グリーダーを探しましょう
ギルドカードで位置を照合すると、何故かものすごい勢いで部屋の中を跳ね回っているグリーダー。一体どんな目に遭ってるのか何となく心配になったから、一旦合流することにしました。
「まあ、ゆっくり行けばいいじゃないですか」
「急ごうよ!? こんなにものすごい勢いで部屋の中を跳ね回っている時点でどう考えても異常だから!」
グリーダーの位置を表示した点は何故か部屋の中を激しく跳ね回っるし、そこから数分経ってもグリーダーが出てきていない以上、やっぱり放っておけないよ……。
「お節介ですね。グリーダーさんがやられるはずないでしょう?」
「そもそもジルやグリーダーの常識もこの旅では通用しないと思うよ!?」
だって、家具に化けたモンスターの事とか……。
「まあ、あれは想定外でしたけどね。ですけど、私はそんな簡単には負けないです」
「そう言うけどここの仕掛けで見事に白髪にされたよね!?」
「あれは……油断しただけです。まさか勇者相手にこのような残虐な暴力行為を働く遺跡がこの世界にあるなんて……思わなかったんですよ」
それは欲を出したせいで受けたただの自業自得だと思うんだけど……。
「ルーチェさん、何度も言いますが、これは勇者に対する理不尽な暴力なんですよ? 許してはおけません。遺跡の分際で中の宝を勇者に渡すどころかトラップで返り討ちにしようとするんですから」
「だからそれは自業自得だよ……」
何でこんな変な思考ばっかりしてるんだろ……。
「この本を見ればあなたにも勇者の素晴らしさが分かりますよ」
「え? 何この本?」
ジルにいきなり本を手渡された。……なにこれ?
「真の勇者が書いた有難い本です。まあ、一度読んでみてください」
「う……うん……」
真の勇者……普通ならまともな人だと思うんだけど、ジルが渡した本だし、きっと滅茶苦茶なことが書いてそうだよ……。
「えっと……勇者とは……魔王を倒すと言うこの世で最も過酷な労働を無償でさせられる代わり、この世界のあらゆる物資を巻き上げて自分の物にし、気に入らなければ町民や国王であろうと好き放題殺害することができる権利を有する者である……何なのこれ!? 明らかにおかしいよ!」
「伝説に残る勇者様の本ですよ」
「いくらなんでも殺害の権利は無いからね!?」
何で町民や国王の殺害なんて入ってるの……。普通彼らを守るために働くんだよね!?
「……勇者の義務……勇者に刃向かう魔物や勇者に丸投げすることによって堕落した町民を粛清し、金品やアイテムを巻き上げ、私腹を肥やすこと……これのどこが勇者の義務なの!? 絶対違うよね!?」
「違わないですよ。勇者の使命とは、堕落した町民に油断をするなという意識を植え付けることと、魔物と人の対立を煽ることですから」
「少なくとも後者は駄目な気がするんだけど!? 魔物と人の対立を勇者が煽ったらますます悪い方向に話が進まない!?」
元から結構な数の争いが起きてるのに……。それを煽ったら駄目だよ!
「そして怒った魔物が町を大挙して襲う事で、勇者は自らの手を汚すことなく町民を粛清できます」
「そっちが目的なの!? やっちゃ駄目だからそんなこと!」
もう勇者じゃなくて悪党だよ!
「分かってないですね。その本のもっと先のページも読んでみたらどうですか?」
「えっと……勇者は、命令を下した王族を殺害することによってその命令を無かったことにできる。また、勇者の逃亡を阻止しようとする者は勇者に対する反逆罪(勇者法256条128項)によって一方的に裁いても良い。……って、やっぱり滅茶苦茶なルールだよ! 完全に自分勝手すぎるよね!? というか、何で命令した王族を殺害してまで拒否するの!?」
一体誰が書いたの!? 明らかに滅茶苦茶で自分勝手な解釈とルールだよね!?
「それが勇者だからですよ。勇気をもって自分のしたい事だけをし続けて自分の思うがままに生きる者。それが勇者ですよ」
「それ勇者じゃなくてただの自己中だよ!?」
勇気をもって正義のために戦い、民と王族のために世界を脅かす存在と戦う者、それが勇者なのに!
