言い訳を考えましょう
side 傭兵隊長
「ううう……不味い、不味いぞ……」
さっきのガキ共が帰った後、俺は頭を抱えていた。
理由は言うまでも無く、さっきのガキ共だ。
「まさか部下に庇われたからってイナテモ殺害の容疑者を取り逃がすなんて……。これじゃベルツェから何を言われるか分かったものじゃない……」
俺は机の上におかれた『イフォン』とかいう小さい機械の前で頭を抱えていた。
こんな事、どう報告すればいいんだ。
ただでさえ最近のベルツェの担当者は苛立った様子で『勇者プログラムを殺害されています。各地の監視を強化してください』って言ってきてるのに……。
イナテモ殺害事件がよりにもよって俺の住んでるポートルで起きてしまって、その上いかにも怪しい連中が居たのに、取り逃がしてしまったなんて……。
「……ぽ、ポートルを勇者プログラムで制裁する、とか言い出さないよな? イナテモ殺害事件の犯人を捕まえられなかった責任を追及するとか言って拷問にかけられたりしないよな? ……ああくそ! どうしてこんなことになったんだ!」
俺は元々ポートルの出身じゃない。
ベルツェではそこそこ有名だった傭兵だったんだ。
そのベルツェが勇者プログラムに完全に制圧されて仕事も無いから国を出てポートルまで来たのに……。
「まさかベルツェから勇者プログラムの派遣団体が来て『ポートルに勇者を派遣しない代わりにこの町の監視を行え』なんて言われるなんて……」
しかも、監視業務がいつもの仕事と変わらないことで安心して受けたら、担当者は俺にとんでもない事を教えやがった。
ベルツェで大量に出現している勇者共は全員プログラムとかいう人工的に作られた人そっくりの人形で、その気になったらポートルの町くらい即座に破壊することができるとか。
……5歳くらいの幼女が軽く地面を殴ったらマグマが噴火するほどの衝撃波が発生し、その衝撃波で山一つが完全に消し飛ばされていく光景を見せつけられたら、嫌でも信じるしかない。
「……というか、そんな化け物をあんなガキ共が倒したんだよな……?」
信じられないが、まあ間違いないだろう。
イフォンを開くと、緊急ニュースに『勇者プログラム殺害速報』なる物があるし、そのページを開くと『イナテモという名前の勇者プログラムがポートルで殺害された。犯人は不明。先日発生した勇者プログラム殺害事件と同一犯である可能性が高い』と表示されている。
……どう考えても報告せざるを得ないよな?
けど、それで報告したら今度はあのガキ共に報復として俺が……!!
「……どうすればいいんだ。正直に答えるか? 出鱈目な報告を入れて誤魔化すか? 下手したらそれこそ俺の命が……!」
ピピピピピピピピピピ!
「!? ちゃ、着信が……!!」
恐れていたことが起きてしまった。
まさか向こうから連絡してくるなんて。
……と、とにかく取らないと……!!
「こ、こちらポートル……」
『ポートル傭兵隊隊長だな?』
「は、はい……」
イフォンから聞こえてきたのは感情の感じられない無機質な声。
間違いなく勇者プログラム……!
『イナテモ殺害事件は知っているな?』
「はい……。先ほどイフォンで確認しました」
『犯人が潜んでいて、更なる勇者プログラムの殺害を目論んでいる可能性が高い。警戒及び犯人殺害のため、勇者プログラムをポートルに派遣する』
「!? ま、待ってください! ポートルに勇者プログラムは派遣しないという約束では……!!」
あんな化け物送られたら間違いなくポートルの町が壊される。
それだけは絶対に避けなければ!!
『本来であればその通りだが、今回は却下だ。これで既に勇者プログラムが3体も殺害されている。今回の勇者プログラム派遣は政府からの通達だ』
「そんな……!」
もう駄目だ。
あんな化け物を送り込まれたらポートルは終わりだ。
町中滅茶苦茶にされて、略奪の限りを尽くされる。
『……何をそう悲観している? 約束は違える事となるが、別に貴様やポートルの町をどうこうしようというわけではない。犯人を見つけ出し、殺害することだけが目的だ』
「……」
……嘘だ。
勇者プログラムが何もせずに去っていくわけがない。
必ず何らかの暴挙を行うはずだ。
だが、それをこいつに言ったところで通じるわけがない……。
『勇者プログラムの到着は三日後だ。それまでに犯人を確保、殺害することが出来れば、速やかに通達しろ。犯人の遺体がこちらに引き渡された時点でポートルへの勇者プログラムの派遣も中止する』
「……」
三日後に勇者プログラムがやってくる……。
だったら……三日以内にあいつらを始末出来たら、勇者プログラムはこの町に来ない?、
『通達は以上だ』
「分かり……ました」
イフォンから聞こえていた音声はその言葉を最後に聞こえなくなる。
……三日間。
その間に奴らを殺せば、この町は守られる……?
