魔物を討伐しましょう
依頼場所までの道には地面に埋まった人がたくさん居ます。ヒローズはこんなに大量の人員を割いてまで私達を暗殺しないといけないの!?
「まあ、私達は勇者一行の痴態を知っている人間ですしね。それに冒険者はどこにでも行きます。ならば、口封じに始末しておくことが重要なのでしょう」
「口封じのためだけにここまでするの!? ヒローズはどこまで滅茶苦茶な国なの!?」
勇者一行の痴態を知られて口封じとして金を取られた。だから金を取り返すためにも殺す! ってあんまりだよ……。
「それが国家だ。いいかルーチェ、国家と言うのは、勇者に押し付ける以外にも、自分たちに都合の悪い情報を持っている相手を始末することも行う物だぞ?」
「グリーダーさんの言う通りです。国家とは人が集まってできる物、つまり、国家は大きくなった人なんですよ。自分の仲間に都合の悪い情報を持っている相手は消す。それも国家が人だからやる事なんです」
「それが国家だと言うのは分かってるけど、実際にこんなふうに仕掛けてこられるとやられた側としては酷いとしか言えないよ!」
あちこちに埋まっている暗殺者の人には悪いけど、でも、私達だって何も悪いことしてないのに殺されるわけにはいかないから……。
「まあ、被害者の私達からするとそうとしか言えないですよね」
直後、何かが近くの木の上から地面に降りてきて、ナイフを抜くなりジル目がけて向かってきた。……暗殺者!?
「まだ居ただと!? 60人は地面に埋めたんだぞ!?」
「暗殺者まだ居たんですか!?」
「覚悟!」
「ジル危ない! ファイアボール!」
反射的に暗殺者目がけてファイアボールを放つ。ファイアボールが正面から直撃した暗殺者はそのまま後方に吹き飛び、自分が降りてきた木にぶつかって動かなくなった。
「が……ヒローズに栄光……ぐふっ」
「いきなりすぎますね……」
「ジル! 大丈夫!?」
本当にいきなりすぎるよ! まさか5メートルはある木の上から平気で飛び降りてきて襲い掛かってくるなんて!
「……助かりました、ルーチェさん。……もうこれからは背中に武器を背負えないですね。いつでも抜けるようにしなければ……」
「連中を派遣しているのは明らかにヒローズの上層部だな。ヒローズに着いたら潰すか?」
「そうですね。二度と我々に刃向かえないようにしなければ、安心して旅ができません」
「襲わせないように圧力をかける程度なら良いけど、潰すのはさすがに不味くないかな!?」
上層部を潰すって事は、国家を潰すと言ってもいいくらいの事だよ!?
「それが私たちの安全に関わるならやりますよ。というか、向こうが仕掛けてくるんですし」
「ルーチェ、貴様は戦争中に相手の事を思うか? 思わないだろう? それと同じだ」
「それとこれとは……」
国家を潰す=たくさんの人を困らせることになるし……。
「大丈夫ですよ。私達は勇者ですし、悪い魔物が国王に化けていたので斬り捨てたとでも言えば全く問題ありません」
「それもどうかと思うよ! 大体そんな言い訳本当に魔物が化けていなかったら通用しないもん!」
物語の中では本当に魔物が国王に化けていて何らかの形で勇者に見破られて倒されると言う者も多いけど、さすがに現実でそんなことはありえないよ!?
「ああ、大丈夫です。魔物の死体とすり替えておけば問題ありません」
「その通りだ」
「自作自演するの!? 最低だよ!」
「当たり前ですよルーチェさん。私たちは主人公体質が無いので、襲ってくる敵を倒すにはこのような卑怯な手段でも取るしかありません。ついでに、最低とか酷いとか外道とか、そう言う言葉はむしろ我々の業界では褒め言葉ですよ」
「最低とか外道が褒め言葉に感じるってどうなの……」
そこまで行くとむしろ勇者の方が悪人に感じるよ……。
「まあ、勇者の起源は盗賊ですしね。それはともかく、前方のあの一団を討伐しろと言う事でしょうか」
「うじゃうじゃいるよ……中に他より大きい魔物が混ざっているけど」
森の中に窪地があり、そこには無数のウルフやゴブリン、オークやベアの一団が。……どうして違う種族同士で戦闘にならないんだろ?
