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強奪勇者物語  作者: ルスト
バグリャ
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対抗してみましょう

「ねえ、ジル。本気……?」

「当たり前です。あんな変態を推す人に、萌えとかアイドルと言う言葉を使われたくありません」


 受付の人に導師の服を渡されたジルはそのまま受付の奥にある更衣室に入り、渡された服に着替えはじめた。

 何かあったら困るから私も一応ついてきたけど……。


「……これは……こうですね。それと……こっちは……」

「……」


 ぶつぶつ何かを呟きながら素早く着替えていくジル。

 ……傍から見ても凄い気迫……。

 戦闘中でも死闘にならない限りこんな気迫は見せないのに……。


「……最後に、猫耳フードを被って……完璧ですね。……さて、行くとしますか」


 鏡の前で最終チェックをしているジル。

 髭が生えた筋肉質な中年男性では明らかに違和感しか無かったピンク色のローブとスカートも、白色の猫耳フードも、着た人が女の子だったらちゃんと映えるんだね。

 うん。これなら、可愛いと思うよ。


「まずはあの受付ですね。行きますよ、ルーチェさん」

「へ? ああ、うん……」


 チェックが終わったのか、歩き出すジル。

 ……とりあえず追いかけないと。




ーーーー




「お待たせしました」

「ああ、戻ってきたんですね。ですが、筋肉ムキムキの髭のおじさんの魅力に敵うわけ……!?」


 受付の人はジルの方を向いた瞬間、固まってしまった。

 ……まあ、女の子用の衣装を無理やり筋肉質な男の人に着せてたのと比べて凄く自然に出来てるし、当たり前だよね。


「……どうです?」

「…………なるほど。宣言通り、と言う事ですか。しかし、私は諦めるつもりはないですよ?」

「まだ不満でも?」


 導師姿のジルを見た受付。でも、まだ諦めないみたい。

 ……普通に考えたらこの時点で諦めると思うんだけどな……。


「ええ。ここはドームです。そして、この場所の役割は観客を楽しませることです。如何にあなた方や我々が話し合おうと、観客が楽しめなければ、意味はないでしょう?」

「あれを楽しむ連中か……相当厄介なんじゃないのか?」


 ……どこをどうやったらあれで楽しめるのかが不思議なんだけど……。


「要するに、舞台で決着をつけよう、と言う事ですか?」

「ええ。今日のサプライズとして、色々な分野で投票でもしてもらいましょう」


 ……大丈夫なのかな?


「色々な分野、ね……。公平が保てるのか?」


 グリーダーが疑わしげな口調で受付に問いかけた。

 ……まあ、ここは相手の地元みたいなものだし、そう考える気持ちもわかるけど。


「無論です。いくら私がバグッタの地元民でも、さすがにルールの無視や反則はしませんよ?」

「公平が保てるのなら、それで構わないです」


 ジルはあっさり受け入れちゃったけど……。


「決まりですね。……信用できないと言うのなら、私に監視でもつけますか?」

「ああ、俺が見張らせてもらう」


 ……グリーダー……。まあ、ジルの事を考えての事なんだろうけど……。


「では、行きましょうか。私の考えが間違っていないことを証明しましょう」

「その考えが間違っていることを証明しますよ?」

「ああ。証明してやる」


 そのまま受付とジル、グリーダーは更衣室があった方に入って行っちゃった。

 って、私たちはどうしよう……。


「一応、観客の方を見ておこうか」

「そうだね」


 観客の方に根回しなんて可能性は否定したいけど、無いとは言い切れないし。

 じゃあ、観客席に戻ろうか。



ーーーー




「ねえ、あの衣装、ルーチェは着なかったの?」


 観客席で変なことが起こらないか一応見張っていた時、マディスが話しかけてきた。

 ……あの衣装って、導師の? 


