魔物討伐に行きましょう
「嫌だ! 俺をここから出してくれ!」
「もう嫌! ピーマンは嫌だよ! 苦いから嫌だよお!」
依頼を受けるためにギルドに向かう途中、畑荒らし二人がそれぞれトマト畑やピーマン畑の中央に閉じ込められて嫌いな物を食べさせられている光景に出くわしました。
「あれが愚かな主人公体質の末路ですよ、ルーチェさん」
「というか、何で嫌いな物を食べているだけで血の涙を流せるの!?」
牢屋に閉じ込められた畑荒らしは目から赤い涙を流してトマト(ピーマン)を食べている。そんなに嫌だったの!?
「何言っているんですかルーチェさん。あれは演技ですよ」
「演技なの!? というか、演技だとしたら何であそこまで拘るの!?」
わざわざ血の涙を流すような演技をして一体何がしたいの!?
「恐らく、同情を引いて仲間を呼ぼうとするんでしょう。ですが、無駄な事です。あの檻を破壊することはまず不可能ですし、そもそも檻に入っている人間を助けようとする人間が居ますか?」
「普通は檻に入っている人間を助けようとはしないよね……」
だって、何らかの事情があって檻の中に入れられてるんだし……。
「そういう事です。なので、ああやって無駄な演技を行う彼らの姿を見て鼻で笑ってやるんです」
「でも鼻で笑ってやるのはおかしくないかな!?」
「そんなことはないですよ。……さて、ちょっと遊んできますね」
「え? ちょっとジル?」
いきなりジルが檻の方に近寄って行ってしまう。って、ちょっと! 待ってよ!
「ぐああ! ゲホゲホ! もうトマトは嫌だ! 俺の正義の行いを邪魔しやがって! トマトは存在自体が罪なんだよ!」
「ああ……可哀想に。ずっとトマトを使った料理を食べさせられているんですね?」
「分かってくれるか!? 俺は一週間もトマト料理ばっかり食わされてるんだよ! もうトマトは嫌だ! トマトなんて消えて無くなればいいのに!」
まだそんなこと言ってるの!? ……呆れて物が言えないよ……。
「ああ……辛いですね……苦しいですね……トマトばかり食べさせられて辛いでしょう? これでも食べてください」
そう言って何かを畑荒らしの人に差し出すジル。一体何を差し出したの?
「あ、ありがとう! トマトじゃない物は久しぶりだ! ……ぎゃあああああ! トマトの味が~!」
ジルが差し出した物を喜んで食べた直後、トマトの味がすると訴えて転がりまわりながら喉を掻き毟って苦しむ畑荒らし。
「ディイド!? ディイドに何を食べさせたの!?」
「ああ、トマト味の飴玉をちょっと与えてみたんですよ」
「なんて酷い事を! ディイド! しっかりして!」
「そもそも何でそんなに大げさなの!? たかがトマト一個でまるで劇物でも食べたみたいに……!」
ただの甘酸っぱい野菜じゃない!
「……黙れ! こんな物、先祖代々大っ嫌いだ!」
「そんなに嫌いなんですか?」
「当たり前だ! こんな物、誰が好き好んで食べるか! 毒物じゃないか!」
「毒物でもなんでもないから! あなたがおかしい行動を取っているだけだから!」
トマト一個で転げまわったりトマト料理を食べるだけで血の涙を流したり……。
「違う! 俺の行動がおかしいんじゃない! お前らの行動がおかしいんだよ!」
「そうだよ! ディイドは間違った行動なんかしてないもん!」
「良いか! 俺たちは、この世界からトマトとピーマンを排除するために正しい戦いをしているんだ! その俺たちをこんなところに捕えておくと言うのはな、トマトやピーマンをこの世界から排除する人材が居なくなると言う事なんだぞ!?」
「排除しなくていいから!」
「くそ! 俺が捕まるなんてありえないだろ! 俺は主人公なんだぞ!」
「何言ってるんですか。ちょっと熱血体質と主人公っぽい見た目を持ってるからって勘違いしないでください」
誰が主人公かは知らないしどうでもいいけど、少なくとも畑荒らしが主人公になるのはありえないから!
