ワイナーを探しましょう
「ジル。バグズ平野に到着したけど、どうやってワイナーをおびき寄せるの?」
バグズ平野はあちこちに大きな石や木が点在する平原だった。……ジルはこの場所でどうやってワイナーを探し出すんだろ?
「チャームで周辺の魔物を操り、戦闘を演出して助けを求める冒険者を演出しようと思っていたんですが、どうでしょうか?」
「うーん……」
チャームで魔物を操って戦闘を演出……ワイナーの普段の行動パターンが分かればそれでいいかもしれないけど……。
「ジル、ワイナーの普段の行動パターンが分からない現状では無駄にならないか?」
「ですよね。そこが問題なんです。ワイナーの冒険者狩りが単純に襲い掛かってくる手法だった場合や手助けしてくれる心優しい冒険者を装って近づいてくる場合は通用するんですが、もし魔物をけしかけてから自分も戦闘に参加する手法だった場合は……」
「まずは、ワイナーの情報を集めた方が良いかな?」
ワイナーがどんな装備をしているのかやどんな手法で襲い掛かってくるのかを調べておかないと対処できないだろうし。
「ルーチェの提案に賛成。まずは下調べをするべきだと思うよ」
「……そうですね。ワイナーの手法だけでも調べなければ、知らないうちに懐に潜り込まれることもありえそうですし」
「決まりだな」
「まずは、ワイナーの事を調べよう」
どこに居るのかはともかく、どんな手法で冒険者狩りをするのかを調べないと誰がワイナーかの区別も出来ないしね。
「バグズ平野についたようだね。早速魔物退治に取りかかろう」
「このスロウリーにかかれば難易度1の依頼など赤子の手をひねるような物。すぐに片付くでしょうな」
ヒローズの勇者一行の声が聞こえた。まあ、入口の陰で立ってたら聞こえるよね。
「ヒローズの勇者一行が来たようですね」
「ねえ、あの一行にこっそりついて行って彼らにワイナーが襲い掛かってくることを期待してみない?」
「ヒローズの勇者を囮にワイナーをおびき出し、連中がやられたところでワイナーを討伐するのだな?」
「そういう事。やってみる価値はあると思うよ?」
他のパーティを囮にするのって何か嫌だけど……。でも、現状情報取集以外にはそれしか手が無いしね……。やむを得ないかな?
「じゃあ、誰か一人がこっそりついて行って、その間に他の三人が情報収集する?」
「いえ、それなら二人でやった方が良いです。万が一ワイナーに襲われれば、一人では大変でしょうし」
「そうだね。ルーチェ一人じゃ十分な威力を出すための詠唱時間が確保できないだろうし」
「……じゃあ、誰がヒローズの勇者一行を監視するの?」
「……ルーチェとジルで良いんじゃない? 幸い、金髪の女の子なんてどこにでもいるし、ジルもフォークとナイフを隠しておけばそうそうヒローズ勇者に怪しまれないでしょ」
「少なくとも、俺は監視には向かんな」
そのどす黒いオーラがあるし、しょうがないよね。それに、背が高すぎるから見つかりやすいし。
「じゃあルーチェさん。行きましょうか」
「うん。……マディス、グリーダー。気を付けてね」
「そういうルーチェもね」
「ルーチェ、ジル。ヒローズ勇者の監視は任せた」
ヒローズ勇者にワイナーが寄ってきたらいいんだけど。どうだろ?
