匠の家をリフォームしましょう
「さあ、家の周囲に張り巡らされた邪魔な塀は取り除きましたし、次はこの家をリフォームしますよ」
ジルのその声を皮切りに匠が作ったと思われる薄緑色に輝く家目がけてマディスの薬が投げつけられる。
家に当たった薬の入れ物が大爆発を起こし、家は跡形も無く吹っ飛ぶ、と全員が確信した。
だけど、煙が晴れるとそこには傷一つついていない家の姿があった。
……マディスの爆薬が効かなかったなんて……。これ、普通の家じゃないんだ。
「全然効いてないね~。もしかしてこれ、宝石じゃなくて金属だったりするのかな?」
「……薄緑色に輝く金属なんて、ミスリル以外に考えられませんけど……まさか……」
「ミスリルハウスか?」
……薄緑色に輝く家なんて時点でおかしかったけど、まさかミスリルで家を建てるなんて……。
センスも無いけど、それ以前に資源の無駄遣いも良いところだよ……。
「許せませんね。私たちが命がけの戦いをしていて強力な素材が欲しいと感じているときにまさかミスリルで家を建てているなんて。これは没収するしかありません」
「全くだ。俺の鎧が壊れてしまった以上、新しい鎧を調達しなければならんのだぞ? そんな大事な時にまさかミスリルをこんな物体に無駄遣いしているとは……」
二人が言ってることは滅茶苦茶だけど、ミスリルを武器や防具じゃなくてこんな悪趣味な家のために使うなんてね……。
「でも、どうするの~? こんな頑丈な家、ちょっとやそっとじゃ壊せないよ?」
「……まさか一枚のミスリルを折り曲げて作ったわけじゃないでしょうし、どこかにつなぎ目があるはずですよ。……溶接されている可能性がありますけど」
「……完全に溶接済みだな。どうする?」
……魔術で溶かす?
ファイアボールじゃ無理でも、もっと強力な炎魔法なら……。
「何言ってるんですかルーチェさん。そんなことやったら不純物が混ざって大変なことになります」
「こういう物はピッケルで破壊するべきだろう。匠の家にあるはずだから永遠に借りるぞ」
永遠に借りるって……それは「奪う」って言うんだよ……。
「違う。借りるだけだ。永遠にな」
「そうですよ、ルーチェさん。奪い取るんじゃなくて、あくまでずっと拝借するだけです」
「それは奪い取るのとどう違うの!? やってる事完全に一緒だよね!?」
言い方変えただけだよね!?
「大丈夫ですよ。永遠に借りるんですから、返さないわけではありません」
「言ってることが矛盾してるように見えるのは私の気のせいなのかな!?」
ジルが言った事は明らかに矛盾してるよ!
「一々そんな細かいこと気にするな、ルーチェ。さあ、匠の家に入るぞ」
「使えそうなものは全部奪って取り尽くしていこうね~」
ジルと話をしている間にグリーダーとマディスが匠の家のドアを開け、中に入って行ってしまった。
だから、勝手に動かないでよ!
もし中に罠があったりしたら……!
「うわあ……この箱の中、全部マグマ?」
「こっちは全部金属か? ……どれだけ豪勢な奴なんだ?」
二人が家に入ってすぐにこんな声が聞こえたので、私とジルも家の中に入る。
……ドアを開けた先にあったのは、無数の収納箱のような物体が家の壁一面に積み上げられている光景だった。
当然、この収納箱の中は空じゃなく、どこから集めたのか大量の鉱石や土、粘土などが箱一杯に詰め込まれている。
「……なにこれ……凄い……」
「さすがに、こんなに大量の土や粘土は要らないですよね」
なんとなく箱の一つを開けて中を見ると、大量の土と粘土がブロック状になって詰め込まれていた。
こんなに集めて、何がしたいんだろ?
「むしろ、こんなに大量に集めなければいけなかったんじゃないのか? この土や粘土、この空間の中に本来あるべきものだったりしてな」
「ああ……掘り返したけど捨てるのはもったいないから全部箱の中に詰めちゃったんだね~」
……何で土や粘土をわざわざ持つ必要があったんだろ……。
「……こっちはピッケルの類か。丁度いい。この薄緑色のピッケルを使わせてもらおうか。マディス。家の中にある使えそうなものは根こそぎ貰っていけ。俺は外壁を回収しに行く」
「は~い。じゃあ、家の中にある物は根こそぎ貰っていくよ~」
「って、ちょっとマディス!?」
言うが早いか、マディスは壁一面に設置された収納箱を次々と開けていき、中に入っている物を回収していった。
箱の中の素材や土はすんなりとマディスが持っているアイテム収納用の球体に吸い込まれていく。
……って、一体どれだけ箱の中に入ってると思ってるの!? そんなに大量に入れちゃったら、それでも入りきらずに溢れちゃうと思うよ!?
