勇者について知りましょう
「機械? 魔物? ……ククク……そんな低能な生物と一緒にしないでもらいたいねえ」
「じゃあ、なんだって言うの? 機械でも魔物でもないなら、あんな死に方しないでしょ?」
――――マディスの言葉に対し、おかしなことを聞くな。と言いたげな笑みを浮かべる。
……じゃあ、一体何だって言うの!?
「ククク……君たちに言ったところで理解不能だろうけどねえ。冥土の土産として教えてあげようじゃないか。どのみちこれから僕が殺すからねえ。僕達はねえ……実体を持たない電子の世界で作り上げられるんだよ。君たちの世界で「勇者」として召喚されるようにねえ」
実体が、無い?
「ククク……電気で動く機械の箱の中、実体が無い広大な電子の世界。僕を作り出したのは、ハーレムと正義を何よりも重視する男だったよ。男を皆殺しにし、女の子は全て僕の所に集め、僕のための王国を築き上げる、だったかな? 今も僕を通じてこの世界を見ているだろうさ!」
『……人格、余計ナ事ヲ喋ルナ』
バグリャ勇者の中からさっきの無機的な声――――!?
本当に、どうなって――――。
「おいおい……こいつらは既に知ってるんだよ? ヒローズ勇者――――あの雑魚を始末したからねえ。さっきだって0と1に~とか言ってたじゃないか」
『黙レ。余計ナ情報ヲ与エルナ。現地生物ノ前デハ「勇者」トシテ振舞エ』
「煩いねえ……どのみちこいつらを殺したら、さっきまでと同じように振舞うよ。こいつらさえ殺せば、誰も僕の事を知る者は居なくなるからねえ」
電子世界? 現地生物……?
ますますわけが分からなくなってきた……。
「――――そう! 僕の正体を知る者はどこにも居なくなる! 僕が正義のバグリャ勇者だということ以外の情報は、誰も知ることが出来なくなるんだよ! 僕が電子世界で生み出された怪物だとしても、君たちは! 僕の事を! 正義の勇者様として崇め奉るしかないって事だよ!」
困惑する私をよそに、何も無い場所に右手を掲げたバグリャ勇者。
その手の先に無数の0と1が現れ、瞬時に結合して禍々しい剣が現れる。
――――!!
この光景、バグッタの闘技場で、確か――――!
「ククク……僕は正義の勇者だ。僕の正義は絶対だ。僕が正義だと認めた行動に反発する物は全て悪だ。そして、僕の、いや、勇者の秘密を知りすぎた君達も、悪だ。――――最も」
作り出した紫色の長剣を手に取り、構えるバグリャ勇者。
……雰囲気が変わった。――――来る!
「僕に逆らった時点で、君たちは万死に値するんだけどね! 女の子二人は、殺害した後で僕の忠実なハーレム要員に作り替えてあげるよ! 僕の作り手が喜びそうな美少女だしね!」
『人格! 余計ナ事ヲ言イスギダ!』
空中を滑るようにバグリャ勇者が接近する。
剣を抜いたルシファーが前に出て即座に応戦、そのまま鍔迫り合いに。
――――大丈夫、マディスの薬の援護さえあれば、絶対に負けない!
「ははっ、僕のこの剣で、正義の鉄槌を下してやる!」
「化け物相手なら、なおさら加減は要らないな!」
「ルシファー!」
遠距離から攻撃を撃って来ていた先ほどまでとは一転、接近戦を挑み、かろうじて目で追える程度の速度で何度も斬りつけてくるバグリャ勇者。
首や心臓を的確に狙った連撃がルシファーを襲う。
けれど、ルシファーが対応できているなら、脅威にはならない。
更に、マディスの支援が届けば――――。
「そこだ! 首を飛ばされて死ね!」
「生憎だけど、僕の薬の効果、甘く見ないでね?」
わざと守りを捨てたような動きをするルシファー。
それを好機と見たバグリャ勇者がルシファーの首を斬り飛ばそうと剣を振る。
けれど――――マディスの薬の効果があれば!
