加護を付けましょう
「……」
「……」
「……」
「……」
思い当たってしまった最悪の結末。
勇者プログラムが文字通り世界を征服しかねない未来。
全員、言葉を失ってしまった。
魔法陣を刻む土台を作る作業の手も止まる。
「……ま、まあ、まだそうなるって決まったわけじゃないですよ、ルーチェさん!」
「そ、そうだよ、ね……? そんな未来、来ないよね?」
ジルが口を開いた。
……そうだよね?
世界中で勇者プログラムが暴れまわる未来なんて、来るはずないよね……。
「けど、可能性があるなら備えだけはしておいてもいいだろ。ほら、作業に戻るぞマディス」
「あはは……そうだね。まあ、バグリャ勇者程度の相手ならどうにか出来るだろうし、そうなる前に準備しておけばいいだけだよね?」
ルシファーとマディスが作業に戻り、二人に遅れないようにジルも作業を再開した。
……ルシファーは備えることを優先しようとしてるけど、本当に怖いよ、そんな未来。
あのバグリャ勇者だって、あんな酷い奴だったのに周囲の兵士や女の子は従ってたし……。
「そ、そこまで王族も馬鹿じゃないですよ……恐らく」
「というか、本当にそんな世界にされたら、俺はこの世界の王族を全員殺しても構わないと思うが」
「災いって根元から断ち切らないといけないからね~」
ルシファーとマディスはさらっと言ってるけど、本当にそんなことまでやらないといけない世界は来てほしくない。
放っておいたらもっとたくさんの人を傷つけたり殺しまわることになりかねない、というか、実際にやってたから私達はバグリャ勇者やバグリャ軍の兵士を全員始末した。
けど、これって私たち自身も結局力で相手を排除してるだけだから……。
「結局、世界で一番必要なのは力なんじゃないのか? いくら綺麗事を並べ立てても、力が無ければ誰も言う事を聞いてはくれないだろ」
「それは……」
力が一番必要だってルシファーが口にした。
……確かに、私だって国王の命令に従ったのはあいつがテラントの国王だったから。
アレがその辺の酔っ払いで、酔っ払いの寝言みたいな言葉だったら、誰もあいつの言う事なんて聞かないはず。
私だって「酔っ払いの寝言は家で言ってて!」とか言って相手にしないと思う。
もちろん、こうやって旅をしている以上、自衛のための力が無いと襲ってくる野盗や魔物を倒すことも出来ないから旅自体が出来なくなる。
旅を続けるために必要だから力を求めることになるよね。実際に今魔法陣を作ってるし。
世界で一番必要なのは力、か……。
「権力にしろ実力にしろ、力があったら弱い相手を従えることが出来ますよね。何度も痛めつけた上で、逆らったらもっと痛い目に遭わすぞとでも脅せば、弱い人は文字通り強者の言いなりになるしかないですよ」
「刃向かう気力を奪うのも結局は圧倒的な力の差があるからなんだよね~……」
確かに、何百回挑んでも勝てない相手に挑んで痛めつけられるのは……。
普通の感覚ならそんな無謀な事やらないよね。
だけど、さ。
「だけど、力があるからって何でもしていいのかな?」
バグリャ勇者のように一つの国を好き放題動かして己の道具にする奴もそうだけど……。
持っている力を己のためだけに振るい続けるってどうなのかな?
「普通の感覚で言うならそれはやってはいけない事だろうな。だが……」
「ルーチェさん、人間全員がルーチェさんみたいな真人間じゃないんですよ? というより、権力や力を使って己のためだけに行動する方が明らかに多いと思います」
……力を持ってたら、自分のために使うのは当然、なのかな?
「そもそもさ、力のある人間のご機嫌を取ってるからこの世界は無事に成り立ってたりするんじゃないかな? 僕はそんなこと考えたこともないけどさ」
「力のある人のご機嫌を取ってるから……?」
……マディスは何を言ってるの?
