ヒローズ番外編 悪魔討伐に行きましょう(ヒローズ勇者版)
「勇者様! 大変です! 起きてください!」
部屋で休憩していた僕の所に、ベルナルドが慌てた様子で駆け込んできた。
……一体なんだ? 僕は朝から嫌な夢を見て気分がすぐれないんだが……。
「……ベルナルド? 一体どうしたんだ?」
「大変です! このヒローズの領土内に、魔族が現れたとの報告が!」
「な、なんだって!? 魔族!?」
ベルナルドの報告はとんでもない物だった。
このヒローズの領土内に、魔族が……?
まさか、ヒローズの町を襲うつもりなのか!?
「ベルナルド、その話は本当なんだろうな?」
「はい。間違いありません。今朝方、教会の司祭がヒローズ北西の森……テラストとの国境にある森のヒローズ側で魔族を目撃したと連絡が入りました!」
信じられない話だ……だが、教会の人間が魔族と断言している以上、そうなのだろう。
教会の人間なら、魔族の姿は嫌でも知っているだろうしね。
「……直ちに皆を集めてくれ! ベルナルド!」
「了解しました!」
ベルナルドは部屋を飛び出して行き、スロウリーとレミッタを探しに行く。
……それにしても、今朝の夢は何だったんだ?
洞窟の中を探索していたらベルナルドがいきなり裏切ってスロウリーを殺し、続けざまに僕に襲い掛かって来て僕がベルナルドを撃退し、洞窟内を探索し終えて出ようとしたらレミッタが裏切って僕は殺された……。
…………嫌な夢だ。皆が僕を裏切るわけないじゃないか。どうしてこんな妙な夢を見たんだろう。
「勇者様! 二人を連れてきました!」
「勇者様! 魔族が出現したって……本当なんですか!?」
「僕もベルナルドから話を聞いたばかりだ。だが、教会の司祭が魔族だと認識したんだね? ベルナルド」
「はい。教会に駆け込んだ司祭様が確かにそう言っているのを私だけでなく、数人の騎士団兵が確認しています」
……分かった。なら、今すぐにヒローズ北西の森に向かおう。
……邪悪な魔族をそのままにしておくわけにはいかないからね!
「その通りですぞ勇者様! 今こそわしらの力を見せる時! このスロウリー、本気で参りますぞ!」
「我々の力を結集し、魔族を打ち滅ぼしましょう! 騎士団長ベルナルド、決死の覚悟で敵と当たります!」
「私たちの力で、魔族を打ち取って、ヒローズに平和を! 私も……レミッタも……頑張ります!」
「ああ。…………皆! 行くぞ!」
必ず魔族を打ち取る。……その決意を胸に、僕たちは宿を出発した。
「すぐに目的地に向かって大丈夫だろうか?」
「問題ないでしょう。魔族討伐の依頼など、ギルドには入っていないはずです」
「当然じゃな。魔族を殺せるような手練れなど、わしら以外におるはずがないわ!」
僕の質問にベルナルドが返し、直後にスロウリーが話に加わる。
…………確かに、魔族を討伐するといったような危険な依頼をわざわざ一般に公開するはずが無いか。
「行きましょう! ヒローズ北西の森の奥に!」
「ああ! 事態は一刻を争う!」
レミッタの言葉に答えるように足を速める。
……この調子だと、二十分も経たないうちに目的地に着くだろう。
「勇者様! そこの門を出たら北西に!」
「ああ!」
ヒローズの南門を抜け、ベルナルドの指示通りに北西に進む。
……辺りに魔物の気配はない。これなら大丈夫か。
できれば、北西の森で魔族と対峙するまで消耗は避けたい。
そう頭の片隅で考えつつ、僕たちはヒローズ北西の森へと足を進めた。
ーーーー
「ここが……その場所か?」
「立ち入り禁止の看板、魔族を確認したと言う警告文……どちらも教会の物です」
ヒローズを飛び出してからずっと北西に進んだ僕たちの目に、森の入り口と入口に突き立てられた看板が飛び込んできた。
看板の方は完全に教会が出している物で間違いないだろう。
ベルナルドもこう言っているし、僕自身も見たことがある。
「じゃが、わしらは魔族を倒しに来た者じゃ。教会の警告文など気にするわけにはいかん」
「そうですね。スロウリーさんの言うとおりです」
だけど、僕たちはその魔族を倒しに来たんだ。
……引くわけにはいかない。
「この先に進むともう魔族を倒すまでは戻れないな」
「ええ。ですが、勝てばいいのですよ、勇者様」
「分かっているさ」
僕たちは教会の看板とそこに書かれた警告文を無視し、森の奥へと足を踏み入れることにした――――――――。
ーーーー
「……何も無い、な……」
森に踏み込んでからしばらく歩いたが、魔物一匹出てこない。
「ですが、嫌な気配だけは感じますね」
「……はい。……身体が、震えてきます……」
だが、ベルナルドの言うとおり、この森に踏み込んでから妙に嫌な気配を感じる。
同時に、まるで、この森に踏み込んだことが間違いであったかのような恐怖心が湧き上がってくる。
レミッタも体中を震わせているし、僕だけが恐怖を感じているわけではないのだろう。
「…………魔族は人間を恐怖に陥れる生き物じゃ。故に、このような姑息な手段を使うのじゃろうな」
スロウリーが呟いた通り、教会の本では魔族は「人間を恐怖のどん底に叩き落として人間がもがき苦しむさまを楽しむ」生き物として書かれていた。
……だとしたら、この恐怖感も魔族の仕業か?
