ヒローズへ行きましょう
「……なるほど、魔物の攻撃で森が……」
「はい……森を守ることは出来ませんでした……」
「いえ、仕方ない事です。……では、これが今回の依頼の報酬です」
「ありがとうございます。それじゃ、私たちはこれで……」
「しかし、見事に難易度5ばかり解決していますね……あのヒローズの貧弱な人たちじゃなくて、あなたたちの方が勇者なんじゃないですか?」
「あはは……買いかぶりですよ。失礼します」
ルーチェです。……仕方ないとはいえ、嘘をついて森の事を報告するのはやっぱり胸が痛いよ……。
「何言ってるんですか。勇者の常識ですよ?」
「これは絶対違うよ!」
報酬のために嘘をつくなんてやっぱり何か違うよ!
「そんなことはない。報酬を減らされないように工夫することは大事だ」
「そうですよ。……それはともかく、どうやってヒローズに入りましょうか?」
「正面から行くのって不味いよね?」
どうやって行こう……そう思っていたら、雑貨屋の方から大きな袋を引きずったジルと同じくらいに見える銀髪の男の子が現れました。……白いコート? かな。凄く特徴的な服だけど……。
「……名案を思い付きましたよ」
「ほう?」
「行きましょう、ルーチェさん」
「え? ジル?」
いきなり先ほど現れた男の子の方に向かっていくジル。
「久しぶりです」
「あれ? 教会で売るために泥水を注文した女の子だったよね?」
「ええ。その節はどうもありがとうございました。おかげで泥水を貴族に売って沢山お金を得ることが出来ましたよ」
「ホントにジル何やってるの!?」
詐欺じゃない! 値段釣り上げの悪徳商法より酷いよ!
「黙っていてくださいルーチェさん。……ヒローズの天災マディスがどうしてここに居るんですか?」
天災? 天才じゃなくて天災なの?
「うん。最近勇者一行の子守りをしろって言われて煩いから買い出しついでにテラストに逃げたんだ」
「なるほど。確かに勇者一行なんて身体だけ大きな子供ですからね。確かに子守りです」
「一度ついて行った事があるけど、騎士と老人は僕の薬の使用に断固反対、女の子は僕の名前を聞くだけで怯えて使い物にならない、勇者はそんな皆をなだめるのに夢中で僕の事は終始ほったらかしだったからね……何もできなくて退屈だったよ」
い、一体どんなことをしたらそこまで恐ろしい評価をされるの……。
「この天才マディスの薬の良さが分からないなんて、って言っても通用しないんだよね。頭が無駄に硬いから……実験も何もできなくて退屈なんだ」
「マディス……?」
マディス、ヒローズ……どこかで聞いたような……。
「知らないんですかルーチェさん? ヒローズに居るのが不思議な人材、マディス・サイエントですよ。その薬はたった一滴で文字通り辺りの地形を滅茶苦茶に変えたり戦争の状況をひっくり返します」
「何でも治し、死者でも叩き起こす傷薬から戦場を一瞬で更地に変える劇薬まで、このマディス、素材さえあったら何だって作るよ?」
「もしかしてヒローズの歩く天災マディス!?」
確か6年前のヒローズとテラントの小競り合いの際に戦場に現れてたった一つの薬で両軍の兵士を壊滅させたって……。
「ああ。両軍の兵士が全員喋る生首に変わったやつ? あの実験は楽しかったな~。何せ煩い戦争がたった一日で終わったんだよ? すごくない?」
「そんな「煩い喧嘩が終わった」感覚で言われても……」
というか、あの後ヒローズもテラントも戦いどころじゃなくなったんだよ……。
「そんなものすごい実績のあるマディスさんだからこそ、協力していただければ凄い戦力になりそうなんですが……」
「確かに、話を聞いていれば普通に使えそうな人材だな」
「……でも、味方ごと巻き込まれると……」
さすがに、あんな大量変身?兵器を使われるのは……。
「うん。最近は解毒剤や効かなくするための免疫薬剤にも力を入れてるから問題ないよ? だって自分が実験に巻き込まれるわけにもいかないしね」
「それに、そもそも彼に頼ってヒローズに入るつもりですよ」
「というか、そもそもどうやってヒローズに入るつもりなの?」
確かにこの人はヒローズにあんまり興味も無さそうだし、味方になってくれそうだけど……。
「ルーチェさんの持ってるその入れ物をマディスさんの倉庫代わりに使わせてあげる代わりに、私達に協力してもらうんですよ」
「ええ!? そんなので了解してくれるわけ……」
「うん、素材の山をなんとかしてくれるなら手伝っても良いよ? アレがあるからヒローズから離れられないんだし」
「あっさり了解してくれた!? いいの!?」
いくらなんでも、あっさりすぎない!?
