていないから、本当に鏡みたい……」
泉の水面は全く動いていないため、上から泉を覗いたときの感覚は鏡を見ているのと変わらない。
……この水がまったく汚れていないからかな?
「ほう? そうなのか?」
「ほら、グリーダーも見てみてよ」
グリーダーを手招きし、少し顔をずらしてから一緒に泉を覗きこむ。
泉には私と、金髪、赤い目の私と変わらない年頃の男の子の姿が映っていた。
……………………え? 金髪の……男の、子……?
私の横に居るのは、黒い髪の大男、グリーダーじゃ……。
「グリー、ダー……? これは……誰……?」
「な……これは…………。……!?」
横に居るグリーダーに問い詰めようとしたその時、泉の水面が急に上がってきた。
咄嗟に顔を引いた私とグリーダーの目の前で泉の水が水柱となって立ち上る。
そして、立ちすくむ私とグリーダー目がけて滝のような勢いで降り注いできた。
「きゃあああああああああああああああ!?」
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
降り注ぐ大量の水に飲み込まれた私達。
水の量があまりに多すぎて、息をすることすらままならない。
……と、とにかく、ここから離れないと……!
「グリー……ダー!」
左に居たグリーダーの腕を掴み、滝から抜け出すために動き出す。
なんだかグリーダーの腕がぬるぬるしているような気がするけど、そんなの気にしていられない!
とにかく……ここから離れないと……!
「ハアッ……ハアッ……し、死ぬかと思った……」
何も見えない中、グリーダーの腕を掴んで走った私。
ようやく水がかからなくなった……と思ったら、掴んでいたはずのグリーダーの腕が無い。
……え!? グリーダーの……腕は!?
「ルーチェさん! 大丈夫ですか!?」
「う、うん……。私は……大丈夫。それよりグリーダーは!?」
グリーダーの腕を掴んで抜け出した方を見ると、未だに滝のような勢いで泉の水が流れ落ちている。
グリーダーは、あの中!?
「マディス!」
「……雷結晶と雷結晶! 水を打ち砕いて消し去れ!」
同じ物を二つ重ね合わせたマディスの手から放たれたのは光では無く、巨大な雷の刃。
生み出されたその刃が、グリーダーを押しつぶさんとばかりに流れ落ちる水の壁を真っ二つに切り裂いた。
切り裂かれた水の壁はそこから連鎖的に分解されて消滅していく。
「……グリーダー! グリーダーは!?」
あの時腕が離れたのなら、まだ中に居るはず!
「ルーチェさん! あれ! 消えていく水の下の窪み!」
「……人が倒れてる!?」
黒い髪……グリーダー!?
「い、急いでここから運ばないと!」
「ルーチェさん! 私も手伝います!」
倒れているグリーダーをジルと担ぎ上げる。
……また、なんだか滑るような……!
「……分解……しきれない!? また水が落ちてくる! 二人とも、早くこっちに!」
「……っ!」
私とジルが脱出したのと水が再び流れ落ちてきたのはほぼ同時だった。
水は再び勢いよく流れ落ちはじめ、水が止まった時には窪地には大きな池が出来ていた。
「ぐ、グリーダーさんは……?」
「そ、そうだ! グリーダ……え……?」
グリーダーが無事か確かめるために担いでいたグリーダーを下ろす。
直後、私たちは言葉を失ってしまった。
私たちが担いでいたのはグリーダーじゃなく、私達とそう年も変わらなそうな金髪の男の子だったのだから。
その男の子の身体の所々についている黒い肌のような物……これってまさか……。
「多分、そのまさかだと思うよ……。ほら、向こうにある人の皮のような物……なんとなくグリーダーに似てない?」
マディスの言葉通り、私とジルがグリーダーを担いで脱出してきたところには黒い毛の生えた皮のような物が落ちている。
もうほとんど溶けかかっているけどあの毛の色と皮の色。……間違いなくグリーダーの物と同じだよ。
……でも、どうして……?
「……うっ……!」
「……! 気が付いた……?」
その時、私達が助け出した男の子が目を覚ました。
目覚めた男の子の顔を、目を改めて見た私は、再び言葉を失うことになる。
「……ルー……チェ?」
「……! さっき泉で見た……男の子!?」
助け出した男の子の姿は、グリーダーと泉を覗きこんだときに見た男の子その物だった。
い、いったいどういう事なの!?