「そんな勇者、居るわけないじゃないですか。勇者と言うのは、片っ端から家々のタンスやツボを荒らすことを何よりの生きがいとする生まれながらの盗賊ですよ?」
「むしろそんな勇者の方が普通居ないから! 盗賊なんかじゃないんだってば!」
そんな勇者に救われても嬉しくないよ! 救われる代わりに家にある物ことごとく没収されるじゃない!
「魔王討伐のための必要経費ですしね」
「そんなこと言っても全部遊ぶために消えるじゃない!」
「当たり前です。勇者ですから」
「本当に最低だよね!」
こんな事ばっかりするならもう勇者なんて名乗らないでよ!
「何を言うんですかルーチェさん。勇者とは周囲から押し付けられた称号なんですよ? 名乗りたくなくても名乗らざるを得ないです」
「押し付けられたって割に好き勝手に生活できる権利を悪用してるよね!?」
「それが勇者の特権ですから。押し付けられてしまった以上仕方ないので使わないといけません」
「どう考えても押し付けられたから仕方なくじゃないよねそれ!?」
それは意図的に使ってるし、どう考えても仕方なく使うものじゃないよ!
「いえ、仕方なく使うんです。哀れな勇者に対する王族からのせめてもの罪滅ぼしなので、これを使ってあげなければいけないのです」
「使って「あげなければ」って時点でおかしいよね!?」
だって、自分が「喜んで使っている」権利を仕方ないので「使ってあげてる」んですって言っても明らかにおかしいし!
「それにしても本当に叫んでばっかりですよねえ。ルーチェさんは叫ぶことしか頭にないんですか?」
「誰のせいなの!?」
こんな突っ込みどころ満載の本といい、勇者といい……。
「まあ、ルーチェさんが一人で騒ぐだけなんですけどね。おかげで痛い子に見えてますよ?」
「何で!?」
大体、騒いでないから!
「ルーチェさんはほとんど叫ぶことしかしていないですしね。台詞とモノローグの半分以上叫んでいるんじゃないですか?」
「そういう事言っちゃ駄目だからね!? というか、誰がこんなに叫ばせてるの!?」
どう考えてもジルやグリーダーが原因だと思うんだけど!?
「八つ当たりですね。酷い話です」
「どう考えても八つ当たりじゃないからね!?」
絶対二人のせいだよ!
「全く、これだから突然変異は困るんです。こちらの常識が通用しません」
「何で突然変異なの!? 私別に変な進化してないから!」
そもそも普通に生活してただけだし!
「いえいえ。強奪と追剥に精を出さない時点で十分に突然変異です」
「むしろそっちの方が突然変異だよ!」
そんなことをする勇者の方がおかしいよ!
「……というか、今はグリーダーを探さないと!」
「負けるわけないでしょうに。まあ、この奥みたいですけどね」
「開けるよ!」
グリーダー、一体何やってるの!?
ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン!
「凄い光景が広がってますね。グリーダーさんが……」
「何なのこれ!? グリーダーが能面に挟まれて弾かれてるよ!?」
入った部屋では、グリーダーが緑色の妙なオーラを放った空中に浮いている強面の能面に挟まれて凄い勢いで弾かれていた。弾かれた先に能面が待機しているから勢いが抑えられず出られないみたい。
「「能面ではない! 生首だ!」」
「……」
「……」
「「何か一つくらい反応しろ!」」
いきなりこっちを向いた能面のような何かに生首だ! とか叫ばれても、どう反応すればいいのか分からないよ!
「割り込んで助け出します?」
「待って!」
もし下手にあの能面の間に割り込んだら、受け止めきれずに巻き込まれるかも……。
「「だから我らは生首だ!」」
「どうでもいいからそんなこと! ファイアボール!」
宙に浮いた緑のオーラを放つ物体にファイアボールを発射した……けど、すり抜けた。……何で!?
「「我々にそのような攻撃は効かぬわ! 我らはモンスターではないのだからな!」」
「モンスターじゃなくても当たるはずなのに……!」
何ですり抜けたんだろう……。狙いは正確だったし、ちゃんと当たったはず……。
「ルーチェさん。あれらは一応アイテムみたいです。アイテムに攻撃が効くと思いますか?」
「何でアイテムが自発的に動くの!? というか、あれはどう考えてもアイテムじゃないよね!?」
それに、アイテムだから効かないってどういう理屈なの!?