ピピピピピピピピピピピピ!!
「!? こ、今度は何だ……?」
再び鳴り出すイフォン。
震える手でイフォンを取り、声だけでもなんとか冷静に保つように意識しながら通話ボタンを押した。
「……こちら、ポートル」
『ポートル担当者! ニュースは見ましたね!? 今すぐに勇者プログラム殺害犯を見つけ出すように動きなさい!』
今度の相手は声の調子からして、明らかに人間の女だった。
勇者プログラムを作ってる『ニホンジン』とかいう奴らか?
「ええ、見ました。ですから、これから準備して勇者プログラムが派遣されてくるより前に犯人の確保及び殺害を……」
『勇者プログラム、つまり! 我が国の国民が作り上げた『財産』が! 侵害されてるんですよ!? 何そんないい加減な返事をしてるんですか!? 貴方今の状況が分かっているんですか!?』
……言われなくても分かってるっつーの。
こっちはポートルに勇者プログラムが派遣されることになったってついさっき聞いたんだからさ。
グズグズしてたら本当にポートルが滅茶苦茶にされる。
『聞いてるんですか!? ちゃんと聞いてるんですよね!?』
「聞いている。だから今準備しているところだ。邪魔しないでくれ」
『頼みますよ! もし今度また勇者プログラムが殺害されたら、私の支持率が不味い事になるんですからね!? そうなったら、勇者プログラムを差し向けてポートルの町を滅茶苦茶にしてやりますよ!?』
「……そうならないように働いてやるから黙ってろ」
それだけ言ってイフォンの電源を落とす。
……あんたに言われるまでも無い。
ポートルの平和を守るのは俺の仕事だ。
ベルツェで仕事を奪われた俺が受け入れられたポートルの町、なんとしても守ってやる。
「……はあ、キャンキャン吠えられて頭が冷えるなんてなあ……」
勇者プログラムがポートルにやってくる、って話を聞いたときは絶望感しか無かったのに、その直後に喚き散らす馬鹿の声を聞いたら逆に落ち着いてきた。
……俺がやる事、はっきりしたしな。
「ポートルを救ってくれたガキ共には悪いが、これもポートルの町を勇者プログラムに踏み荒らされないためだ……! 皆殺しにして、その首を差し出してやる」
……そうすれば、ポートルは勇者プログラムに襲われることは無いはずだ。
少なくとも、他の町のように勇者プログラムが派遣されてくることはあり得ないはず……。
「……とは言ったものの、具体的にどうすればいいやら」
あのガキ共を上手く全員抹殺する。
それも、この町に被害を出さないように、かつ三日以内に。
……どうすればその条件が満たせる?
「……そう言えばあの金髪、勇者プログラムを知ってそうだったな……」
ふと思い出すのはあいつらのリーダーっぽい金髪の小娘。
あいつは俺が『分解されて消えたんじゃなくてか?』と聞いたとき、ほんの少しだが動揺した。
もしかしたら、勇者プログラムの情報を流せば釣られるんじゃないのか?
