勇者教会を倒しましょう
教皇のヒローズへの宣戦布告を聞いた翌日、私たちは勇者教会のすぐ近くに来ていた。勇者教会が動き出すなら、間違いなくここから動き出すだろうし、もし私たちが教皇の目に留まればこっちに注目を引き付けることが出来るかもしれないしね。
「さて、教皇や勇者教会の騎士団はまだでしょうか?」
「昨日の教皇の話だと一日猶予を与えるって事だったけど……」
ちなみに勇者教会の敷地内には普段ならそこそこ人が居るのに、今は人一人居ない。やっぱり教会がヒローズの町を襲撃するって言ってる以上、誰もここには来ないのかな?
「まあ、ここに来るのは教会の信者くらいだろうしね」
「教会の信者共なら来るだろうな。いや、もう来ているか?」
私達が受けた依頼は教会騎士団が動き出し次第撃破するという物。だからすぐには動けないけど、向こうが動き出したらすぐにでも攻め込める。
「それにしても、どうして先制攻撃が出来ないんでしょうか」
「先に攻撃したら後で文句をつけられるからだろう」
「教皇や勇者教会の言う事など気にしてもどうしようもないと思うんですけどね……」
……でも、一応ヒローズの軍は侵略目的で戦うわけじゃないし……。
「分かってますけど、早く教会騎士団出てこないですかね……」
もう少し時間がかかりそうかな? と考えていた時、教会の方から声が聞こえた。
「あの愚か者どもはギルドにわざわざ依頼まで出したそうね? 侵略者である私や勇者教会を倒すようにと。あの豚どもは自分たちが真の侵略者であると知らないからそんなことが言えるのよ! この国は元々私たち勇者教会と貴族の物だった。それを奪ったのはあんた達ヒローズ政府の方なのよ!」
「あの声……」
「教皇の演説でしょうか。大きい声ですよね、相変わらず」
「だから、今から進軍するわ! あの愚か者たちが暮らすヒローズの町を破壊してやるのよ! 上流区以外徹底的に破壊してやるわ! 教会騎士団、出撃! 目標はヒローズの市街、および市街に潜むヒローズの犬、愚民ども、ヒローズ政府よ!」
「ルーチェさん」
「分かってる。騎士団が出てきた直後にサンダーボルトで攻撃すればいいんでしょ?」
暗殺者まで派遣してきたんだから、そのお礼もしてあげないとね。
「私の言葉に耳を傾けない屑共や罪深き者に神の裁きを! 教会騎士団、出撃!」
教皇の声がした直後、教会の入り口が開いて兵士が沢山出てきた。……いよいよ、だね。
「教皇様! 教会の入り口に何者かが!」
「何? せっかくの進軍の時だと言うのに」
教皇がこっちに近づいてくる。……さすがに、もう正体を隠したり目立たないように動く必要はないよね。
「私達の眼前に立つとは……たった四人で私たちの進軍を止められると思っているのかしら?」
「勇者教会の兵力なんてたった三人の冒険者にやられるくらい貧弱じゃないですか」
「な、んですって?」
「そっちの勇者の一行が勝手に襲ってきたのに、その勇者が叩き潰されたら報復として暗殺者まで派遣したんでしょ? 全部知ってるんだよ」
姿を変えて教会に乗り込んだこともあるし!
