探索を続けましょう
ジルの偽物をやっつけた後、私たちは再び三つの分かれ道がある分岐路に戻って来ていた。
「くそ、左の道の先には何もなかったな。宝の一つくらいあってもよさそうなのだがな……」
「じゃあ、今度は右の道に行ってみる?」
「そうですね。右の道の先はまだ行っていませんし、調べてみましょうか」
今度は右の道を調べることに。……今度は何かあるのかな?
ーーーー
「でも、やっぱり行き止まりなんだよね……」
「ちっ……何のための分岐だ。宝箱くらい用意しておけ……」
「全くですよ……依頼の内容が調査じゃ無かったら無駄足じゃないですか」
その時、もうすっかり聞きなれた例の音が聞こえた。
「え? どこか……うわっ!?」
「今度はマディス!?」
一番後ろを歩いていたマディスにそのままキノコが当たり、マディスは光に飲まれた。
「……どうやって判断すればいいんだろ?」
「さあ……?」
「マディスの事は詳しく分からんぞ……」
マディスが黙ってくれれば分かるんだけど、どうかな?
「毎度おなじみ、同じ人が二人になる状態ですね……」
ジルが呟いた通り、私たちの目の前にはマディスが二人立っている。……どうしよう?
「どっちが本物のマディスだ?」
グリーダーがマディス達に問いかける。普通ならこれであっさり正体が分かると思うんだけど……。
「「僕が偽物だよ」」
「声が被ってますね……もう一度聞きますか?」
「そんな面倒なことしなくても良いんじゃないの~? どっちが偽物でも本物でもどうでもいいし」
「う~ん……言われてみればどうでもよくなってきそうだね~」
「それじゃこっちが困るんだけど!?」
正真正銘本物のマディスじゃないと連れていけないよ!
「そうなの? じゃあ僕は連れていけないよね~。だって僕がキノコの化けた偽物だし」
「はい。本物しか持ってない赤色のリストバンド。ついでに薬も持ってるよ」
「あっさり正体明かしすぎでしょ!? 他の偽物は絶対こんな事やらないよ!?」
グリーダーの偽物すら私達を欺こうとしてたのに……。
「だって、この身体になったら偽物に化けて本物を同士討ちで倒したうえで仲間に化けて更に襲撃するなんて面倒な事をする気が一切無くなっちゃったんだ~」
「へえ~。じゃあ、そのかわりに何がしたいの?」
……ある意味気になるかも。……偽物になった途端にさっきまでの目的を投げ捨てちゃうような偽物だし……。
「決まってるじゃない。世界中に薬を売り込みに行くんだよ~」
「何の薬だ?」
「病気や怪我を治す薬を沢山売り込みに行くんだけど?」
……逆に予想外すぎるよ。
「何で偽物の方が善人になったんでしょうか?」
「え~? 僕の方が善人だよ? 頼まれれば泥水を聖水に偽装することだってできるんだよ?」
「むしろ悪い事やってるよねそれ!?」
何で本物の方が悪人に見えるんだろ……。
「で、そうやって薬を売り込んだ後はどうするんです、偽物のマディスさん?」
「決まってるじゃない。沢山の人の病気を治す薬を長い時間作り続けた僕を皆が信じきったところで、さり気なく新しく作った薬をたくさん病気を治すって名目で売りつけるんだよ~」
「結局そっちなの!?」
本当に善人だと思った私が馬鹿だったよ! マディスは偽物でもやっぱりマディスだったよ!
「そんな手間がかかる事良くやってられるね~。僕なら文句を言ってきた人を片っ端からモルモットにするけど……」
「あはは。だってそのやり方じゃ世間からの評判はともかく、モルモットが大量に集まらないでしょ?」
「あ~……それもそっか。でも、やっぱり作った薬はすぐに実験したくなっちゃうよね~」
「それは僕も同じだよ~」
何でマディスは偽物と普通に会話してるの!? というか、会話内容が物騒な気がするのは気のせいじゃないよね!?
「平和的な会話だと思うがな」
「ですよね」
「私には全然そう思えない内容だよ!」
モルモットなんて言葉が出てる時点で平和的な内容だと思えないから!
「何言ってるんですか。私相手に愛の証としてリストバンドを渡してくるルーチェさんよりはよっぽど普通ですよ?」
「あれは冗談だって言ってるじゃない!」
「あの目は本気だったな。ジル、下手に絡むとそのうち恐ろしい目に遭うのではないか?」
「ルーチェさんは恐ろしい人ですからね……。ありもしないプレゼントを無くしただけで勝手に怒って殺しに来ますし」
「相手が偽物だからだってば!」
というか、こんな会話してる場合じゃないでしょ!? 一応偽物のマディスが出てるのに、緊張感なさすぎじゃない!?
「だよね~。僕が言うのもなんだけど、緊張感が足りてないよね~」
「まあ、ルーチェっていつもこんな調子で、戦いのときだけ真面目になるからしょうがないんじゃないかな?」
「もし僕が好戦的な偽物だったら大変なことになってるよ?」
「本当ですね……まったく、これだからルーチェさんは……」
「本当に緊張感が無いのはジルじゃないかな!?」
絶対ジルの方が緊張感無さそうに見えるもん!
