ワイナーを倒しましょう
先に動いたのはワイナーだった。
「お前たちも俺にひれ伏すのだ!」
ワイナーがそう言うと同時にワイナーの口から火球が放たれ、私目がけて飛び出してきた。
……咄嗟に避けたけど、人間が火を吐くなんて! 一体どうなってるの!?
「ちっ……外したか。俺はなあ、聖剣以外にも山ほど装備を巻き上げたんだぜ? その中にはな……」
……また何かくる!
「ジル!」
「人間の姿でありながら魔物みたいに炎や吹雪を、雷を吐く能力を備えられる物も混ざってたんだぜ!」
今度は黄色い光を放つ球がジル目がけて放たれた。
ジルの持っていたフォークが無効化してくれたみたいだけど……。
「肝と骨……調合。グリーダー!」
「任せろ!」
マディスの薬で強化されたグリーダーがワイナーに突っ込んでいく。
ワイナーはジル目がけて雷の塊を放ってきた直後なので動けない。
「ぬん!」
「ぐおっ! よ、よくも俺に傷を……だ、だが、俺の身体はすぐに元に戻る!」
グリーダーの振るった斧は確かにワイナーを捉え、大きく吹き飛ばした。
でも、起き上がったワイナーには傷一つついていない。……本当に厄介な能力。
「……」
「くくく……どうだ? これが俺の回復力だ! お前らがどれだけ足掻こうと、負けイベントでしかないんだよ!」
「ファイアボール!」
魔術耐性? ただ単にここの冒険者の魔力じゃ通らなかっただけだよね?
でも、本当に効かないかもしれないし、一応確かめないと……。
「こんな物! 俺に効くか!」
私が放ったファイアボールはワイナーの右腕に当たった直後に霧散した。
……威力は十分なはずだし、火属性攻撃そのものを無効化してるのかな?
「……もう一度肝と骨を調合。ジル」
「私も攻撃に回りますよ」
「そうだね。グリーダー一人じゃ攻撃のペースが足りない」
「ぐちゃぐちゃ喋ってんじゃねえ! 俺の力を舐めるな! 来たれ流星群! シューティングスター!」
……シューティングスター!? まさか……。
「流星群に潰されてくたばれ屑ども! 俺の前ではどんな奴も等しく弱者なんだよ!」
ワイナーがそう叫んだ直後、私たちの上空に空間の裂け目が生じ、そこから無数の何かが降り注いできた。
「……小石ですか?」
「ば、馬鹿な! あの爺! 何が流星群を降らせる魔法だ! こんな小石を降らせる魔法、何の役に立つと思ってやがる!」
降ってきた物はやっぱり流星でもなんでもない小石の雨だった。……本当にその魔術って使えるの?
「教会の自称秘術ですか? こんなのあっても全然役に立たないですよ」
「こ、こんなはずじゃ……ええい! こんな役に立たない魔術など使うか!」
……シューティングスターって本当に名前だけの魔術なんだね……。
「だが、こんなゴミ以外にも私がお前たちを倒すための武装は山ほどあるのだ! この聖剣の餌食になれ!」
ワイナーが勇者教会の聖剣を構え、グリーダーの方に突っ込んできた。
「その剣ごと粉々にしてくれる!」
でも、今のグリーダーにはマディスの薬が作用していて普段よりずっと力が強い。
突っ込んできたところを返り討ちに出来るはず!
「くたばれ、雑魚が! 俺の聖剣の餌食になってな!」
ワイナーの剣とグリーダーの斧がぶつかり合い、火花を散らす。
ワイナーは両手で一本の剣を持って斬りかかって来たけどグリーダーはびくともしない。
それどころか……。
「な……なんて馬鹿力だ!」
「……軽すぎるな。この程度の力で防げると……思うな!」
「ぐ……」
強化されたグリーダーの方が力が強くなってるから、どんどんワイナーが押されている。
「覚悟してください!」
「な、挟み撃ちだと!?」
グリーダーと鍔迫り合いをしているワイナー。
その背後からジルがテーブルナイフで斬りかかった。
「くそ! 卑怯にもほどがあるぞ!」
「あなたにだけは言われたくないですね!」
「同感だ!」
ワイナーは持っていた聖剣を手放し、すぐさま横に飛んだ。
背後から斬りかかってきたジルをかわしたワイナーはそのまま距離を取る。
「……ルーチェ。無効化を無視して攻撃魔術を通す薬、使った方が良いかな?」
「……お願い。魔術を無効化されたらまともに攻撃が出来ないから」
ワイナーが距離を取ってくれたことでマディスと話す余裕ができた。
……マディスの薬さえ効けば攻撃魔術も通りそうだけど……。
「炎結晶と亡者の欠片……調合。ルーチェ、火属性の魔術をワイナーに撃ちこんで」
「分かった」
「何だ? 今俺の周りに何かが纏わりついたような……。まあ、俺が負けるなんてありえない。俺は全ての戦いで勝つことを約束されているからな!」
ワイナーはすでにマディスの薬の影響を受けているのに、平気な顔をしている。
そのまま油断しててもいいけど……大火傷するよ?
