調べてみましょう
「う、腕輪が本当に爆発した……」
「やっぱりな……」
ルシファーが言ってた通り、加護を付けた腕輪は爆発して無数の破片に姿を変えた。
原型すら留めていない腕輪はただの鉄の欠片になって、魔法陣の上に散乱している。
「分かっただろ、ルーチェ。加護を付けすぎたらこんな風になってしまうんだ」
「う、うん……。せっかく加護を付けたのに、台無しになっちゃったね……」
修理しようにも、破片になった腕輪をくっつけるのはもはや不可能だ。
これを強引に作り直すよりも、新しく作った方が良いのは言うまでもない。
「と、とりあえずこの壊れた腕輪どうにかしないと……こんなのもう使えないよね?」
「使えないでしょうね。木端微塵になっています」
しかも時々腕輪の破片から紫色の火花が飛び散ってる……。
こんなの置いてたら使った魔法陣まで影響受けそうだから、早く掃除しよう!
「それにしても、どうして壊れたんでしょうね? やっぱりルシファーさんの言うとおり、加護の付けすぎでしょうか?」
「うーん……」
破片を魔法陣の上から払いのけながらジルが口を開く。
壊れる寸前に何か聞こえたような気がするんだけど……。
気のせいかな、あれ?
「そう言えば私も何か聞こえたような気がするんですよね。雑音にしか聞こえなかったんですけど」
「そうなのか? 俺には何も聞こえなかったが……」
「僕も何も聞こえなかったけどね~。誰が何を言ってたのか分かる?」
突然だったし、はっきりとした内容までは分からないけど……。
口調……と言っていいのか分からないけど、言い争うような感じだったかな?
ジルは?
「……さっぱりです。本当に微かに雑音が聞こえた程度だったので」
「ルーチェが一番聞こえてたのかな? それでも誰が言ってたのかは分からないんだ」
「うん。明らかに言い争うような感じだったことしか分からないよ」
……何だったんだろ、あれ。
まあ、気を取り直して加護を付ける?
魔法陣の掃除も終わったし。
「ちょっと待てルーチェ。その魔法陣、大丈夫か?」
「え?」
加護を付けることを提案しようとしたらルシファーが口を挟んだ。
掃除は済ませたし大丈夫だと思うけど……。
どうなの、二人とも?
「……魔法陣の上の残骸はどけましたけど、魔法陣も傷だらけになっていますね。魔法陣のあちこちに細かい切れ込みのような物が付いてます」
「このまま使って大丈夫なのかな、これ? ルーチェも近くで見たらわかるよ」
「……」
マディスに手招きされ、私とルシファーも魔法陣の近くによって観察する。
ジルが呟いた通り、魔法陣全体に細かい傷が生じ、特に腕輪を置いた中央部は所々魔法陣が完全に消えていた。
このまま使おうとしたらどうなるのか分からない……よね。
「少なくとも、これを使用してちゃんとした加護が付けられるのかは怪しいですよね。まあ、確かめるためにも、一度魔力を流してみませんか?」
魔力を流してみることを提案したジル。
まあ、こんな傷だらけの魔法陣が使用できるかは分からないし、確かめるのは大事だと思うけど……。
「おいおい……。こんなところで事故死は勘弁だぞ? 今度は魔法陣が爆発したりしないだろうな?」
「まあ、薬で守れば何とかなるんじゃない? 魔物の一撃よりは流石に弱いと思うよ」
マディスはさらっとそんな事を言うけど、魔物の一撃より魔法陣の爆発の方が強かったら、危険どころか命まで失いかねないよ……。
「……ですけど、これが使えるのかどうかくらいは確かめませんか? 見栄えが悪くなったからって事故の度に魔法陣を捨てていたら、効率も非常に悪いですよ?」
「まあ、私もそれは気になるけど……」
けど、ルシファーが心配する通り、命には代えられないよね……。
どうしよっか?
「万全の対策を施さないと不安でしょうがないな」
「まあ、その辺はね……。けど、魔法陣と私やジルの間に壁を置くわけにもいかないでしょ?」
壁越しにちゃんと魔力を流し込める自信は無いしこればかりは諦めるしかないよ……。
マディスの薬で万全の対策をしてからやってみる?