「気にしたら負けだよ。とりあえず、この袋の中の物全部入れて?」
「なにこれ!? わけの分からない物が山ほど入ってるけど……」
マディスの袋の中には魔物の肝や骨といった物から鉱石まで様々。……一体どんな実験に使うのこれ……。
「あ、実験風景を見たい?」
「そりゃあ、まあ……」
そもそも、薬の作成風景は見たことないし……。
「えっと、鉱石と樹皮を出して……」
いきなり実演し始めたマディス。……いくらなんでもここでいきなりやるのはどうなんだろ……。
「調合! そして、投薬!」
マディスが両手で素材を合わせた瞬間に素材が光の粒子となり、投薬と言った直後にその光の粒子が私にかかる。……って、いきなり実験台にされるの!?
「はい、ガードパウダーの作成と投薬終了!」
「って、もう終わり!? 速!」
一瞬にもほどがあるよね!?
「マディスさん、今のってどんな効果があるんですか?」
「うん。そのルーチェって子をタライで叩くと分かるんじゃないかな?」
「何でタライ!? というか、どうして私が叩かれるの!?」
いきなり薬の実験台にされて今度はタライで叩かれるの!?
「悪く思うな」
直後、私の頭に思いっきり何かが叩きつけられて硬い物と岩がぶつかり合うような凄い音が。……あれ? 痛くない?
「ぬおお……手、手が……!」
後ろを見ると、グリーダーがクリスタル製ピコハンを取り落として手を押さえている。って、まさかそれで殴りつけたの!?
「当然だ。実験のためにはこれくらいの威力を持つ武器でなければな」
「当然だ、じゃないよ! 殺す気!?」
いきなり鈍器で殴りつけてくるなんてあんまりだよ!
「凄いですね。ルーチェさんが無傷で、攻撃したグリーダーさんが逆にダメージを負いましたよ」
「うん。同レベルの戦力ならこれ一つで戦局が変わるよ? まあ、一時的にしか効かないから何度も使わないとだめだけど」
「それでもかなりの効果だな。この薬だけで剣すら通らないんじゃないのか?」
「実験だと槍の刃先がへし折れたり剣が真っ二つになったけど……使う相手によるからね……」
それでもこの効果は凄いよ……。
「まあ、他にもたくさんあるから置物にはならないと思うよ?」
「実演を見るのは初めてでしたが、こんな薬を使える人間を押さえつけるヒローズの人間が信じられないですね」
「でしょ? ちょっと強力な薬をばらまいただけで薬を使うのは禁止だ! とか言われるんだよ……」
「そりゃこういう薬よりも劇薬の方を作るのがメインだったら……」
周囲にものすごい被害を与える薬でも平気で使うみたいだし……。
「戦場を一瞬で荒野に変える薬や、野盗も騎士団も教会の人間も敵味方関係なく混乱させる薬の何が駄目なんだか……面白いよね?」
「食らった方は面白いじゃすまないよ!?」
「滅茶苦茶な状況にした方が楽しいでしょ?」
「ですよねえ? 混迷させた方が見ている分には……」
「ジルもそうだけど、自分がその状況に陥ったらどう感じるか考えてよ!」
自分がその状態に陥らないっていう前提があるんだろうけど……。
「当たり前ですよルーチェさん。何で私がそんな状況に陥るんです?」
「うーん……それもそれで面白いかもね~」
「面白ければ自分がなっても良いの!?」
マディスって何考えてるのか……。
「面白いなら何でも良いよ? 一時的に別の生物に変わる薬だって面白そうだったから実験した後でちゃんと自分も飲んだし」
「破天荒ですね」
「ジルは絶対に言えないと思うよ!?」
というか、ジルもグリーダーも破天荒だよね!?
「って言われてるけど、二人はどう思ってるの?」
「私みたいな常識人居ないですってば」
「同感だ」
「……って事みたいだけど?」
「私から見たら絶対違うよ!」
というか、強奪や泥棒を考える時点で……!
「だからそれは、ルーチェさんが常識知らずなんですよ」
「違うってば!?」
「一応忠告しておくと、同行するならこの煩い姑の小言を聞き続ける必要がある。マディス、この点は大丈夫か?」
「まあ、常にこんな調子なら横で見る分には退屈はしないだろうな~。このルーチェって子は観察日記でもつければ面白そうだし」
「だから姑じゃないってば! それに小言って……当たり前のことを言ってるだけだよ! というか何で観察日記の対象になるの!?」
植物の観察日記じゃあるまいし!
「ルーチェさんのストレス解消のために連日言葉の暴力で甚振られてるんです。酷い話ですよ」
「むしろ私がジルに酷い事言われてると思うんだけど!?」
「いつもこんな感じだ。マディス、連日これでも大丈夫か?」
「普段これだと退屈はしないだろうな~。見てるだけで良いかも」
「それはともかく、ヒローズでの宿も大丈夫ですよね」
「というか、そもそもどうやって入るのか説明してよ!」
また話がずれてるよ!