「酷いですね。私の何処が緊張感が無いっていうんですか。こんなに警戒していると言うのに」
「それは武器も持たずに言えるセリフかな!? というか、せめてフォークくらい持っておこうよ!」
「ええ? 嫌ですよ重いのに……」
「巨大ナイフは重いかもしれないけど、フォークは重くないでしょ!」
「重いですよ! あのフォーク、300キロはあるんですからね!」
「片手でそんな重い物持てるわけないでしょ!」
ジルには緊張感の欠片も感じられないよ……。
「本当に緊張感が感じられないよね~。ここまでも偽物が出ただろうに、それでよくここまで来れたよね」
「偽マディスにまで言われるとはな……ルーチェのマイペースにも呆れるばかりだ」
「それでさ~、君はどうするの? 僕としては同じ顔のまま活動されると行ってない場所での活動がしづらくなるからちょっと困るんだけど……」
「顔が同じだと怪しまれちゃうもんね~。偶然同じ場所に到着して出くわしちゃったら大変なことになっちゃうよ」
「でも姿を変えて考え方まで変わったら君が困るよね?」
「それは困っちゃうな~……好戦的な思考が復活したら間違いなくやられちゃうもん」
というか、そもそもどうしてこんな妙な展開になってるの!?
「マディスさんだからじゃないですか?」
「マディスだからな。実験に命を懸ける人間だ。魔物の習性まで塗りつぶすほど強力な意思だとは思わなかったが」
「マディスの実験欲求がそんなに強い物だったなんて誰も考えないよ!」
魔物の習性<マディスの意思なんて想定外だし!
「実験……ああ! 薬で永久に姿を変えればよかったんだ~! こうすれば変わらないよね?」
「あはは! 確かにそれなら大丈夫だよね。作り方も知ってるんでしょ?」
「当たり前じゃない。偽物でも僕はマディスだよ? 薬の作り方くらいちゃんと心得てるよ?」
「じゃあ素材だけ渡せばいいかな?」
「ありがと~」
……ほんと、何なんだろこの展開……。マディスらしいって言えばそうなのかもしれないけど……。
「完成! さっそく姿を永久に変えてみようかな~」
偽マディスがあっという間に薬を作り上げ、飲み干した。……直後に偽マディスの姿が変わっていき、全くの別人になっていく。
「……どう? 姿はちゃんと変わった?」
自作した薬を飲んだ偽マディスの容姿は青っぽい銀髪の少女と言う、本物とは似ても似つかない物に変化してしまった。……まさかここまでやるなんて……。
「うん。完璧だよ~。その姿なら僕とは似ても似つかないから大丈夫だね~」
「そっか~。じゃあ、僕……私、はもう行くよ~」
「ばいば~い」
偽マディスだった少女はそのまま洞窟の入り口を目指して行ってしまったけど、何と言うか、話の流れに全くついていけないよ……。
「大丈夫ですよルーチェさん。私も全くついていけていませんから」
「確かにあれなら問題ないかもしれんが……だが……」
「まあ、気にせず調査を続けようよ」
「マディスがそもそもの原因だよ!?」
偽物=討伐対象だったはずなのにこんな展開になるなんて想定してないから! ……気を取り直して調査を続けようか……。さっきの分岐路を今度は真っ直ぐ進もう。
ーーーー
「……しかし、何故偽物共にここまで差があるのだ?」
「どうしたんです、グリーダーさん」
「俺の偽物は普通に襲い掛かってきたが、お前らの偽物はまともな戦いすらしていない。……何故だ?」
……何でだろ? マディスの偽物なんか魔物の習性すら上書きしてしまってたし……。
「言われてみると不思議ですよね。グリーダーさんは穏やかな人なのに、偽物は狂暴な蛮族そのものでしたし」
「……化けられた人の性格の違い、とか?」
「何寝ぼけたこと言ってるんですかルーチェさん。そんなはずないでしょう?」
「でも、それ以外に思いつかないんだけど……」
グリーダーは好戦的だし……。
「違う。俺は穏やかな性格だと言っているだろうが。町人の首をへし折ったり、モブのアイテムを強奪するくらいだ」
「そんな事をする人を穏やかとは言わないよ!」
「言うだろ? ……いや、違う。言わせるんだ。首に斧を当ててでもな」
「それただの脅迫だから!」
ますます穏やかな人のイメージから遠のくよ!
「まあ、それはともか「シュインシュインシュイン!」またか!? どこだ!?」
「……見えないけど……?」
キノコの出現する音はしたのに……どこにも居ない?
「居ないよね……安心できる?」
「大丈夫、だな……問題ない」
……あれ? 壁が一ヶ所緑色に……って違う!? まさか壁を貫通して……!
「壁の中から出てくるんですか!?」
「実際に出てきた!? ……グリーダー!」
「うおっ!?」
壁を文字通り貫通して飛び出してきたキノコにグリーダーが当たり、光に飲まれる。……またグリーダーの偽物が出てくるの?
