作戦開始しましょう
結構酷い行動もあるので、一応の注意を。
特に食事中の人。
そして、お待たせしました。
バグリャとバグッタを結ぶ道。
かつてはただの平原でしか無かったそこには今では対ヒローズ軍用の城壁が築き上げられ、バグッタへの道は完全にバグリャ軍だけの物となっていた。
強制労働させた男達に数日で作らせた城壁の内側には無数の大樽が置かれており、その中にはもちろん大量の油が。
城壁の上ではヒローズ軍がやってきて自分たちの罠で壊滅する様を想像してニヤニヤしながら待ち構えるバグリャ軍の兵士たちが、各々弓を構えて待機している。
そんな彼らの守る城壁の内側を通過していく一団の姿があった。
その一段の姿を見て、城壁の守備をしているバグリャ軍が敬礼する。
バグリャの城壁守備兵が見たのは、バグリャ軍の兵士を率い、バグッタを目指して進撃する四人の冒険者、否。元勇者の姿だった。
かつてヒローズの勇者教会によって手厚く保護され、温室のような環境でぬくぬくと育つはずだった勇者一行である。
「行くぞ、ベルナルド、スロウリー、レミッタ。僕たちがバグッタを制圧しなければ、この作戦は成り立たない。そのためにも、僕たちに失敗は許されない」
バグッタへと向かう部隊の先陣を歩く少年が、後方に立つ仲間たちに声をかける。
その少年は背中に青いマントを羽織り、純白の鎧兜に身を包んでいる。
右手にはヒローズの勇者教会が与えた由緒ある聖剣を、左手にはバグリャの紋章が施された盾を構えており、その整った顔立ちもあって外見はまさに正統派の勇者といった物だろう。
「分かっております。このベルナルド、必ずや、バグッタの怪物を打ち取って御覧に入れましょう」
そんな勇者の声にまず答えたのは、勇者の左後方を歩く騎士であった。
ヒローズの紋章が刻まれた青色の鎧兜を身にまとい、左手には勇者と同様聖剣を、右手にはバグリャの紋章の刻まれた大きな盾を持っている。
バグリャ軍の一部隊を従える勇者と肩を並べて歩くその姿は威風堂々としており、勇者を守る騎士として、彼の周囲を警戒する目は鋭い光を放っている。
その後ろを歩くバグリャ軍の兵士の一部が「ヒローズを制圧した後はああいう騎士を目指さねば」と呟いていることからも、この騎士の素晴らしさが分かるだろう。
「無論じゃ! 我々が全員揃っておれば、恐れるものなど何もありませんぞ! いかなる強敵が現れようとも、この大魔術師スロウリー・スペラーの魔術で木端微塵にしてくれましょうぞ!」
次に口を開いたのは、勇者の右後方を歩く魔術師の老人である。
身の丈ほどもある巨大な杖を持ち、頭にはヒローズの教会の紋章が刻まれた三角帽子を、身体には王族が着るような宝石の散りばめられたコートをそれぞれ身に着けている。
その眼光は騎士――――ベルナルドの物よりも更に鋭く、己の敵全てを滅さんとばかりに使命感の炎に燃えている。
この魔術師の老人の魔術が放たれれば、それこそその辺の魔物はひとたまりもないはずであろう。
何せこの老人も「勇者の仲間」なのであるから。
「ああ、ありがとう。頼りにしているよ。二人とも。この戦いに勝つには君たちの力が必要だ」
そんな二人に言葉を返す勇者。
その言葉には嘘偽りは一切感じられず、この二人に全幅の信頼を寄せているのが窺える。
「……もう、迷いません。私は――――」
そして最後の一人、勇者のすぐ後ろを歩く僧侶の少女もまた、決意を固める。
その身に纏うのはバグリャの教会の法衣。
胸に下げた紋章はヒローズの勇者教会の物である。
その紋章を両手で覆うように持って祈りを捧げ、少女は勇者に己の決意を語る。
「私は、最期まで勇者様の御力になります! 例え勇者様がどのような道を歩まれようと、私はこの命尽きるまで、勇者様と共に歩みます!」
「分かった。レミッタ、僕たちが傷ついたときの回復は任せたよ」
勇者の力となって命尽きるまで戦い抜く決意を固め、その事を勇者に伝えた僧侶の少女。
その言葉を聞いた勇者が僧侶に返した言葉も、先ほどの二人への返事と同じく信頼に満ちている。
彼らの結束は本物であった。
「よし! ――――バグリャ軍の皆さん! 僕たちはこれより、バグッタに突撃し、かの地を制圧してまいります! 危険な任務になるかもしれませんが、心配することはありません。僕たちが、ヒローズの正当なる勇者一行であるこの僕たちが、勇者アインスが! 必ず、バグッタを制圧してこの地に戻ってまいります! 貴方達バグリャ防衛隊の任務に協力できないこと、悪逆非道なヒローズの現支配者を倒す正義の作戦「煉獄一掃」に協力できないことをお許しください! ですが、それは今だけの事! 我々が、必ずこのバグリャの地に、バグッタ制圧の報告を届けます! それまで、どうか御無事で!」
仲間たちの決意を聞いたヒローズ勇者が、バグリャの城壁部隊の方に向き直り、作戦開始を宣言する。
その姿を見たバグリャ軍兵士からは次々に歓声が上がり、ヒローズの正当なる勇者一行を称える声が周囲に響く。
ヒローズの勇者一行に追従してバグッタを制圧するバグリャ軍の一団にも割れんばかりの拍手と歓声が送られ、彼らの行為が「正当なる物」であると口々に称える。
その歓声と拍手を背に、ヒローズの勇者とバグリャ軍の連合部隊はバグッタへ向け、進軍を始めた――――。
――――僕たちは正しい事をしているんだ。
バグッタの怪物を討伐し、ヒローズを悪の集団から解放する!
