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強奪勇者物語  作者: ルスト
バグリャ
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夜のバグリャを見てみましょう

「何だと!? 僕が作らせたあの城壁が!?」

「はい! 何者かがバグッタから攻撃を仕掛けた物と思われます! バグッタに向かわせた軍とも、城壁の守備をしていた部隊とも連絡が取れません!」


 ルーチェ達がバグリャに入ったその日、バグリャ城内では大変な騒ぎが起きていた。

 対ヒローズ用に奉仕労働の労働力を一睡もさせずに作り上げたバグリャ軍の城壁の一部が、木端微塵に破壊されているというのだ。


「くそっ! 役に立たない連中め! 一体何をやってたんだ! 僕の完璧な作戦をぶち壊しにする気か!?」

「ほ、報告はまだあります! ヒローズ軍にもこの情報が伝わってしまったのか、ヒローズの部隊が崩れた城壁を素通りしてバグリャの入り口まで殺到してきています! 今は崩れた部分の城壁を根元から崩壊させ、更に城門を閉ざして上から油と火矢を使って防戦していますが、それもいつまで保つか……」


 兵士の報告を聞いてますます不機嫌になるバグリャ勇者。

 せっかくの作戦が全てぶち壊しになり、相当苛々しているようだ。


「レミッタとベルナルドとか言ったな!? あの馬鹿共を連れてこい! 僕の軍まで付けてやったと言うのに無様に敗走した挙句、バグッタに怪物が居たとか勇者様は怪物であって勇者じゃないとか言っているみたいだな!?」


 彼を更に苛立たせるのは、役立たずのヒローズ勇者一行だった。

 四人揃って出撃し、更にバグリャ軍まで付けたというのに敗北し、更に全滅同然の敗走という結果だったのだから怒らないはずがない。


「は、はあ……しかし、あの二人は……」

「まさか逃がしたとか言わないよな……?」

「い、いえ。しかし、精神がかなり消耗していてまともに話をするのは」

「黙れ! 良いからさっさと連れてこい!」


 強引な呼び出しを渋る兵士に対し、強制的に連れて来いと命令するバグリャ勇者。

 彼の指示で兵士が出て行ってから五分も経たないうちに、騎士と僧侶が強引にこの場に連れてこられた。

 両者とも目が濁っており、光を失っている。

 完全に誇りを砕かれた騎士団長と勇者様を怪物として認識してしまった僧侶は、出発前とは別人のような状態だった。


「おい! 僕の質問に答えろ。バグッタの怪物はどんな怪物だった?」

「け、剣を文字通り食べた化け物です! あの怪物に、私の大切な聖剣が……勇者教会から賜った伝説の聖剣が……! うあああああああああああああああああああああ!!!!」

「ひ、ヒローズ勇者を騙っていたんです! あの化け物は、突然裏切った挙句、私達に襲い掛かって、スロウリーさんが……スロウリーさんが……! 私も、私も身体を食いちぎられて……っ!」


 バグリャ勇者の質問に答える二人の目は虚ろで、両者とも話している最中ずっと身体を震わせている。

 相当な恐怖となってしまったのだろうか。


「……化け物の姿は? ああ、レミッタは良い」

「ぎ、銀の……悪魔、が……」

「銀の悪魔?」

「はい……銀の悪魔です! こちらの攻撃など一切受け付けず、あろうことか私の剣を……うううっ……!」

「ふん。部屋に戻せ。ヒローズを叩き潰したらまた勇者の仲間にしてやる」


 二人の話を聞いては見たものの、これ以上の手掛かりは無いと判断したバグリャ勇者はとりあえず二人を部屋に放り込むように指示する。

 兵士に連れられて部屋に戻る二人の目には、最後まで光が戻ることは無かった。


「さて……ヒローズのゴミ共はどれくらいの間バグリャの城壁で止められる?」


 ヒローズ勇者の仲間を部屋に戻し、バグリャ勇者は兵士に籠城戦の限界時期について尋ねる。


「油と火矢が無くなるまでですから、およそ一か月は……。ただ、連中が強引に突破しようとしてきた場合、バグッタ側の門は溶接して塞いでいないので打ち破られるかもしれません」