「倒すしかないですね。……凶悪な蛮族ですけど」
「光が収まる……来るよ」
マディスがそう言ったのとほぼ同時に光が収まり、そこにはもう一人のグリーダーが立っていた。
「また本物のグリーダーさんですか……」
「判断に困るんだけど……どうしよう?」
「何を迷う事がある? 俺が本物のグリーダーだ」
そんなこと言われても、その姿じゃどっちがどっちかなんて分からないよ……。多分今喋ったのが偽物なんだろうけど。
「……オーラの色は変えられないんですか?」
「無理だ。俺は本物だが、それでもこのオーラの色は変えられん」
「……即答ですか」
オーラが駄目なら、他の事で判断できないかな? ……本当の姿とか?
「ねえ、グリーダー。もし本物だっていうなら、本当の姿を見せてよ」
「何?(本当の姿、だと?)」
「うん。グリーダーには本当の姿があるって前に聞いたけど、見たことないんだ。だから、あなたが本物だっていうならその姿を見せて」
……また切れて襲ってきそうだけど、どうかな?
「……(本当の姿……不味いな、そんな物は……ん? この身体の内側にある「これ」の事か? だが、どうやって出せばいいのだ?)」
あ、あれ? 何か自称本物のグリーダーの様子が変だけど……。切れて襲ってはこなかったけど、いったいどういう事なの……?
「ね、ねえ。もう一人のグリーダー。まさか、その姿は仮の姿なの?」
召喚したときからずっとその姿だけど、どういう事なの……?
「そんなはずはない。俺の姿はこれだけだ(……まさか、な)」
「だ、だよね……」
まさか今のグリーダーの姿が仮の姿なんて、そんなわけないよね。
「……(仮に「これ」を引っ張り出すとしたら、それこそこの身体を壊して引きずり出すしかないな。だが、その時俺の身体が無事で居られるのか……)」
「グリーダーさん?」
「あ、ああ。すまん。少し時間をくれ(この身体を壊せば内側から出てくるだろうが……そもそもなぜこんな妙な構造になっているのだ?)」
……やっぱり攻撃して倒す? それとも、一応待った方が良いかな?
「一応、攻撃してこないようですし待ちましょうか」
「本当にグリーダーに真の姿があったら面白いよね~。まあ、さっき本人が「俺の姿はこれだけだ」って言ってるわけだけど」
召喚した本人としては召喚した人の事も把握できてない気分になって凄く複雑なんだけど……。
「……(まさか「アレ」か? だが、完全にこの身体の内側に入れて更に術で時間も止めた関係上、出てくるはずなど無いのだが……)」
「……グリーダーさん?」
「ああ、何でもない(まあ、仮に出てきても偽の姿だと言えば良いだろう。……個人的に周りの連中と大差ない姿になるのは避けたいからな。あの姿では勇者としての威圧感が無くなる)」
グリーダー、さっきから何を考え込んでるんだろ?
「……待たせたな。望み通り、俺の本当の姿を見せてやろう」
「……本当にあるんですか? ……じゃあ、お願いします(まあ、偽物の事ですし、ありもしない姿に化けるのでしょう。グリーダーさん自身が否定したわけですし)」
「……ぬんっ!」
「え!? グリーダーの顔にヒビ……!?」
偽グリーダーからオーラが消えたかと思うと、突然偽グリーダーの顔にヒビが入った。そのままヒビがどんどん拡大していき、グリーダーの顔全体に亀裂が走って行く。……人間の顔にヒビが入っていく光景なんて、こんなの想定外すぎるよ! 今まで丸坊主なのかどうか分からなかったグリーダーが黒色の長い髪の大男だったことなんかどうでもよくなっちゃったよ!
「ぐ、グリーダーさんの顔からヒビがどんどん全身に広がっていきますね……」
「何考えてるの、このグリーダーは……」
顔に入った亀裂がどんどん偽グリーダーの全身に広がっていき、偽グリーダーの身体が剥がれ落ちて崩れていく。……何この光景……。
「まさか偽物がこんな行動を取るなんて想定外だよね」
「こんな行動を取ることを予想できる人が居たら本当にすごいから! 未来予知でもできないとそんな事不可能だよ!」
そんな事を言っている間にも偽グリーダーの身体はどんどん崩れ落ちていく。頭が、腕が、まるで崩れた家屋の残骸のように地面に落ちて積み重なっていく。そして偽グリーダーの身体が崩れ去ったところに何かの魔法陣が展開され、そこから何かが出てくる。
「な、何ですかこれ……」
「に、人間……だよね?」
「……透明な何かに覆われた人間、かな? いや、どう考えても人間にしか見えないけど……」
出てきたのは、透明な何かに覆われた人間だった。……どういう事なの、これ!?
この直後に番外編を入れようものなら、まさにドラマなどの名シーンの一歩手前で乱入するCMと同じだ、とか考えてたり。ぶち壊しになるのでしませんが。
そしてマディスは偽物でもマディスだった。