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強奪勇者物語  作者: ルスト
バグリャ
136/168

戦闘から撤退しましょう

「お、おのれ! この儂が率いる軍団が一瞬で……!」


 そんな事を呟きながらバグッタの町を駆ける一人の老人、スロウリー・スペラー。

 元は勇者教会の魔術師であった彼は、今やバグッタ攻略部隊の一員であった。


「とにかく、勇者様の所まで逃げなければ! このまま儂一人が犬死にするわけにはいかぬ!」


 しかし、その彼の周囲には部下の兵士は一人も居ない。

 彼が出くわした恐るべき強さの怪物に、一瞬にして葬り去られたのだ。

 金髪に鮮血のような赤い輝きの目を持った悪魔が、人の形をした悪魔が、その力で一瞬にしてスロウリーの率いる優秀なバグリャ軍を崩壊させてしまったのだ。


「何としても、あの怪物の情報を伝えるのじゃ! 初めて見たあの小僧、姿が見えなかった巨大な悪魔より危険かもしれぬと! 勇者様ならなんとかしてくれるはずじゃからな!」


 その悪魔に対し、自分一人では勝てぬと悟っているのか、彼は真っ直ぐに本陣を目指す。

 勇者の所まで帰りつき、バグッタの怪物の情報を伝えるのが彼の今の使命だ。

 悪魔の情報が勇者に伝われば、それだけで非常に有利になるだろう、という考えは間違っていない。

 敵の情報を把握できれば、それに対する対策も立てられるだろうから。











「尾行……どころか、堂々と後ろをついて行っているのに気付いてないの?」

「あのボケた老人ではどうしようもないですね。こちらを振り返る事すらありません」

「そうでなくても、コートの宝石の一部が地面に落ちてるよ?」

「呆れたな……。まあ、案内役には丁度良い。ついていくぞ」


 ――――無論、自身がその悪魔を勇者の所に導いている時点で、全く役に立たない情報に成り果ててしまうのは明らかなのだが。






「ハア……ハア……何故だ。何故儂がこのような目に遭わねばならんのだ……。あの時の未来が続いておればこんな事には……」


 怪物からの逃走の最中、スロウリーの頭にふと過去の記憶が蘇る。

 このようなことになるよりもずっと前……ヒローズの勇者教会が健在で、彼ら自身も「選ばれた勇者」であった頃の記憶が、まるで走馬灯のように蘇ってきたのだ。


「教皇様……!」


 先ほどまで悪魔から逃げ出していることも頭の片隅に追いやってしまい、スロウリーはその記憶の方に意識を向ける。

 その足は先ほどより目に見えて遅くなり、次第に早歩きですらなくなってしまう。

 追いかけてきている悪魔がルーチェ一行でなければ、一瞬で追いつかれて首を刎ねられているだろう。

 そんな事にも気づかないまま、彼は悪魔を振り切ったと思いこみ、記憶を思い返しながら目的地に向け歩を進める。











 ――――ヒローズ勇者一行。

 今やバグリャ軍という名の山賊を率いて略奪行為を働いている彼らであるが、もちろん当初から山賊であったわけではない。

 勇者教会――――後に暴走、惨劇を引き起こし、崩壊することになった勇者を崇める教会。

 彼らは……いや、彼らのリーダーとなる「勇者」は、そこに召喚されたのだ。

 ヒローズのために、世界に平和を取り戻すために。


「こ、ここは……? 僕は……?」


 突然異世界へと召喚されたヒローズの勇者。

 その勇者と共に戦うのにふさわしい仲間として、魔術師の老人――――スロウリー・スペラーは選ばれる。

 今では長々と詠唱して超低威力の魔術を放つ謎の存在に成り下がっているが、これでも若かりし頃は立派な魔術師であり、サンダーボルト程度なら使う事も出来た。

 その過去の実力と実績を買われ、彼は勇者教会から勇者の仲間の一人に推薦されたのだ。

 何年も前からそうなることが決まっていた彼の目の前に、その日とうとう勇者が現れた。

 夢にまで見た大役が自分の所に回ってきた――――彼の心は躍った。


「ああ! 偉大なる勇者様が、とうとうこのヒローズ勇者教会に降臨したわ! これで、ヒローズは安泰よ! さあ、勇者様! 私達勇者教会が、貴方を全力で支援いたしますわ! まずは――――」

