バグッタの調査を始めましょう
見ているだけでは始まらないので、とりあえず町らしき場所に降りてみた。
すると、さっそく一匹の猫が歩いているのを見つけた。
真っ白な姿だし、白猫かな?
「ワオーン! ワオーン!」
そうそう、猫だしちゃんとした鳴き声が……え!?
「猫からとても猫とは思えない鳴き声が聞こえて来たね~」
「斬新な猫だな。これは猫と言えるのか?」
「ちょっと待って! どう考えてもこの猫、鳴き声がおかしいよね!?」
妙な門の中に入って到着した異界、バグッタ。
……そこは、余りにも予想を上回る場所だった。
真っ黒な地面、空を漂う無数の青白い光……はまだいいよ。異世界っぽいし。
「ほら、餌だよ~。魚大好きでしょ~?」
「ワンワン! クゥーン……♪」
でもさ……いくらなんでもこれはありえないよね? どうして猫の鳴き声が明らかに違う動物の鳴き声になってるの!? 魚に反応した辺り猫っぽいけど、どう考えても猫には思えないよね!?
「姿が猫である以上、これが猫なんでしょうね……」
「ワンワン鳴く猫なんて猫って言わないよ!」
何なのこの猫! この場所限定で生息している新しい生物!?
「ねえ、あそこに能面が飛んでるよ」
「能面……?」
巨大な生首の思い出がよみがえって来たけど、気にせずマディスが指さした方向を見る。
すると、確かに能面が三つ、編隊を組んで空を飛んでいた。
「カアー! カアー! カアー!」
……どう考えても能面には似つかわしくない鳥の鳴き声を上げてだけど。
というか、能面のどこにも翼は見当たらないよ!? あの能面三つどうやって空を飛んでるの!?
「……そんな物とは比べ物にならない物が地面を歩いていますよ……」
「……骨付きの、生、肉……?」
いつもの調子が狂ったようなジルの声にそちら側を見ると、骨付き肉が地面を歩いていた。
……うん。本当に、骨付きの生肉が地面を歩いていたんだよ。誇張抜きで……。
「……生肉って、動きますっけ?」
「動かないと思うよ! うん! あ、あれは多分魔物か何かなんだよ!」
……骨付き肉が地面を歩いているなんて、まさかそんな……あるわけないよね!?
「怪生物のオンパレードだな……これが、バグッタか……」
「自分の中の常識が音を立てて崩れていくのが実感できるね~」
……常識って何だろう。って思えてきちゃうよ……。
明らかにおかしな鳴き声の猫、勝手に動き回る骨付き肉、って……。
「ニャン! ニャンニャン! フーッ!」
「ワンワン! ワンワン! ガルルルル……!」
「今度は……犬と猫の喧嘩ですか……?」
ジルが見ている方向に首を向けると、犬と猫がちょっとした喧嘩のような事をやっていた。
……よかった。あれは普通の犬と猫だ……
「ふざけやがってぇぇ! 野郎ぶっ殺してやるぅぅぅ!」
「愚かなる者よ。……死ぬがよい」
と思ったら違ったよ。
……今、明らかにあの犬と猫喋ったよね?
明らかに物騒な言葉を喋ってたよね!?
「喋る猫と犬か。まあ、よくある物だな」
「無いよ! グリーダーの世界がどうかは知らないけど、少なくともこの世界にはそんな猫や犬居ないから!」
喋る猫や犬なんて普通ありえないからね!?
「ルーチェさんでなくても突っ込むしかない世界ですね……。不気味や奇妙を通り越して新しすぎますよ」
私でなくてもってどういう事?
まあ、この場所の生物はさすがにジルも想定してなかったみたいだけど。
「ねえ、あそこに屋台があるよ?」
「……屋台? 今度は何を見つけたの、マディス?」
マディスが指さす方向には屋台がずらっと並んでいた。
……祭りでもやってるの? ここは……。
「化け物が自由に歩き回る祭りか? まあ、屋台の人間がまともであることを祈るか」
「そうですね。今まで人に出会っていませんし……」
グリーダー、そんなこと言ったら駄目……とは言えない、よね。
さっきからすでに異常な物しか見ていないし。
「見えている屋台までとりあえず行こうか」
「人が居ることを祈ります」
……話が聞けると良いんだけど……。
「いらっしゃ~い」
屋台で店を開いていたのは、普通のおじさんだった。
「良かった。普通の人だ……」
「普通? ……もしかして、外から来たのかい?」
……外? 門に入って来ただけだよね?
「外? 外って、あの門の外ですか?」
「ああ。君たちも、バグリャから逃げてきたんだろ?」
バグリャから逃げる……?