「ん? んん~!? ……その恰好、その男の禍々しいオーラ、そして、金髪と銀髪の小娘……まさか……」
「あなたたちの所の勇者一行(笑)は本当に弱かったですよ。無傷で倒せましたしね」
「……こんなところに居るとは! わざわざ私の居る場所に乗り込んでくるとはね! 間違いないわ! 奴らよ! 私の勇者様を地獄に追いやった罪深き罪人は、奴らよ! 目標変更! ヒローズの町なんて後回しよ! ただちにあの薄汚い罪人どもを始末しなさい!」
「教皇様の御心のままに! 罪人には死を!」
教皇の一声と共に騎士団が私たちの方に向かってくる。だけど……
「サンダーボルト!」
「ぎゃあああああ!?」
「急に転ぶ……うわあああ!?」
最前列を全員サンダーボルトで麻痺させて地面に転がす。
急に前の人間が転んでも対処しきれず、敵が敵に引っかかって次々に転倒していく。
転んだ騎士の上に別の騎士が積み重なり、騎士団はしばらく身動きが取れなくなってしまった。
「くっ……なめるんじゃないわよ! 勇者様を傷つけた罪人風情が! アイスエッジ!」
「なめてるのはあなたですよ?」
教皇の手に氷の刃が精製され、ジルへと飛んでくる。
でも、教皇の放った魔法なんかジルのフォークには通用しない。
「……ふざけないで! 私の魔法が効かないなんてありえないのよ! アイスランス!」
「だから、効かないですって」
アイスエッジが効かなかったことにいらだちを隠せない様子の教皇は次の魔術を詠唱する。
今度は教皇の上空に氷の槍が出現し、それが勢いよくジルへと飛来する。
ジルは飛来したアイスランスを持っていたフォークで串刺しにし、無力化したうえで食べてしまった。
「な……そんな……」
「この程度ですか。あっけないですね」
教皇なんて言うからには強いのかと思ったけど、この程度の実力しかない人がトップに居てもどうしようもないよね……。
「私の攻撃が……通用しない……」
「こんな攻撃、難易度5の魔物の攻撃に比べたら温すぎますね」
「難易度5の魔物と比べたら魔物に失礼だろう」
「ですよね」
まあ、教皇は本来戦うことが目的の人じゃないししょうがないのかな……。
「な、何やってるのよ! さっさと起きなさい! 起きて私を守るのよ!」
「無理じゃない? 金属製の鎧を通じて電気が全員に流れちゃっただろうし、それに……」
マディスが倒れた教会騎士団達目がけて薬を投げつけた。
薬が教会騎士団の一人に当たった直後、黄色い煙が周囲にまき散らされる。
「な、何をしたの!?」
「動けないように全員麻痺させておいたんだよ。一日は確実に動けないだろうね」
「もう諦めて牢屋に入って!」
あなたさえ捕まえればもう襲われることも無いだろうから!
「そ……そんな……私が……負ける? ……そんな馬鹿な……」
絶望したような表情を浮かべているところ悪いけど、さっさと捕まえるから。
「グリーダー、捕まえて」
「分かっている。任せろ」
これで依頼は終わりかな?
「ふざけないで! 私は、こんなところで捕まれないのよ! この国を私の物にするためにも、負けられないのよ!」
「教会の中に逃げ込む気!?」
教皇は教会騎士団を無視して教会の中に逃げ込んでしまった。……鍵までかけたみたいだし……どうしよう?
「じゃあ、教会騎士団を引き渡すために今から軍に通報するから、三人には教皇の捕縛を頼んでいい?」
「マディスが? まあ、別にかまわないけど」
別にマディスには教皇と因縁があるわけじゃないもんね。……さて、教皇を捕まえに行こう!
ーーーー
「鍵がかかってるけど……どうする?」
「どうするも何も……グリーダーさん!」
「壊せって事だな?」
グリーダーの斧が教会の扉をたやすく切り裂き、鍵ごと真っ二つにした。さ、行こう!
「教皇さえ捕まえれば、安心して旅を続けられますしね」
「暗殺者の礼はしてやるか」
グリーダーが破壊した扉を抜けて教会の中に突入した。
「と、扉を破壊するなんて……野蛮人め! でも、私の私兵たちは外に居る物だけじゃないのよ! 行きなさい!」
「教皇様の敵に死を!」
教会の広間には教会騎士団が部屋を埋め尽くすほどに集まっていた。……まだ居たの!?
「全員まとめて凍り付いていて! フリーズ!」
目の前に教皇が居るのに、教会騎士団の相手なんかまともにしていられないよ!
全員まとめて凍っちゃって!
