ポートルに向かいましょう
新しい章に突入です。
「ところで、このまま街道を歩いていくと何処に出るんだ?」
バグリャを去り、街道を歩いているとルシファーが口を開いた。
……次の町、えっと……。
「この先にはポートルって港町があるんだって。そこで船に乗って、この大陸を出ようと思うんだけど」
「船、ですか。聞いたことしかありませんね」
ジルも船に乗ったことは無いのかな?
まあ、私も名前だけしか聞いたことは無いんだけどね。
ポートルの港町も船も、実物を見たことは全くない。
ポートルから船に乗ったら何処に行けるのか、とかは分からないよ。
「まあ、ヒローズに戻るわけにもいかないからな……。あちら側から進むとなったら、最悪テラントまで戻る必要があるだろ」
「そう言う事。距離がありすぎて、戻ろうと思っても簡単に戻れないよ」
……といっても、案外近いような気もしなくもないけど。
物騒な魔物はもう討伐してあるはずだし。
戻るつもりはないけどね。
「どうせなら新しい場所に向かいますよね。今まで居た場所に戻っても仕方ないですし」
「港町か~。何か買えると良いんだけどね」
マディスの事だから、やっぱり薬の材料かな? 港町だし、何かあるかもね。
……ポートルは勇者を召喚するような場所じゃないし、平和に過ごせるかな?
少しは羽を伸ばせると良いんだけど。
「同感ですよ。バグリャでは色々ありすぎました」
「本当だよね……」
正直、勇者の正体が人間じゃなかったなんて想像も出来なかったよ。
私達、とんでもない物に縋ってたのかもしれないね……。
「恐ろしい話ですね。勇者として呼ばれているので救世主だと思ったら……」
「あんな化け物が他にも居る、と考えたら気が滅入るな」
しかも、一見しただけでは人間と見分けがつかないからね……。
完全に善人を装ってたらどうすることも出来なさそう。
「あんなのを実際に目の当りにしたら、知らない相手全員を疑いかねないよね」
「見分けがつかないから?」
マディスの言葉が少し気になり、聞き返した。
……今の所、勇者にしか居ないから勇者だけを疑えばいいと思うけど、どうなの?
「まあルーチェの言う通りかもしれないけど……身分なんていくらでも偽れるからね。冒険者を装った勇者なんてのが居てもおかしくないよ」
「確かに、私達だって似たようなものだからね」
強制的に追い出されただけだけど、テラントの勇者、みたいなものだと思う。
まあ、その勇者のグリーダーが居なくなっちゃったからもう勇者一行じゃないかもしれないけどね。
「そう考えると、恐ろしい話ですよね。私達は相手を知らないのに、勇者の側はこちらを把握しているんですから」
「何に襲われてもおかしくない、って事だよね……」
顔も名前も知らない相手にいきなり殺意を向けられたら……って考えたら、それだけで恐ろしくなるよ。
……大丈夫かな?
「大丈夫だろ。少なくとも、今の時点ではな。今日明日いきなりそんな勇者を出せるような奴なら、最初から怪物を集団で派遣するはずだ」
「そうですね。今の時点でそんな強力な勇者が生み出せるとは思えないですよ。それに……」
「それに?」
……何か策でもあるの、ジル?
「私たちの持ってる装備、片っ端から加護で強化していけるでしょう?」
「だね~。バグッタじゃそこまで実験できなかったけど、次の町が安全ならそれくらいの時間はあるんじゃないかな?」
……なるほどね。
ルシファーが持ってる盾が大活躍したし、私達の装備品全てに加護をつけても良いかもしれないね。
「相手が何をしてくるかは読めないが、少なくとも地力をつけるくらいは出来るだろ?」
「鍛錬も忘れずに、って事?」
まあ、よく考えたら、私達に出来るのってそれだけだよね。
相手の心配するより、自分の腕や装備の心配した方が良いか。
「そう言う事ですよ。……それにしても、辺りに落ちているこの木片、何なんでしょうね?」
「点々と落ちてるよね~。一定間隔で落ちてる辺り、何かの跡なのかもしれないけど」
「……」
ジルとマディスが口にした通り、街道の脇には等間隔で木片のような物が落ちている。
中には割と大きめの木片も落ちているけど、特に魔術が仕込まれているわけでもないただの木片だった。
……何の欠片なのかな、この木片?