って一瞬思ってしまったけど、考えてみると少し納得がいくかもしれない。
勇者教会の教皇……あいつの勇者たちを叩き潰した私達は憎悪の対象になったけど、私達の代わりにそこまで力の無い人がこれをやったら……。
「間違いなく消されますよ。相手が弱かったから生き残れたんですよね、私達」
「力を持ってる奴からしたら、力の無い相手は害虫以下だ。気にくわない害虫は駆除するし、害虫一匹駆除したって何も言われないからな」
「……」
そこまで言わなくても……って思うけど、ルシファーの言葉もまた事実なのかもしれない。
ルシファーの言うとおり、本当に力が一番重要なのかな……。
だけど……。
「そうだとしても、自分の気分を害したからとか、邪魔だからとか、そんなふざけた理由で相手を殺したくないよ、私は……」
そんな理由でバグリャの兵士を皆殺しにしたつもりは一切無い。
彼らを殺さなかったら、私達自身もそうだけど、町の人達やヒローズの兵士も文字通り皆殺しにされてたから助けただけ。
私は自分のやったことに対する理由をそう言うけど、これも自分勝手な理由、なのかな――――?
――――これも、力を持ってた私達の身勝手な理由なの?
分からなくなりそうだよ……。
「……ルーチェさん、大丈夫ですか?」
「ごめん、今更こんな事考えても言い訳にしかならないのに……」
正義かどうか、なんて関係なく、私達がバグリャ軍を皆殺しにしたことは事実なのにね……。
「……大丈夫か? この先また同じようなことが起きる可能性があるんだぞ?」
「そう、だよね……」
バグリャ勇者があんなことをやらかしてるんだから、他の勇者の中に化け物が混ざってる可能性だって高い。
そして、バグリャと同じ、もしくはそれ以上に酷い状況になってる場所だって――――。
「勇者様がまともに世界を救ってくれる存在だったら、ルーチェの悩みだって必要なかっただろうけどね」
「え?」
……マディス、どうして?
「だって、僕達がやってきたこと含めて全部、勇者が代わりに引き受けてくれるんだよ? 僕達が命がけで戦ったり旅をしなくても、どこかからやってきた勇者一行に頼みごとをすれば何の見返りも無しに引き受けて倒してくれる。そして僕達は何もしなくても安心して生活できるようになるんだから」
「勇者なんだから助けてくれて当たり前、って考えですね。まあ、実際物語に出てくるような勇者相手だったら本当に何でも頼むと思います」
「……まさか、勇者に全部押し付けるの?」
いくら何でもそれは……。
「勇者なんだから~、とか言って逃げ道を塞いで、それでも勇者が拒否すれば一方的に非難の言葉を浴びせればいい。勇者は便利屋なんだから、力の無い住民の言う事は聞いて当たり前。そんなところか?」
「え? だけどそんな……」
相手が勇者だからって、住民の言う事は聞いて当たり前だなんて……。
「実際そのためにあんな物作ったんだろ。アスカとか言ったな。あいつの腕輪、覚えてるか?」
「パトラに逆らえなくする呪いの腕輪……」
あんな物まで用意して――――というか、間違いなくそのベルツェの人達って皆が言ったような感覚してそうだよ……。
普通ならそんな腕輪渡さないはずだし……。
「便利屋扱いの勇者様、ってイメージそのものだな。パトラが行くと言えば逆らえないんだろ」
「実際に見たことないですけど、逆らえなくするって事は、反逆や逃亡をさせないための腕輪ですよね、それ? 奴隷ですか?」
……そんな連中ばっかりだから、勇者プログラムが出てきたのかな?
好き勝手に勇者を使う人達に思い知らせるために。
けど、それにしてはあいつの断末魔は――――。
「あいつの言葉から考えると勇者プログラムは多分違いますけど、そんな勇者まで出てくるかもしれませんね」
「この世界そのものに敵対する人間の勇者、か」
「そう考えると、勇者召喚なんて物は存在しない方が良いのかもね……」
この世界に異世界の人を引きずり込んで勇者として戦わせる、って、冷静に考えたら恐ろしい事やってるってようやく自覚できたような気がするよ……。
「……この話題はまた今度考えようよ。ほら、ルーチェ、新しい土台できたから焼いて」
「へ? あ、うん……。このままじゃ作業進まないもんね……」
強引にマディスが話を打ち切り、私に魔法陣の土台を焼くように言ってきた。
……考えても答えは出ないかもしれない。
けど、勇者や勇者召喚の事も含め、考え続けないとね……。
はあ……とりあえず、今は気持ち切り替えないと!
