勇者教会の様子を見てみましょう
ルーチェ達が居ない話なので三人称。冗談では無く、本当にルーチェ達はこの話に一切出ません。
ヒローズ勇者教会。ヒローズの勇者一行を支援している最大の団体の通称であり、また、その団体が作った教会の名称でもある。その教会の一室で、勇者教会の教皇の叫び声が上がった。
「な……なんですって!? 勇者様が負けたとでも言うの!?」
教皇は報告にきた神官の言葉を信じられないようであった。まさか、自分の勇者一行がその辺の演劇の相手にやられるなどとは思わなかったようである。
「う、嘘よ! ありえないわ! 私の、勇者様が……!」
「……教皇様。残念ですが、事実です。勇者様一行はササキなる劇団員と交戦し、倒れたとのことです。また、教皇様自らお与えになったシューティングスターの魔術も、スロウリー様では使いこなすことが出来なかったようで……」
「……ありえないわ。私の勇者様一行が負けるわけないじゃない! ギルドカードを貸しなさい!」
「い、いえ。今は勇者様一行が管理しておられるので私の手には……」
「何やっているのよ! ギルドカードは私たちが管理しておかなければ駄目でしょう!? 何のために私たちが勇者様に実績を与えていると思っているの!?」
ギルドカードを勇者が管理していると言う話を聞いた教皇は激昂して神官を怒鳴りつける。
「あんたみたいな馬鹿にも分かるように説明してあげるけど、勇者様一行には実績が必要なのよ! それこそ、あらゆる難関をくぐり抜けたと言う実績がね! それは完璧な記録でなければならないわ! だから、クエストに失敗した不名誉な記録なんて残してはいけないのよ! 分かる!?」
「そ、それはもちろん存じております! ですが、勇者様からギルドカードを預かろうにも、その勇者様に止められてしまうので……」
「なにやってんのよこのボケナス! そんな事だから、あんたはいつまで経ってもゴミ屑の下級神官なのよ! いい!? スロウリーやベルナルド越しにでもいいわ。ギルドカードの点検や調整を理由にするのよ。そうすればちゃんと手に入れられるわ。そうすれば、勇者様だって言う事を聞いてくれるもの。分かった!?」
「はい」
「ならば、とっととギルドカードを持ってきなさい!」
「はっ! 今すぐに回収してまいります!」
教皇に散々怒鳴り散らされた神官は大慌てで部屋を出て行く。
「ああ、もう! どいつもこいつも役立たずばっかりだわ! 大体何なのよそのササキとか言う反逆者は! 私の勇者様を叩き潰すなんて大罪よ! 以前勇者様を陥れようとした冒険者と同じ犯罪者よ!」
部屋に誰も居なくなったためか、喚き散らす教皇。両手で机を何度も叩いている当たり、相当苛々しているようである。
「……勇者様が負けるなんてありえない。私の勇者様は世界一の強さを持つのよ? 何で負けているの? ありえない……」
椅子に座ったまま天を仰ぎ、ぶつぶつと勇者が負けたことを否定しようとする教皇。その時、教皇の私室のドアが叩かれる。教皇が許可を出すと、教会の私兵が入ってきた。
「教皇様! テラピアに到達しましたが、未だ反逆者共を見つけることは出来ていません。この先、二つのルートが想定されますが、どちらを目指すべきでしょうか?」
「……決まっているじゃない。両方よ。行けるところは全て探しなさい! 必ず見つけて、その首叩き落として、私の所に持ってきなさい!」
「はっ! 失礼しました!」
私兵からテラピア方面に派遣した暗殺者の報告を聞き、必ず仕留めるようにと言う通達を出した教皇。だが、その努力は永遠に報われることなど無いのであるが。
「ああもう! なんなのよ! 何で私の勇者様が叩き潰されてるのよ! ありえないわ! 教会秘蔵のアイテムも与えたって言うのに! シューティングスターの魔術書だけじゃなく、教会に伝わる伝説級の剣も与えたのよ! どうして勝てないのよ! 私の勇者様は最強なのよ! ……卑怯な手でも使われたんだわ! きっとそうだわ!」
勇者一行が勝てないのはそもそもの実力が不足しているだけなのであるが、そんなことをいくら言っても教皇には通用しないだろう。勇者=最強であると妄信しているため、それを否定するような言葉は全く聞こうともしないし理解しようともしないのである。
「……大体何なのよその劇団は! 勇者様を叩きのめすような奴を平然と劇団内に置いておくなんて!」
「失礼します!」
「な、何よ! 入る時にはノックくらいしろとあれほど……!」
愚痴の最中に突如入ってきた神官に対し、怒鳴る教皇。
「申し訳ありません。しかし、大変なことになってしまいました」
「何が起きたって言うの!?」
「勇者様が敗北したクエストをその直後に別の者が攻略してしまい、難易度5のクエストが無くなってしまったとのことです!」