「恐らくは。ですが、相手がどこから出てくるのか想像もできません。気を付けてください」
「ああ……!」
この森の中に居るだけで、相手がどこから出てくるのか分からなくなりそうだ。
それくらい、この恐怖心と嫌な気配は厄介な存在だ。
「……? ……ひっ……!」
「レミッタ!?」
突然レミッタが押し殺したような悲鳴を上げる。
僕が声をかけると、レミッタは震える手で前方を指さした。
…………目の前に森が開けている場所がある。
そしてその中央上空には……。
「な、なんとおぞましき姿じゃ……」
「あれが魔族……! 本で見たことは幾度もありましたが、まさか本物を見ることになるとは……!」
「あ……! や……っ……!」
漆黒の翼をはためかせ、青紫色の不気味な爪を生やしてこちらを見据える邪悪な魔族の姿があった。
……見ただけで、身体が震えてくる!
こんなおぞましい化け物だったなんて……!
「グルルォアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
そして、僕たちを見据えたその魔族の口から、この世の物とは思えない地獄の咆哮が響き渡る。
……うああっ!? なんなんだ……この咆哮は!
頭が……潰れそうに……!
「ぐおおおおおおおおっ!? 何と言う威力じゃ……! 耳が壊れかねんぞ!」
「こ、これだけ距離が開いていて、この威力とは……! もし至近距離であの咆哮を発せられれば、耳が潰れていたでしょうね……!」
「み……耳より……頭が……潰れそうです……っ!」
くっ……皆! しっかりするんだ!
魔族が目の前に居るんだぞ!
「で、ですけど……!」
「このような攻撃を……どう防げというのです! 勇者様!」
「そ、そうじゃ! 勇者様こそ、耳を押さえて蹲るだけではないか!」
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
直後、先ほどより更に凶悪な威力の咆哮が辺りに響き渡る。
魔族が近づいてきたのか、それとも咆哮の威力を上げたのかは定かではない。
だが、いずれにしろ、耳の奥を通り抜けて頭の中にまで響き渡るこの咆哮が収まらない限り、僕たちは誰一人動くことができない……っ!
「不味い……!」
直感的に、いや、直観に頼らなくても分かる。
今僕たちが置かれている状況は非常に不味い。
魔族が目の前にいると言うのに、全員耳を押さえて蹲り、戦う事すらできない。
もし相手が殺す気で向かってきたら、その瞬間に殺されてしまうだろう。
「……っ!」
耳から手を強引に離し、剣を支えに立ち上がる。
魔族の姿をはっきりと視認する。
そのあまりに恐ろしい姿を目の当たりにし、全身の震えが止まらない。
……でも、このままじゃ駄目なんだ。誰かが動かなければ、いけないんだ!
「う……うおおおおおおおおおお!」
震える手を必死に抑え込み、剣を構え、そのまま僕は魔族めがけて突進する。
……せめて、一撃でも当てれば……!
「無謀ですぞ!」
「勇者様! 駄目です!」
「くっ……! 私も、立たねば……!」
「グルォ……」
誰の声も聞こえない。
僕の目に映るのは邪悪な魔族だけ。
僕は剣を構えて突っ込んでいく。
「グルァア!」
しかし、僕の突進は魔族の攻撃にあっさりと阻まれる。
魔族の爪に僕の剣が挟み込まれ、そのまま――――――――真っ二つに斬られた。
「な――――――――」
「グルアアアアアア!」
「勇者様! ……させません!」
目の前で真っ二つになった剣を見て放心する僕に魔族の爪が襲い掛かる。
動こうにも動くことすらままならない。
……ああ、僕はここで死ぬのか……。
「地竜剣!」
ベルナルドがそう叫ぶと同時に魔族を目がけて地面を這う衝撃波が進んでいく。
攻撃を見た魔族が一瞬攻撃の手を止めた隙にベルナルドが僕と魔族の間に割り込み、爪を流すことで攻撃を防いでくれた。
「べ、ベルナルド……」
「勇者様。しっかりしてください。貴方は、世界を救う者なのですよ?」
だ、だけど……剣が……。
教会の聖剣が…………!
「しっかりしてください! まだ、負けたわけではありません! 武器が無くても、貴方は、戦えるでしょう!」
ベルナルドの言葉が僕を立ち直らせた。
……そうだね。まだ、戦う手段ならある!
「ありがとう、ベルナルド」
返事はない。だけど、僕にやることを思い出させてくれたんだ。
僕はまだ戦える!