「わ、私の騎士団が今度は氷漬けにされてしまうなんて……」
「雑魚などいくら呼んでも同じだ」
「諦めて降伏すればどうです?」
「ふ、ふざけないで! 私は正義なのに! 負けるはずないのに! 私も、勇者様も、絶対に負けないのよ!」
「逆恨みで暗殺者を送り付けるような人間の何処が正義なの!?」
本当に正義を名乗るなら、魔王や魔物を倒すことしか考えてないはずだけど!?
「黙りなさい! 私の正義は、絶対なのよ! 私の声は絶対なのよ! ……こうなったら……」
教皇が取り出したのは何かの本。……何をするつもりなの?
「お前たち全員皆殺しよ! 役立たずの騎士団の事なんか知ったこっちゃないわ! シューティングスター!」
あの小石が降ってくる魔法……じゃない!? この感じ……!
「ジル! グリーダー! すぐに防御の準備を!」
「え!? どうしたんですルーチェさん!?」
「ジル! 気をつけろ!」
直後、教会の天井に空間が開き、そこから無数の大岩が降り注いできた。
大岩が教会の広間に直撃、爆発し、広間も、壁も滅茶苦茶に破壊していく。
「な、何ですかこれは!? 小石が降ってくるんじゃないんですか!?」
「とにかく、当たらないように気をつけよう! 防げるものは防いで!」
「了解だ!」
「……分かりました!」
「死ね! 死ね! 死ね! 全員皆殺しよ! 私に逆らう者は皆シューティングスターの餌食にしてやるわ!」
なんなのこの魔術……シューティングスターってこんなに恐ろしい魔術だったの!?
一応ファイアボールやグリーダーの攻撃を当てたり、ジルのフォークで無効化して対処出来てるけど……。
「ぎゃああああああああ!」
「きょ、教皇様! お助け……ぐはああ!」
「み、味方まで殺すなんて……!」
私達だけじゃなく、教会騎士団の方にも当然大岩は降ってくる。
私が使ったフリーズの氷などあっという間に砕かれ、中の教会騎士団は全員大岩と爆風の餌食になってしまった。
「あら? 何か潰したかしら? まあ別に良いわ。あんた達を潰すためだもの。必要な犠牲よね?」
「最低だな」
「自己中ここに極まれり、ですね」
「煩いわね。私が勝つための犠牲なのよ。別に良いじゃない。教会騎士団なんて居なくても、私と勇者様さえいれば教会は大丈夫なのよ」
教皇は味方を皆殺しにしておきながら全く悪びれることも無い。
……本当に、勇者の事しか頭にないんだ……。
「勇者様さえ無事ならば……私さえ無事ならば……勇者教会は永遠に不滅よ! 勇者様と私さえ居ればね! 言い換えると、そこに転がっているような連中は何人死のうと無問題よ!」
「そこの騎士団の人も一応信者じゃないの!? そんなにあっさり殺すなんて……!」
「知らないわよそんな事! 一々信者の顔と名前を把握しているわけないじゃない! 誰が死のうと知ったことじゃないわよ!」
「こんな人を信じて勇者教会に入信していたと考えると、哀れですね」
……許せない。許せないよ……。
「ああもう! 当たらないわね! さっさと当たって死ねばいいのに!」
「そう簡単に当たるとでも?」
「……いくら教会騎士団が敵だって言っても、こんな酷い事許せない」
「え? 何よ。何か文句でもあると言うの?」
「あるに決まってるでしょ! いくら敵でも、何の躊躇も無く仲間を皆殺しにして平然として! そんな酷い事しておきながら何も感じないなんて!」
「やかましいのよ! 黙って死ね!」
教皇の叫びと共に大岩が私の方に降ってくる。
「黙るのはあなたのほうだよ! ホーリー・カノン!」
降ってきた大岩の方にホーリー・カノンの光弾を放つ。
大岩は光弾が貫通し、瓦解。
光弾はそのまま大岩が飛んできたルートを逆走していき……。
「な!? まさか、発生源の空間を……」
直後、大岩の発生源に着弾、大爆発。