「な……勇者様が勝てないクエストを攻略した!? というか、何やってるのよ! 勇者様以外には難易度5のクエストを受注させるなとあれほど……!」
神官の報告内容に唖然とする教皇。勇者一行があっさりとやられてしまった演劇をその直後に別の者が攻略してしまったと言うのだ。しかも、現在品切れを起こして難易度5のクエスト自体が無くなってしまっている。……これは一大事だ。
「何やってるのよ! 今すぐに難易度5のクエストを作りなさい!」
「もちろん、今必死に依頼を作成しております! ですが、どんなに急いでも準備できるのは明後日以降になるかと……!」
「ふざけんじゃないわよ! 明後日以降になる!? 勇者様がその間に低難易度のクエストに手を出したらどうするつもり!? 勇者様の実績が悪くなるじゃない!」
教皇が気にしているのは難易度5の依頼が見つからなかった勇者一行が明日低難易度のクエストに手を出してしまい、難易度5のみをクリアしてきたという実績が無くなってしまう事である。
「し、しかし……」
「言い訳なんか聞きたくないわ! さっさと難易度5のクエストを用意しなさい!」
「わ、分かりました……!」
「……ああもう! 本当に苛々するわ! 間抜けな神官ばっかりで腹が立つ!」
下級神官たちが自分の思うとおりの働きをしないことに苛立ちを募らせる教皇。そこに、ギルドカードを持った神官が戻ってきた。
「お待たせしました、教皇様。ギルドカードをお持ちしました」
「はあ……遅いわよ。ほら、さっさと貸しなさい」
教皇は神官から勇者一行のギルドカードを奪い取ると、直接ギルドカードに魔術をかけてクエスト関係の数字を弄りはじめた。依頼失敗数は1から0に、難易度5の依頼の達成数は15から8倍以上の125へ、そのほかの難易度の依頼の達成数は全て0へ……。
「きょ、教皇様……」
「何!? 私のやることに何か文句でもあるの!?」
「い、いえ……ですが、それはさすがにやりすぎではないかと……」
身内の神官ですら呆然とするほどの数字変更をさも当然のように行う教皇。ここまで数字を弄ってしまうと、もう別人の記録である。
「何言ってるのよ! 何のために勇者一行のギルドカードを私が用意したと思っているの!? あんなギルドのカードだったら、実績が正しく表示されないじゃない!」
(この実績こそ不正な実績のような気がしますが……)
「ああ、そうだわ! 念のために、依頼失敗数の部分を細工しておきましょう! どんなに依頼を失敗しても失敗数が増えないように細工すれば……」
勇者様のためなら何でもやる。それがこの教皇である。ちなみに、本来であればギルドカードは文字通り「ギルドで」作成されて発行されるため、このような方法は出来ない。ただし、このカードに関しては教会自らがギルドカードを作って発行してしまっているので、このような暴挙が可能なのである。
「……できたわ。これを勇者様一行に渡してきなさい」
「了解しました」
ギルドカードを持ってきた神官を下がらせ、教皇は思案に耽る。
「……明日、なんとしてでも勇者様たちをこの教会で足止めできないかしら? 勇者様が勝手にクエストを受けてしまったら大変なことになってしまうわ。まあ、その時も私が結果を訂正すればいいんだけど……。それよりも問題は勇者様が受ける予定だったクエストを勝手に攻略した冒険者だわ。どこの反逆者がそんなことをしでかしたの? ……勇者様の活躍を奪うなんて、許しておけないわね」
勇者の足止めをして低難易度のクエストを受けさせないようにする。これが今の教皇にとって最重要事項である。ただ、勇者が受ける予定だったクエストを勇者の後に攻略した冒険者、その存在が気にかかった。
「勇者様が勝てない相手を倒す……いったいどんな愚か者が勇者様の活躍の場を奪ったのか……。気になるわ。調べさせましょうか。……文官!」
教皇は部屋の外で待機していた文官を呼びつけ、指示を下す。
「ヒローズの難易度5クエストを受注した冒険者が居たら調べておきなさい。逐一報告すること、いいわね?」
「了解しました!」
教皇の指示を受けた文官はすぐさま出発する。
「さて、どうやったら勇者様を止められるかしら……。無理強いは教会の立場上できない、でも行ってもらいたくはない……」
文官を見送った教皇は再び勇者の足止め方法を考えるのであった。
ーーーー
教皇が勇者一行や依頼を勝手に受けて攻略した冒険者への対応を考えていたころ、教会の一室では勇者一行が待機していた。さすがにササキに倒されて時間が経っていないため、受けたダメージの回復と言う名目で待機させられているのである。
「何故じゃ! 何故わしらが勝てない!? あんなどこぞの劇団の雇った傭兵相手に何故負けるのじゃ! そんなのありえぬ! あってはならぬのじゃ!」