「ルーチェさん、アイテムを攻撃するなど愚か者のすることだ! と言う事ですよ」
「あんな不気味なアイテム無いから! というか、あっても要らないよ!」
あんな首だけの物体要らないから! もしアイテムでも欲しくないよ!
「「だから首だけの物体ではない! 生首だと言っておる!」」
「そんなことどうでもいいよ!」
というか、グリーダーが挟まってる以上助け出さないと!
「ルーチェさん。あれからグリーダーさんを解放するにはあれを手に入れるしかありません」
「あんな怖い物体手に入れる必要があるの!?」
強面の中年男性の生首なんて何で手に入れなきゃいけないの……。
「なので、少し逝ってきてください」
「え? ちょっと!?」
いきなりジルに背中を押されて部屋の中に入った……直後に私が踏んだ床が跳ね上がって上に飛ばされ、今度は遺跡の壁が飛び出してきて飛ばされ、地面に叩きつけられると思ったら今度はその地面が跳ね上がり、天井に叩きつけられると思ったら天井が……って、なにこれ!? まさか、部屋中トラップなの!?
「身体が勝手に跳ね回って……! 地面も天井も壁も全部ばね仕掛けのトラップなんて!」
「……厄介ですね。グリーダーさんもこうやって……」
「ちょっとジル! 何で私がこんなところに放り込まれなきゃいけないの!?」
出られないし、思うように動けないよ!
「ルーチェさんは仕掛けを見破るための生贄ですしね」
「酷い!」
何で生贄扱いなの!?
「決まっているじゃないですか。仕掛けを見破るためです」
「それならジルが行けばいいじゃない!」
「嫌ですよ。誰が好き好んで罠の中に足を踏み入れるんですか。……それはともかく、ルーチェさん。そこから見える範囲に宝箱はありますか?」
宝箱? えっと……。
「天井に1つ張り付いてるけど……」
というか、何で天井に宝箱が張り付いてるの……。開けられないよ……。
「決まりですね。ルーチェさん、その天井に張り付いている宝箱を開けてください」
「ええ!? そんな無茶な事言わないでよ!」
どうやって天井の宝箱を開けるの!?
「決まっているじゃないですか。天井を大地、つまり床にして歩くんです」
「無理だからね!? 重力に抗って天井を歩くなんて無理だから!」
平衡感覚以前に一秒も留まれないよ!
「使えないですねえ。じゃあ、根性でしがみついて宝箱をこじ開けてくれますか?」
「何で出来ないことを要求して出来なかったら使えないと言われなきゃいけないの!?」
理不尽そのものだよ!
「良いですか? 真の勇者たる者、重力など無視して歩き回れるものなのです。そして、その気になれば壁や扉すらすり抜けて移動することができるんですよ?」
「いくら勇者でもそんなこと出来ないから! というか扉や壁をすり抜けるってそれもう人間じゃなくて幽霊か何かだよね!?」
物体なのにすり抜けるってありえないから!
「何を言うんですか。勇者の術書に載っている奥義「バグスティック」を使えばできますよ。参加型のミニゲームをせずに景品だけを掻っ攫ったり、空中をそこに床があるかのように歩いたり、店の中の宝箱や銀行の中の宝箱を勝手に開けるといったこともできます」
「何そのありえない技!? というか、そんなことまでして店の中や銀行の中の宝箱を開けようとしないでよ!」
そんなすごい技を何でそう言うどうでもいい事に使うのかな!?
「ルーチェさん! どうでもいいとは何ですか! お宝は、そう言う場所にこそ隠されているんですよ!?」
「そりゃ店の品物やミニゲームの景品や銀行に預けられた預金だもん!」
そういう場所を狙えば確かに儲かるけど、儲かるけどさ!
「儲かるならいいじゃないですか」
「本当に自分の事しか考えてないよね!?」
「私は勇者です」
「勇者だからこそ世界と皆の事を考えるべきなのに!」
勇者が世界と皆の事を考えないで、誰が考えるの!?
「決まっているじゃないですか。神様(笑)です」
「何で(笑)なの!? 神様は凄いんだよ!?」
「よく封印を解いたら力になるとか言いますけど、実際には封印を解いても勇者に任せるだけで何もしないじゃないですか」
「設定だけでも力になってくれるんだから、そういう事言っちゃ駄目だよ!」
見守ってくれてるんだから!