「バグリャから逃げるって、どういう事なの、おじさん?」
マディスがおじさんに尋ねる。
……バグリャから逃げる……。
「ああ、バグリャの王様が勇者一行を集めてから、あの国は一気に住みにくくなっちまったからな。あんな国で過ごすくらいなら新天地を探そうって思ったわけよ。で、俺は北に向かったんだが、そこに変な門があってな」
「それって、バグッタ行きのあの門だよね……。その門、扉があるべき部分に渦が巻いてましたか?」
「ああ。というか、お前さんらも俺と同じじゃねえのか? ここに来る連中は軒並みバグリャから逃げてきたんだぜ?」
……バグリャから逃げる……。
あの国、本当に何やってるんだろ……。
「私たちは……私達も、同じですね」
(ジル……? 話を合わせただけ、かな?)
私達、ただここの調査依頼を受けただけだし……。
「そうか。やっぱりな……。全く、何が勇者だ! あんなのが居たって俺たちの生活は全く楽にもなりはしない! あいつは国中の女を独り占めしてやがるんだ! 全く、腹立つ野郎だぜ!」
……あの勇者、やっぱりろくでもない人間なんだね……。
「まあ、安心しな。あいつらは入口の時点で気味悪がって絶対ここには踏み込まねえからよ。ここなら安心して暮らせるぜ?」
「なるほど……。まあ、確かにここには踏み込もうとしないでしょうね」
じゃあ、しばらくここに留まる? でも、調査依頼だからそのうち戻らないといけないけど……。
「そうだね~。しばらく隠れ家代わりにここを使おうか」
「まあ、隠れ家代わりに使うと言っても、何もしないわけではないだろう?」
「当たり前だよ」
いくらしばらく隠れて過ごせるって言っても、いずれ出ないといけないからね。
それに、出来ること、やっておかないといけないことなら山ほどあるから。
「……それで、ここに住みつくにはどうすればいいですか?」
「ん? ああ、この屋台を抜けた先に大きな建物があるからな。そこで話をすればいい」
「なるほど。ありがとうございます。……ところで、これは何ですか?」
ジルとおじさんの話も終わったみたいだけど……。ジル、屋台で売ってる物が気になったのかな?
見たところ小さな青い板の下にご飯が置いてあるようにしか見えないけど。
「ああ。バグッタの特産の魚を使った料理だな。上に乗ってるのはブルーデッドって魚の刺身だ」
「ブルーデッド……?」
というか、魚……? どう見たって魚の切り身には見えない。
何処からどう見てもただの青い板にしか見えないよ……。
「見た目はいかにも真っ青で不味そうなやつだが、食ってみな。味は保障するぜ」
「一つ買いますね」
……そう言うなりジルは屋台で売っていた料理を買い、口に入れた。
青い板にしか見えないから、美味しくは無さそうだけど……。
「な? 言った通りだったろ?」
「……本当、ですね……。見た目と違って……」
……美味しい、の?
騙されたと思って私も買おうかな……。
「私も一つ買います」
「ん? ああ、ほら」
渡された食べ物を口に運ぶ。
……あれ? ただの青い板にしか見えないのに、本当に美味しい……?
あんまり生臭くないし、脂がのってて歯ごたえもあるし……。
「な? 中々だろ?」
「はい。美味しかったです。……もしかして、バグッタの食事ってこういう珍味ばっかりですか?」
「そうだな……。見た目がアレな奴ほど美味かったぜ」
「なるほど……色々ありがとうございました」
お金を払って屋台を後にする。
……いつまでもここに居るわけにもいかないしね。
「ルーチェ、まずは拠点の確保からしておかない?」
「元よりそのつもりだよ。教えてもらった場所に行ってみよう。確か……」
この屋台を抜けた先にある大きな建物、だっけ?
「さっきの店主の話からするとそうですね。まずはそこに行ってみましょう」
私たちは屋台が並んでいる通りを抜け、さっきのおじさんの言っていた建物を探すことにした。
いろいろ気になる物が売っている屋台もあったけど、今は後回しだね。
ーーーー
「……どうやらアレのようだな」
「大きな建物ですね……その辺の城よりも大きいのではないですか?」
「巨大な縦長の箱みたい……」
屋台が立ち並ぶ通りを抜けると、左手に大きな建物が見えてきた。
形は縦に長い四角形なんだけど、その高さが異常な程に高い。
……もしかして、城よりも大きいんじゃないかな?