「同感ですよスロウリー様! 私も勇者様も伝説の剣を教会より賜った。スロウリー様もシューティングスターの魔術を習得された。なのに、何故負けてしまったのか!」
「単純に私たちが弱いから……です」
傭兵ササキに叩きのめされたことを愚痴るスロウリーとベルナルドにレミッタが負けた理由を述べる。
「あの傭兵め! 妙なバリアなど張りおって! わしらが負けた後に攻略されたようじゃが、大方バリアを解除して八百長でもしたんじゃろ!」
「でしょうね。あの傭兵、大方次の試合では八百長をして負けたんでしょう。私達に恥をかかせるために役人どもが仕組んだのでは?」
……レミッタは敗北した理由を述べたのだが、そんな理由は無いとばかりに二人には無視されてしまった。
「……勇者様。明日、どう動きましょうか?」
「そうだね……二人や教会の人に勧められるままに難易度5を受けていても絶対に勝てないと思う。だからできれば難易度1から始めたいんだけど……」
二人に無視されたため、勇者に話しかけたレミッタ。勇者個人としては難易度1の依頼を受けたいと考えているのだが……。
「勇者様ともあろうものが何をおっしゃいますやら! 難易度1など受ける必要が感じられませぬ! わしらが受けるべきなのは難易度5のクエストのみなのじゃ!」
「そうですよ、勇者様。勇者様には難易度5のクエストを制覇したと言う実績が必要です。難易度1の依頼など、我々が受けるような依頼ではありません」
「勇者様。難易度1のクエストになど手を出してはいけません。あれは幼子が行うような内容です。少なくとも、勇者様が受けるような依頼ではありません」
スロウリーとベルナルドのみでなく、教会の人間にまで反対されてしまうのだ。
「だけど、明らかに実力が足りていないだろう。君たちは勇者の実績に拘っているみたいだけど、明らかに僕たちの実力が難易度5の依頼に追いついていないんだ。僕も努力はするけど、それでも今難易度5のクエストに挑むのは明らかに時期尚早すぎるんだよ」
「臆してはいけません勇者様。今日負けたのは相手が不正を行っていただけの事。例の傭兵はその後すぐに倒されたではありませんか」
「そうじゃ。わしらが戦うときだけあの傭兵は不正を行っていたのじゃ!」
勇者の発言にすら耳を貸さない時点で教会関係者が明らかに異常なのは言うまでもないだろう。
「……それはともかく、難易度5のクエストが品切れになったそうだね」
「え、ええ。難易度5のクエストをどこの誰とも知れぬ輩が勝手に制覇していきましたので……」
「……なら、明日は難易度4のクエストを受ける。クエストが無いんだ、仕方ないだろう?」
「な、何を言うのです! いけませんぞ! 我々は、難易度5のクエストのみを受けなければならないのです!」
「そうですよ、勇者様! 私たちは、勇者としての実績を示すために、難易度5のクエストのみを受注して、かつ攻略していかなければいけないのです」
難易度4のクエストを受けようとする勇者に対して反対意見を述べるスロウリー、ベルナルド。教会は「勇者には難易度5のクエストのみを突破した実績が必要だ」としているため、その実績を下げるような真似はさせたくないのだ。
「……どうしても駄目か?」
「い、いえ……ですが、勝手なことは控えていただきたいのです。万が一勇者様のこれからに支障をきたすようなことになっては困りますので……」
勇者は教会関係者にも低難易度のクエストを受けることについて尋ねた。だが、強制ではないもののやはり返ってくるのは反対意見であった。
(……スロウリーといいベルナルドといい……何を考えているんだ。ギルドカードの中身がいつの間にか書き換えられていること、僕が気づいていないと思っているのかは知らないけど……。まさか、さっきのギルドカードの点検って……駄目だ。どうしても疑ってしまう。勇者教会もスロウリーもベルナルドも信じなければいけない協力者や仲間なのに……)
「勇者様、どうかなさいましたか?」
「……外を出歩いてくるよ。一人に、してくれないかな?」
「了解しました」
(……だけど、本当に教会やスロウリーの言葉を信じて彼らに従っていていいのか? このまま教会やスロウリー、ベルナルドの言葉を信じていたら、大変なことになりそうだ……)
勇者教会から一行が借りている部屋を出るとき、勇者の頭にはこの教会と教会からつけられた同行者に対する疑念が渦巻いていた。
番外編……と言うには本編のササキ討伐直後で時系列はつながってる。おかしい。
特別編……ではない。何かしらの記念日が絡むわけではない。というわけで除外。
そんなわけで、普通に本編の一部に。それにしても、勇者教会は見事に馬鹿の集まりになってしまいましたね。