外に出ましょう
side ルーチェ
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!??????」
辺りに響き渡るレミッタの叫び声。
そして、クチャクチャと何かを咀嚼するようなおぞましい音がこちらにも聞こえてくる。
マディスの薬によって完全におかしくなったヒローズ勇者が、レミッタの胸を食い千切り、文字通り「食べた」。
「ね、ねえ……本当に、アレをまだ放っておくの? ……もう、倒しちゃっていいんじゃないかな?」
「え? 放っておいたら自滅するから大丈夫だよ?」
マディスにあの化け物を、ヒローズ勇者を倒してしまおうと言ってみるけど、やっぱり「放っておけば自滅するから大丈夫」としか言わない。
ジルやルシファーにも言ってみるけど……。
「何言ってるんです? 敵が仲間割れして仲間同士で殺しあう場面なんて滅多に見れない光景ですよ?」
「別にこんなところで無駄な力使わなくても良いだろ。敵が自滅しているだけだ」
こんなこと言って取り合ってくれない。
……もしかして、目の前の光景を惨たらしいと感じてるのって私だけなの…………?
人が人を食べようとしてた。というか、実際にレミッタの胸をヒローズ勇者が食い千切ったのに……。
いくら敵でも、さすがにこれは……。人が人を食べるなんて……。
「アアアアアア……足リナイ! 全ク! 肉ガ足リナイィィィィィィィ!!!!!!!!!!」
「う……ああ……私の、胸、が……食べられ…………」
私達の目の前で更なる食欲を訴えるヒローズ勇者。
身体は本当に崩壊してきているのか、あちこちに傷が出来て少しずつ血が流れ出しているけど、その身体は止まらない。
そして、その叫び声を聞いているだけで、身体が震えてくる。
異常進化を遂げ、理性を失い、元仲間を「食料」として食らおうとするヒローズ勇者。
この連中はどうしようもない屑だし、確かに、再起不能にするとは決めたけど……。
「ヒローズ勇者様! ベルナルド様が先ほど戻ってこられましたが何か……」
「肉ダアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「ば、化け物が襲ってきたんです! バグッタの怪物です! 至急、応援を……! スロウリー様も私も、眼前の化け物……バグッタの怪物にやられました……!」
「れ、レミッタ様!? 何と惨い……」
「肉! 肉! 肉肉肉肉肉肉肉!!!!!!!!!!!!!!!!!」
レミッタと様子を見に来た兵士のやり取りを遮るように、ヒローズ勇者が二人目がけて走り出す。
ヒローズ勇者の目には、レミッタと兵士は単なる肉の塊にしか見えていないらしく、彼が走り去った跡には小さな唾液の水たまりが幾つも出来ていた。
「応援を! 私もすぐに撤退します!」
「了解!」
猛獣と化して追いかけてきたヒローズ勇者から逃れるように撤退するレミッタとバグリャ兵士。
この猛獣の相手をしながら回収する余裕なんてなかったらしく、スロウリーは置き去りにされてしまった。
「ああ、行ってしまいましたね。じゃあ、このボケ老人をまず突き出しましょう。一応生きていますし、このボケ老人が率いる部隊が町を襲ったのでバグッタの人も納得してくれるでしょう」
置き去りにされて地面に倒れているスロウリーを見下ろしながらジルがそう提案した。
まあ、こいつだけでも突き出しておけば責任追及も出来るよね。
バグッタの侵攻を行ったのはこいつだし。
じゃあ、突き出しちゃおう!
「これで全部か?」
「ああ。ようやく集め終わったよ。全く、人の町を……」
スロウリーを二度と戦えないように拘束したまま皆で引きずり、バグッタの中央にある屋台が立ち並んでいた通りに戻ってくると、無数のバグリャ軍の兵士が転がされていた。
近くには見張りとしてか、装備を整えた冒険者のような人々と呪いの格闘場の魔物が待機している。
入り込んできたバグリャ軍は片付いたのかな?