「魔族は……打ち取る! ファイアボール!」
僕の手から炎の塊が放たれ、魔族に襲い掛かる。
それをあっさりとかわす魔族。
……だけど、まだだ!
「ベルナルド!」
僕の横に立っているベルナルドに攻撃のために指示を出す。
……動かない。ベルナルド……?
不審に思い、ベルナルドの方を向いた。その瞬間、僕は言葉を失った。
「べ、ベルナルドの……首が……!」
僕の横に立っていたベルナルドには、首が無かった。
……いや、違う。首から上が、綺麗に吹き飛ばされていたのだ。
ベルナルドの首は、詠唱をしているスロウリーとレミッタの足元に転がっていた。
魔族の爪の一部が、返り血によるものか赤くなっている。
……そんな……ベルナルドが…………!
「ベルナルド……っ!」
僕の事を庇ってくれたベルナルドは、僕が詠唱をしている間に殺されてしまった。
……何と言う事だ……! ベルナルドが最初に殺されるなんて…………!
「くそっ! 魔族め! よくも! よくもベルナルドを!」
立ったまま動かないベルナルドの亡骸が持っていた教会の聖剣を強引に引き抜き、僕は魔族に肉薄する。
目の前のこの残虐な魔族に……たった今ベルナルドが殺された。
そう考えただけで、頭に血が上り、怒りが湧き上がってくる。
「死ね! 邪悪な魔族め!」
叫びながら僕は剣を構え、魔族めがけて斬りつける。
魔族は僕の攻撃をまるで子供の遊びか何かとしか見ていないように反撃もせずにかわし続ける。
…………ふざけるなぁ!
「勇者様! 援護しますぞ! シューティングスター!」
「勇者様! 私も魔術で援護します! ファイアボール!」
スロウリーとレミッタの魔術がそれぞれ発動し、魔族の上空に開いた空間から無数の石が、レミッタの杖の先から火球が飛び出す。
さすがの魔族もこれには少し気を取られたか。
……今だ! ベルナルドの痛み! 思い知れ!
ガキン
「き、効かない……だって?」
スロウリーとレミッタの放った魔術に気を取られた魔族の喉を目がけて斬りつけた僕の剣は、魔族の肌を貫くことなく止められてしまった。
……そ、そんな……! 教会の聖剣は、魔族に有効なはずなのに!
「グルァ!」
「ぐああああああああああああああああっ!」
そして、剣が通らなかったことで生じた僕の隙を、魔族が見逃すはずが無かった。
僕の身体を魔族の爪が切り裂き、その威力で僕の身体を吹き飛ばす。
吹き飛ばされる際、僕の身体から赤い液体が飛び散っていくのがはっきりと見えた。
「……べ、ベルナルドさんが……!?」
「ベルナルド!? まさか……!」
このタイミングでベルナルドに気づいたらしい二人が動揺して詠唱を止める。
……駄目だ! そんなことしたら……!
そう伝えようにも、声が出ず、無情にも魔族の爪がスロウリーとレミッタに振るわれた。
「ぐおおおおおおおおおおお!?」
「きゃあああああああ!」
爪に切り裂かれた二人の身体から、噴水のように血が噴き出す。
切り裂かれた二人はその場に倒れ伏した。
……そんな。二人まで……!
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオ! グルルルルアアア!!」
僕の身体が地面に叩きつけられた直後、僕たちを切り裂いた魔族の勝利の雄叫びのような咆哮が森中に響き渡った。
……立ちあがらないと! どうして、身体が動かないんだ!?
…………魔族が! ベルナルドを殺した魔族が、目の前に、居る……のに……!
「ま……て……!」
魔族が僕たちにはもう用はない、とばかりに背中を向け、どこかへと飛び去っていく。
……くそ! 動かなければ! 僕たちが……倒さな……ければ……!
「逃がさ……な……」
意識が闇に沈む寸前まで、僕は魔族が飛び去った方向を見据えていた。
ーーーー
数日後、ヒローズ国内は大変な騒ぎとなっていた。
魔族討伐に向かった勇者一行が帰ってこないことを不審に思った教会の人間が森を調査した結果、勇者一行全員の死体が確認されたのだからである。
リーダーであったヒローズ勇者アインス。
勇者教会の騎士団長として教皇からの信頼も厚かったベルナルド。
同じく勇者教会の幹部として長年教会に尽くしてきた重鎮スロウリー。
そして勇者召喚の儀式を行い、勇者に同行した僧侶レミッタ。
ヒローズ勇者一行が勇んで出発した魔族討伐。
しかし、その魔族討伐は勇者一行の壊滅及び魔族の行方消失という最悪の結果に終わることとなったのである。
この後、失脚した教会に代わりヒローズ政府が政権を獲得。
新政権が彼らに代わる新たなる勇者を召喚することとなるのだが、それはまた別の話である。
はい。こんな結果に終わりました。
まあ、ルーチェたちが必死に戦って互角だった相手に、この貧弱一行が勝てるわけないよねえ。
次話から本編が再開。ようやくバグリャ編に入ります!