「やるならそれしかないよね。後は、万一の時のために盾も持っておかない?」
「出来る限りの対策をしてからだな……。マディス、頼む」
「さすがに何が起きるか分からないから、使える限りの対策するね~」
ルシファーも渋々とはいえ同意してくれたので、さっそく実験することに。
……心配してくれてるのに、ごめんね、ルシファー。
「……まあ、無事に済めば良いだけだ。少しでも危険だと感じたら魔力を流すのは即座に止めろよ?」
「もちろんそのつもりですよ。壊れた魔法陣に魔力を流したら魔法陣が吹き飛んだから全滅しました、なんて最期は私だってお断りですしね」
そんな間抜けな最期を迎えたら死んでも死に切れないよ。
まあ、それでも敢えて危険な領域に踏み込んじゃうのが好奇心なのかもね。
好奇心が貴方を殺す、って言われたら否定できないかも……。
「始めましょう、ルーチェさん」
「うん。……どうなるかな?」
マディスが傷だらけになった魔法陣の上に新しい腕輪を置き、私とジル、ルシファーもそれぞれ配置についた。
私の傍にはルシファーが、ジルにはマディスが付いてるし、万が一何かあっても大丈夫だよね。
マディスの薬で万全の対策も施してあるから絶対に大丈夫だと思うけど。
「……」
魔法陣を挟んで向かい合うように立つ私とジルの手から魔法陣に魔力が流し込まれる。
そして魔法陣が起動し、光が出現して腕輪に纏わりつく。
……ここまでは全く同じ。
つまり加護はつけられる、はず。
「考えすぎだったのかな? 何も起きないなら、こんな万全の対策は必要なかったかもね」
マディスが口にしたように、今のところは何も起きていない。
このまま本当に何も起きなかったら、考えすぎだったで終わるけど……。
(まだ、分からない。マディスが言ったように、何も起きないまま終わってくれるのか、それともこの後何かが起きるのか)
やったことが無いのだから当然なんだけど。
そもそも大丈夫なのかどうかを確かめるための実験だし。
「……?」
そんな事を考えながら魔力を流し続けている最中、魔法陣の傷から周囲に飛び散る水色の小さな粉らしきものが目に入ってきた。
腕輪に纏わりつく光とは異なり、空を飛んでいるかのようにふわふわと漂うように浮いており、特に何か起きるようには見えないけど――――?
「ルーチェ、どうした?」
「水色の……粉みたいなものが魔法陣の周囲を漂ってる? 気のせいかもしれないけど」
「……確かに、よく見たら何か浮いてるな。何だ、あれ?」
ルシファーにも見えるって事は……私の幻覚じゃなさそうだね。
けど、何かな、あの粉?
「……何が起きるか分からない。警戒だけはしておくぞ」
「うん……」
ルシファーが私の前に出て、盾を構える。
灼熱の炎のように真っ赤な輝きを放つ盾が、ルシファーと、後ろに居る私を守るように掲げられた。
マディスの薬とこの盾の力なら、絶対に大丈夫……。
「マディスさん、あの光何だと思います?」
「さあ……。今のところは何も起きないみたいだけど、どうなのかな?」
「魔法陣の上に水色の光の粉が漂っていて見た目は神秘的なんですけど、何が起きるか分からないのが怖いですよね」
ジルとマディスにも見えている……。
何なのかなこの光。
気になるけど、今は加護の方を優先しないと!
「……腕輪の方は問題ないかな?」
「だと良いんだが」
私とジルが魔力を流すのに比例して魔法陣の周囲に水色の光が漂い、その量は時間に比例して増えていく。
その間も光はちゃんと腕輪にも纏わりついていくから、腕輪にも問題なく加護が付いているように見えるけど……。
「……魔力を流す度に光の粉が増えるね。ジル、どのくらいまで続ける?」
「……どうしましょうか。加護はまだ終わりませんか?」
「うん……。纏わりついてはいるけど、終わる気配が無いよ」
傷つく前の魔法陣だったらとっくに完成してるはずなのに、腕輪には未だに光が纏わりつき続ける。
やっぱり影響出てるんだよね……。
「うーん、そうですね……。面倒なことになると困りますし、ここで一旦止めて腕輪を回収しましょう。新しい魔法陣を作って続きをすれば大丈夫だと思いますし」
「そうしようか」
ジルも止めるって言ったし、後は腕輪を回収するだけだよね。
ルシファーから渡されたマディスの薬を飲んで使った魔力を補充して……それから……。
「腕輪を回収してこの魔法陣を……って、あれ?」
「どうした、ルーチェ?」
魔法陣の上に置かれた腕輪を回収しようと思って手を伸ばすも、見えない何かに当たって手が魔法陣の中央に届かない。
周囲を漂う水色の粉も気になるし、早く腕輪だけ回収したいんだけど……。
「見えない何かに阻まれて手が届かなくって……。どうすればいいかな?」
「駄目ですね。私の方から手を伸ばしても届かないです」