「ルーチェさんとマディスさんが何かするようですね。ササキの時のように通用するんでしょうか」
「恐らくな。今はワイナーの足止めと引き付けに徹するか」
「何をごちゃごちゃ言ってやがる! その辺の雑魚から奪った杖の力を見せてやるよ! ……吹き荒れろ、烈風!」
ワイナーが杖を取り出して叫ぶ。
すると、ワイナーの周囲に渦巻く風のバリアが出現した。
「これで攻撃は当たらねえ! その上、俺は全ての魔術を無効化するんだよ! つまり……お前らは絶対にこのワイナー様には勝てねえって事だ!」
風のバリア……。
でも、炎が当たればものすごい勢いで燃えそうだけど……。
「ファイアボール!」
「またか! だから、何度やっても無駄なんだよ!」
そう言ってわざわざ真正面からファイアボールに突っ込んでくるワイナー。
「無駄無駄無駄! こんな火球、また消し去って」
ワイナーが言えたのはそこまでだった。
ファイアボールは風のバリアに当たった瞬間に爆発し、中のワイナーを爆風が直撃した。
爆風の直撃を受けたワイナーは大きく跳ね飛ばされて地面に落ちた。
「がっ……!? い、いてえ!? 何でだよ! 傷がすぐに治らねえだと!?」
起き上がったワイナーの身体はあちこち傷だらけになっていた。
マディスの薬、無事に通用したみたい。
「な、何でだよ……何で食らってるんだよ……魔術なんて効かねえんじゃなかったのかよ……!」
「ま、どんなに強力な魔術耐性があっても、一時的に体質を変えれば問題ないよね?」
「ワイナー……監獄に放り込むから覚悟して!」
「て、手前! よくも! よくも俺の……!」
杖を投げ捨て、懐から出した二本目の教会の剣を装備したワイナーが私の方に向かってくる。
でも、二人が前衛になっている限りワイナーはここまで来れない!
「甲羅と王水、調合。ジル、グリーダー! 今だよ!」
「待ってましたよ、マディスさん!」
「覚悟してもらおうか?」
「ええい! くそ! 何でだよ! 何で俺がこんなに傷だらけなんだ!? さっさと治れよ俺の身体!」
ワイナーの剣はどんどん滅茶苦茶な振りになっていく。
自分の身体の傷がすぐに治らない事がそんなに気になるのかな?
……そんな事考えてる場合じゃないか!
「まあ、深い傷を受ければ簡単には治らないよね。多分内側ばっかり治ってるんだろうし」
「……マディス! その話は後だよ! ワイナーを倒さないと!」
「そうだね。今のうちに調合の準備をしないとね……!」
どうしてさっきはすぐに治ったワイナーの傷が今は治らないのかなんて知らないよ。
でも、傷が治らないならその隙にどんどんダメージを蓄積させるだけ!
「さっさと倒れてください!」
「ぐああっ! 何で……何で傷がすぐに治らないんだよ……!」
ジルのナイフがワイナーの左腕を切り裂いた。
切り裂かれた腕から血が流れ出す。
「ちっ! 何で怪我が治らないんだよ! くそ! こうなったらその辺の雑魚からポーションでも巻き上げて……!」
「逃がすと思うか?」
逃げようとしたワイナーの前に回り込んだグリーダーの拳がワイナーの顎を下から打ち抜いた。
顎を殴られたワイナーの身体は大きく仰け反り、バランスを崩して転倒した。
「ぐあっ!」
「終わらないよ? 二人とも離れて。炎結晶二つで……」
妙な赤い塊を持っているマディスの言葉を聞いたジルとグリーダーはすぐさまワイナーから離れる。
二人が離れた直後、マディスがワイナー目がけて赤い塊を投げつけた。
赤い塊はワイナーに当たった直後に破裂し、ワイナーの身体を炎が飲み込んだ。
「ぎゃあああああ! だから、何で、何で食らってるんだよ! ……き、消えろ! 熱い!」
地面を転がりまわって火は消せたものの、ワイナーの身体はもうボロボロになっている。よく見ると少しずつ傷が治っているみたいだけど、外側の傷は全くと言って良いほど治らないみたい。
「あなたが他の人から奪ってきた物、全部返してもらうからね?」
「ち……くしょう。誰が……」
「もう一度同じ物を食らっても良いなら止めないけど……どうする?」
「断るに決まってんだろうが! 俺は負けるはずねえんだ! これは幻想だ!」
とことん往生際が悪いよ……。こんな調子じゃ絶対改心しないよね?