「まあ、サクッと討伐してしまいましょう。ルーチェさん。手加減無用でお願いします」
「手抜きは禁止だ。良いな?」
「……どうなっても、責任は取らないからね? 辺り一帯滅茶苦茶になるよ?」
中級以上の魔法は範囲が広いからなるべく使いたくなかったんだけど……。
「戦闘中に下級魔法ばっかり使って手抜きされるよりはマシです。周囲の地形なんて無視していいですよ。苦労するのは我々ではありません」
「……分かった。覚悟を決める。それと、魔力が切れたら特効薬も勝手に飲むけど良いよね?」
「戦闘中ならば、好きにしろと言わせてもらう」
「同じく、ですね。と言うわけで、開幕に一撃お願いします」
じゃあ、加減無しで使うから。危ないから絶対に前に出ないでね。
「シャイニングレイン!」
詠唱を終え、魔法を放つ。天が光ったと思った直後、窪地一帯に上空から無数の光の雨が降り注ぎ、窪地の中の魔物に襲いかかった。光の雨は魔物と共に地面も容赦なく貫き、魔法の威力で破壊された地面は爆音が聞こえたときには砂埃となって舞い上がっていた。光の雨が降り終え、舞い上がった砂埃が収まったときには窪地の中には全く動かなくなった魔物の山と無数の小さなクレーターしか存在していなかった。
「こんなのがあるのならどうして使わなかったんですか?」
「だって、こんな威力の魔法が当たったら間違いなく二人も死ぬよ!? それに、ほら!」
魔法が当たった場所が案の定滅茶苦茶になってるし!
「魔物の残骸の下は見事に小さなクレーターだらけだな」
「なるほど、前衛の安全はともかく、周囲の環境とか言うどうでもいい事を気にしてたと」
「どうでもよくないよ!? こんな状態になったら簡単には元に戻らないよ!? それに……!」
「グルル……!」
「グオオオオ……!」
「地面ごと破壊するために余りに凄まじい爆音も出てしまい、周囲から新しい敵を呼んでしまう事もある、と言う事ですね」
そうだよ! だから使いたくなかったのに! そう言おうとしたとき、魔物とは違う一団がやってきたのを目の当たりにした。
「な、何だ……今の魔法は……おのれ! 勇者様を貶め、ヒローズから金を奪い取った極悪人め! だが、あれだけの魔法、連発は出来まい! 今が好機だ! 連中を始末し、ヒローズの正義を実行せよ!」
「あろうことか暗殺者まで来たよ!」
「窪地の奥に入ってしまったので逃げ場がありませんね。魔物とヒローズの暗殺者両方倒さなければ帰れないですよ?」
「覚悟を決めろルーチェ。さっきのような魔法を連発してもらうしかない状況なのは想像がつくだろう」
「そりゃ私たちが居る場所が窪地の奥の行き止まりで前も左右も敵、後ろは行き止まりだから使うしかないのは分かってるけど!」
でも人にこんな威力の魔法を当てるのは……!
「甘い、甘いですよルーチェさん。テラピアでもらったこの本を見てください。ギルドカードのデータが増えて更新されてます」
「え? ……って、なにこれ!?」
戦闘一歩手前の状況で何やってるの!? と言いたいけど、そこに載っていた魔物の中に「ヒローズ暗殺者A」なんて物が載ってたらそんなこと言えなくなるよ……。何で人まで載ってるの! というかAって何!? BとかCでも居るの!? ……というか、人間はモンスターじゃないってば!
「これが答えだ。やるしかないぞ」
「人間もモンスターの一種だったでしょう? 分かりましたか、ルーチェさん?」
「もう、どうにでもなれだよ!」
「スイッチが入ったと言うより、やけくそですよね。別に良いですが」
「魔物まで居るだと!? だが我々の目標は奴らのみ! かかれ!」
「グアアアア!」
魔物とヒローズの暗殺者の両方を壊滅させないとそもそも私たち無事に帰れないし!