「ファイアボール!」
二つ目の土台にファイアボールを当て、土を固める。
皆は……。
「ジル、こっちの土台は……」
「もう冷えてますし大丈夫ですね。魔法陣、刻んでしまいましょう」
「分かった。さっさと作ってしまうぞ」
魔法陣の作成に取り掛かってるみたいだし、次は加護の方だよね。
けど、ルシファーが言ってたような事って本当に起きるのかな?
確かに炎と氷は対立するだろうし、光と闇を反発させて生み出した魔力を放つ攻撃を使ってた魔物が居たけど……。
「ルーチェさん、準備が出来たら魔力の流し込み、お願いしますね」
「分かってるよ。ジルも、ね」
「ええ。……あの甘すぎる薬は慣れないですけど」
「……まあ、ね」
マディスが用意した薬……異様に甘くて飲めたものじゃなかったんだよね。
けど、あんな物売らせるわけにもいかないし……。
「氷結晶を置いて、その後で加護を付けたい腕輪も置いて……準備完了、っと。さ、ルーチェ、ジル、始めて」
「分かった。ジル」
「ええ、やりましょう」
魔法陣の準備を終えたマディスが私とジルに声をかける。
私とジルは魔法陣の刻まれた土台を挟むように移動し、魔力を魔法陣に流し込む。
以前バグッタで行ったのと同じ工程であり、既に何度かやってるからそこまで苦労はしない。
マディスが魔法陣の上に置いた物に魔法陣から放たれた光が纏わりつくのも以前と同じだ。
限界まで魔力を流して装備を作ったら、今度は炎の加護を付けよう。
「……終わり!」
「はい、ルーチェ」
魔法陣の上に置かれた腕輪に水色の光が纏わりつかなくなるまで魔力を流し、作業を終える。
直後に脱力感が襲ってくるけど、傍に立っていたマディスがすぐに薬を飲ませてくれるから脱力感は即座に消え去った。
で、この後だけど……。
「この腕輪ってその盾みたいに変異するんでしょうか、ルシファーさん?」
「……分からん。少なくとも、俺がやった時は盾がこんな風になるなんてことは無かった」
空になった瓶を持ったジルがルシファーに尋ねる。
ジルは腕輪がルシファーの持ってる盾みたいになるのか気になるのかな?
……まあ、確かにそっちも気になるといえば気になるけど……。
「とりあえず試すだけ試そうよ、ジル。もし何も起きなかったらその時はその時で使えるからね」
「……そうですね。実験するために作ったわけですし、先に本来の目的を終わらせましょうか」
実際にどうなるのかはやってみないと分からないからね。
「じゃあ、炎の加護を付ける魔法陣の上にこの腕輪乗せるよ?」
「うん。じゃあ、始めようか、ジル」
「ええ、どうなるか楽しみですね」
ルシファーは壊れる、って言ってたけど……実際にそうなる場面を見ないと信じられないよ。
「……マディス」
「ん?」
「一応薬で防御強化してくれ」
「分かったよ。……そこまで危険なの?」
「万が一、って事があるだろ」
薬まで使うの?
……まあ、万全の体制にした方が良いか。
「……」
向かい合うように立つ私とジル。
私達の間には炎の加護を与える魔法陣と、その上に置かれた先ほどの腕輪。
マディスの薬も使い、事故への対策は出来てる。
――――準備は整った。
「始めよう!」
「ええ!」
先ほど同様、魔法陣に魔力を流し込む。
魔法陣は問題なく起動し、魔法陣から赤い光が湧き出て腕輪に入り込んでいく。
一回、二回、三回……。
腕輪の中に赤い光が入り込んでいくけど、何も起こらない。
……何だ、別に何の問題も無いじゃ
ナンダオマエハ!?
……キモチワルイ! フカイダ! デテケ!
オマエラガデテイケ! ボクタチノバショダ!
ウルサイ! デテイクノハオマエラダ!
「えっ……!?」
言い争うような声が聞こえたような気がした……直後、魔法陣の上に置かれた腕輪から妙な光が。
紫色の不気味な光を周囲に放ちながら、腕輪に亀裂が入りはじめる。
亀裂からは赤と水色の光が漏れ出し始め、腕輪そのものがまるで生きているようにガタガタと震え、激しく動く。
突然動き出した腕輪に驚いて魔力を流し込むのを止めたジルと私の前で、腕輪は――――轟音と共に破裂し、紫色の光が空に放たれた。