「え? あの? えっと……?」


 召喚に立ち会った彼の目の前で教皇と勇者が何やら話し合っているが、その会話の内容はスロウリーには入らない。

 彼の頭にその時存在していたのはただ一つ。


(儂が勇者様の仲間に選ばれたのじゃ! これはなんと素晴らしき事よ! わしの知りえる知識を基に、勇者様を鍛えていかねばならないな!)


 自分が勇者の仲間に選ばれ、勇者を鍛えることができるようになる、という事である。

 晩年のスロウリーはこのことだけを夢見ていたような物だったのだ。


「騎士団長ベルナルド、僧侶レミッタ、そして魔術師スロウリー。この三人が、あなたを導く存在となる者ですよ。勇者様、今は使命を理解していただかなくても構いませんわ。ですが、後々必ず、貴方様にも使命が分かると思います……」

「は、はあ……」


 教皇の言葉を聞き、ますます混乱していそうな勇者の所に三人の人が歩いていき、勇者の前で跪く。

 教皇が紹介した三人が、仲間として以後勇者につき従うのだ。


「勇者様。この騎士団長ベルナルド、貴方様の盾となり、剣となるべく全力で戦わせていただきます」


 立派な装備に身を包んだ騎士団長が勇者様の手に剣を捧げ


「勇者様。僧侶レミッタ、この命尽きるまでお供いたします」


 法衣に身を包んだ少女が勇者の手に教会の紋章を捧げ


「勇者様。この儂の知性が、必ず汝を鍛え上げてみせよう! よろしく頼みましたぞ!」


 魔術師の老人が勇者を鍛え上げることを誓う。

 ヒローズの勇者召喚の儀式は成功に終わった。






「……そうじゃ。あの時は、まだ……。ああ、何故儂らがこのような目に遭わねばならんのだ……」


 そこまで思いだし、彼は目的を思い出したのか再び足を速める。

 その目は無念の思いに満ちていた。

 自分たちの、ヒローズの象徴のはずの勇者教会は崩壊し、本来ならば英雄として奉られるはずの自分たちはヒローズから追放されているのだから。


「くっ……それというのも全部奴らのせいじゃ! あの悪魔を引き連れてきた奴らのせいで、儂が今こんな目に遭っているのじゃ! あ奴ら……絶対に許さぬぞ!」


 そして、スロウリーはそうなった責任を奴ら――――ルーチェ一行に転嫁する。

 もともと自分たちが畑荒らしを庇おうとして破滅に陥ってしまっただけなのだが。

 その目には逆恨みの炎が宿り、一方的で身勝手な復讐心が燃え上がる。






「だからそれは自分たちのせいじゃない……。一方的に襲い掛かってきたのはそっちだよ……」

「あの老人に何を言っても無駄ですよ、ルーチェさん。畑荒らしを討伐したあの時、こちらの話を聞いてくれましたか?」

「……はあ、あの一行には何を言っても無駄だよね……」


 そんなスロウリーの様子を見て、頭を抱えるルーチェ。

 彼女の言葉通り、ヒローズの勇者の仲間三人が勝手に襲い掛かって来ただけなのだ。

 だが、スロウリーがその事実を認めることは無いだろう。






「スロウリー様!? そんなに急いで、どうなされました!?」


 一方的にルーチェ一行に逆恨みの炎を燃え上がらせるスロウリーが、ようやくバグッタ侵攻部隊の本拠地まで逃げ帰ってきた。