「ん? 前から護衛付きの馬車が来る。街道の端に寄っておくぞ」
「行商かな? ……そう言えば、行商の馬車って全く見なかったね」
ルシファーの言葉通り、遠くから何台かの馬車が護衛付きでこちらに向かってくる。
ヒローズに行くのかな?
「全く、やっと通れるようになりましたね」
「どこの愚か者の仕業ですかね。バグリャの町が無くなったって言うじゃないですか」
「おかげで護衛の方に支払う給金も増えてしまって……」
「まあまあご主人。贔屓にしてくれていいんですよ?」
「あたしたちに任せてくださいって! バグリャまでのルートがヒローズまでになったくらいです!」
「それがまたこちらからするとだね……」
すれ違った馬車とその護衛の会話が少し耳に入る。
……バグリャの町が無くなったから、ヒローズまで行かないといけないんだね。
「行商には大変ですね。今は平和ですけど、魔物や野盗ってどこにでも出ますよ?」
「だからこそ護衛の依頼が低い難易度の依頼に集まるんだろうな」
「あはは……私達には縁がなさそうだね」
化け物退治や危険な場所の調査しかやったことが無いような……。
依頼で行った場所で安全だった場所、バグッタだけだよ。
……まあ、普通の町だったから当然かもしれないけど。
「バグッタの町は割と安全でしたよね。まあ、地下では様々な化け物が居ましたけど」
「けど、格闘場もそうだけど、かなり物騒な化け物が居るから魔境って言い方もあながち間違ってないんじゃないかな、あの町」
呪いの格闘場は化け物の巣窟だったよね。
あんなのと真っ向勝負することになったら……。
「今の状態だと辛いかもね~。頑丈さだけは異常に高い、って連中も多そうだし」
「呪いの格闘場といえば最後に出てきたあの怪物……凄い強さでしたよね」
ジルの言葉を聞き、最後の試合に出てきた戦士を思い出す。
圧倒的な強さでキャントベルを葬り去ったのろい2号……っ!!
「そうだ! あれ、勇者プログラムって……!」
「アレがですか!?」
確か司会の人、勇者プログラム第257番、異界の戦士・のろい2号って言ってたよ!
それに、バグリャ勇者と全く同じ方法で装備を作り出してた! 間違いない!
……何で勇者プログラムがあんな場所に居るのか分からないけど。
「……仮にのろい2号と戦うことになったとして、勝てる?」
「今の時点で勝てるとは思えません……。キャントベルの攻撃がどれだけ強いかは知らないですけど、文字通り攻撃を撥ねかえして圧勝してたんですよ? マディスさんの薬が効いたとしても、攻撃が通るかどうか……」
「動きが遅いままならどうにでもなったかもしれないが、無理だな」
「そもそも薬使う前にあの剣技で消し飛ばされそうだよ」
全員、今の時点でのろい2号に勝てるとは思えない、って意見で一致しちゃった。
けど、よく考えたら、のろい2号が居るって事は、相手はいつでもあの強さの勇者が作れるって事になっちゃうんだよね……?
……もしあいつと同じくらいの強さの勇者が数十人出てきて、世界規模で暴れ出したら……!
