練習しましょう
ベルツェから来たって言う冒険者、アスカとパトラだっけ?
今日も居るんだろうけど……何だろ、この嫌な予感。
「ルーチェさん? 朝から少し浮かない表情ですけど、やっぱり昨日のあの鉄屑の言葉気にしてます?」
起こしに来たジルと一緒に宿の廊下を歩く。
その間も、嫌な予感は収まらない。
「え? いや、そこまで気にしては無いよ? というか、鉄屑って……」
まあ、あの全身厚手の鎧兜は「鉄塊」って表現した方が良いくらいだけど……。
「鉄屑で良いんですよ、あんな失礼な女。いきなりルシファーさんとマディスさんを軟弱呼ばわりって何様ですか一体」
……昨日の事やっぱり怒ってるよね。
まあ、私もあの言葉は……。
「そこの軟弱な剣士! 待ちなさい!」
「そうそうこんな感じの……って、ルーチェさん、あれ……」
「うわ……いきなり?」
剣と盾を持って階段を下りようとしたルシファーの前に立ち塞がるパトラの姿だった。
パトラは全身フル装備といった感じで、鎧兜に加え、巨大な盾と大剣を装備している。
「……何だ、お前? 確か入り口で騒いでた重騎士か?」
「ええ、そうよ! 軟弱な男に騙されている彼女達を助ける! そのために、今から勝負しなさい!」
しかもルシファーに喧嘩ふっかけてきた。
……何あいつ、最悪じゃない……。
「……決闘目的で待ち伏せって事で良いのか? 試合ならしてやっても良いが、お前は何を賭ける?」
「賭ける? 何を馬鹿な事を。私は軟弱な男に騙されている彼女たちを助けるためにこの勝負を挑むのよ! 何も賭ける必要など無いわ!」
「……くだらんな。一方的に要求だけ突きつけて襲ってくる気か?」
「黙りなさい! 軟弱な男が何を言っても無駄よ! 私は騙されないわ!」
……どうしよう。
止めた方が良いのかな?
「……話の通用しない人種だな。猿以下か」
「口先だけならなんとでも言えるわ! 軟弱な男はそれだけが取り柄なんだから! けど、実力で調べれば分かる事よ!」
ルシファーの雰囲気が鋭くなったように感じる。
けど、パトラは全く気にも留めない。
「来なさい! 貴方みたいな華奢で軟弱な男が強いはずがないって事、私が証明してやるわ!」
それどころか、一方的に言うだけ言って外に出て行った。
……アスカ、どうしてこれを止めないんだろ?
「ルーチェ、ジル。少し出かけてくる。ああ、後、マディスにも戦闘の準備しておくように言っておいてくれ」
ルシファー、もしかして怒ってるのかな?
雰囲気が……怖い。
「分かりました。私が伝えておきます。ルーチェさんは一応ルシファーさんを見ておいてください」
「……分かった」
って、もうルシファー出ていっちゃった?
とりあえず外に出ないと……。
「広場で戦うのか。制限は?」
「そんな物必要ないわ! 貴方は今ここで私に倒される! そうすることで、あの子たちは自由の身になれるのよ!」
二人を追いかけていくと、バグリャの広場にたどり着いた。
広場の中央では、ルシファーとパトラが武器を構えて向かい合っている。
「あの子たちを誑かす軟弱な男には私が裁きを下す!」
「……」
そして、唐突に戦いが始まった。
パトラがルシファー目がけて走り出し、得物の大剣を振り回す。
重騎士にしてはかなり俊敏な動きのパトラ。
もしかしたら不味いかも――――
「――――風刃」
「ぐうっ!?」
――――そう私が思った瞬間、ルシファーが軽く剣を振り上げた。
それだけで、パトラの身体は軽く吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
「な、何が……」
「……まだ力加減が足りないな。これじゃ乱戦でジルと横に並んだ時には使えないか」
「!! 敵を前にしてよそ見とは余裕ね!?」
ルシファーの呟きを聞いたパトラの頭に血が上ったのか、素早く立ち上がってまた突進する。
今度は盾を構え、油断なく進んでいるようだけど……。
「――――風刃」
「ぐっ! 同じ攻撃なんか――――」
「――――砕破」
ルシファーはパトラなんか眼中にないような様子で、淡々と攻撃を繰り出していく。
一度目の攻撃は風の刃で攻撃するらしく、前面に盾を構えたパトラに防がれた。
けど、その直後に地面から衝撃波が立ち上ることまでは想定していなかったらしく、まともに受けたパトラの身体が軽く浮き上がる。
「氷刃」
けど、ルシファーは止まらない。
先ほどと同様、ほとんど力を入れていない状態で剣を地面に軽く叩きつけ、氷の刃で追撃をかける。
ルシファーが剣を叩きつけた場所から無数の氷の刃が出現し、パトラ目がけて進む。
「うあああああああっ!?」
足元から氷の刃に襲われ、悲鳴を上げるパトラ。
