指揮官を倒しましょう
次話はルーチェがこの村で最初に入った建物の物色。今回は……。
「どうやら、ゆっくり雑談できる時間は終わりだな。敵が来たようだ」
「え!?」
グリーダーに言われて気づいたけど、確かに敵の気配が近くにある。
……気配が2つ……まさか2体同時!?
「まあ、1体送ってやられたのなら、今度は2体同時に送るだけですよね」
「……どうやって倒す?」
一度目は初めから中に居た、二度目は相手が単体だったから注意を引けば対処できた。
けど、まさか2体同時に来るなんて……。
「まあ、後半になるにつれて敵の数や質が増えるのはお約束ですよ。最初から全力で潰しに来ないのが不思議なんですけどね」
「間違いなく最初から全力で叩き潰した方が効率的なんだがな」
「大量に数を揃えた側から見ると、普通は偵察や敵の把握のために先兵を出してから全力で来ると思うよ」
だって、いきなり全軍を出して罠にはまって全滅したらどうしようもなくなるし。
「勇者の世界は少数精鋭と言うのがぴったりくるからな。どうもそういう物の実感がわかない」
「勇者の心得にある数の暴力を実践できる機会は本当に少ないですからね」
まあ、魔王を倒すのにほんの数名しか送らないっていうのはおかしいと思うけどね。
普通なら小隊単位で送ったりすると思うもん。
……実際にそんな大部隊を送ったら道中の食料とか大変だけど。
「それはともかく、どうしますか?」
「このままだと間違いなく家ごと潰されるだろうな」
「タイミングを計って隣の家に移動する?」
両方の家を滅茶苦茶にされたらどうしようもないけど。
「それなら、タイミングを計って移動する間に窓を破壊しますか?」
「窓を破壊して、すぐに乗り込むの?」
「相手が複数いるなら、それも有効だろうな」
……相手が複数……。
「どうかしましたか?」
「うん。「アレ」は効くと思う?」
「なるほど、アレですか。一度試してみます?」
「言っている間にお出ましだな」
グリーダーがお出ましだなと言った通り、本当に家が二軒向かってきた。
……片方の家の上に何か居る? あれは……何?
「よくもオラの計画をご破算に追い込んでくれたべな。絶対に許さないべ! オラがあんな丸っこい青団子よりも最高に愛らしいマスコットだと知っての行いだべか!」
月明かりに照らし出されたこの村のボスらしき物体の姿は妙な姿のクローゼットらしき物体。
クローゼットに目とまゆ毛、妙な手足を生やした凄く奇妙で不気味な怪物だった。
「あれは……」
「間違いなくタンスですね」
「タンス以外の何でもないだろう」
……え? ちょっと待って。あれってどう見てもクローゼット……。
「え? でもあれはクローゼットじゃ」
「ルーチェさん。あの怪物はタンスの化け物なんですよ。勇者物語に詳しく載っています。異形の怪物タンス、死者を冒涜し暴言を吐きまくったとある世界のタンスを何かの手違いでヒローズが召喚し、そのまま脱走、逃亡され、最終的に行方知れずになったとのことです」
あれはクローゼットだと思うんだけど……。
……でも、何であんなクローゼットを勇者として召喚したんだろ?
どう考えても使い道無さそうだけど……。
「それはあれです。あんなのでも一応勇者側に同行していた生物? らしいので、たまたま呼ばれたようですよ」
「勇者に同行していた、か……あれからは正義感も勇者のオーラも一切感じられんが……」
グリーダーでなくても、あれが勇者の仲間だったなんて思いたくないよ。
……伝承で伝わっている勇者の仲間になって共に戦った魔物達のように優しい一面があるとか、この村の本性を見たら決して思えないし。
「でも、指揮官自ら来るとは思いませんでしたよ。あいつを止めれば、この村を破壊するのも早く済むかもしれません」
「指揮官が操っている場合、指揮官を倒せば指揮系統が混乱することが多いからな」
「……うん。指揮官から止める?」
……本音を言うとあの怪物相手にチャームは絶対に使いたくないんだけど。
いくら魅了の禁呪とはいえ、あんなのに見初められるって考えたら寒気が……。
「指揮官から止めてみます。上手く行ったらそのまま私はタンスの居る家を燃やします。だから、ルーチェさんはもう片方の家をお願いしますね」
「家を燃やすの?」
「はい。あのタンスの弱点は火と水。そしてあの怪物が私に対して欲情すれば私を入れるために家の魔物の動きも止めるはずですしね。……罠にはめます」
「待って! 家はもう一軒あるんだよ!? もし片方しか止まらなかったら……」
家を燃やした時にもう片方の家が暴れるかも……!