「馬鹿な!? 数多の魔物を切り伏せる正義の剣が効かない!?」
「守る必要が無ければ、こういうことだって出来る! 氷刃!」
ルシファーの首に阻まれた刃。
首を斬り飛ばせずに動揺して動きを止めたバグリャ勇者を、ルシファーの攻撃が襲う。
地面を切り上げるように振り上げられたルシファーの剣から発生した無数の氷の刃が、バグリャ勇者の下半身を飲み込んだ。
串刺しにされた足から血が滲み、苦痛に顔を歪めるバグリャ勇者。
「ぐあっ……!」
「足を串刺しにされたこの状況なら簡単には逃げられないだろ。ルーチェ、ジル!」
「分かった! シャイニングスピア!」
「今度こそ! デモンスピア!」
私達が魔術を放つと同時に、マディスの薬がルシファーに纏わりつく。
――――恐らく、私達の攻撃を避ける必要を無くすための薬だ。
ルシファーはその場を下がる気配も無いし、そのままバグリャ勇者への攻撃の準備を始めている。
だったら、遠慮なく!
「ギャアアアアアアアアアア!?」
氷に足を取られ、逃げられないバグリャ勇者。
そのまま二色の槍の串刺しになり、痛みに悶える。
それでも氷を砕いて脱出しようとしているらしく、足元の氷は砕けていた。
――――逃がさない!
「――――爆破!」
私の言葉に反応して、バグリャ勇者に突き刺さった槍が爆発する。
バグリャ勇者の身体が再び吹き飛び、足が、腕が、千切れ飛ぶ。
千切れた腕や足、そして勇者の持っていた武器がその場で0と1に分解されて消えていく。
血の痕すら残らず、初めからそこには何も無かった、と言いたくなるような光景を見て、気分が悪くなる。
「ぐっ、くそっ……」
「――――紫電!」
「がっ、アアアアアアアアアアアアア!!??」
足を吹き飛ばされ、それでも立ち上がろうとしたバグリャ勇者に、ルシファーの攻撃が叩き込まれる。
剣から放たれた電撃が勇者を貫き、勇者の意識を再び刈り取っていく。
腕も足も吹き飛んだバグリャ勇者に抵抗する手段は無い――――はずだった。
「う、あ、ああ…………僕、は……正義、の……」
『……役立タズノ無能人格ガ。勇者プログラム、全権掌握。肉体及ビ武装、再生開始』
勇者の中から再び無機質な声が響く。
と同時に、先ほどまで完全に崩壊寸前だった勇者の身体が一瞬で復元され、その雰囲気が一変する。
装備や外見は変わっていないけど、明らかに別人のような状態になっていた。
『戦闘技能……最効率化。目標、後衛魔術師。――――排除』
「――――!?」
瞬間、反射的に私はその場を飛び退く。
直後にはバグリャ勇者がそこに立っており、剣を振り抜いた後だった。
もし少しでも反応が遅れたら、首を刎ねられていただろう。
『攻撃回避……確認。追撃を――――』
「――――させません! ダークボム!」
「急に様子が……気を付けて! さっきまでのバグリャ勇者じゃない!」
ジルの放った魔術が直撃し、バグリャ勇者の動きが少し止まる。
その隙にマディスの薬が私達全員を包み込むけど、それでも先ほどまでのバグリャ勇者と違って決して安心できない。
……勇者、プログラム?
まさかこれが、勇者の正体、なの……?
『正義、実行――――。排除――――』
「ジル!」
「っ!? 早――――」
「させるか!」
ダークボムの爆風が収まった瞬間、バグリャ勇者はジル目がけて駆けだしていた。
ジルが武器を構えるよりもずっと早く、ジルの頭を串刺しにしようと剣を向ける。
寸前にルシファーが間に合ったから何とか止められたけど……。
『攻撃失敗、確認――――標的ノ力量「バグリャ勇者」人格デハ対処不能ト判断。直チニ当プログラムニヨッテ標的ヲ殲滅シ、バグリャ勇者ノ人格ヲ戦闘終了後ニ再復元――――』
「な、何で急に強くなって……」
「大丈夫か、ジル?」
「何とか……一体、何なんですか、こいつ……」
豹変したバグリャ勇者の攻撃は、辛うじて防げたけどとても先ほどまでのバグリャ勇者の攻撃と同じとは思えない物だった。
……「これ」本当に、何なの……?