けど、ルシファーが相当な加減をしたのか、氷の刃は前みたいに何処までも突き進もうとはしていない。
広場の外に出ることも無く、パトラに当たったあと、しばらく広場の草地を進んだら止まって消滅した。
「……まだ実戦で使うには危ないな……。ジルまで巻き込むわけには……」
「くっ、こいつ! 私なんてまるで眼中にないみたいな態度を……! 生意気よ!」
文字通り技の訓練のようにしか認識されていないルシファーの態度に腹が立ったのか、パトラは再び叫んで立ち上がる。
根性で氷の刃を粉砕し、己の身体を包む鉄の鎧のダメージを確かめ、再び剣を構えた。
「ベルツェの騎士は……敗北などしない!」
「……ここで炎破……不味いな。俺だけなら盾でどうにかなるからともかく、ルーチェがついてきた以上下手に使って広場が火の海になったら……」
「うおおおおおおおおおおおおおおっ!! 爆・炎・斬!」
ルシファーの呟きを聞いた私が広場を離れようとするより早く、炎を纏ったパトラの一撃が振り下ろされた。
放たれた一撃をルシファーは難なく避けたけど、次の瞬間――――パトラが攻撃した地面から火の手が上がり、広場全体が一気に燃え上がった。
「……っ!?」
「ルーチェ、すぐに逃げ……無理か」
自分目がけて左右と背後から迫ってくる炎。
背後から迫ってくる炎から逃れるには前に進むしかない。
ルシファーの背中に隠れるしかなかった。
「広場の中にまでこの仕掛けとか、ありえないだろ……!」
ルシファーが例の対炎用の盾を構えると、私たちの周囲の炎は軒並み吸い込まれていく。
普通ならこれで大丈夫なんだけど……。
「このおおおおおぉぉぉぉぉっっっ!!」
「辺り火の海だよ!? こんな状態でまだやるの!?」
「最低だな……こいつ」
目の前の女――――パトラはそんなことお構いなしにルシファー目がけて襲ってくる。
この状態でもまだ戦うなんて……!
こいつこの広場の中に放置しても良いんじゃない!?
「――――紫電!」
「あああああああああああああっ!?」
両手で大剣を後ろに構えたまま突っ込んできたパトラの胸元に、ルシファーの剣から放たれた電撃が突き刺さる。
全身鋼鉄の塊だったら効きそうなんだけど……。
「くうううううううっ……! まさか私が戦いを挑むことを見越して罠を仕掛けているなんて! なんて卑劣なの! やはり男は卑劣で野蛮な生き物ね!」
パトラは異常な執念で立ち上がってくる。
……それにしても、滅茶苦茶な発言ばっかりだね……。
一方的に罠を仕掛けたって言い放ち、その事で勝手に相手を罵倒するなんて……。
「……いい加減この馬鹿を潰したくなったな。ルーチェ、これ使って広場から出てろ」
ルシファーから炎を吸収する盾を渡され、私は広場の出入り口を塞いでいる炎を消し去って広場を出た。
ルシファーは両手で剣を持ち、パトラの様子を見ている。
……ルシファーの雰囲気が変わった?
「卑劣で軟弱で野蛮で下劣で薄汚い男には、私が裁きを下すわ!」
「……」
ルシファーに向けて武器を構え、一方的に裁きを与えると言い放って突撃してくるパトラ。
確かに重騎士にしては身軽なのは強いかもしれないけど、なんていうか猪みたいな戦い方……。
「ふうっ!」
気合の一声と共に大剣を横薙ぎに振るうパトラ。
その巨大な刃が当たったら並大抵の相手はひとたまりもないかもしれない。
けど――――。
「……遅い」
「んなっ!? 剣に乗っ……!」
「紫電!」
ルシファーは回避するどころか、パトラの剣を踏み台にして飛び上がり、パトラの兜の隙間目がけて雷の閃光を叩き込んだ。
サンダーボルトの直撃を受けた敵のように顔を押さえたパトラの足をそのまま蹴り払い、瞬く間に転倒させる。
「ああああああっっ!? 私の顔が、顔があっ!?」
「――――少し、痛い目見てもらうか」
転倒したことにも気づかないまま顔を押さえるパトラの胴体を踏みつけ、ルシファーが剣を構え直す。
構え直した剣から炎が吹き出し、刀身を包み込む。
そして……
「関係ないルーチェごと焼こうとしてくれたお礼だ。丸焼きにしてやるよ。――――炎破ッ!」
ルシファーはデュランダルの炎を纏った刀身を、パトラ目がけて一気に振り下ろした。
刀身から炎が放たれ、踏みつけられているパトラの身体を炎が包みこんだ。
「うあああああああっっ!??」
「おっと……まあ、これだけやったら十分か? 一方的に喧嘩吹っかけて来たんだ。今までどんな人生歩んできたかは知らないが……次からはよく考えて喧嘩売りな」
転がりまわったパトラに振り落されそうになり、足をどけたルシファーが剣を鞘に戻し、こっちに歩いてくる。
……パトラはあのままでいいのかな?