「ん? ああ、君たちはこの前大勝ちした冒険者じゃないか。無事だったのかい?」
「ええ。私達は大丈夫ですよ。それに……」
通りに入ってバグリャ軍が転がされている場所に近づくと、兵士を見張っている人の一人が話しかけてきた。
彼の言葉に返答しながら、ジルが引きずってきたスロウリーを兵士の中に転がす。
「こいつらの指揮官の一人はこうして捕えましたから」
「す、スロウリー様!? 馬鹿な!」
「我々のみならず、スロウリー様まで……」
ジルが転がした老人がスロウリーだと認識したバグリャ軍の兵士が動揺し、騒ぎ出す。
全員武器も防具も没収されて両手両足を拘束されてるから何も出来ないだろうけど、一応警戒しないとね。
「この老人が指揮官か?」
「ええ。ヒローズの勇者一行の一人ですよ。どうするかはそちらにお任せします」
ジルと男性の短いやりとり。
けど、周りの人達を動揺させるには十分な情報だったみたい。
スロウリーは一応ヒローズ勇者の一行の一人だからね。元がつくけど。
「さて、スロウリーは引き渡したし、行こうか、皆」
「行く? こんな状況で何処に行くんだ?」
私の言葉に無言で頷く三人。
けど、他の人から見たら私の言葉は変かもしれないね。
周りの人たちも不思議そうな目を向けてくるし、当然何処に行くか聞かれることに。
「決まっています。――――外のバグリャ軍、一人残らず潰してきますね。あの山賊もどき、放っておいたら危険ですし」
……こう言ったけど、実際には猛獣と化した勇者が襲って滅茶苦茶にしてそうだよね。
まあ、そうなったら勇者の方を倒せばいいか。
「放っておいたらまた来るでしょ? そんなことになったら、ね」
「それに私達、旅の途中ですから。ここに寄ったのも旅の途中で立ち寄っただけです」
「そう言う事だ」
それだけ言うと、私達は町の入り口の門目がけて歩き出す。
もうここには戻ってこないかも。
バグッタへの滞在は終わり。旅の続きに戻らないとね。
――――その前に、やることがあるんだけどさ。
「さあ、戻ろう!」
「ええ! 外にはバグリャ軍と猛獣が居ると思います。気をつけましょう」
「薬、再び使っておくよ」
「それじゃ、馬鹿共を片付けるか」
門の前で再び戦闘準備を整え、バグリャ側へと通じる門の中へ足を踏み込んだ。
門の中に入ると、微かに血の匂いがする。
やっぱり、外で戦闘が始まってるのかな? 勇者の姿が無かったし。
「ギャアアアアアアアアアアアア!!!!!!?????」
「ひいっ! 化け物! 化け物め!」
「怯むな! バグッタの怪物だ! 奴を何としてでも倒し、バグリャ城と城壁を守るんだ!」
「ハア……ハア……少しはマシになったか……。ああ、腹が減って死にそうだよ……!」
無事に転移して門の外に出ると、そこは地獄絵図だった。
辺りには無数のバグリャ軍の兵士が血を流して倒れている。
その大半の身体は、文字通り食い千切られていて既に助からないような状態の兵士も転がされていた。
そして、兵士たちの身体を食べて空腹感から解放されたヒローズ勇者の理性が戻ったらしく、再び人間の目を取り戻している。
だけど
「僕をずっと騙し続けていやがったあの屑野郎を!!!! レミッタを、ベルナルドを庇い立てする輩はあああああぁぁぁぁぁぁぁ、僕が、絶対に、殺してやる!!!!!!!!!!!!」
理性が戻ったからと言ってヒローズ勇者の怒りが収まるわけじゃない。
暴走したヒローズ勇者が止まるのは、レミッタとベルナルドを排除したときだけだろう。
その二人がどこにも見当たらない辺り、さっさとバグリャの方に逃げたのかもしれない。
「ば、化け物だ……!」
「ヒローズ勇者は、化け物だ! 人間でもなんでも無かった! あいつはただの化け物だ!」
そして、人間の意識を取り戻した声を聞き、バグリャ軍にもアレがヒローズ勇者だった存在だと言う事が認識できたらしい。
侵攻作戦の途中までは勇者として崇めてただろうに、即座に化け物と呼んで掌返すなんてね。
まあ、異常に進化したその身体と、獰猛な目、口から腹部にかけてべったりとついた人の血を見たら化け物か狂人のどっちかにしか見えないけど。
「で、どうする、マディス。このままじゃ、あいつ餓死するどころかここの兵士食い尽くしてこっちまで襲ってくるぞ?」
「あ~……死にたくないと叫びながら土でも齧ってくれれば面白かったけど、こうなっちゃったら周りに肉が転がってるわけだし、しょうがないか。また毒薬の出番かな……」
ルシファーの言葉を聞き、しぶしぶといった感じで薬を準備するマディス。
まあ、自然に死ぬと思ってた相手が予想に反して自然に死ななくなったらマディスも薬で対処してくれるよね。
