薬を用意しましょう
パトラをルシファーが叩きのめし、今はひとまず安心できるようにはなった。
とはいっても、パトラが回復したらまた戻ってきそうだよね……。
「だろうな。マディスに話だけはしておく」
「私も行くよ」
いきなり襲われたわけだし、マディスに警告だけはしておかないと……。
「……というわけだ。あの女、一応叩き潰してはおいたが、また襲ってくるだろうから戦えるようにしておけ、マディス」
「ジルからも聞いたけど、はた迷惑な人だね~……。まあ、僕も一方的に倒されるわけにはいかないし用意だけはしておくけど」
「それとこの町の事だけど……」
町の広場に普通に油の罠が仕掛けられてたからね……。
どこで戦わされるかは分からないけど、油の罠の事だけは言っておかないと。
「うわあ……。町中に油の罠が本当に仕掛けてあったなんてね……」
罠の事を聞き、絶句するマディス。
ホントだよ……。どうして町の中にこんな罠が……。
「あの鉄屑が起動させたから広場は安全だと思うが……もし襲われたら注意しておけ」
「そうだね……。広い範囲を攻撃するような薬は使えないかな? 何処に罠があるのか分からないし」
そうだよね……。
けど、普段マディスが攻撃に使うような薬が使えないって、凄く辛いんじゃ……。
「ま、そこはどうにかしてみるよ。それに、別に襲われることが確定しているわけでもないしね」
「……注意だけはしておいてね」
あのパトラって女、人の話なんて全く聞かないし、何をしてくるか分からないから……。
「そこの軟弱な男! 昨日はよくも卑劣な罠を使ってくれたわね!?」
「……」
「って、またこっちに来たの……?」
翌日。
宿の食堂で朝食を取っていた私とルシファーの所にまたパトラが押しかけてきた。
こいつ……。
「これだから男は許せないのよ! 軟弱なくせに、卑劣な手段や卑怯な事を平然と行う! 汚らしくて薄汚い! ああもう醜くて仕方ないわ!」
「……」
「あんた……!」
朝の静かな食堂は一転、パトラの罵詈雑言によってかなり耳障りな空間へと変貌してしまった。
ルシファーは完全に無視を決め込んでいるのか、パトラの方を見ようともしない。
「きっと騙してその子やあの子に自分の言う事を聞かせているんでしょう!? 昨日は軟弱なくせに知恵だけは回る卑怯者の貴方が卑怯な手段を使ってくれたせいで正義の裁きを下せなかったけど、見ていなさい! いずれ正義の裁きを下してやるわ! 私が、未来の英雄となるこのパトラが、軟弱な男から騙されている女の子たちを助け出すんだから!」
パトラが未来の英雄?
……あり得ない。
「今回は見逃してあげるわ! アスカにも言われたからね。けれど、私は認めない! 軟弱な男が私より強いだなんて、絶対に認めないわ!」
それだけ言ってパトラは出て行った。
……煩い奴だったね。
「全くだ。で、結局あいつは何だったんだ?」
「理解しない方が良い人種だと思う……というか、理解できないし」
どこをどう見たら、私やジルがルシファーとマディスに騙されて利用されてるとか思えるんだろう?
「ん!? そこの軟弱な男! 貴方もあの子たちを騙してるわね!? 許しておけないわ!」
「うわあ……話に聞いてた通りだよ」
と思ったら、外でマディスと鉢合わせしたらしい。
最悪……。
「問答無用! 叩き潰すわ! 貴方からでも、倒してみせる!」
「へえ~……それは怖いね~」
「あの子たちを騙して利用し、好き放題にしているんでしょうけど、その悪事もここまでよ! 覚悟しなさい!」
「妄想って怖いね~。僕はちょっと忙しいから……」
「待ちなさい! ……って、重……っ!?」
「離してくれるかな? 僕は忙しいって言ったんだけど」
外から聞こえてくるマディスとパトラの会話になっていない会話。
見に行った方が良いかな?