「この物語の主人公は私ですよ。どこかの発音がアレで空耳にしか聞こえない空賊ではありません」
「誰!? というか、そもそもこの世界に空賊なんて職業は無いよ!?」
「何言ってやがる! 世界をトマトとピーマンの脅威から解放するために戦いを続ける俺が主人公じゃないって言うのか!?」
「私は魔王すらも討伐対象としている冒険者ですよ? この私より主人公にふさわしい人間など、数えるほどしか居ないでしょう」
「ふざけるな! 俺だって主人公なんだよ!」
「そうだよ! ディイドは!」
……一体ジルは何をしにここに来たの!?
「誰がこの世界の本当の主人公かを理解させるために来たんですよ」
「どうでもよくないかなそんな事!?」
「よくありません。誰が主人公かはっきりしないからこのような蛮族が主人公面するんですよ」
「何言ってやがる! お前のような盗賊が、主人公を名乗るんじゃねえ!」
「そうだよ! 盗賊が主人公なんてそれこそありえないよ! ディイドの方がずっと主人公だよ!」
「少なくとも蛮族よりは盗賊の方が主人公にふさわしいと思いますよ?」
……何なのこのものすごくどうでもいい争い……。というか、やっぱりジルは他人から見ると盗賊に見えるんだね……。遺跡調査の時も実際に盗掘してたし……。
「私は盗賊ではありません。仮に盗賊だとしても、盗賊という名前の勇者です」
「盗賊という名前の勇者ってそれこそおかしくないかな!?」
「くそっ! この檻さえ無ければ実力行使で俺が正義の勇者だと言う事を証明できるのに!」
「仮にここから出たとしても、あなたの行動を正義の勇者の善行だと支持する人は先週乱入してきた愚かな一行くらいだと思いますよ」
さすがに、畑荒らしを正当化しようとしても無駄だと思うよ……。
「くそっ! モブのくせに生意気だ! モブは黙って俺に活動資金を援助するだけで良いんだよ!」
「そうだよ! モブなんて、ディイドの活動のために資金援助をするための存在だと決まっているのに!」
「そんな理由で活動する人が活動資金を援助してもらえるとは思えないよ!?」
だってものすごく身勝手だし! 滅茶苦茶だし!
「俺たちは身勝手なんかじゃないんだ! 俺たちは、世界のために、皆の正義を実現するために、畑を荒らしてトマトとピーマンを根絶しようとしているだけなんだ!」
「何処が皆の正義なの!? 自分たちが勝手に掲げたはた迷惑な思想じゃない!」
「違う! 俺たちの思想は世界の総意だ!」
「絶対違うよ! そんな思想に共感する人どこ探しても居ないと思うし!」
トマトやピーマンを嫌いな人は確かに居るかもしれないけど、そこまですることを要求するような人絶対居ないよ!
「何言ってるんだ! 8歳の子供たちが、ピーマン嫌いだ、食べたくないから消し去ってくれと俺に依頼してきたんだぞ!?」
「そんな子供の言葉間に受けないでよ!?」
子供に言われた言葉を真剣に受け止めて実行するなんて大馬鹿だよ!
「全くですよ。ルーチェさんの言うとおりです。ここまで馬鹿だとは思いませんでした」
「ディイドは馬鹿じゃないよ! 算数のテストで10点取れるんだよ!?」
「何点満点ですか?」
「100点満点のうちの10点だ! どうだ! 恐れ入ったか!」
「恐れる以前にあなたが馬鹿だとしか思わないからね!?」
100点のうちの10点って……ようするにまともに出来ていないって事でしょ!?
「ふざけるな! 九九など出来るわけが無いだろうが! 何だあの難解な計算式は!」
「何処が難解なの!? 九九なんて8歳の子供でもできるよ!?」
このディイドって人、いったい何歳なの……?
「22歳だ! ヒローズの大学だって出たんだぞ?」
「九九が難解とか言っている人がどうやって卒業できたの!?」
そもそも九九が出来る出来ない以前の問題だよ!?
「金を積めば問題なかったぜ!」
「金で単位を買ったの!? というか買えるの!?」
買っちゃ駄目でしょ!? というか、大学も金を積まれたからって単位を売っちゃ駄目だよ!
「世の中金です、ルーチェさん」
「知りたくも無い現実だよ!」
……でも、そうなるとこの二人組実はお金持ちって事になるの?