「細かいですね、ルーチェさんは。そんなの、マディスさんについて行けばいいだけですよ。ヒローズではいろんな意味で有名ですし、兵士も暗殺者もいつ毒薬や危険兵器の実験を始めるか分からないマディスさんが近くに居る状態で襲ってはこれないでしょう」
「ヒローズの僕の家にある実験素材をその中に片付けたら空いた部屋は好きに使って良いからね~」
「それにこの通り。宿も問題ありませんよ」
「……急展開過ぎてついて行けないよ」
まあ、現地に住んでいるマディスを頼れば宿だって確保できるけど……。
「気にしたら負けです。さ、行きますよ、ルーチェさん」
「突っ立っていたら置いていくぞ」
「だから急に動き出さないでよ!」
というか、いきなり動くのは良いけど、早歩きはしなくても良いよね!?
「……ヒローズの勇者とは雰囲気が明らかに違うね……でもまあ、ついて行っても退屈はしないかな? 無害な薬のテストをする分には丁度いい実験台も居るし……。ヒローズの勇者一行は薬を使わせてすらくれなかったからな……それはともかくさっきのガードパウダーの効果をもっと上げるには……」
ーーーー
テラストを出てヒローズに向かいます。……テラストを抜けて北東に進むと川があり、そこがテラントとヒローズの国境になってるらしいけど……。
「マディス橋ですね」
「え? 何でマディスの名前があるの?」
テラントとヒローズの国境の川に到着しました。川に渡された橋の名前がマディスって……?
「6年前にちょうどこの橋の上で睨み合っていた両軍を薬で全員生首に変えたからじゃないかな? 「戦場に突如現れたたった一匹の悪魔にわが軍の部隊は全員呪われ、回復させるのに1年かかった。この戒めを忘れぬために、悪魔の名前を刻む」なんて言われたのを思い出すよ」
「戦場の両軍を文字通り壊滅させたらそりゃ悪魔って呼ばれてもおかしくないよ……」
それはもう自業自得じゃないかな……?
「戦争なんてやるくらいなら僕の薬を使えばいいのにって思って実験したんだけどね。実際無血終戦できたよ?」
「それは結果的にだよ!」
両軍全員生首に変えたらそりゃ戦いどころじゃないもん! というか、よくこんなことしていて捕まらなかったよね?
「家の周囲に毒薬の罠を仕込み、更に常に自衛用の猛毒も持ち運んでたら最初は数人引っかかってものすごいことになってたけど、その内誰も近づかなくなったよ?」
「そりゃそんなところに近づこうとする人居るわけないじゃない! 危険すぎるもん!」
一体マディスの家の周囲はどうなってるの!?
「それは到着してのお楽しみかな?」
「橋を渡り終えるとすぐヒローズの南部に入りますよ。マディスさん、こっちに来ていたと言う事は検問はまだしていないですよね?」
「うん。確か今月末に税金が跳ね上がるからその後は逃げ出す人の対策にするみたいだけどね」
「あくどい国だな」
「まあね~。だって勇者を崇めるあまり一部の人間が暴走してるしね~。今なんか大変な時期なのに「私の勇者を叩き潰した奴らは絶対に許さない! 見つけ出して始末して!」と喚き散らす人が居たしね」
何その迷惑な人……。
「物騒ですね。……ヒローズに入ったら、注意しなければいけませんね」
「絶対変な行動はとらないでね!? 特にジル!」
「名指しですか!? 酷いですよルーチェさん!」
「実際に詐欺をやってるんだから酷いも何もないよね!?」
泥水販売も実際にやってたんだったらもう言い逃れできないから!
「そう言えば先週くらいから急に依頼が増えだしてるから、受けていったらいいんじゃない? まあ、中身はものすごい物が中心だけどね」
「戦闘ですか?」
「ううん。ヒローズ最強の球団を相手にした練習試合や演劇かな? でも、一般人じゃどうやっても歯が立たないよ。だってアレは……実際に受けてのお楽しみかな?」
い、一体どんな内容なの……?
「ヒローズの球団ですか? ……その辺の事は疎いので少し分からないですね……」
「演劇か。何の劇をやるんだ?」
「確か、ヒーロー物だよ。でも、これもまた凄い事になってたよ」
「本当にどんな内容なの!?」
というか、そもそもそれは難易度5の依頼ですらないんじゃ……。
「誰もクリアできなかったからどんどん提示難易度が上がって今や堂々たる難易度5になってるよ?」
「チャレンジしますよ、ルーチェさん」
「え!? 確かに難易度5だけど……何か違うような……」
そもそも、レベルアップと何ら関係ないような……。
「何を言うんですか。この高難易度ともなれば、ただの球技や演劇ではないでしょう? グリーダーさんはどう思います?」
「挑戦してみる価値はあるな。暇な時にでも挑むか?」
「まあ、今日の所は僕の家で退去の準備を手伝ってもらうけどね」
「分かっていますよ。早速、明日から依頼を受けてみますか。良いですね、ルーチェさん」
「う、うん……」
でも、私達暗殺者に襲われたんだし、悠長にそんなことしていていいのかな? 魔物討伐ならまだしも、演劇や球技って……。
テラスト終了。そして四人目参入。ルーチェさんはますますのど飴や胃薬を大量に服用することになりそうです。これ以上メンバーは増えないのでご安心?
「そもそものど飴や胃薬なんか服用してないからね!?」