ーーーー
「このわしの焔、大地に具現せし爆炎、今ここに集いて逆らう愚か者を焼き払うのじゃ! 力よ、わしの魔力を媒介にして今こそ引き出されん。その「ファイアボール!」なあ!? 小娘! 貴様わしの見せ場を奪うとは!」
ヒローズ勇者の監視……をしてるんだけど、やっぱりあのお爺さんは馬鹿だよね。詠唱が長すぎるから横のレミッタに先に攻撃魔術を撃たれて狙っている敵を倒されちゃうなんて……。
「まあ、あのお爺さんではしょうがないでしょうね」
「ゴブリンを後25匹は倒したい。行くぞ」
「勇者様。今更ゴブリンをそんなに倒そうとも、腕前は変わりませんよ?」
「全くじゃ。難易度5のクエストに挑むならともかく、このような子供騙しで……!」
「駄目だ。せめて一太刀で斬り伏せられるようになりたい。一匹倒すために4発も斬っていられない」
結構離れたところから見てるんだけど、本当に弱いとしか言いようがない勇者一行。こんなので良く難易度5に挑もうとか考えられるよ……。
「ゴブリンくらい、私のナイフならプリンみたいに真っ二つにできますよ」
「教会の剣が弱いのか、勇者一行が弱いのか……」
どっちにしろ、ゴブリンを倒すために4回も斬らないといけないんだったら、ちょっと強い相手も簡単には倒せないよね……。
「……ルーチェさん」
「……え? 何この感じ? 無数の敵が近づいてきてる……?」
近づいてきてるって言っても、私達が居る場所と反対の方向から勇者一行の方に、だけど。でも、何で敵の大群が向かってきてるの?
「な、何だあれは!? 魔物の集団に人が追われてる!?」
「大変です! 助けなければ!」
「愚かな冒険者が魔物を刺激でもしたか! 勇者様の力で救出せねばいけませんな!」
「話を聞くにどうやら冒険者が魔物の大群に追いかけられているようですけど……どう思います? ルーチェさん」
「……変だよね。魔物が集団で群れる事ってあるのかな?」
ジルと話をしている間に、ヒローズの勇者一行は魔物の集団に追われている人の方に向かって行ってしまった。……見失わないうちについて行かないと!
「大丈夫ですか!?」
「た、助けてくれ! 魔物に追われて……!」
「僕たちが何とかする! あなたは逃げるんだ!」
「わしらヒローズ勇者が居る場所にやってくるとは、魔物どもも運が無い事よ」
「行きますよ、勇者様!」
「ああ! レミッタ、スロウリー、ベルナルド! 行くぞ!」
勇者一行が魔物の方に突っ込んでいった。……魔物に追いかけられていた冒険者がこっちに向かってくる! 石の陰にでも隠れないと!
「くくく……ヒローズの勇者か。こいつはいい。次のターゲットは貴様らだ。せいぜい魔物にやられないようにしてくれよ? 俺の楽しみが無くなってしまう。さて、準備したら狩るとしようか。あいつらならヒローズの勇者だし、その辺のカモよりずっと良い物持ってそうだな……俺が奪って金にしてやるか! このワイナー様の役に立てるんだ。本望だろうな!」
……この人がワイナー!? まさかこの人、魔物に追いかけられてる冒険者のふりをしてターゲットに魔物の集団を押し付けて消耗させるつもりなの!?
「さてと……装備は問題なし、奪ったアイテムの収納スペースも問題なし、俺の体力も問題なし。連中が消耗しきったところで襲撃して奪うとしようか!」
なんて人なの……! 最低だよこの人! ヒローズの勇者は……まあ、良い人じゃないけど、でも、このワイナーって人はもっと酷い人だよ!