「俺のために、皆がお金を出してくれたんだ! そのおかげで、俺は255単位購入することができたんだ!」
「主人公体質って本当に最低ですね」
「全くだよ……」
周囲の人にお金を出してもらって単位を買ってまで大学を卒業して、その行きつく先が畑荒らしなんてあんまりだよ……。
「まあ、こういう言動を周囲の人に聞かせておけば、万が一彼らが喚き散らしても出してあげようなどと考える馬鹿は居ないはずです」
「そもそも言ってることが滅茶苦茶だから二度と出てこないと思うけど……」
子供の言葉を真に受けて22歳にもなって畑荒らしをするなんて……。
「まあ、主人公体質のおかげで犯罪者が逃げ出すことなんて日常茶飯事ですからね。主人公体質を完全に無効化できるくらいに評判を落とさなければ」
「主人公体質だけで逃げ出せるの!?」
さすがに牢屋に入れられた人間が逃げ出すことは無さそうだけど……。
「甘いですよ、ルーチェさん。牢屋の中に居ても、食事を運んできた人などに洗脳攻撃を仕掛けることがあります」
「主人公体質恐ろしすぎるよ! なんなのその反則技!」
食事を運んできた人を洗脳するなんて!
「その上、一度こういう人間が牢屋から脱走するともう一度捕えようものなら何故か国民に反発されたりします。国民は犯罪者でも勇者と勘違いするようなモブですから、仕方ないかもしれませんけど」
「その国民滅茶苦茶だよ! 犯罪者を捕まえたら反発する国民なんて最悪だよ!」
犯罪者が一度脱走してもう一度捕まったら何故か国民に捕まえた側が避難されるの!? おかしいよ!
「何を言うんだ! 仮にそうなっても、俺たちの正義が皆に伝わっただけだ!」
「そうだよ! 私たちの訴えが皆に通じただけだよ!」
「こんな人達でも? 絶対ありえないよ! ありえないってば!」
畑を荒らしてトマトとピーマンを根絶するなんて馬鹿な考えが通じるわけない!
「ルーチェさん。世界は、あなたの常識とは全く違う事ばっかりおこるんですよ? 勇者が民家を襲撃しても捕まらないのと同様に、犯罪者が脱走した末に再び投獄されるともう一度捕えるのは可哀想だ、とか酷い事するななどと言われるんです」
「一体どこの馬鹿な人がそんなこと言うの!?」
普通に考えると犯罪者が捕まって可哀想と言われるなんてありえないよ!
「一部の頭の狂った国民です。彼らはただの悪徳なクレーマーなので、何とかして抗議しようと考えています。そんな人たちには、再犯で捕まった人間は政府批判の材料になるんですよ」
「その人たち絶対どうかしてるよ……」
クレーマーなのは良いけど、滅茶苦茶な理由をつけて抗議するなんて……。
「さて、それでは行きますか」
「ま、待て! 俺たちをここから出してくれ! 俺たちを出してくれたら、お前の嫌いな物も根絶してやるぞ?」
「反省する気も無いこんな人たち放っておいて行こう! ジル!」
「分かりました。……せいぜい、嫌いな物を食べさせられて悶える演技を続けてくださいね?」
畑荒らし達が何か言ってるけど、話を聞くだけ無駄だよ! あの人たち絶対反省する気が無いし!
「さて、それでは依頼を受けに行きますか。テラスト最後の依頼ですが、実はグリーダーさんにすでに依頼を受ける準備は済ませてもらってます。なので今からすぐ出発しましょう。合流場所は西門です」
「え? 今からすぐに行くの?」
別に依頼は逃げないからゆっくり行っても良いのに。
「……まあ、万が一と言う事がありますしね」
「え? 万が一?」
依頼の場所に行くのが遅くなると何か不味い事でもあるの?
「……ヒローズの連中が暗殺を仕掛けてくるかもと思いまして。何せ国家予算を奪い取ったわけですし」
「それは明らかに自業自得だよね!? 期限は今日まで、なんて言って脅してたよね!?」
先週発生した物の賠償が今日までなんて期限も凄く短いし!