これを野放しにするわけにはいかないし。
「殺す! お前らも殺す! レミッタやベルナルドの味方は全部僕の敵だ! 一人残らず首を飛ばして、皆殺しにしてやるぅぅぅぅぅ!!!!!」
「怯むな! 正義のバグリャ軍! 相手は化物だ!」
バグリャ軍の兵士とヒローズ勇者は互いに私達など眼中にないらしく、私達は完全に無視されている。
楽に素通りできるから良いと言えば、良いんだけど……。
「グルアアアアアアアアアアアアアア!!!!!! 死ねええええええええええええっっっっ!!!!」
「ギャアアアアアアアアアアアアアア!!??」
眼前で行われている戦いを無視して行けるわけじゃないんだよね。
ヒローズ勇者がバグリャ軍の兵士の腹部を鎧の上から抉り取っていったりしてるし、この化け物を放っておけないから。
「ええい! 何をやっている! 油だ! 油を放て! ヒローズ軍のカス共にぶつける分はまだまだある! あいつにも浴びせて丸焼きにしてやれ! バグッタの怪物も炭にしてやれ!」
「了解! 隊長!」
「って、油!? それにヒローズ軍って……」
驚く私達を尻目に、ヒローズ勇者と戦うバグリャ軍はバグッタへの門の周辺に油をぶちまけた。
獣のように暴れまわるヒローズ勇者は油を直接浴び、動きが鈍る。
……って、不味い! 油、丸焼き、炭、って事は……。
「うがああああああああああああああああああっ!」
「くたばれ化け物!」
「マディス! 薬を!」
マディスが炎を無効化する薬を私達に使用した直後、バグリャ軍は平原にぶちまけた油に火を放った。
緑広がる草原が瞬く間に灼熱の炎に包まれ、私たちの視界は真っ赤に染まる。
そして――――
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
「うあああああああああああああ!!!! 火が! 火が身体にいいいいぃぃぃぃ!」
「た、戦えなくなったバグリャ軍の兵士まで……!」
炎が飲み込むのは私達とヒローズ勇者だけではない。
バグリャ軍の負傷兵も、炎に飲まれることとなった。
「あああああああああああああああああ!!!! 熱い! 熱い!!」
「はっ! 何がヒローズ勇者だ! 単なる化け物風情が、俺たちバグリャ軍を敵に回して勝てると思うな! 俺たちにはこれがあるんだよ!」
「じ、自分たちだけ高台に避難して仲間ごと油で焼き殺すなんて……正気ですか!?」
石で作られた高台の方までさっさと避難していたバグリャ軍が燃え上がるヒローズ勇者を見て高笑いする。
仲間ごと油で焼き殺すなんて……ジルじゃないけど、本当に正気か聞きたくなるよ!
「ルーチェ、どうする?」
「……仲間まで焼き殺して平然としてるなんて最低だよ! 今すぐあいつら叩き潰そう!」
燃え上がる平原を炎に紛れて駆け抜け、石の高台に近づく。
マディスの薬の効果で、熱さは全く感じないので、すんなり接近することができた。
バグリャ軍が立っている場所はよく見ると城壁のような構造をしており、炎が燃える音でよく聞こえないけど反対側からは悲鳴のような音が聞こえてくる。
「ははははははははははははははは!!!! 呆気ないなあヒローズ勇者様よお! お前なんて所詮この程度なんだよ、雑魚が! はーはっはっは!」
「巻き込まれて何人か死んだな。どうします?」
「ああ、気にするな。ヒローズ勇者なんてゴミに負けた時点でバグリャ軍失格だ」
高台に近づくと、バグリャ軍の隊長と思しき男の高笑いが再び聞こえてきた。
――――ホント、怒りしか湧いてこないよ、こいつらには。
まあ、こいつらが倒した相手はヒローズ勇者とバグリャ軍なんていう、どうしようもない屑なんだけど。
「おい。ヒローズ勇者の炭焼きでも見ながら酒飲もうぜ」
「良いねえ。炎の中で転がりまわってる化け物が全身炭のようになってもがき苦しみながら死んでいくのを見るのは最高の気分だからな」
「化け物も良いが、こっちも見ろよ。あいつら、俺たちの作戦に何もできないらしいぞ?」
「ははは。今度は何ぶつけてやろうかねえ?」
……それにしても、こいつら本当に正規の兵士なのかな?
戦闘中に酒を飲むとか、明らかに常軌を逸してるよ。
「ですけど、その油断が命取りですよね」
「不意打ち上等だよ。こんな連中相手に正々堂々なんて必要無いからね」
油攻めはともかく、仲間ごと殺す作戦とか明らかにおかしいし。
「だな。じゃあ、俺が先制仕掛けるが構わないか?」
「あの樽の中身も油だよね? これはもう、燃やすしかないよね」
ルシファーとマディスがそれぞれ武器と薬を手に取った。
……じゃあ、始めようか。