「放っておけばいいだろ。マディスが負けるわけがない」
「人の話を聞きなさい! あいつもこいつも、私の話を聞かないわね! 女の話を無視するなんて、信じられないわ! これだから男なんて屑なのよ!」
「うわあ、手が滑って薬が~」
マディスの言葉が聞こえた直後に何かが割れたような音が響き、金属鎧が地面に落ちたときのような音と共に、パトラの呻き声が。
まさか、マディス……。
「ああ、おまたせ。変な人が出て脅かしてきたから、つい作ったばかりの麻痺薬を落として割っちゃってさ~。せっかく重騎士対策に作ったのに、勿体ないことしたな~」
そう言って食堂に入ってきたマディスは、明らかに劇薬を使ったと分かるような顔を覆う装備を着けていた。
今マディスに近づいたら、私たちまでその劇薬の効果を受けそうなんだけど……。
「大丈夫だよ、多分。まあ、アレはどうなるのか知らないけど」
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………ひ、卑怯、卑怯も……」
外からはパトラが苦しむ声が聞こえてくる。
まあ、あいつ相手だったら多少きつくやっても罰は当たらないと思うけど……。
「ああ、ちなみに、全身麻痺した上で、少ししてから痒みと幻覚に襲われるようにしたからね。今頃おぞましい光景でも見てるんじゃない? 動けないから怖くないけど」
「いやあああああああああああああああああ!? 虫、虫が私の身体中を這いまわってる!? よ、鎧の中! 鎧の中に! 服の中に大量の虫があああああぁぁぁぁぁ!? 芋虫が私の身体を這ってる、這ってるうううぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」
「さすがにやりすぎ……かな?」
あんなのでも一応パトラは女なんだし……まあ、あれくらいやっても良いかななんて思えちゃうんだけどさ。
言動があんなのだったし。
「いや~傑作だよね。薬一つで終わっちゃったよ。大した相手でもなんでもなかったね」
「マディスが劇薬持ちだしたらそうなっちゃうよね……」
どんな恐ろしい効果の劇薬か使われるまで分からないし……。
けど効果が分かった時にはもう手遅れだし……。
「いやあああああああああ!!! 来ないでえええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!???? アスカ! アスカ! 虫が、虫が! 助けて! 取って! 私の服の中に潜り込んだ虫をなんとかして! 身体中をもぞもぞ這いまわってるの! アスカあああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
「こんなことで呼ばれるアスカも可哀想だけど、どうすることも出来ないんだよね……」
だって、私達には呪いを解く魔術なんて使えないんだから……。
「というか、呪いのかかった装備品を渡すって何考えてるんだろ……」
そんな物持たせてパトラみたいな疫病神と組ませるなんて……正気とは思えないよ。
「同感だよ……。まあ、だからってどうすることも出来ないんだけど」
理不尽に苦しめられてる人が居るのに助けられないって、結構辛い事なんだよね……。
他人だし関係ないって言ったらそこまでだけど。
「パトラ? 一体どうし……うわっ!? ちょっと、何よこれ! あんた汗びっしょりで床に転がってどうしたのよ!?」
「アス……ひいいいいいいぃぃぃぃぃっ!? 嫌! 来ないで! 来ないでええええええええええ!」
「はあ!? 人を呼んでおいてあんたいきなり何言って……」
「嫌アアアアアアアアアアアア!!!!!?????」
「って……ちょっと! 本当にどうしたのよ!? いきなり泡吹いて白目向くなんて明らかに異常よ!?」
まあ、そんな会話してる間に外ではかなり悲惨なことになってるみたいだけど。
マディスの劇薬なんて使ったらある意味当然なのかも。
「アアアアアアアアアアアア! 助けて! 助けてええええええぇぇぇぇぇぇ!!!!! 中に、中に虫があああああああああああああああ!! 芋虫がああああああ!」
「鎧の中に芋虫!? ……って、何も入ってないじゃない……。本当に何があったのよ……」