出撃したヒローズの勇者の胸の中には、そんな思いが秘められていた。
進撃を開始してから半刻、ヒローズの勇者率いる一団の眼前に巨大な門が現れた。
いつの時代に作られたのかも分からないその巨大な門には本来横にあるべき壁などは無く、門だけが立っており、その門の中には扉では無く不気味な紫の渦が存在している。
バグッタへの門。魔境、地獄、そのようなさまざまな呼び名でバグリャの人々からは恐れられ、誰一人として足を踏み入れることが無い禁断の場所に、今彼らが足を踏み入れようとしていた。
「全員、揃っているな?」
「はっ、ヒローズ勇者様。我々バグッタ攻略部隊、全員準備できております」
「よし、ならここに陣地を築き、その上でバグッタに踏み込もう。向こうは魔境だ。警戒するに越したことはない」
「承知しました! ――――全軍、野営施設の建造! 急げ!」
バグリャへの門を囲むように布陣したバグリャ軍が野営地の設営を始める。
バグッタを「魔境」だと考えている彼らからすると、この異常な警戒は当然の事だろう。
ルーチェたちのように実際のバグッタを見て来た者など、この軍には一人も居ないのだから。
「……待っていろバグッタの怪物。僕たちが、正義の裁きを下してみせる!」
「やれやれ、やっと出撃したのか」
「はっ。ですが、これでバグッタは制圧できるでしょう」
ヒローズの勇者がバグリャ軍を率いてバグッタへと向かった報は、すぐにバグリャ城にも伝わった。
玉座に肘をついてままその知らせを聞き、バグリャ勇者は邪魔者が居なくなってせいせいしたような表情を浮かべる、
「だろうな。これであちら側から敵が来ることはない。さて、後はヒローズだが……」
「ご報告します! ヒローズの軍が動き出しました! 正門に向け、兵士が進軍! 勇者様! 作戦開始の指示を!」
「分かっているさ! 今こそ、ヒローズの屑共に僕が勇者の裁きを、正義の制裁を下すとき! 天誅を下せ! 皆殺しにするんだ! ――――煉獄一掃!」
「はっ! 直ちに! ――――ヒローズ軍を勇者の炎で灰にしてやるのだ! 今すぐ取りかかれ!」
「了解!」
――――ヒローズ軍皆殺し。
バグリャ勇者の命により、バグリャ軍が動き出した――――。
「バグリャ軍を倒し、町を解放するのだ! ヒローズ軍、進撃!」
指揮官の号令がかかり、バグリャ郊外に集まっていたヒローズ軍が動き出す。
彼らが目指すのはバグリャ軍が立てこもり、封鎖しているバグリャの町。
悪逆非道のバグリャ勇者を打ち倒し、バグリャの町を再び平和な町へと戻す。
それが彼らの意思であった。
「バグリャ軍、動きません! 城門の上で弓を構えたまま動きません!」
「よし、盾を上段に構えて弓による攻撃を防ぐんだ。その上で、城門を打ち破る」
「承知しました! ――――全軍、盾構え! 上空からの矢に備えろ!」
城壁に順調に近づくヒローズ軍。
未だに動く様子の無いバグリャ軍を警戒しつつも、とにかく矢による奇襲を警戒する。
その様子を見てなお、バグリャ軍は動かない。
「……本当に不気味な相手だ。だが、何も恐れることなど無い! バグリャ軍がこのまま動かないのであれば、城門を破って町に入る。城門突破部隊、突撃用意!」
城門までおよそ一分の距離まで進撃し、再びヒローズ軍指揮官が指示を出す。
ヒローズ軍の隊列が入れ替わり、盾を構えた兵士の間にハンマーを構えた兵士が立ち並ぶ。
城下町の完全な破壊では無く、城壁の突破だけを目的としているヒローズ軍。