「うん。どうして?」

「ん~……個人的には、ルーチェにもああいうの似合いそうだと思ったんだけどね~……」

「そう?」


 ……でも、私って魔術師だし、僧侶と真逆の立ち位置なんだよね……。

 だからなんとなくイメージと合わないというか……。

 それに、ああいう可愛い服なんか着たことないし……。


「でもまあ、バグリャに戻るときにはあれじゃなくても何かしらの服が必要になるかもね。バグリャ勇者の目を欺けるように」

「……あ……そっか……」


 あの最低勇者に目をつけられてるから、少なくとも変装した方が良いかな……?


「さて、本日のコンサートはここまで……と言いたいところだが、最後にサプライズを用意させてもらった!」


 あ、終わったみたいだね。観客席を見張ってたけど何もなかったし、どうやら不正はないみたいだね。

 いよいよかな? 今説明してるのはあの全身赤い服の人だ。


「我らがアイドル・導師セリスちゃんと同じ格好をしたチャレンジャーが、正しい意味での「萌え」を教えてやる! と宣言してここにきたらしい! どうやら、チャレンジャーとセリスちゃん、どちらがより可愛いかなど、いくつかの項目を観客の君たちの投票で勝負し、決めるとのことだ! 突然の事だが、異論はないな!?」

「「おおおおおおおおおお!!」」


 赤服の人の言葉が終わると、再び場内は熱狂に包まれた。


「や、やっぱりすごい熱狂……」

「凄いね~。まあ、僕たちも観客に混ざって投票しようか」

「……そうだね。と言いたいけど、それこそ不正じゃないかな?」


 ジルを応援したくはなるけど、身内票なんてそれこそ不正になりえるよ。


「真面目だね~。まあ、そんなことしなくても大丈夫だと思うけど」

「……さすがに、あんな筋肉質な男性の方がジルより可愛いなんて評価は無い、と思うよ……」


 うん、普通なら……。


「構わないみたいだな! さあ、チャレンジャー、セリスちゃん、双方出てきてくれ!」


 赤服の人がそう叫ぶと、猫耳フードとピンク色のローブ姿の人が二人舞台の中央に出てきた。

 片方はもちろんジル、もう片方は最初に出てきた筋肉質なカイゼル髭の男性だ。

 ……普通なら、満場一致でジルに票が行きそうだけど……。


「さて、勝負の前に、両者の簡単な紹介から始めようか! まずは我らがアイドル・セリスちゃん。もはや説明不要の存在だな!」

「私にチャレンジャーが出てくるなんて……でも、私の方がよっぽど可愛いわよね~!」


 ……あれ? 観客の熱狂は?


「次にチャレンジャー! 我らがセリスちゃんに挑むその心は果たして無謀な冒険心によるものか!? ……さて、始める前に、簡単な自己紹介をお願いしていいか?」

「……名前、ですよね? ジルです。聞きたいことがあれば、この場でどんどん聞いてくださいね」

「……との事だ! 各自、聞きたいことがあるなら遠慮せず、どんどん聞いていっちまえ!」


 その直後、ほぼすべての観客の手が上がった。

 ……最初に自分の事を名前以外ほとんど喋らなかったからかな?


「さて、誰から聞いていく?」

「……そうですね……。では、最前列の貴方から順番に! 奥の方は質問が遅れてしまいますけど……」

「ここに来るのは初めてですか?」

「はい。今日初めて来ました」

「普段は何してるんですか?」

「冒険者ですよ。世界中渡り歩いていますね」

「幾つですか?」

「女の子に年齢を聞くのは失礼ですよ? でもまあ、答えてあげます。15ですよ」

「15!? ……見える?」

「見えねえ! 全く15に見えねえ! 17~8かと思ってた!」


 ……ジルはなんとなく雰囲気も大人びてるからなあ……。


「ルーチェの方が年下に見えるよね」

「……一応、私の方がジルより年上なんだよ?」


 でも、私の方が背も低いし、おまけにまな板なんだよね……。

 あれくらいスタイル良かったら私だって……。


「どこの出身ですかって? ヒローズの出身です。まあ、勇者一行とは無関係ですけどね」

「趣味は? 何かやってたりするんですか?」

「冒険が趣味のような物ですね。食べ歩きも好きですよ」


 ……それにしても、この質問全員分答えるつもりなのかな?