「大丈夫ですよ。その辺は、上手くやりますから」
「なら、任せるぞ?」
「はい。グリーダーさんは、なるべくあのタンスの前に姿を見せないようにしてくださいね。勇者物語にも載っていますけどあのタンス、男を目の当りにしたら罵詈雑言しか言いませんから。そんなことになったら、家と一緒に燃やす前に私が刺し殺してしまうかもしれないんで」
「何か嫌なクローゼットだね……」
なんて言えばいいのかな?
……女好きで男嫌い、そして役立たずの中年男性を無理矢理クローゼットにしたような怪物?
「その認識で間違っていないですよ。じゃあ、上手くやってくださいね? 私が入れない方の家の始末、任せますよ」
「うん。任せてね」
私が頷き返すと、ジルは家の外に出て行った。
……私たちは家が魔物でなくなったら家の中の物全部に火をつけて燃やしちゃおう。
……ジル、上手くやってね!
ーーーー
「オラの世界を破壊する輩は生かして帰さんべ! 男に用は無いんだべ!」
ジルです。窓から出た後、私は家の陰に隠れて様子をうかがっていますが、あれは間違いなく勇者物語に載っていた異形のタンスですね。
あの口調、あの見た目、男に用は無いと言う発言は全てあのタンスの特徴と一致しますし。
まあ、相手が女でも容赦なく襲いかかってくるなら最終手段で私がチャームを使いますが、そんなことするまでも無いでしょう。
じゃあ、家の陰から出ますか。
「何だべ!?」
「……」
さあ、姿をさらしましたよ。まず何を言いますか?
「女だべか!?」
「この姿を見て男に見えるなら、凄いですよ?」
まずは私が女か確認してくるタンス。
まあ、このタンスは色欲の塊なのでよほどのことが無ければ私にも欲情するでしょうね。
「……」
「あの……?」
タンスが黙ったままなのでとりあえず話しかけます。……すごく申し訳なさそうな顔をしています。
まあ、叩き潰そうとした相手が自分の大好きな女の子ならこういう態度にもなるでしょうね。
さすが伝説の色欲タンスです。
「……まあ、入るべ。中でゆっくり話をするべ」
「その……できればあちらの家も開けていただけないかと……」
タンスが居る方の家は開きました。ですが、ここですんなり入るわけにはいきません。
もう片方の家も燃やしてしまえばこれで決着がつきます。さあ、両方の家を開けてください。
「へ? なんで向こうの家を空ける必要があるんだべ?」
「……開けていただければ、お礼に私に出来ることをしてあげたいと思いますけど……」
まあ、この出来ること=燃やすことですけどね。
私がタンスに奉仕など、ありえませんから。
「……!! き、期待しても良いんだべな!?」
私の発言を聞き、即座に表情を緩ませるタンス。
……簡単な物ですね。
「ええ。もちろんじゃないですか」
まあ、残念ながら私にタンスと寝る趣味は無いので、あなたを燃やすか壊すかの二つになりますけどね。
「な、なら両方開けてやるべ! だ、だから早く来てくんろ!」
もう待ちきれない! と言わんばかりに興奮していますね。
タンスが興奮しても気持ち悪いだけですけど。
「ふふふ……まあ、そう急がずに、お願いします」
焦らなくてもちゃんとあなたもこの二つの家も燃やしてあげますから。
「よし! 両方、止まるんだべ! もうオラが指示するまで動かなくていいべ!」
タンスがそう言った直後、家が両方開くようになりました。さて、タンスを炎の中にご案内しますよ。
ルーチェさん、そちらの家の始末はお願いします。
ーーーー
「ジルは家に入っていったか?」
「うん。じゃあ、早く二つとも家を燃やそう」
「ああ」
ジルが家を両方開けるように言ったからすんなり家に入ることができた。
じゃあ、この家はさっさと燃やしてしまおう。
「しかし、本当に動かないな。この魔物ども」
「うん。やっぱり、あいつが操ってるのかな?」
まあ、動かないからって容赦する必要も無いけど。
こんな危険な家は片っ端から火をつけて燃やしていかないと。
「二階から火をつけるぞ。金目の物も何一つないから、全部灰にしても良いだろう」
「そうだね」
……こんな危険な家は全部燃やしてしまおう。
火をつけても反応しないけど、でも燃えてはいるよね。
「壺を叩き壊しても問題ないな」
「本棚も燃やそう」
家にある家具のほとんどに火をつけ、一階も燃えるように火をつけてから家を出る。
……ジルは上手くやってくれるかな?