「ん~……中に入ってるこのポーチどかすよ。ルーチェ、自分で持ってて」
マディスはそう言うなり、私の方にポーチを投げてきた。
ちょっと! 中にギルドカードと一緒に山ほどお金入ってるんだから、乱雑に扱わないでよ!
「……自分で持っておいたらいいんじゃないですか? ルーチェさん」
「そう言ったって……今まで得てきたお金の大半がこのポーチの中に入ってるんだから、かなり重いんだよ? それに、直接持ってたら狙われるかもしれないし……」
「まあ、そうですよね……」
まあ、クエストで得てきた報酬がほとんどなんだけど……。
さすがに、ヒローズの賠償金までポーチに入れるわけにはいかないし。というか入りきらないよ。
「って、ちゃんとお金取り出せますよね? マディスさん」
「え? うん、一応大丈夫だよ」
「お金が出せなくなったら、責任とってもらいますからね?」
……本当にお金の事ばっかり……。
そんな事を考えていた時、突然家の天井に一ヶ所穴が開く。
その直後、私の眼前に巨大なミスリルのブロックが一つ降ってきた。
「って、危な!? ちょっとずれたら私下敷きになってるじゃない!」
「ああ、天井を叩き壊したら下に落ちたか。すまん」
天井に開いた穴からグリーダーが顔を出した。
……何で私たちが中に居るのに天井を壊し始めてるの!?
「ちょっと! 天井を壊すなら気を付けてよ!」
危うくミスリルの下敷きになるところだったじゃない!
「ああ、一々そんなこと考えていないからな」
「考えてよ!」
私だけじゃなくて、ジルやマディスも危険だったよ!?
「まあ、よくあることだ」
「よくあることで済まないでしょ!?」
「気を付けてください、グリーダーさん」
「分かった。一応善処はする」
何で私の話はスルー同然なのに、ジルの話はすんなり聞くの!?
「いつもそんな調子だからでしょう」
「誰のせいなの!?」
「ちょっと~。遊んでないでこの空箱どうするか考えてよ~」
マディスに呼ばれたのでそちらを見ると、マディスの足元には大量の空箱が散乱していた。
……本当に全部奪っちゃったなんて……。
「……持って行きます? ついでですし」
「まあ、ここに置いていてもマグマに沈むだけだからね……。どこかで売ってしまっても良いんじゃないかな」
売れるかはともかく。
「じゃ、全部持って行こうか」
「そうですね。売り物にはなるでしょう」
……三人を放っておいたら、文字通り家の中が空っぽになりそう……。
匠がそれだけのことをやったからしょうがないのかもしれないけど。
「玄関の物は全部奪ったから、今度は奥の部屋に向かおっか~」
「ルーチェさん、行きますよ」
「え? ああ、うん……」
……相手が迷惑な匠だから仕方ない、んだよね?
そんな事を考えている間に、ジルとマディスが奥の部屋に入って行ったので慌てて追いかけた。
奥の部屋は……寝室? ベッドが置いてあるし……。
「……まあ、ベッドや本棚は要らないよね?」
「要らないと思うけど……」
「……じゃあ、ベッドは破壊しますか?」
……それでいいんじゃないかな。
本棚は……使えそうな本だけ貰って行けば良いと思うし。
「じゃ、ベッドは壊しておくよ~」
「本棚の本は貰います……と言っても……まともな本がありませんね……」
「どんなのがあるの?」
ジルが物色している本棚を見て、なんとなく一冊取ってみた。
……えっと……。
「……タイトルは……「爆弾の神秘・上巻」? ……爆弾の設計図やその威力、効果範囲、強化方法が載ってる……。爆弾型のモンスターを呼び出すくらいだし、こんなのを読んでてもおかしくはないよね……」
……でも、全然建築とは関係ないよね。
爆弾はむしろ建物を壊す方に全力を使いそうだし。
「これも似たようなな本ですよ、ルーチェさん」
そう言ってジルが渡してきた本を手に取る。……タイトルは「愛と言う名の爆破リフォーム・前編」……。
タイトルに「爆破」なんてついている時点でもう内容が分かりそうだよ……。
「素晴らしい本ですよね。強制的な爆破リフォームによって皆が幸せになれる、って書いているんですよ。勇者がモブの民家を襲撃して物を取ったらモブは幸せになれるんだ! と主張しているようなものですよね」
「どっちも幸せどころか不幸にするよ! 爆破リフォームで家を失うのも、勇者に強盗行為を働かれるのも不幸せしか生まないって!」
どう考えても書いてることが間違ってるよ!