「ルーチェさん!」
「分かってる! 足止めするから左側お願い! サンダーボルト!」
「キャイン!?」
「ぎゃあああ!? くっ、痺れ……!」
正面と右側のちょうど真ん中に手を掲げ、サンダーボルトを飛ばす。放射状に広がった電撃が敵を捉えて電撃により、一時的に動けなくする。……拡散するから威力も低いし、いつまでも足止めは出来ないから、早く片付けてね!
「分かってますよ、ルーチェさん! ――――私の意に従い、私の人形と化して動きなさい。命令は絶対、拒否は許しません。――――さあ、私たちに仇名す生物を存分に倒しなさい」
「クウン……」
「りょ、うかい……」
「ガウッ!? ガウがウ!」
「なあっ!? 貴様何しやがる!」
ジルがチャームらしき詠唱をした直後、敵の一部がジルに従うような態度をとり、チャームにかかっていない敵を襲い始める。
「不味い! あいつだ! あの女を先に狙え!」
「させると思うか? フリーズブレイバー!」
「に、逃げろ! 左右に散れ! 突っ込むと串刺しにされるぞ!」
当然相手はジルを狙おうとするけど、グリーダーが斧を地面に叩きつけて氷刃を飛ばして近づけないようにする。
「く、くそっ! せめてこいつだけでも討ち取るんだ! 勇者の敵に死を!」
「ギ、ギギ……」
「逃げれば見逃すけど、来るなら仕方ないよね! サンダーボルト! それから……ホーリー・カノン!」
懲りずに向かってくるなら、圧倒的な威力の攻撃で戦意を奪うだけだよ! もう一度電撃で動けなくなってから、これで吹き飛ばされる連中を見て絶望して諦めて! 魔方陣形成!
「う、動けな……」
「ま、不味い……」
「グ、ルル……」
「向かってくるなら、仕方ないよね! 一射目!」
私の前に形成された魔法陣から放たれた光の砲弾が敵の一角を文字通り吹き飛ばしながら進んでいき、地面に着弾して大爆発を起こす。私が狙ったのは魔物だけだけど、巻き込まれた魔物たちは光の爆発に飲まれて跡形も無く消し飛んだ。
「な……ああ……」
「二射目は、あなたたちに当てるよ?」
これで引いてくれたら撃たなくて済むんだけど……。
「ゆ、勇者様など比べ物にならない……ば、化物だ……」
「馬鹿な……勇者様にあっさり追い詰められる程度の実力だと言う話はどこに行ったのだ……我々でも勝てると言う話は嘘だったのか……」
「ああ、その話なら自作自演の演技ですよ。常に難易度5のクエストばっかり受けている私たちがあんな貧弱な勇者に負けるはずないじゃないですか。難易度1のクエストの敵と互角に戦っている時点で私達には勝てませんよ」
「死にたければ来るがいい。ただ、行き先は地獄しか用意してやれんぞ?」
「……もう諦めて。次に向かってくるなら、跡形も無く消すしかないから」
だからもう諦めて!
「……このままでは壊滅するか……やむをえまい! 総員撤退!」
「隊長!?」
「仮に戦っても我々では絶対に勝てん。ここで戦って全滅するくらいなら、処刑されたとしても正しい情報を伝えることが重要だ……」
退却していったヒローズの暗殺者。ジルのチャームが切れたのか、あっという間に全員居なくなったけど……。
「全く、やっと居なくなりましたね。……今日の所は」
「これからはヒローズ国内に入るわけだ。間違いなく襲われるな」
「……正規のルートで入って大丈夫なのかな?」
検問でもありそうだよ……。
「まあ、その辺は大丈夫でしょう。最悪抜け道もありますし。王宮の地下道ですが」
「もっと問題だよね!?」
そんなところから入ったら、間違いなく怪しまれるよ! というか、今の私たちにとっては敵の総本山みたいなものじゃない!