「……もしあいつらが勇者プログラムの情報を知ってるとしたら、偽の勇者プログラムの情報を流してあいつらを釣りだして、そこを叩けばいいんじゃないのか? それか、本物の勇者プログラムに協力させて……」
そう考えると、普段働かないはずの俺の頭は一気に回転し始めた。
勇者プログラムをポートルに入れたくない。
勇者プログラムがポートルに来るまでの期限は三日後。
そうなる前にあのガキ共を皆殺しにして勇者プログラムに差し出すと勇者プログラムはポートルに来ない。
もし殺すとするなら、あのガキ共に偽の情報を流して近場の洞窟にでも誘導して、何も無い洞窟内を調べさせ、あいつらが疲弊した所を叩いて殺すのが基本……だろう。
しかし、それには重大な問題がある。
俺の部下共が言う事を聞いてくれない可能性が高いのだ。
「あいつら……一応町の救世主だからか、俺の部下は好意的に見てやがる。これじゃ、あいつらを殺す、と言ったところで俺の指示など聞かないだろうな……」
まあこれはある意味仕方がないだろう。
勇者プログラムだって、最初はベルツェの人間の困りごとを片っ端から片付けていってたから受け入れられたんだ。
最初に出てきた勇者が暴力の塊のような奴だったら、ベルツェの人間もそれ以上勇者を召喚する事なんて無かっただろうし、あんなにプログラムが増えることだってなかった。
あのガキ共は町中で略奪を行ってるわけでもないし、何もしてない奴をいきなり斬り殺すのはいくら傭兵でも乗り気にはならないだろう。
俺達はそもそもポートルの町に雇われてるのに、その町の救世主を無断で斬り殺すわけにもいかないしな。
「となると……どうすればいい?」
俺はさらに思考に耽る。
あのガキ共を都合よく殺し、かつ勇者プログラムをこの町に近づけさせない方法を考える。
「期限は三日、暗殺、ポートルに入れない……」
しかし、そうすぐには良い方法は浮かんでくれない。
勇者プログラムによる通告からどれくらい経ったのかは知らないが、まだ考えは浮かばなかった。
そんな時――――
「隊長? 入ってもよろしいでしょうか?」
「(……何だよこんな時に……)……入れ」
ドアが叩かれ、外から声が。
こんな時にいきなりなんだ。俺は今忙しいんだよ……。
そう叫びたくなったが、用事があるように見えないのに、そんな事を言うわけにもいかない。
正直付き合いたくはないが、ドアの外の奴に対し、部屋の中へと入るように指示をした。
「失礼します。……隊長、港の件なんですが……」
「復旧か? そんなもの町の方で勝手にやるだろ?」
「その……復旧させようにも労働力が足りないらしく、我々にも手伝いを要請してきています」
「あのガキ共滅茶苦茶な戦いをしていたらしいからな……」
まあ、仕方ないだろう。
勇者プログラムなんて非常識の塊、被害を出さずに倒せるほうがおかしいんだから。
……こいつらはどのみち戦力には出来そうにないし、出してやるか。
「……お前ら、手伝ってきていいぞ」
「隊長? 隊長も一緒に……」
……馬鹿言うな。
ポートルを守らなきゃいけないのに、俺が行けるわけないだろ?
「……すまん、急ぎの用事が入ってしまい、手が離せなくてな」
「そう、ですか……。隊長、この間の打ち上げも、そう言って参加していただけませんでしたね……」
「……」
ああ、この言い訳、前も使ったか?
……正直、全く覚えてない……。
ポートルに勇者プログラムを入れないことばっかり考えてるから、他の事を忘れてしまうんだろうな……。
「すまんな、本当に忙しいんだ……」
「……分かりました。我々だけで向かいます」
「ああ……」
残念そうに出ていく部下を見送りながら、後悔の念に苛まれる。
……あの時、ポートルの監視なんて受けなきゃよかったと。
そんなことしてなかったら、今だって普段と変わらない生活が出来たのに……。
勇者プログラムさえポートルに来なかったら……。
「……ん? 来ない?」
勇者プログラムがポートルに来ない。
俺が何よりも大事にしていることだ。
そのために、あのガキ共を殺してその首を勇者プログラムに捧げる。
……待てよ?
「俺は最初に何を考えた? あのガキ共に偽の情報を流して洞窟に誘導するんだったよな?」
まあ、実際にポートル近くの洞窟に誘導したとしても、一時間もあれば探索しきれるような大きさしかないから足止めはほぼ無理だが。
……けど、待てよ?
「その洞窟にあらかじめ勇者プログラムを派遣させておいて、あいつらが本当に勇者プログラムに出くわすように仕向ければ……!」
その後であいつらに問い詰められたとしても、俺が脅されていたことを伝えて謝罪すればきっと許してもらえるよな?
というか、そんなことしなくても、勇者プログラムと戦って疲弊したあのガキ共を一気に襲えば……!
これでもベルツェでは少しは名の通った傭兵だったんだ。
……疲弊したガキ共を倒すくらいなら出来るはず!
もし殺害に成功すれば、勇者プログラムを派遣してくることは止められるし、殺害に失敗したとしても、ポートルが戦場にならなかったら何の問題も無い。
…………完璧じゃないか!
「……よし、さっそくこの方法を勇者プログラムに伝えてやるか……。もしあいつが死ねばそれはそれで好都合。ガキ共が死んでもポートルを戦場にはしていないから何の問題も無い。……完璧だ!」
今の俺はどんな顔をしているのだろうか。
間違いなく笑っているに違いない。
俺はさっそく、勇者プログラムに連絡を入れた。
計画の成功を確信して――――。