「……一か月ねえ。その間、僕たちの食料は?」

「もちろん、準備してあります。ただ、住民の分まで入れるとそこまで……」


 彼の問いに対する返答はまあ問題ない物であった。

 住民の食料を考慮しなければだが。


「餓死しかけた住民はどうすると思う?」

「城門を閉ざして閉じ込めている以上、城に向かってくるのでは?」

「……バグッタを落とせてればバグッタから補給も出来た。完璧だったんだ。あの役立たず勇者め」


 現在の籠城作戦が長続きしないことを知り、悪態をつくバグリャ勇者。

 彼の頭の中には、バグッタからの補給と城壁を用いてヒローズ軍を油で丸焼きにする完璧な作戦があったのだが、残念ながらその作戦は失敗した。

 無論、そのまま戦いが長引けば飢えた住民が反乱を起こし、内側から総崩れになってしまう。

 そんなことになったらヒローズ軍を倒すどころではなくなってしまうのだ。


「仕方ない。二日だけ今の場所で籠城して門を開けろ。バグリャ市街にヒローズ軍を招き入れ、町中の油で皆殺しにする。その時に住民と労働力も全員始末してしまえ」

「分かりました。それでは、防衛の兵士にはそう伝えてきます」

「頼んだ。これで皆殺しにしなければね……」


 ヒローズ軍皆殺し。

 それだけを目的にした作戦を、バグリャ勇者は決行しようとしていた。






「勇者様からの通達だ。この場所での防衛は明後日まで、その後は夜のうちに門を開けてヒローズ軍を引き入れ、町中の油で皆殺しにする。何か質問は?」


 バグリャ勇者と兵士の会話の後、バグリャの城壁を守る部隊にそれぞれ通達が出される。

 内容はもちろん、ヒローズ軍を皆殺しにするための最終作戦だった。


「はい。この通達には町中の住民も皆殺しにせよとありますが、門を開けたら逃げられるのでは?」

「心配ない。門を開けて引き込むだけ引き込んだら、しばらくバグリャ城の城門で耐えるんだ。その上で城門を閉ざし、町の油に火を点ける。相手には残りの油を悟られるなよ?」


 通達を出した兵士に対し、防衛担当の兵士が質問する。

 当然、その質問に対する回答も勇者は用意済みだった。


「という事は、しばらく耐える間はただの矢で応戦することになるのでは?」

「その通りだ。引き込む間は火矢を使う事も禁止する。樽も隠し、最後の皆殺しに備えるのだ」

「ヒローズ軍皆殺し計画、成功したら次はどこに向かえばいいのでしょうか?」

「しばらく待機だ。その後、勇者様が全軍を率いてヒローズへと進軍する手はずになっている」

「労働力はいつ解放するのですか? 皆殺しにすると聞きましたが」

「明々後日の朝。つまり、皆殺し作戦の決行当日だな。わざと牢屋の鍵を外したまま我々は外に出て、出口まで一方通行の通路を進ませてやる。城門を敵が攻撃してきた辺りで解放してやるのだ」


 次々に質問が飛び出すが、全てに正確な回答を返す伝令の兵士。

 既にヒローズ軍を皆殺しにする作戦の成功を信じている兵士も居る辺り、油断していると言っても過言ではない。

 まあ、初戦で圧勝し、更に防衛も事故が無ければ上手く行っていたため当然であるが。


「この作戦でヒローズ軍を皆殺しにする! 作戦の説明は以上だ!」

「「「「「「「はっ! この手でヒローズ軍を皆殺しに! バグリャの正義の鉄槌を下せ! 正義は我らの手の中に!」」」」」」」


 そして、バグリャ軍への通達は完了した。

 バグッタを落とせなくなり、更に城壁で守るという当初の予定が失敗したために明らかに作戦は破綻しかけているのだが、バグリャ軍の士気は下がる気配が無い。

 勇者のカリスマなのか、それとも狂った兵士には自分たちの敗北と言う未来など見えていないのか。

 それは誰にも分からないのであった――――。
















「ねえ、アスカ。あの二人、私たちの仲間に入れても良いと思わない?」

「……は?」


 バグリャ城の中で作戦の練り直しが行われ、兵士に通達が出されているその頃、バグリャの宿の一室では二人の少女が談笑……というより、片方が一方的に話しかけていた。

 もちろん、話しかけているのはパトラ――――全身厚手の鎧の女である。


「私とアスカって前衛能力は高いと思うけど、後衛能力は不足していると思うのよ。だから、あの子たちを加えればパーティの戦力向上にも丁度いいんじゃないかと思うんだけど」

「言っていることは分かるけど、だからって既に他の人とパーティ組んでる人を引き抜くのはおかしいわよ。却下」


 突然こんなことを言い出し、ルーチェとジルを引き抜いて仲間に加えようと提案するパトラ。

 しかし、アスカがそれを認めるはずが無かった。


「何を言い出すの!? あの二人、きっと軟弱な男に騙されているのよ! ああいう軟弱な奴って、大抵口だけは上手いから上手く言いくるめられて酷い扱いを受けているに違いないわ!」