「まあ、その辺は現地に向かってから何とか考えましょう。それにしても、最後の依頼がやけにあっけなくありませんか?」
「ルーチェが本気を出せばあっという間に片付いたな」
「で、でもあれだけ大量に居たら普通のパーティには……!」
窪地の中に足の踏み場が無いくらい集まってたもん!
「しかし、それでも「ギャアアアアアア!」何でしょうか?」
「兵士たちが戻って行った方から聞こえたけど! とにかく行こう!」
もしかしたら、本当の討伐対象ってここには居なかったんじゃ……!
「に、逃げろ! 殺される!」
「くそっ! この一本道で何処に逃げろと言うのだ!」
「な、何なのこの状況!」
「巨大な四足歩行の何かに帰り道が塞がれてしまっていますね」
森の中にびっしりと生えていた木の一部がなぎ倒されて別の所に抜けられるようになっていて、そこから黒っぽい体の四足歩行の巨大な獣が一匹入ってきて帰る途中だったヒローズの兵士を襲撃してるよ! 助けないと!
「敵ですよ?」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!?」
あれが討伐対象だよね! 間違いなくさっきの魔物の大群とは能力が違うよ!
「仲間……魔術デ消シタ……貴様ラ……報復トシテ、消ス」
「喋った!?」
というか、明らかにこっちを見てるよ!
「魔物が喋ってもおかしくありませんよ。しかし、雑魚の大群を消してから油断した帰り道に襲撃をかけるとは何て魔物ですか……」
「消ス!」
いきなり魔物が跳んでこっちの背後に。……ヒローズの騎士と私たちの距離はかなり離れてたのに一瞬で回り込まれた!?
「消エロ!」
「左右に! 飛び道具が来ます!」
ジルが叫ぶと同時に私たちは左右に散った。直後、魔物の口から火球が吐き出され、私たちの背後の道が火柱に閉ざされてしまった。
「逃げ場が無くなった!? 火柱を消さないと帰れないよ!?」
「まさか、逃走は許すけど戦闘回避は許さない、というパターンですか!?」
「貴様ラダケハ、生カシテ帰サン!」
というか、仮に火柱を消せたとしても、この先にテラストがある以上この魔物を倒して安全を確保しないと帰れない……!
「そしてヒローズの連中は逃走済み。私達に魔物を押し付けて逃げるなんて、面倒な連中ですね」
「そもそもこの魔物の恨みは私達に向いてるよね!?」
私達を見つけるや否やここまでするくらいだし!
「というか、魔法で魔物の群れを消し去った貴様にな」
「ですよね」
「やれって言ったのは二人でしょ!?」
「地獄ニ送ッテクレル!」
「グリーダー!」
「ちっ! 氷漬けになっていろ!」
私達が話している途中でも普通に走って襲いかかってきた魔物。グリーダーの攻撃が放たれるのを見て攻撃を中断して少し下がったみたいだけど……。
「話している途中で勇者に不意打ちなんてあんまりですよね。まあ、こんなことが起きる時点で私たちに主人公が得る補正はありませんけど」
「そんな事気にしている場合じゃないよ! とにかくあいつを倒さないと!」
あんなのを放置していたらテラストの人達も危ないし!
「それに、私たちは命がかかっていますしね」
「敗北=死だけは避けなければな」
「生きて目的を果たすためにも絶対に負けられない! だから……倒す! ホーリー・カノン!」
「燃エ尽キロ!」
灼熱と光の球がぶつかり合い、エネルギーの柱が立つ。柱が消え、視界が開ける時が開戦の合図だった。
味方の誤射……これはある意味当然。魔物を貫通するほどの威力で撃たれればさすがのジルやグリーダーもただではすむまい。味方識別なんてありません。
環境……勇者にはどうでもよくても、そこに住んでいる人間には死活問題。というか、勇者一行は周辺を破壊しそうな魔法を平然と使うけど、周辺が荒れ地や荒野にならないってありえなくね?と言う話。
最後のクエストに凶悪なボスが来るのはある意味必然。そして不意打ちも必然。というか、主人公一行の変身や会話シーンに不意打ちで攻撃しないなんてそれこそ愚の骨頂なり。