ジルが入っていった方の家からも煙が出てるから、心配いらないか。
ーーーー
「さて、一階はこれで放っておけば焼け落ちますね。じゃあ、タンスと話して時間を稼ぎますか」
一階はすでにあちこちから火の手が上がっています。放っておいたら焼け落ちるでしょう。
……タンスに気づかれていたら……まあ、ありえないですね。
「待っていたべ! さあさあ、座るべ!」
「失礼します」
さて、後はこのタンスをどうやって絶望させるかですね。
勇者物語の登場人物の中では筋金入りの超極悪人……いえ、超極悪タンスですから。
男性陣には片っ端から罵詈雑言を放つわ、事もあろうに死者を冒涜するわ、女性陣には気持ち悪い仇名をつけ、擦り寄るわ、好みじゃ無ければ男相手と同等の扱いだわと最低最悪のモンスターですからね。
こいつが出てくる場所は全て読んでいて気分が悪くなりましたし。
「オラが誰だか分かるべ?」
「伝説の勇者トレブラ。勇者物語第16巻、着替えと贖罪の物語に登場する方ですよね?」
忘れるはずがありませんよ。
戦力外の備品の分際で出しゃばり、読者を苛立たせてくれるんですから。
「そうだべ! オラこそが、世界最強の勇者トレブラだべ!」
タンスの分際で何を偉そうに。
というか、あなたは服の収納先以外にあの世界で一体何をしたと言うんですか……。
……確か最後にはその服の収納先というポジションすら奪われましたっけ。
「オラの素晴らしい武勇伝を聞かせてやるべ!」
「ええ。お願いします」
まあ、物語自体は知っていますし、聞き流しますけどね。
……というか、聞き流さないと絶対感情が抑えられそうにないです。
この怪物は、物語の中でも人を苛立たせるのが得意でしたからね。
「オラこそが世界を駆けるメルたまを陰ひなたになり支え続ける使命を帯びた伝説の英雄トレブラ様だべ! オラの使わされた先は伝説の異界ダルクラント。そこで、メルたまと出会ったんだべ!」
……嘘ですね。事実は、この怪物が双子の居る場所に派遣されたんですよ。
最強の試練として。ええ。最強の試練としてです。
仲間ではありません。断じて違います。このタンスは主人公の仲間ではありません。
「メルたまと共に、世界を駆け、メルたまの母親代わりの……誰だったべ? まああんな羽虫どうでもいいべ!を華麗に助けだしたオラたちが、そのまま世界を正しい方向に修正するために戦うんだべ!苦悩するメルたまを優しく慰めるオラ……いつしか二人の間には種族を超えた愛が」
……何を言っているんでしょうか?
物語の中にはどこにもそんな記述はありませんし、勇者物語は異界の事実ですから、間違っているとは思えませんしね。
……このタンスの中の物語はこれまた滑稽ですね。ですが、そろそろ炎がここにも上がってくるんで、おしまいにしましょうか。
ほら、階段が燃える音が聞こえてきました。
「ん? 何だべ? この音は?」
「さあ、何なんでしょうね? トレブラさん、下まで行って見てきてもらえますか?」
そろそろ、潮時ですね。
「あ、ああ! 分かったべ!」
立ち上がって階段の方まで歩いていくタンス。
さあ、最後の仕上げですね!
一階の炎の中にこのタンスを蹴り落として、スカッとしましょう!
「何だべこれは! オラの家が燃えてるべ!?」
「ああ、大変ですね……トレブラさんが」
階段に立っているトレブラを全力で蹴り落とし、一階の炎の中に落としてあげます。
当然、タンスなので激しく燃え上がります。
「あぎゃー! 炎怖いべ! 燃えるべ! 助けるべ!」
「害獣、いえ、害タンスはもう、消えてください」
きっと今の私は満面の笑みになっているでしょうね。
物語の中で何度も苛立たせられたタンスを炎で燃やせる日が来るとは、思っていませんでしたし。
「ぎゃあああああ!助ける……べ……」
「害タンス:トレブラは炎によって死亡確認。とトレブラを召喚したヒローズに通達して、報奨金も頂けますし、私はトレブラを燃やせてすっきりしませたし、後は家が燃えるのを見届けるだけですね」
悪名高き害悪タンス、トレブラは見事灰になりましたね。
これで仮に燃えていなくても最後の家の魔物は動かないでしょう。
このタンス以外に家を動かすように指示出来る物体はいないはずですし。
……さて、家が燃え尽きる前に脱出しますか。
ギャグが何故か全く無い!……まあ、戦闘だし、相手が相手だし仕方ないか……。タンス、貴様だけは絶対に許さない。存在を消せるパッチがあったら1万払っても買うのに。元ネタを知らない人は知らないままの方が絶対に幸せです。
タンス……奴は仲間ではありません。仲間の皮を被った真のボスです!きっと改造で出てくる真の裏ボスです!