「かもしれないね~。どうする?」

「……じゃあ、マディスは外で待っておく? グリーダーも出て行ったみたいだし、どっちにしろ私は一度グリーダーと話はしておくけど」

「じゃあ、一旦グリーダーと話そうかな~」


 ……一時的に外に出ようか。

 私はすぐこっちに戻ってくるけど。

 ……頑張ってね、ジル。




ーーーー




 ジルです。一瞬目に留まりましたけど、ルーチェさんとマディスさん、会場から出て行っちゃいましたね。

 グリーダーさんと話でもするんでしょうか?

 まあ、ルーチェさんなら話が終わったらすぐこっちに戻ってくるでしょうけど。


「冒険者って事は、パーティ組んでたりするんですか?」

「ええ。先約があります。だから、他のパーティとは組めませんね」


 ……やっぱり、全員分の質問を律儀に聞いていくのは失敗でしたか?

 まあ、こういう事は嫌いじゃないですけどね。


「フード取ってもらって良いですか?」

「ええ。構いませんよ」


 ……フードの中が気になったんでしょうか?

 まあ、かつらを被ったりしているわけじゃないんで気にすることはないですけどね。


「これで良いですか?」


 かぶっていた猫耳フードを取ります。

 ……髪は……乱れたり癖になっていませんね。


「……銀髪!? ……染めてるのか?」

「いや、そんな染料バグッタには無いよな?」

「じゃあ、地毛?」

「地毛とかもっとありえないだろ」


 やっぱり珍しいんでしょうか? まあ、私も銀髪の人はそうそう見ませんし、珍しいんでしょうね。


「染めてるんじゃないか、とか言われてますけど、これは地毛ですよ。昔からこの色です」


 少なくとも、物心ついたときには銀髪でしたしね。

 ……これが染めた物じゃないって知って動揺しているみたいですけど。


「……い、いったいいつまで続くの? さっさとその勝負? をさせなさいよ!」

「そう言われましても……。まだ質問がある人があんなに居るんですよ?」


 導師姿の変態が文句を言ってきたので、観客の方を指し示す。

 私への質問のために手を上げている人はまだまだいます。


「れ、レイさん……このままじゃ、次のコンサートに響くわよ? あんまり時間もないし……」

「……やむを得ないな。……すまない。誠に申し訳ないのだが、これ以上やると次のコンサートに響いてしまう。だから、質問をしたかった後ろの方々には申し訳ないのだが、投票に進ませてもらう」

「「ええ~!」」

「あのデカ物調子乗ってんじゃねえよ……空気読めよ~」


 ……私からしても質問タイム終了と言う事で助かりましたが、まあ、そう思ってはいけませんね。


「紙を配るから急いで隣の人間に渡してやってくれ。投票項目はその紙に書いてある項目すべてで、チャレンジャーとセリスちゃんのどちらがより良いか記入して前に提出してくれ」


 当然、紙に書いてある項目を確認します。不正だけは防がなければいけません。

 ……ちゃんと萌え(可愛い)の項目は……ありました、ね。

 まあ、あの変態は地元ですし、質問に答えきれなかったのもあって結構痛いかもしれませんけど。


「……どっちがより美しいか、萌える(バグッタ)か、萌える(可愛い)か、嫁にしたいか、ですか……。萌える(バグッタ)の意味が分からないですけど……というか、本当にここではどういう意味で使われてるんですか、この言葉……」


 まあ、大丈夫……なはずです。この変態導師の方が可愛いとか美しいって言われたらこの世界の人達の美的感覚を疑います。




ーーーー




「って、あれ? もう投票まで進んじゃったの!?」


 ルーチェです。一旦外に出てマディス、グリーダーと話し終わってから急いで戻ってきたら、何故かもう投票まで進んでしまっていた。

 しかも大半の人が投票を終わらせて結果発表のために待っている状態だったよ。

 ……は、早すぎるよ……。まだジルへの質問が続いていると思ったのに……。


「……よし、投票は終わったな。じゃあ、さっそく集計を始める!」


 でもまあ、普通ならジルが圧勝するよね。グリーダーに聞いた限りじゃ、可愛いか、妹にしたいか、姉にしたいか、みたいな明らかにジルに有利な項目ばっかりだったみたいだし。

 ……それが普通の項目だから、別に不正じゃないよね。


「……さて、結果発表だ! 本来ならゆっくりやっていきたかったが、我々には次のコンサートが待っているから悠長にはしていられない。一気に行くぞ!」


 結果発表、来たね。一体どうなるんだろ? 