 出迎えの兵士が、スロウリーの様子を見て驚きの声を上げる。

 こんな老人でも一応勇者の仲間なので、兵士の対応はまともな物である。


「勇者様に話があるのじゃ! 通してくれ!」

「はっ! こちらへ!」


 スロウリーの言葉を聞くや否や、兵士は即座に道を開けた。

 道を開けた兵士の横を抜け、スロウリーは勇者の元に急ぐ。

 彼が門のなかの空間に飛び込むと、門の中からその姿が消滅し、光が遥か上空へと飛んで行った。











「……本陣って言うけど、あれってもしかしてバグリャへの門?」

「ええ。おそらく、門を潜った先に本陣があるんでしょうね」


 そして、少し離れたところでスロウリーと兵士の会話の一部始終を目撃していたルーチェ一行がバグリャ軍の出所を把握する。

 バグリャ軍の出所、それはバグリャとバグッタを結ぶ門であった。

 ルーチェ達がこの地に足を踏み入れたとき、入ってきた不可思議な門。

 それが今、バグリャ軍を外から運び込む原因になっている。


「じゃあ、一気に突撃して壊滅させるか、出てきた相手を倒しながら消耗させるかだよね」

「どっちにしろ準備が必要だし、少し考えようか」


 そしてバグリャ軍の本拠地を把握したルーチェ達が、物陰に隠れてバグリャ軍攻略のための準備を始めた。

 尾行を許したスロウリー含め、このことに気づいた者は居ない。

 本拠地の近くで着々と戦闘準備を進めているルーチェ一行を止められる者は、バグリャ軍には居なかったのである。











「勇者様!」

「スロウリー!? どうした!?」


 一方のスロウリー。

 無事に地上に戻り、バグリャ軍の本拠地に戻ってきた彼は、即座に天幕の一つに押し入り、中に居た勇者に声をかける。

 切羽詰まった様子の彼を見て、勇者もただ事ではないことに気づいたようだ。


「ば、バグッタの怪物じゃ! バグッタの怪物が儂の部隊を一瞬で壊滅させたのじゃ!」

「な……!?」


 スロウリーの発言に、勇者のみならず、周囲の兵士も動揺を隠せない。

 バグッタの怪物――――バグリャで恐れられているバグッタの噂の一つで、凶悪な怪物の巣窟であるバグッタに踏み込んだ者は怪物に襲われて生きて帰れなくなるとも言われている。

 だが、噂は噂。そう信じて今回彼らはバグッタに攻め込んだのだ。

 故に、その噂が真実だなどと訴えるスロウリーを見た彼らは、噂が真実だと信じて戦慄する。

 更に――――。


「ご報告申し上げます! 未知の怪物が突如地下より襲来! わが軍の大半が壊滅いたしました!」

「未知の怪物!? 一体何があったんだ!?」


 駆けこんできたバグリャ兵――――ルーチェ一行が目撃した「怪物」と戦っていた部隊の一員であろう、が未知の怪物の襲来と部隊の壊滅を伝える。

 報告を聞いた勇者の顔色はみるみる青ざめていく。

 周囲の兵士やベルナルドとレミッタ、報告に来たスロウリーも同じような表情だ。


「とにかく、このままでは危険です! バグッタは噂通り非常に危険な場所だと判明しましたし、現在戦闘中の兵士とバグッタの制圧は諦め、この地の包囲にとどめるのが妥当だと……」