「世界中滅茶苦茶になりますね。私達も倒されると思います」
「けど、勇者が危険な相手だってこと、私たち以外は……」
「知ってるわけないだろうな」
頼りになる「勇者」がそんなことするはずがない。
やっぱり皆、そう考えてるのかな……。
というか、私だって勇者の実態を知らなかったらそう言えると思う。
「勇者なんかに頼っちゃ不味いんだろうね。本当は」
この世界の事なのに、自分の力でどうにかしようとせずに他の世界の人間を引っ張ってくるわけだし……。
「他力本願のツケが回ってくる、って事でしょうね。勇者に頼るだけで何もしていない以上、その勇者が反乱を起こしたらひとたまりもありません」
「考えたくも無い話だけど、あいつの最期の言葉からすると……」
君たち自身が自分の首を絞めている。
そんなこと言うくらいだから、きっと……。
「この予想が当たるって事ですか?」
「恐らく、だけどね」
勇者召喚の裏に何かある、それだけは分かる。
そうでもなければ、こんな言葉言わないよ。
「反乱を起こした勇者に勝てないから勇者を召喚する、その勇者が反乱を起こしたからまた勇者を召喚する、で、その勇者が反乱を起こしたから次の勇者を……最悪の展開だな」
「勇者に頼り切ってる人がどれだけいるのかは分からないけど、最終的にそうなるかもしれない、って事だけは意識しないと」
ルシファーの言った通りの展開が本当に起こると、それだけで大惨事になりそう。
もちろん、中には本当にただの異世界人だった、って人も居るかもしれないけど……。
けど、世界中でそんな風に勇者を召喚するようになったら、当然プログラムが増えるわけだし、簡単に世界征服されるかも……。
「本当に怖いのは魔王よりも勇者、って事ですか?」
「そりゃ、一体しか居ない魔王よりも次々に召喚される勇者の方が恐ろしいよ」
文字通り無限に召喚されるわけだし。
どんなに強くても一度倒せば終わりの魔王よりもよほど危険だよ。
「……まあ、今はそんな最悪な状況を考える必要は無いんじゃないかな? そんなこと考えるくらいなら、強くなっておかないと」
「のろい2号より手強い勇者相手でも勝てるように……だね」
何が出てくるのか分からないわけだし、姿の分からない、より強大な敵相手に戦えるようにより強くならないといけない。
今の私達じゃ、のろい2号にすら太刀打ちできないんだから。
「けど、根本的な解決にはならないよね? これって」
「と言うと?」
そこまで言ってふと思った。
確かにこの方法だと私たち自身は守れる。
だけど、この方法じゃ勇者の問題を解決することは出来ない。
「勇者の召喚を止めさせない限り、勇者プログラムは次々に召喚されるわけだから……」
「結局、この世界の人間が変わらないといけないのか?」
「他力本願を止めさせないと……。勇者の召喚を止めないとね」
そもそも、勇者に頼るから勇者プログラムが出てくるんだから、召喚を止めるしか勇者を根絶する方法は無い。
――――問題は、私達が言ったところでそれを聞いてくれる人がどれだけいるのかって事なんだけど。
「下手にそんな事を言ったら罵声の嵐が浴びせられますね」
「分かってる。勇者が暴れ出すまでは、恐らく何も出来ないよ。せいぜい、バグリャ勇者みたいな奴を倒していくくらいしか出来ないと思う」
勇者って、ヒローズ勇者みたいな雑魚ですら信仰されてたんだから。
信仰対象を排除しようなんて言ったらどういう反応をするのかは……。
「それまでお預け、ですか」
「仕方ないな。世界中敵に回して勇者召喚の禁止を強行するわけにもいかないだろ。そんなことやったら、それこそ世界中の勇者が俺らを殺しに来るぞ」
「あり得るから怖いよ……」
ルシファーの言葉が冗談に聞こえなくなるから怖い。
この世界の人にとって、勇者はまさに便利屋なんだからしょうがないとはいえ……。
これからの事を考えると、気が重くなるね。
「だからこそ、息抜きもしないといけないですよね。ほら、町が見えてきましたよ」
「少し風の匂いが変わって来てる……?」
ジルが指さした方向――――街道の先には大きな町が見えている。
そして、肌に感じる風が少し変わって――――湿っているように感じた。
あの町がポートル?
「違ったとしても、遠くに海が見えるなら船は出ているだろ。とりあえずあの町に向かうぞ」
「そうだね。バグリャをすぐに出たから、少し休息も必要だし」
バグリャでの戦いから全く休憩してないから、身体も休めないといけないからね。
あの町に入ろう。