私と反対側からジルが魔法陣の中央へと手を伸ばしたけど、やっぱり見えない何かに阻まれる。
ほんとにどうしよう。このままじゃ腕輪が回収できないよ。
「……ちょっと離れてくれる、二人とも」
「え? マディス?」
私とジルを魔法陣から離れさせ、マディスは透明な何かを調べるように軽く手で叩く。
やっぱり駄目、なのかな? 中に腕輪があるのに……。
「……薬で冷たさを感じないだけで、透明の氷なのかな? だったら……」
「え? そんな物取り出してどうするの?」
何か思いついたように、マディスは巨大なハンマーを取り出す。
まさか――――。
「これなら腕輪を覆ってる氷を破壊して回収できるかな、って――――!」
言い切る前にマディスは魔法陣の中央にある氷の塊目がけ、クリスタルのハンマーを全力で叩きつけた。
周囲に轟音が響き、大地が震えるように感じられた辺り、マディスは間違いなく全力だった。
……けど、腕輪を完全に飲み込んでいる氷には全く通用せず、マディスが叩きつけたハンマーはあっさりと弾き返される。
弾き返された反動でマディスの手から地面に投げ出されたハンマーの先端が逆に砕けているくらいだから、相当頑丈な物らしい。
「うわっ、固すぎるよこれ。薬で完全に固めたのに全く通用しないや」
「完全に弾き返されたな。大丈夫かマディス?」
「うん。……薬のおかげで痛みは無いけど、炎で溶かすしかない、って事だけは分かったかな。これで駄目だったから、多分僕らの攻撃じゃ壊せないよ」
「みたいだな……。そもそもこのハンマーが砕ける時点で、使う武器の方が耐え切れないな」
砕けた欠片を拾い集めながらマディスはそう断言した。
武器が逆に砕けちゃったらまあ仕方ないよね……。
それはそうと……。
「炎……か」
ジル以外皆使えるね。
じゃあ、どうやって溶かそうか?
「中の腕輪に当てないことを考えたらルーチェが適任じゃないかな?」
「ファイアウォールで炙って溶かしてしまえ」
「まあ、そうなるよね。じゃあ――――」
――――ファイアウォールで溶かそう。
そう言おうとしたとき、何かが飛んでくる気配を感じて咄嗟に右腕を顔の前に。
直後、何かが右腕に当たった。
当たった物はそのまま地面に落ちたみたいだけど――――?
「――――えっ、氷の粒?」
地面に落ちていたのは小石程度の大きさの氷の粒。
けど、どうして――――?
「マディス!」
「へ? うわっ……!」
「気を付けてください! 魔法陣の周囲から氷の粒が……っ!」
ジルが叫んだ通り、魔法陣、そしてその周囲からは次々に氷の粒が出現し、私達の方に飛んでくる。
そして魔法陣の中央、私達が破壊して腕輪を取り出そうとした氷の塊からは鋭い氷柱が生えはじめていた。
見ると、周囲の草が凍り付いており、魔法陣の周囲の地面には白い霧のような物が漂っている。
……い、一体何!?
「見てください! さっきまで周囲に漂ってた水色の粉が……」
「魔法陣の中央の氷に吸い込まれていってる!?」
今まで見たことも無いその光景に思わず気を取られそうになるけど、そんなことやってる場合じゃない!
「……腕輪は勿体ないけど、面倒なことになる前に! ファイアウォール!」
「ルーチェに任せるだけじゃ足りないかな……っ! これも使って……燃えろ!」
「やりすぎかもしれないが……炎破ッ!」
突然様子が一変した氷の塊に対し、次々に放たれた私達の炎攻撃。
魔法陣もろとも焼き尽くすほどの勢いで炎が燃え上がり、周囲に漂う水色の光も、腕輪を完全に飲み込んでいる氷の塊も、瞬く間に炎の中に溶かしていく。
正直やりすぎかもしれないけど、これくらいやっておかないと完全に溶かし切れないかもしれないしね……。
「……このまま溶ければ! ルーチェさん! 腕輪回収してきます!」
「分かった! まだ大丈夫だよね!?」
「ええ! 熱さも寒さも感じませんし大丈夫です!」
まるで油に火を点けたかのように激しく燃え上がる魔法陣。
当然その上の異様に頑丈な氷の塊も急激に溶けているため、腕輪を回収できると考えたジルは炎の中に突っ込んでいった。
……援護しないと!
「ジル、もう一発必要!?」
「……回収しました! そのまま焼いちゃってください!」
「大丈夫だと思うけど、早く離れてね! ファイアウォール!」
激しく燃え上がる魔法陣の下から新しい炎の壁が出現したのとジルが魔法陣から飛び出してきたのはほぼ同時だった。
飛び出してきたジルの手には加護を付けた腕輪が握られている。
……後は、この魔法陣を破壊したら大丈夫だよね?
「……ですね。全く、何ですかこれ。傷の入った魔法陣を使ったらとんでもない事になってしまいますね」
「こんなことになるなんてね。今度からはちゃんと傷の無い魔法陣を使わないと」
まさか魔法陣から光の粉が出てきて加護を付けた物が奪われたり襲われるなんて……ね。
気を付けないと。