とりあえず、中に入ろう。
「いらっしゃいませ。居住目的でしょうか?」
建物の中に入ると、受付らしい女性が声をかけてきた。
一見普通だけど、その顔にはどうも違和感を感じる。
……なんか表情が硬いな、この人……。
「ええ。大丈夫でしょうか?」
「……少々お待ちください。空き部屋の照合を行いますので」
ジルが用件を伝えると、受付が私たちのそばを離れていって左手にある机の方に戻って行った。
机から書類を引っ張り出して確認しているけど、その動作もどこか硬い感じがする。
……あの受付の人、人間……なのかな? 何百枚もの書類を見ているのに瞬きしないって……。
「ルーチェさん、気にしない方が良いですよ。猫や犬が喋る世界ですし」
「だよね……」
この世界だし、気にしても無駄かな……。
そう思っていたら、受付の人が私たちの方に戻ってきた。
その手には鍵が二つ握られている。
「一階にある二つの部屋をお使いください。なお、鍵の紛失は禁物ですので、各々しっかりと管理するようにしておいてください」
「はい」
受付から受け取った鍵には「101」「102」と書かれた板が取り付けられている。
……この数字、部屋の番号かな?
「番号と対応した部屋しか開かないので注意してください。部屋は奥になります。突き当りを右に曲がると、到着することができるでしょう。では……」
説明が終わったのか、受付の人はまた机の方に戻って行ってしまった。
……まあ、これで良いのならさっさと行こうか。
「そうですね。案外、調査が長引きそうですしね」
「ま、見た感じ生物が奇妙な程度の印象しか無かったがな」
「これからだよね~」
建物内を歩きながら皆と話す。
……この建物、外は真っ暗なのに、中は天井から赤や黄色の灯りが吊るされていたり、壁も床も普通の大理石だったりで案外普通なんだね。
「まあ、バグリャから逃げてきた人が作ったのかもしれませんしね」
「その辺もちゃんと調べていかないとね~」
「……そうだね」
……この建物の中は案外普通だったけど、外はアレだし、この場所がどうなっているのか個人的にも興味があるしね。
「……せっかくですし、この世界で防具の作成でもやってもらいたいですね」
その時、ジルが唐突に防具の事を口にした。
……確かに、そうだよね。グリーダーの鎧もそうだけど、全員分何とかしないと……。
「ミスリルがあっても職人が居ないとね」
「職人なしには作れないだろうな」
「……私達じゃ装備は作れないもんね……」
……そのことも考えないと……。
防具を作る職人、居るのかな?
「……部屋はここみたいですね。と言っても、扉が滅茶苦茶近いような気がしますけど」
「……扉と扉の間隔が無いよね。異空間に繋がってるの?」
ジルとマディスが言うとおり、壁についている扉の間隔が奥に部屋があるとは思えないほどに狭くなっていた。扉と扉の間には柱一本分の隙間しかない。
……でも、ここの事だから多分この奥には広々としたまともな部屋があるんだろうな。空間としては明らかにおかしいけど。
「……鍵、開けるよ」
「ああ。102の方は俺が開ける」
101と書いた板がついている方の鍵を扉に差し込み、鍵を開ける。
すんなりと鍵が回り、扉が開いた。そこには、私の想像通り、普通に広い部屋が広がっていた。
奥行きもあり、ちゃんと左右にも広がっており、明らかに部屋の大きさ的に隣の扉の奥に繋がっているはずなのに何故か繋がっていないと言う不思議な構造をしていたけど。
「……おかしいですね。どう考えても空間がおかしいです」
「101と102の部屋が繋がってるようには見えないけど……」
ジルとマディスが次々に感じたことを口にする。
……確かに、普通に考えたら柱一本分のスペースしか扉の間にないのにその奥に凄く広い部屋が二つあるなんておかしいよね。
でもさ……。
「これも、バグッタの特徴なんだと思うよ。気にしたらいけないんだと思う」
「ルーチェの言うとおりだな。便利な事を一々疑わず、口を挟むな、と言う事だ」
……本当ならこの柱の奥がどうなっているのか調べたいくらいだけどね。
「ま、しばらくはこの世界の様子見だな。安全だと確認できれば単独行動もありかもしれんが、それまでは固まって動くぞ」
「そうだね。何があるのか分からないし」
まだバグッタに入ったばかりだもんね。私たちは。
グリーダーとマディスも部屋に入って行ったし、私達も部屋に入ろう。
「……」
「どうしたの、ジル?」
「いえ……ルーチェさんが異常に冷静なのが不思議に思っただけです。こんなおかしな構造なのに、全く気にしていないみたいですし」
……まあ、この部屋の構造とか明らかにおかしいよね。
「でも、気にしないほうがいいんでしょ?」
「え? ……ああ、ここの入り口で私が言いましたね。……そう、でしたね。便利なだけですから、今のところは気にしない方が良いでしょうね」
「そういう事。依頼はここの調査だからしばらく滞在するけど、この世界の構造を調べるのは後回しだよ」
……他に調べる事や、やっておきたいことがいっぱいあるんだもん。
「そうですね。色々変な物を見ることになるかもしれませんが、あまり深く考えずに行きましょうか」
「うん。明日から、本格的に町を歩き回るよ」
初っ端から色々おかしいバグッタ。
猫といい建物といい、突っ込みどころしかありませんね。