「――――苦戦している兵士を助けなければ」


 しかし、兵士の進言は勇者には届かない。

 バグリャ軍は、勇者にとっては大切な味方だ。

 見捨てるわけにはいかない。


「……バグッタに向かう」

「勇者様!?」


 ならば、どうするのか。

 当然、バグッタへと踏み込むだけである。

 戦っているバグリャ軍を助けるために。


「スロウリー、レミッタ、ベルナルド、行くぞ。味方の兵士を助け出す。ヒローズ勇者一行、出撃だ!」

「はっ! 騎士団長ベルナルド、お供いたします!」

「う、うむ。勇者様さえ居れば負けませんな!」

「いよいよ……ですね」


 そして、勇者は出撃を決意した。

 魔術師の老人と僧侶の少女、そして勇者教会の騎士を引き連れて、ヒローズ勇者がバグッタへの門をくぐる。

 大切な仲間と共に出撃し、戦っている兵士を救うために立ち上がる。

 その姿は、間違いなく勇者の物であった。











「薬はこれでいいかな? 正直過剰かもしれないけど」

「そんなことないよ。ありがとう、マディス」

「攻撃面も防御面も万全ですね。今の私達なら、バグリャの兵士なら楽勝でしょう」

「さて、結局作戦はどうするんだ?」


 ヒローズの勇者一行がバグッタへの門をくぐろうとしている頃、ルーチェ達の戦闘準備も完了していた。

 マディスの薬が四人の身体能力を限界以上に引き上げ、人間離れした戦闘能力を発揮させている。

 新調された防具にマディスの薬の効果が上乗せされ、バグリャ軍の攻撃程度では傷一つつかないほどの強固な防御力を、そして並みの兵士など拳の一撃で沈められるほどの攻撃力と圧倒的な魔力を全員が備えていた。

 無論、薬を投与したマディス本人にはその影響がほとんど無いが、こちらも凶悪な劇薬や攻撃用の薬を取り揃え、戦闘準備は終えている。


「少々荒っぽいけど、一刻も早くバグリャ軍を排除するために、突撃するよ。一気にバグリャ軍の本陣まで殴り込んでバグリャ軍を壊滅させ、制圧しちゃおう!」

「了解です!」

「蛮族は退治しないとね」

「決まったな。じゃあ、行くぞ」


 そして、ついに一行が動き出した。

 物陰から飛び出し、バグリャへと通じる門を目指して駆け抜ける――――はずだった。


「き、貴様ら! おのれ化け物ども! ここまで来おったか!?」

「人間にしか見えませんよ、スロウリー! まさか、彼らが怪物だと?」

「あ、貴方達は……!」


 だが、実際には門にたどり着く前に足を止めることになる。

 物陰から飛び出した彼らの目の前に、先ほどバグッタへとたどり着いたヒローズの勇者一行が出現したのだ。


「ヒローズの勇者一行……」

「そうだ。僕たちは、ヒローズの正当なる勇者一行で、バグリャ軍の指揮官だ! そこを、どけ!」

「お気を付けくだされ勇者様! 奴ら、見た目こそ人間ですが、中身はこの地の怪物ですぞ!」


 確認するように呟いたルーチェの言葉に反応し、勇者が声を上げる。

 その後ろからスロウリーが勇者に警告の言葉を発し、注意を促した。


「……もちろん嫌だって言いますよ。だって……」

「蛮族の悪行を止めないとね」

「お前らはここで滅ぼしてやるさ。馬鹿な遊びは終わりだ」


 勇者の言葉に対し、首を縦に振る者はルーチェ達の中には居ない。

 ヒローズの勇者と戦う意思を隠さず、ジルが、ルシファーがそれぞれ武器を構える。

 マディスもルシファーの後ろに移動し、薬を取り出す準備を始めた。

 そして――――


「……貴方たちが勇者だなんて、絶対に認めるつもりも無い。こんな馬鹿げたことをやる人が正義だなんて私は認めないし、こんなことを正義だって主張するなら力ずくでも止めてみせる。ヒローズの勇者一行……もう二度とこんな真似が出来ないように、再起不能にしてあげるから!」

「なら、ここで消えてもらう! 僕たちの道を邪魔させはしない!」


 ルーチェがヒローズの勇者に対してそう宣言し、魔術の詠唱を始める。

 ヒローズの勇者一行も遅れないようにそれぞれ武器を構え、戦闘が始まった――――。

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