炎こそ消えたけど、全身火傷してそうだし。
「ま、良いんじゃないか? 売られた喧嘩を買っただけだ。それに……」
「それに?」
「広場のこの惨状を兵士が見たら不味いからな。さっさと逃げるぞ」
「そ、そうだね! さっさと宿に戻ろう!」
ルシファーの言葉通り、広場は仕込まれていた油が全て燃えたのか真っ黒な炭のようになってしまい、そこにあった物は全て消えてしまった。
広場だった炭の塊の中に気絶したのか動かないパトラが転がっているだけのこの状況を兵士が見たら何を思われるか分からないしね。
念のためにパトラを縛ってから宿に戻ろう。
「あれ? パトラは? ……まあ、無事ならそれでいいわ。はあ、よかった……」
ルシファーと一緒に宿の入り口まで戻ってきたとき、出てきたアスカと鉢合わせした。
……気のせいかな? こっちのこと心配してるような気がするけど……。
「パトラ……あの鎧か? 喧嘩売って来たから叩き潰して広場に捨ててきた。それがどうかしたか?」
「……って、パトラを倒したの? 凄いわね……」
パトラを叩き潰したと聞いて驚きを露わにするアスカ。
……って、凄いって言ってくれるのは良いけど、パトラを心配してる感じが全くしないのは何で?
「え? あんな最低な奴、何で心配しないといけないの?」
「え?」
当然のようにそう言い切ったアスカ。
一応仲間だし、戻ってこないどころか叩き潰されたって聞いたら心配すると思うんだけど。
「さすがにあたしにも、アレがどうしようもない屑だってことくらい分かるわよ……。正直、これさえ無かったら今まであいつの被害に遭った被害者の代わりに直接あいつをぶん殴ってやりたいくらいだし」
「……腕輪? って、これ…………!」
アスカがおもむろに見せた左腕。
そこに着けられていた非常に細い腕輪からは、うっすらと黒い煙が漂っていた。
……この腕輪呪われてる!?
「何? そんな驚いた顔をして」
「だってこの腕輪……!」
呪いの中身までは分からないけど、明らかにこの腕輪呪いが……!
「でしょうね」
「でしょうねって……」
一体どこでこんなの……。
「ベルツェを出発するときに着けられたんだけどね、仲間を暴力で従えてはいけないとか、仲間の揉め事に勇者が関わってはいけないなんて呪いがかかっていて、パトラの暴虐に対して何も出来なくなってるのよ」
「なにその呪い……」
それって、要するにあいつの好き勝手な行動を全部「見て見ぬふり」させるって事?
「そうよ。おかげで、あいつはあの通り。自分より強い魔物や男が居なかったのを良い事に増長しまくり、私が止められないのをいいことに好き放題。仲間であっても男には容赦なく拷問や嫌がらせ、修行という名の一方的な暴虐……やりたい放題よ」
諦めたような表情で語るアスカ。
どう考えてもおかしいよそれ……。
「私がパトラを殴ろうとしたりすれば、その場で腕が勝手に止まるわ。蹴ろうとすれば足が。私に出来るのは言葉で止めるだけだけど、そんなの絶対に通用しないっておまけ付き」
「なにそれ……」
絶対に逆らえないような物じゃない……。
もしパトラがその気になったら……。
「私は逃げるしかないわね。呪いのおかげで一切反撃できない以上、パトラが私を奴隷とみなせばその瞬間私も終わりよ」
「最低……」
そんな腕輪まで渡して送り出すなんて……。
ベルツェは何考えてるの……。
「まあ、何にしろ――――っ!」
「煙が……!」
アスカが話を続けようとしたとき、突如腕輪から煙が噴き出してアスカの足と頭に纏わりつく。
「最、悪ね……。もう目が覚めたなんて。……仲間が助けを求めてる。迎えに行け、って。……それじゃ。今更だけど、気を付けてね」
そう言ってアスカは広場の方に歩いていく。
ベルツェは何であんな物渡したんだろ……。