「……まずは、どっちが美しいか! ……チャレンジャー……ジルに大半の票が入った! 次に、どっちが萌えるか! 圧倒的にセリスだ!」


 ええ!? 何で!?


「まあ、これは当然だな。この凄まじいギャップ、その辺の人間では到底出せんだろう。王道を行くような少女には無理だ」

「ふふ……当たり前じゃない。この姿になるため、私は邪魔な感情を捨てたのよ?」


 ……もしかして、この世界での萌えるって、おかしい、って意味なの?

 やっぱりそうだよね……?


「……やっぱり言葉の意味が変ですよ。この世界……。それは「おかしい」って言うんです……」

「続いて、どっちが可愛いか! もはや言うまでもない! ジル圧勝だ!」

「うぐぐ……この私の何処が可愛くないっていうのよ! 納得いかないわ!」


 そのミスマッチな恰好のせいだと思う……。

 ローブに筋肉が浮き出てたり、着ている人がカイゼル髭の中年男性って時点で……。


「……可愛い、美しい、は両方圧勝でしたし、どうやら、この世界の言葉の意味がおかしかっただけみたいですね……」

「最後に、どちらを嫁にしたいかだが……まさかの票割れだ! 一応僅差でジルが勝った物の、ほぼ半々に票が入っている!」

「嘘!? まさかの半々なの!?」

「何でですか!?」


 こんなミスマッチな人でも嫁にしたいって思う人が居るの!?


「いずれにしろ、勝者はジルだ! 両者の健闘を称えようではないか!」


 大歓声と拍手と共に幕を閉じたけど……何かありえないことが最後にあったんだけど……。




ーーーー




「くっ……私のトップアイドルよりも美しくて、可愛くて、嫁にしたいとも言われたと言うのですか……」


 両手を机にバンバン叩きつけて悔しそうに歯ぎしりしている受付。

 ……まあ、一応勝った……のは確かだよね。


「私からしたら、どうして私よりあの人を嫁にしたいと思っている人が居るのか不思議なんですけどね……。その他の項目も、萌え……いえ、おかしさ部門以外票の大半を獲得して勝ちこそしましたけど、何故かどの部門も2割ほどあの人に票が入っていましたし……」


 普通ならジルが完全勝利してもおかしくないのに……。


「ああ……。ここには、男を愛する男の人やバグリャからの人も来ますからね……。前者はそう言う人だから仕方ないとして、後者の中には、心に酷い傷を負ってくる人もいるんですよ」

「心に酷い傷?」


 ……嫌な予感しかしないけど……。


「はい。バグリャから逃げてきた人の中には、恋人を勇者に寝取られた人も居ますからね。酒場に行ってみると分かるかもしれませんけど」

「寝取られたんですか?」


 ……バグリャ勇者、ロクなことしないよ……。


「ええ。私の口から言うことは出来ませんが、酒場のマスターならその辺の事情も知っているでしょうね」

「行ってみます?」

「……そう、だね」


 あの最低勇者が何をやっているのかもあんまり分かっていないし……。


「……ところで、あの萌えの所にはちゃんと訂正を入れてもらいますよ?」

「分かっています……。貴方みたいな人がまた出て来たら困りますし……萌え(おかしさ)でしたっけ? にちゃんと変えておきますよ」

「そうしてください……」


 ……なんだか妙な気分だけど、一応終わったんだしこれで良いのかな……?

 まあ、バグリャ勇者がどんな酷い事をしているのかを知るきっかけは得られたから、良いかな。

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