上空の空間内部にあったであろう大岩に次から次へと誘爆し、空間から連鎖的に爆風が生じる。
「う、嘘よ……シューティングスターが……。こうなったら逃げるしかないわ!」
「逃がすか!」
「逃がしませんよ!」
シューティングスターが破られたのを見て逃げ出そうとする教皇。
しかし、その足は途中で止まることになってしまう。
何かに足を掴まれ、教皇は対処できずに転んでしまった。
「な、何!?」
「きょ、教皇様……お助けください……」
かろうじて息のあった教会騎士団が教皇の足を掴み、助けを求めていた。
「は、離しなさい! 私は今それどころじゃないの! あんた達みたいなボロ雑巾に構っている余裕はないのよ!」
「い、行かないでください……教皇様……助け……」
「離しなさい! ……邪魔よ! 離せ! アイスエッジ!」
教皇が縋りついた兵士に攻撃しようと魔術を放つ。……が、何も起きない。
「ま、まさか……」
「魔力も切れたようですし、大人しく捕まってくださいね」
ジルがそう言って教皇に近づいた直後、教皇の身体が崩れ落ちた。ジルが教皇に当身を叩き込み、失神させたみたい。
「さ、こんな物騒な人は早く捕まえてもらいましょう」
「そうだね。こんな酷い事する人、いつまでも放置するわけにはいかないし」
この人を捕まえたら以後安心して旅も続けられるだろうしね。
「それにしても、生かして捕えるのが仕事内容とはいえ、最後の当身しか攻撃できないのは少々物足りないです」
「全くだ」
「仕方ないよ。万が一殺しちゃったら大変なことになるし……」
ワイナーみたいにしぶといわけじゃないんだし、下手に攻撃したら死んじゃう危険があるから……。
「お待たせ。軍を連れて来たから引き渡していこう」
「遅い到着ですね、軍は」
「まあ、軍だからね~。……ところで、教皇の手にある本、何?」
「……この教会を滅茶苦茶に破壊した魔術の本です。……丁度良いです。奪いましょう」
「そうだな。奪っても構わないだろう。戦利品だ。ルーチェ」
「って、いくらなんでも奪うのは不味いんじゃ……」
シューティングスターの魔術書をいきなり渡されても……。
「すみません。教皇とその一味を引き渡していただきたいのですが」
「分かりました。これとあそこに転がっている人たちです。教皇の魔術で酷い事になってしまってますが」
話しているとヒローズの軍がやってきたので、教皇と配下を引き渡す。……教皇と教会騎士団が軒並み捕まったし、もう教会は終わりだよね。
「ヒローズの勇者のその後が楽しみだな」
「旅先で出会えば様子を見れますね」
「すみません。まだ隠れている兵士が居るかもしれませんので、皆さんは退出してください」
……まあ、ジルやグリーダーが望むような事は出来ないよね。……じゃあ、依頼は終わったし私達も帰ろうか。
「そうだな。それで、次はどの依頼を受けるんだ?」
「……崩落現場の調査だっけ? を受けようと思うんだけど」
「分かりました。……さて、教皇はちゃんと裁かれますかね?」
「裁かれなかったら俺たちが裁くだけだ」
「ですよね。無能な政府が何もしないからこんなことになったんですし」
……ワイナーの時はちゃんと厳罰に処してくれたし、大丈夫だと思うんだけど……。機会があったら見に行こうかな。
「さて、機会があれば泥棒に忍び込みたいところですが……」
「駄目!」
「つまらんな。まあ、既に泥棒は行ったわけだが」
「……?」
え? でも、何も盗ってないよね……?
「ええ。何も盗ってませんね。じゃあ、帰りましょうか」
「う、うん……」
書いているうちに更に極悪度が上がった教皇。次話でちゃんと制裁します。次の依頼を終えた後で更に制裁をパワーアップさせる予定。
そしてヒローズ勇者一行の転落人生の第一歩も……。