「見守ってくれている(笑)ですよね。分かってますよ。……そんなことより、宝箱を開けてください」
「そんなこと言われても……! 宝箱にしがみついて開けようにも片手を放した直後に落ちちゃうよ!」
「はあ……出来ない子ですよね……」
「どう考えても理不尽だよ!」
でも……本当にどうやって開けよう……?
「大丈夫ですよ。今グリーダーさんが分身を作り出しているところですから」
「え? 分身?」
見ると、物体に挟まれて飛ばされているグリーダーのどす黒いオーラが大きく盛り上がっていき、グリーダーから切り離された。グリーダーから切り離されたオーラが瞬く間に大きくなってどす黒い人形の姿になる。
「勇者をこのような仕掛けで倒せると思うな屑が! 俺の分身が貴様らの宝箱を奪ってくれるわ!」
「「馬鹿な! 部屋の仕掛けが効かないだと!?」」
「勇者の力を侮る輩に、本物の勇者の力を見せてやろう! 宝を奪うために動き出せ!」
妙な物体に挟まれて飛ばされまくっているグリーダーがそう叫ぶと、物体は部屋の仕掛けなど意にも介さず歩きだし、壁を垂直に上りはじめた。……って
「何でこんなありえないことが起きてるの!? 重力も部屋の仕掛けも無視してグリーダーの作りだした物体が歩いてるよ!」
「「馬鹿な! 壁を垂直に駆け上がるなど……!」」
こんな展開想定外だよ!
「さすがですねグリーダーさん。やはり本物の勇者は凄いです」
「常識が吹っ飛びすぎて恐ろしいから!」
「さあ、天井を歩いて宝箱を開けろ!これでチェックメイトだ!」
「「ば、馬鹿な! ありえぬ! ありえぬぞ!」」
グリーダーの作った物体が今度は天井を悠々と歩き、そのまま宝箱に接近する。……本当にありえないよ! 何この展開!?
「勇者のもたらす奇跡、ですよね」
「もう奇跡ってレベルを超えているからね!?」
奇跡じゃなくてありえない展開だよ!
「宝箱は頂く! これで終わりだ!」
グリーダーが作り出した物体が宝箱を開けると不気味な生首は消滅し、部屋の仕掛けも消滅した。
「全く、手こずらせやがって……」
「大丈夫ですか、グリーダーさん?」
グリーダーは無事に出られたけど……勝手に何やってるの!?
「決まっている。貴様が居ないうちに盗掘に精を出そうとしただけだ」
「結局そう言う理由だよね!」
「他には何か拾いました?」
「残念ながらこれだけだ……他の宝箱は軒並み罠だな」
グリーダーが出したのは緑色のオーラを放つ盾のような物。というか、結局他の場所でも盗掘してたんだ……。ここまでの地図が埋まってるのはグリーダーが歩き回ったからなんだろうけど。
「ところでグリーダーさん。ルーチェさんはこの本の中身に共感しないようで……こんなに素晴らしいのにおかしいですよね……」
「はあ……ルーチェ。お前には勇者の心得が分かってないようだな。その本の熟読を勧める」
「何で!? どう考えても勇者の心得の方がおかしい気がするけど!?」
世界を救う代わりに世界中の民家を襲ったり町民を殺す時点でおかしいよ!
「それが勇者だからだ。その本の著者こと初代勇者シーフ・ジャスティスもそう言い残している」
「やっぱり勇者なんて名乗ってるけど盗賊じゃない!」
「何を言うんですかルーチェさん。正義の盗賊ですよ?」
「いくら正義でも盗賊は盗賊だよ! ……って、まさかローグって言葉も同じ意味なんじゃ……!」
「さて、どうだろうな?まあ、そんな無駄な事を考えるよりも先に進むぞ」
「無駄じゃないよ! ねえ! 本当に盗賊って意味じゃないよね!?」
何かすごく不安になってきたんだけど……。
「心配性ですよね」
「違うからね!? 盗賊を名乗りたくないだけだよ!」
1ヶ所!と1を間違えたままだった……だと!?要するにSHIFTの押し忘れですけど。