せっかく呪いで呼び寄せても、アスカには至って普通のパトラの姿しか映らないんだよね。
パトラは単に薬で幻覚を見て狂ってるだけだし。
「止めてええええぇぇぇぇ! 這いまわらないでええええええ!」
「これでパトラが明日襲撃してくることも無いと思うよ」
「というか、完全に再起不能にしてないかな、これ……?」
全身、服の中までお構いなしに大量の芋虫が這いまわる光景なんて見せられたら私も耐えられないかも……。
マディスの薬だし間違いなく感覚も伝わってきそうで考えただけで寒気が……。
「芋虫じゃ温かったかな? もっと強烈な虫の幻覚でもよかったかも」
「薬が切れても発狂しそうだから一応止めてあげて……」
少なくとも、勝手に人を廃人にしちゃうのは不味いから……。
あまりにも酷い輩だったからあまりきつくは言わないけど。
「ああもう……このまま放っておくわけにもいかないわね……。とにかく、部屋まで引きずって行かないと……」
「嫌あああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」
パトラはそのまま引きずられて部屋まで運ばれていったらしく、その後パトラの声が聞こえることは無かった。
とにかく、今後のこと考えないと……。
「町中にそんな罠があるってことは、この町は安全とは言えないって事か」
「だよね……。広場の中に油の罠、そして町の至る所に怪しい木箱。どう考えても……」
「おはようございます。さっき面白い物を見たんですけど、何かあったんですか?」
パトラの事を忘れて町中の罠の事に話題を切り替えたとき、ジルが食堂に入ってきた。
「薬持ってたら後ろから襲われて落としちゃってさ。それであんなことになったんだよ」
「なるほど……自業自得ですね」
マディスの言葉を聞いたジルは全て把握したのか、すぐに納得した。
……ジルも来たなら丁度いいや。これからの事に話を戻すけど……。
「ああ、町の中にある罠だったな。どうする? すぐにバグリャを出るか?」
「うーん……ヒローズとの戦争が本当だったら、難しくないかな? バグリャの兵士の話を思い出す限り、籠城して戦ってるみたいだし、もしかしたら僕達出口の無い場所に放り込まれたんじゃない?」
「え? 城門は?」
少なくとも、バグッタから帰ってきたときは開いてたよ?
「あの時は城壁が壊れているという話が入ってなかったですからね。仮に私がバグリャの勇者だったら、すぐに防衛線をここまで下げますよ。もちろん、城門は封鎖します」
「ジルの考えと同じ意見だ。籠城して戦うなら、あの城壁の油も納得がいく。あの油を下にぶちまければ、城壁に群がる相手への牽制どころか一掃も出来るだろ」
「……じゃあ、ヒローズ側の城門……も、もちろん封鎖されてるか」
閉じ込められちゃったのかな、私達?
まあ、マディスとルシファーが居てくれれば炎や油なんて恐れる必要も無いんだろうけど。
「私たちの防具……服や鎧ですけど、なるべく早いうちに加護つけません? このままじゃマディスさんやルシファーさんと分断されたら不味い事になりそうです」
「ホントだよね……というか、バグッタの地下に踏み込む前にやっておいたらよかったかな?」
今の所、あの呪いの首輪とルシファーが使ってる盾しか作れてないよね。
他の物もどんどん作っていくべきなんだけど……。
いっそこれから……。
「……待て。気持ちはわかるが、万が一今倒れられたら困る」
「うん。ジルの言うとおり、それは重要だけど、ここでやるわけにはいかないよ。もし二人が倒れたときに町中に火を放たれたら、僕とルシファーは二人を背負って戦うことになっちゃうし、そうなったらとてもじゃないけど守りきれないよ」
……さすがにそれは不味いかな?
けど、このままじゃ……。
「ルーチェとジルにレジストファイア――――炎攻撃を無効化する薬の塊渡しておくよ。もし僕たちとはぐれたときにバグリャに火を使われたら迷わず使って。安全のためにもなるべく一緒に居たいけど、四六時中一緒には居られないから」
「ありがと、マディス。もしそうなったら迷わず使うよ」
「ええ。あくまで緊急用ですし、使わないことを前提にはしたいですけど……」