「そんなわけないでしょ……。仮にそれが本当だったらあの二人貴方のあの発言を聞いても絶句してないわよ」


 アスカの言うとおり、パトラの発言を聞いたルーチェもジルもパトラの「ルシファーとマディスは軟弱」発言を聞いて絶句してしまい、ジルに至ってはその後この二人と離れて部屋に戻る時に怒りも露わにしているのだが、パトラの目にはそんなことは映っていないようである。


「いいえ! 違うわ! あの子たちアスカに負けず劣らずの逸材だから、口説き落とされて利用されてるのよ! 間違いないわ!」

「人の話を聞きなさい!」

「今だってそう。あの二人器量もよさそうだから今頃……ああ、駄目よ! このまま放っておいたら……!」

「パトラ!」


 アスカが諌めるものの、パトラはそんな事一切お構いなしに己の妄想で物事を判断していく。

 男は全部「軟弱」とみなし、自分の同行者の少年などまともな人権すら与えない上、他の冒険者のパーティに対してもこのような考えで問題を起こしまくるのだ。


「パトラ! 騎士団長から「物事は自分の目で見てから判断しろ」って言われなかったの!? 何度言ったら分かるのよ!」

「はっきり分かってるわ! 私には、あの二人がいいように利用されてる光景しか目に浮かばない! その上で、私は救い出すべきだとアスカに提案しているのよ!」

「そうやって前も何度か事件起こして、結局誰も付いてこなかったでしょ? それは全部あなたの妄想なの! 余計なお世話なのよ!」

「違う! あの子たちの洗脳を解除してあげることが出来なかったのよ! 私が未熟だったから、身体を救い出してあげても駄目だったのよ! 救ってあげなくてはいけないわ!」


 アスカはもちろん止めるように言い聞かせようとするが、パトラは人の話など一切聞かない。

 彼女たちの話からすると以前もこのような問題を起こしていた上、男を叩き潰していたらしいが、結局誰も付いてこなかったという。

 別に助けを求めているわけでもないため当たり前なのであるが、彼女はその事に全く気付かない。

 というか、気づこうとしていない。


「……ああ、もう我慢できない! 明日の朝、あいつらを倒してでも助け出してやるわ! 待ってなさい! 私が救い出してあげる! 誰が駄目だと言っても私はやるわ!」

「パトラ、待ちなさい! ……はあ…………また、こうなるのね……」


 そして、今回も独善的で独りよがりな考えの元、パトラは少女を救い出すために軟弱な男に戦いを挑む。

 アスカはそんなパトラを見て、半ば諦めていたのだった。


「……ベルツェは、本当に魔王討伐なんてさせる気があるの? 我々が付けた仲間とは別れてはいけないなんて言って送り出されたけど、パトラなんて正直敵より厄介なんだけど……。元々つけられた傭兵も全部パトラが追い出したし、新しい町で誰かと出会えば即トラブルを起こすし……」


 パトラが居なくなった後、残されたアスカの口からは彼女を送り出したベルツェに対する不満や不信の入り混じった言葉が紡がれる。

 我々が付けた仲間――――要するにパトラと別れてはいけない、と言われて送り出されたらしく、離れたくても離れられないらしい。


「正直、ベルツェの騎士団長の娘なんて言うけど、あれじゃただの超絶我儘傲慢女じゃない……。確かに実力はあるけど、一体どんな育て方をしたらあんな滅茶苦茶な性格になるの……。おまけに、王国には暴力で仲間を従えてはいけないだの、仲間同士の揉め事には勇者は関わってはいけないだの訳の分からない命令まで出されて……正直パトラが好き勝手に増長するのを見ながらの魔王討伐なんて気がおかしくなるわ」


 そこまで言い終えると彼女はベッドに身体を横たえる。

 色々諦めたような表情が、彼女の実際の立場を物語っていた。


「はあ……ルーチェとジルには悪いことしちゃった、ううん、これからしちゃうかもね。……どこかの強い男の人が、パトラを再起不能に追い込んでくれないかな……? 本当なら私自らぶん殴りたいけど、これがあったらどうしようも……」


 ベッドに倒れ込んだアスカが眺めているのは彼女の左腕にはめられた半透明の腕輪だった。

 非常に薄く細いため、注意してみなければ気づけないほどだが、アスカの左腕には確かに腕輪がはめられており、月明かりを浴びて微かに輝いている。


「ホント、これさえ無かったら……」


 誰にも聞こえないほどに小さい彼女の呟きは、そのまま闇へと吸い込まれていった。

魔物を倒し、悪を討ち、崇められるだけが勇者ではない。

勇者と言う存在は権力にとって実に都合の良い道具でもある。


まあ、全員抹殺派には今回の話は少し残念かもしれないですが。

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