「……とにかく酷い人ですね」
「……でも、止められないんだよね?」
「当たり前ですよ。私達二人で挑んでも、勝てる見込みがありません」
分かってる。だけど何もできないなんて……。
「まあ、良い気分ではないですよね。ワイナーがどんな人間か、どんな手法を使うのかを調べるためとはいえ、目の前で行われている非道な行為に手出しできないんですから」
「……行こう」
「ルーチェさん?」
「……グリーダーとマディスと合流したら、すぐにあの男を倒しに行こう」
「分かりました。もうワイナーの顔も手法も覚えました。後は、私たちが彼を倒すだけです」
……早く、グリーダー、マディスと合流しないと……。
ーーーー
グリーダー、マディスと合流した私達は一旦バグズ平野の入り口近くの木の陰に身を隠すことに。ワイナーが襲ってきたり盗み聞きされたら困るしね。
「……ワイナーの手法は魔物の集団をけしかけてから自分も襲撃に参加するやり方だったよ。この目で見たから間違いない」
「……魔物の集団まで使うなんて、極悪な人だね。ワイナーって」
「魔物が妙に少ないと思ったらそういう事か」
「なので、ワイナーを倒すチャンスは私たちが囮になるか、襲撃された冒険者の所にかけつけてワイナーを倒すかの二つしかありません」
でも、今からヒローズの勇者の所に向かっても、多分もう倒されているだろうし……。
「つまり、魔物の集団を引き連れてくる、もしくは、魔物を自分の周囲に集めている冒険者がワイナーということか」
「多分ね。この平野の魔物のほとんどを引き付けてターゲットの冒険者や勇者にけしかけてる。と考えていいと思う」
「た、大変だ! 勇者様が!」
「勇者様が襲撃されただと!? すぐにお救いせねば!」
「何と言う事だ!」
私たちが話している途中、勇者教会の人達が慌てた様子で走り抜けていった。……やっぱり、ヒローズの勇者はやられちゃったんだ……。
「まあ、当たり前でしょうね。彼らが勝ってしまうようでは、難易度5の名折れになるでしょう」
「……ワイナーはその場から逃げてるよね?」
「当然でしょうね。私がワイナーの立場なら、とっとと別の場所に移動します」
「そして、別の場所で魔物を寄せ集めて同じことをする、そういう事だな? ジル」
「はい。ですので、被害をこれ以上出さないためにも……」
「一刻も早くワイナーをおびき出そう!」
ワイナーを倒して、こんな酷い事止めさせないと!
「ぐ……う……」
「勇者様! しっかりしてください!」
「く……教会騎士団長の自分が……不覚……」
「ベルナルド様! 一体誰にやられたのです!?」
私たちが木の陰から出ようとしたとき、ヒローズの勇者一行が担架に乗せられて運ばれてきた。運ばれてきた四人は全員体中痣と切り傷だらけで、更に四人とも持っていた装備が無くなっていた。
「わ……ワイナー……と名乗って……」
「おのれ! 例の賞金首、勝ち逃げのワイナーか! よくも我々の勇者様を! 待機中の教会騎士団に告ぐ、ただちにワイナーを始末するのだ! 勇者様を傷つけた罪人、生かして帰すな!」
「はっ!」
勇者一行がヒローズに運ばれていくのを見た教会の人が周囲に居た騎士団にワイナーの始末を命じ、騎士団がワイナー抹殺のために動き出した。
「教会騎士団が出たみたいだけど、あの人たちで勝てるかな?」
「多分、ワイナーが連れて来た大量の魔物にやられるでしょうね」
「追いかけてみる?」
「……そうだね」
もしワイナーが魔物の大群を押し付けてきたとしても、教会の人達が魔物と戦っていれば時間稼ぎになるだろうし、もしそうなれば私たちはワイナーに集中できる!
「さあ、教会騎士団を追いかけましょう」
「行くぞ、ルーチェ」
「うん!」
教会騎士団が探せば多分すぐにワイナーも見つかるよね? そう思っていた時、南東の方から聞き覚えのある叫び声が聞こえた。……教会騎士団は北西に向かってしまったけど……。
「た、助けてくれ! 魔物に追われてるんだ!」
「……あの声! ワイナーだよ!」
「間違いないです!」
「行くぞ! 遅れるな!」
ワイナーが誰かを襲おうとしてる!? あんなことはもうさせない!