『……勇者ハ、正義。勇者ハ、自分ノ行動ニ疑イヲ持ッテハイケナイ』
「人とは思えない行動を繰り返していましたけど、これが正体なら納得がいきますね……」
ジルが呆れたように呟く。
……確かに、最初からああいった行動しかとらないように生み出されたって言うなら……。
「けど、それだと、尚更こいつを倒さないといけないよね」
勇者の皮を被った「化け物」だけど……。
「放っておいたら、他の国まで襲われますよね? 全く、迷惑な話ですよ」
「ま、ここで殺さなかったら俺たちが消されるな。明らかにこいつにとって都合の悪い「秘密」を知ってる以上」
「勇者プログラム……」
電子の世界で作られた……とか、意味の分からないことを言ってるけど、その「勇者プログラム」が明らかに人間じゃないことだけは明らかに分かる。
斬り飛ばされた身体が0と1になって消えたりしてるし、何より……。
『秘密ヲ知ッタ現地生物ハ、等シク排除セネバナラナイ。勇者プログラムノ存在ハ、知ラレテハイケナイ』
「こいつの人格? もそうだけど、こんな酷い事平然と言うような奴が、血の通った人間のはずない!」
目の前に立つバグリャ勇者は、それが当然だと言わんばかりに私達を排除しようとしている。
勇者プログラムの存在を知ったから排除する?
この町の――――バグリャの惨状を巻き起こしておいてそれが「正義の行動」!?
――――――――ふざけないで!
「そんな勇者! 私は、絶対に勇者だって認めない! サンダーボルト!」
「同感です! 排除されるのは貴方です! ダークボム!」
私とジルの魔術が発動し、バグリャ勇者を狙う。
私の手から放たれた電撃が、ジルの放った紫の爆弾が、バグリャ勇者に襲い掛かる。
『無駄ダ。正義ノ実行……』
けど、単純に攻撃しても通用しない。
バグリャ勇者が腕を振るだけで私達の魔術は消し飛ばされる。
だけど、私「達」の攻撃は終わってないよ!
「足元がお留守だ! 流砂に飲まれろ! サンドストーム!」
『ッ! レビテーション、不発』
「今度こそ! 光、収束! 光弾放て! ホーリー・カノン収束!」
『正義……イヤ、属性、防御システムヲ起動……』
ルシファーの魔術が発動した。
足元が流砂に変わり、勇者は足を取られて動けなくなる。
その隙を狙い、今度は光の砲弾を勇者目がけて放つ。
勇者の言葉からすると、今度はバリアでも張るつもりなのかもしれない。
――――けど!
「しまった! 手が滑っ……!」
「ああ!? 何やってるんですか、マディスさん!?」
『……? 私ニ薬? 小娘ノ言葉……誤射、カ?』
ジルがマディスの演技に合わせて間違えて勇者側に使ったように見せかけてる。
マディスの薬――――恐らく光属性の耐性を無効化する薬が勇者の身体を包みこんだ。
……勇者のあの言葉……!
恐らく、薬の効果が分かってない!
気づかれる前に、一気に潰す!
「ご、ごめん! 今度はミスしないから!」
「全く! チャンスだというのに何してるんですか! しっかりしてくださいマディスさん!」
「本当にごめん……(準備は整えたから、全力で吹き飛ばしちゃって、ルーチェ)」
今度は私の身体に薬が。
身体中に魔力が集まり、ホーリー・カノンに込めている魔力も爆発的に増える。
同時にジルとルシファーが足を取られて動けない勇者に対し、魔術を放つ。
紫の槍と無数の岩が襲い掛かるも、勇者の全身から放たれた光がことごとく弾き返す。
……マディスの薬が勝つか、勇者のバリアが勝つか。
『魔術師ノ攻撃ニ備――――』
「ホーリー・カノン!」
『チッ! 属性防御、展カ――――シマッタ! コレh――――!?』
もしかしたら、ううん。
確実に、さっきの薬の効果に気づいたかもしれない。
けど光の砲弾はもう目の前!
防げないはず!
『正g――――』
光の砲弾がバグリャ勇者を――――勇者プログラムを飲み込み、バグリャ城の天井を貫く程の光の柱を出現させる。
眩い光が城内を照らしだし、とても目が開けられない。
魔力を強化して放った一撃がもたらした轟音で、何も聞こえなくなる。
どれくらい時間が経ったのか。
光と音が収まり、目を開ける。
そこには――――。