「更生の余地はないですね」
「反省させる方が難しそうだよ?」
「二度と出られないように牢獄に閉じ込めるのが一番だろうな」
ワイナーがこんな調子じゃしょうがないよね……。
「とにかく、ワイナーを捕縛して役人に突き出さないと!」
戦闘不能にはしたし、役人に突き出して永久に牢獄の中に入れないと……!
「その前に聞くことがあります。……奪った物はどこにやったんですか? 答えなさい」
「はっ……誰が教えるかよ……!」
「言わないと、ナイフで刺しますよ?」
殺気をむき出しにしてワイナーを問い詰めるジル。
「ひっ! ぜ、全部売りさばいたに決まってんだろうが! 雑魚どもの装備なんか、ごく一部を除いてその辺で売ってる価値も無い装備だ! だから、金のために売ったに決まってんだろ!」
本当に、最低……。
「では、手元にはいくつ盗品があるんです?」
「て、手前……まさか俺の戦利品を……!」
「全部奪った物でしょう? なら、奪われても文句は言えないですよ」
「元々貴様が弱者から奪った物だ。なら、貴様が俺達に装備を奪われても文句は言えんな」
「ふざけんな! 奪って良いのは俺だけなんだよ! 俺だけの特権なんだよ! 弱者どもから巻き上げていいのは、俺だけなんだよ! 俺が奪われる側になるなんて、あってはならないことなんだよ!」
「その言葉、自分が物を奪った相手にも言えるの?」
「ああ!? 雑魚どもから奪って何が悪いんだよ! 弱い奴が悪いんだ!」
性根まで腐ってる……。本当に、更生の余地なんて一切ないじゃない……。
「こういうのを「悪人」って呼ぶんだろうね、多分」
「マディスさんでなくても、悪人だと思いますよ」
ワイナーは誰が見ても悪人にしか見えない……と思う。酷い思考の人でもなければ、だけど。
「さ、縄で縛って連れて行きましょう」
「マディス、縄持ってる?」
「……ちょっと待って。探すから……」
「ま、不味い。このままじゃ、俺が捕まってしまう。そうなったら……俺は……」
牢獄の中に放り込むことになるけど、今までどれだけの事をやってたかを考えたら、当然だよね?
「……いや、駄目だ。俺は捕まるわけにはいかないんだ!」
ワイナーがまた立ち上がってきた。マディスの薬で攻撃してからさっきまで何もしてなかったからか、体の傷が結構塞がっている。放置したのは不味かったかな……。
「往生際が悪いな。今すぐ降伏すれば寛大な処置で済むかもしれんぞ?」
「ふざけんじゃねえ! 俺は……奪う側なんだ! 奪われる側になるなんてあってはならないんだよ! 俺は……絶対に……負けないんだ!」
グリーダーの言葉を拒絶したワイナーの口から青い球体がグリーダー目がけて発射された。
グリーダーはワイナーの攻撃をかわしたけど、球体が当たった地面が凍り付いてしまっている。
「……俺は負けてはいけないんだ。俺は奪う側なんだ。何をやっても許される特別な人間なんだよ!」
「妄言はいい加減にして!」
「俺は……絶対に勝たなければいけないんだ……! 俺が負けるなんて……あってはならないんだ!」
その時、ワイナーの周囲に妙なオーラが纏わりつき、周囲の空間が狂い始めた。
「……これは……何!?」
「空間が歪んでいます!」
「何かの魔術か!?」
「……ありえない光景が頭に焼き付けられてるね……」
空間が歪むにつれ、何故か私たちが地に伏すイメージが頭に送り込まれてくる。
そして、空間が歪むにつれて私の視界も歪んでいく。
……まさか、無理やり負けたことにされるの!?
「こんな術まで使うなんて聞いてないですよ! 何もかもが滅茶苦茶な物に見えます! 一体どうすれば……!」
「……自分たちが負けているイメージを全力で否定して! このイメージを受け入れたら、間違いなく負けたことにされちゃう!」
戦いの結果すらも妄言で捻じ曲げようとするなんて……。
こんなふざけた物……絶対に認められないよ!
「ルーチェと同意見だよ。いくらなんでも、悪あがきが過ぎるよ、ワイナー……!」
「同感、だ……!」
「俺は勝っているんだ。俺が勝っているんだ! 俺が負けるなんてあってはならないんだよ! 俺の戦いは、全部俺が勝つようにできているんだよ!」
歪む空間と視界の奥に、妄言を繰り返すワイナーの姿が映った。……ふざけないで! こんなふざけた幻想、絶対叩き壊すから……!
負けバトルにありがちなご都合主義「戦いで勝っても何故か戦闘後の結果は変わらない!」を再現すればこうなる。
もちろん、バトルに関わってない部外者による謎の攻撃を受けてやられたみたいなご都合主義もあるだろうけど。