ーーーー
「……今日の俺は運がいいぜ! 教会の勇者を狩ったおかげで伝説の聖剣を手に入れたんだからな! さて、次の獲物は貴様らだ。さっきのカモ勇者同様背後から俺が……」
「ワイナー!」
声のした方に向かうと、魔物と交戦中の冒険者を背後から襲おうと準備をしているワイナーの姿が。ここで絶対に止めるから、覚悟して!
「な、何だ!? 私はただの冒険者だ! 魔物に襲われたので逃げていただけ……」
「ふざけたこと言わないでくれる!? あんたのやり方、見てたんだから!」
「な、何の事かさっぱりだ……。だから、私はただ、魔物に追いかけられていただけで……」
「私も見ていたんですよ? あなたがヒローズの勇者一行を魔物の集団で弱らせた後、襲い掛かろうとしていたあなたの行動を!」
「……な!?」
目の前のワイナーはヒローズの勇者を襲う準備をしていた時と同じ外見をしている。……もう言い逃れも出来ないからね!
「ちっ……! 襲撃の準備を見られたとなったら……口封じのために消すしかないな! このワイナー様の負けイベントに参加できたこと、ありがたく思うんだな!」
「全然ありがたくないね~。有難迷惑だよ」
「消えるのはあなたがこれまで略奪してきた装備品とお金だよ!」
「どれだけ自信があるのかは知らねえけどな……これを見ろ!」
ワイナーが鞘から抜いた剣……どこかで……。まさか……。
「そうだ! 勇者教会に伝わる伝説の聖剣だ! 勇者だったか? あんなゴミ、この剣の使い手には勿体ないぜ! 俺が使った方が剣も喜ぶだろうよ!」
「やはりあの後奪ったんですか?」
「何言ってるんだ! 寄付されたんだよ! 俺に負けた連中はな、負けイベントの代償として、俺に装備を恵んでくれるんだよ!」
「全部力ずくで奪っただけのくせに! ふざけたこと言わないで!」
奪って得た物を寄付? ふざけないで!
「黙れ! 奪った者勝ちだ! 俺はなあ、弱いくせに一人前に良い装備してる連中を見ると、絶望のどん底に叩き落としたくなるんだよ! 俺よりはるかに弱いカス共のくせに、俺の装備よりも良い物持ってんだぜ!? 奪ったって構わねえよなあ!?」
「その言葉、そのままお前に返していいか? お前がここで負ければ、俺たちがお前の装備を奪っても文句は言えんぞ?」
「はっ! 俺は絶対に負けねえよ! 負けるのはお前らだ! 俺が騎士団とか言う雑魚どもに捕まらない理由、教えてやるよ!」
言うなりワイナーは自分の腕を剣で切り裂いた……のに血が出ない!? それどころか、傷口がすぐに治って……!
「くくく……俺はなあ、神に愛されてるんだ。どんな攻撃魔術も妨害魔術も俺には効かねえ! 更に、どんなに斬られてもその場で傷が治っていく! お前らも、俺にあっさり負けるんだ! 仕方ないよな! これは、俺が勝つように仕組まれた俺の勝ちイベント、つまり、お前らの負けイベントなんだからな!」
「……こっちの出番ですね。市販品、結局使わなかったですが」
「市販品は不要だったか? まあ、構わないな」
「……絶対、許さないからね?」
「さて、ワイナーのその耐性には薬は通用するのかな?」
「おいおい! 良い物持ってんじゃねえか! 本当に今日はラッキーだな! 勇者一行とか言う雑魚どもから良い物を手に入れた上に、もっと良い物が手に入るチャンスだ!」
ワイナー……本当に最低な人だよ!
「お前らを倒せば見事1000人から装備を手に入れたことになる。このワイナー様の圧倒的な強さにひれ伏し、無様に地面に這いつくばるんだな!」
「地面に這いつくばるのはあなただよ! ワイナー!」
「許す必要も無いですね。徹底的に叩き潰しましょう!」
PV50000記念の番外編でも近いうちに書くとしましょうか。ワイナーの始末が終わった辺りにねじ込む予定です。