「他の本もこういう物ばっかりですよ。本当に爆破リフォームばっかりやってたんでしょうね」
「それはリフォームって言わないよ……」
……ほんと、滅茶苦茶な人間だよね。匠って。
「ねえジル、目ぼしい物が無いならもうこの家ごと破壊しちゃったほうが良くないかな~?」
「そうですね……。ただ、まだ使えるアイテムがあるかもしれません……」
「だけど、あんまりもたもたしてたら匠が帰ってきちゃうよ?」
……そうなんだよね……。
グリーダーが家を破壊するのが間に合わないと、どのみちこの場所をマグマで沈めることになるよね。
「何他人事みたいに言ってるんですか、ルーチェさん。この家そのものを奪わないと勿体ないですよ」
「外壁と玄関にあった大量の箱の中身以外何も使える物なんか無かったような……」
本はあるけど、魔道書じゃないし……。
爆破リフォーム関係の本なんか要らないよ。
「……そうなんですよね。ルーチェさんが言うように、爆破リフォームの本なんか手に入れても私たちはリフォーム業者になんかならないですしね」
「家の内装はただの木材だからね。一々壊しても役に立たないよ」
「木材じゃ武器の素材にはならないよね……」
実際には木刀なんてのもあったりはするけど、それじゃ金属相手には勝てないし。
「ただ、やっぱり勿体ないですよね。全部マグマに沈めるくらいなら、玄関の箱同様に売れるところに全部売ります」
「じゃあ、全部回収しちゃうよ?」
「はい。お願いします。やっぱり、マグマに捨てるのはもったいないので」
……結局全部持って行くの?
家の内装の木材全部一々破壊してたらきりが無いような……。
……本気?
「奪ったピッケルでこの家の内装も壊します。ルーチェさんも手伝ってください」
「……結局そうなるの……?」
……まあ、全部奪うなら仕方ないよね……。
ところで、グリーダーは?
「まだ玄関のミスリルを壊してる最中なんじゃないかな?」
「……間に合う?」
……どう考えても間に合わないような……。
「だから急ぐんですよ。ルーチェさん」
「そうそう。匠が戻ってきたときに家のあった場所が更地になってた時の反応も見たいからね~」
「多分驚愕するとは思うけど……」
だって帰ってきたら家が跡形も無く無くなってるんだもん。
驚くなって方が無理だよ。
「その顔を見るためにも頑張りましょう」
「……私は別にそんなの見たくないんだけど……」
でもまあ、マグマに沈めるくらいなら全部持って行った方が得だよね。
……使い道があるかはともかく。
持って行くなら早く壊して行かないと!
ーーーー
三人称side
「ええい! どきたまえ! 私の華麗なるリフォームを邪魔する気か!?」
ルーチェたちが匠の家を襲撃しているちょうどその時、匠はバグリャの王宮に殴り込みをかけていた。
目的はもちろん王宮のリフォーム。そのために持てるだけのマグマと大量のウォークボンバーを持ってきたのである。
道中に居た邪魔する兵士は全員マグマと爆弾の餌食にし、王宮の奥まで入り込んでいた。
「きゃ~! 勇者様! 野蛮人が襲ってくるぅ~! 助けて~!」
匠の襲撃から逃れたバグリャ一行の僧侶が大げさな悲鳴を上げながら勇者に抱き着く。
自分の胸に飛び込んでガタガタ震える僧侶を見て、ようやくバグリャの勇者が立ち上がった。
「消えろ! 僕は君には興味ない! 今すぐ立ち去るんだ!」
リフォームを行う気満々の匠の前に突如立ちふさがったのは全身に包帯を巻いたバグリャ勇者。
先日依頼を受けたものの、ターゲットのモンスターに返り討ちにされてしまったのだ。
本来であれば王宮内は彼と彼が呼んだ女性たちで埋め尽くされ、パーティが開かれているはずなのだが……。
「はっは~! 邪魔者はまとめてリフォームだ! 私のリフォーム用マグマを食らうがいい!」
城に乱入してきた匠がまき散らしたマグマや爆弾によってそんなものはぶち壊され、阿鼻驚嘆の地獄絵図となっていた。
城は幸い大理石なのでマグマでも簡単には溶かせないが、城に居る人間は話が別だ。
勇者のパーティに参加していた女性たちは匠の暴力から逃げ惑うしか無かった。
城内の広場はマグマと炎に包まれ、バグリャ勇者もこのままでは死んでしまうだろう。
全身の負傷が酷く、彼はまだ剣が握れないのである。
「まさか王宮に襲撃をかけるとは……!」
「勇者様! あの者が元凶のようです!」
絶体絶命の窮地に陥ったバグリャ勇者の耳に、聞き覚えのある声が入ってくる。
数日前にやってきたもう一つの「勇者」ヒローズの勇者一行だ。
「ヒローズの一行! 手を貸してくれ! この蛮族を始末しなければいけないんだ!」
「分かった! 行くぞ! 皆!」
「うむ! このスロウリーの力見せてやろう!」
「蛮族が城に入り込むなど、許しがたきこと! 命をもって償いなさい!」
「……覚悟、してください!」
ヒローズの勇者たちは各々武器を構え、匠に向かっていった――――。
匠、王宮襲撃中。匠が死ぬのが先か、ルーチェたちが家を完全に壊すのが先か。