「何を言うんですか。こういうのは相手が冷静に考えられない時期に仕掛けるのが一番なんですよ?」
「限度って物があるよね!? というか、1兆ゴールドも奪ったけど何に使うの!?」
こんな大金絶対使い切れないよ! ありえないけど仮に200年生きてたとしても無くならないと思うし!
「もちろん、魔王の買収ですよ。そのために金はいくらあっても足りません」
「魔王を買収して一体どうするの!? というか、魔王は倒さなきゃいけないのにお金で買収しちゃ駄目でしょ!?」
お金の使い方が明らかに間違ってるよ!
「いえ、そんなことはありません。無血開城ならぬ無血攻略です。金さえあれば魔王への勝ち星だって買えるんですよ?」
「金で勝ち星を買うって、ようするに八百長させるの!?」
そもそもそのやり方で勝っても魔王は生きているから魔王討伐できてないよね!?
「大丈夫です。魔王戦の勝利フラグを買うんですから」
「そもそも勝利フラグって何!? そんな物この世界に無いから!」
そんな無い物の話しても分からないし!
「無知にもほどがありますよルーチェさん。魔王とまともに戦う必要などありません。王様が欲しいのは魔王を討伐したときに立つフラグだけですから、それをお金で魔王から購入するんです。目に見えないですが、気にしないでくださいね」
「気にするよ! というか、無い物を購入するなんて不可能でしょ!?」
「権利の購入と一緒です。書面でちゃんと記してもらうので無問題ですよ」
「というか、そもそもそんな方法で本当に勝てるの!? ジルの常識だって通じない世界だよ!」
私だって、戦わずに済むならその方がいいけど……。でも……。
「大丈夫です。シナリオ台本に書いてますからね。公式がちゃんと認めているので金で魔王を買収することは問題ありません」
「シナリオ台本って何なの!? というか、公式って何!?」
「シナリオ台本はシナリオ様が自費出版している本です。そして公式は公式です。この世界のシナリオ様を作られた偉大なるお方ですよ」
「シナリオ様ってだけでもアレなのに、更にその上があるの!?」
「当たり前です。シナリオ様だって無の中から生まれ出たわけではありませんからね。万物が生まれるには、必ず何かしらの原因があります」
そりゃ無から有は生まれないけど、でもシナリオ様とか公式って……。
「そういう言葉は意味も含めてちゃんと知っている割に、ごく一般的な言葉をほとんど知らない辺り、勉強不足ですよねルーチェさんは。シナリオ様や公式の意味を知っていないと、世間の話についていけませんよ?」
「勉強不足じゃなくてそもそもそんな言葉ジルから聞くまで知らなかったからね!? それにそんな言葉話してるのもジルやグリーダーくらいしか知らないから!」
他の人が話しているところなんて見たことも聞いたこともないよ!
「それはルーチェさんの交友関係がアレなだけでしょう?」
「違うよ!?」
「さて、グリーダーさんはどの辺に……あ、居ましたね」
テラストの西門までいつの間にか来てた。グリーダーが地面に斧を刺して立っている。
「来たか。これ以上面倒なことになる前に魔物を討伐するぞ」
「まさか、本当にヒローズが暗殺者を派遣してきたんですか?」
「ああ、その辺で見かけた連中は全て頭から地面に埋めてきたが、まだ居るかもしれないな」
「何してるの!? というか、今回の依頼は魔物とヒローズの暗殺者を両方討伐するって事!?」
暗殺者が本当に出てきてるみたいだし……。妙な格好の人が何人も地面に埋まってるよ……。
「まあ、国家財政を破綻させれば金を奪い返すためにこんな事もしてくるでしょうね。さて、ルーチェさん」
「え、何?」
「愚かな勇者との戦いの際に使っていましたが、あんな魔法を使えると分かった以上、これからは手抜きして下級魔法だけで戦うのは禁止ですよ、分かりましたか?」
「戦闘では手を抜くな。これがこのパーティの新しいルールだ。ちゃんと守れよ、ルーチェ」
「そもそも手抜きなんてしてないよ!? というか何で私だけなの!?」
手抜き加入は絶対に許すな! しかし、設定に忠実な強さだったりすると反対に恐ろしいバランスブレイカーになることも。
「全くですよ。こっちは命がけの戦いをしているのに、ルーチェさんは手抜き加入しているなんて……」
「だから何で私だけなの!?」