当然、この兵士たちの役目は施錠されているだろうバグリャの城門を破壊し、ヒローズ軍を町に突入させるための道を作ることである。
「――――――――全軍、突撃ィ!」
指揮官の号令と共に雄たけびを上げながらバグリャ城門を目指し進撃を始めるヒローズ軍。
どんどん進撃の速度が増し、後数十秒もしないうちにバグリャの城門に到達するだろう。
――――――――何も無ければ。
「来たな。全軍、油投下! 油を投下次第、火を放て! 貴様らの今日の夕飯はヒローズ軍の丸焼きだ! まあ、皆殺しにする以上、炭焼きになっても灰になっても一向に構わんがなあ! 全員丸こげにしてやれぇ!」
「今日の夕飯はヒローズ軍の丸焼きだぁ! 美味そうなメニューだなあおい!」
「油投下ぁ! 燃やせ燃やせぇ! 燃やした数だけ飯が増えるぜ!」
勢いを増して城門に迫るヒローズ軍。
彼らが城門まで後十秒程まで迫った時、城壁の上から油が滝のように流れ落ちてきた。
勢いに乗ってしまい、止まれないヒローズ軍にその油がかかった直後、ヒローズ軍のあちこちから猛烈な勢いで火の手が上がる。
「な、何だと!? い、一時撤退……!」
「駄目です! 止まれません!」
――――煉獄一掃。
城壁に立てこもってギリギリまで相手を引き付け、城門を破ろうと突っ込んできた相手に向けて大量の油を投下。
上空からの矢に対する警戒と城壁破壊のために密集したヒローズ軍に火を点け、油と火の効果で一気に燃やし尽くす、という内容である。
バグリャがあるのは平原のど真ん中で、城壁の外には特に水源なども無い。
そのため、火を消す手段など無い。
そして、消せない火により大量の負傷者と死者が出る。
非道極まりない作戦であるものの、ヒローズ軍に大打撃を与えるという意味ではこれ以上無い作戦であった。
当然、ヒローズ軍の前線は大混乱に陥った。
バグリャ軍の作戦で突如軍全体が火の海に包まれ、逃げ出そうにも周囲の草も順次燃え上っていく。
そもそも、辺りに水場など無いため、彼らに炎の熱さから解放される術など無い。
そして油から逃れようにも、後続が次々に押し寄せてくるので下がることもできない。
「はーはっはっは! いい気味だ! 悪しき蛮族が我らの正義の裁きを受けているぞ! 見ろお前たち! あれが我々を悪と罵る蛮族共の姿だ!」
「我らの正義の炎の浄化と洗礼を受けて魂まで焼けてしまえ! そして、そのまま惨めに死んでいけ!」
熱気と炎に包まれ、酷い火傷で息も絶え絶えなヒローズ軍の兵士の一人が苦し紛れに上を見上げれば、火の海に包まれる自分たちを見下ろしてバグリャ軍の兵士たちが高笑いしている光景が。
余裕の笑みを浮かべて城壁から見下ろしている兵士たちの中には、酒を飲んでいる者まで居た。
「おい、あの兵士が後何秒で倒れるか賭けようぜ! ほら、あの地面を転がってる奴だよ!」
「おいおい、いくら悪しき蛮族が対象でも賭け事は気をつけろよ? この前勇者様が悪夢を見たとかでピリピリしていたからな」
おおよそ戦争中とは思えない会話をわざわざ城壁の下で炎に飲まれているヒローズ軍にも聞こえるような大声で行うバグリャ軍。
先ほどの酒を飲む兵士といい、とても戦争を行っているとは思えない言動、行動である。
「ほら、水が欲しいだろ? だったらくれてやるぜ!」
そう言った直後、バグリャ軍の兵士の一人が城壁の外に向けて唾を吐く。
それを見た他の兵士も、バグリャの城壁の外で燃え上がり、まともに反撃すらできないヒローズ軍に対して思い思いの行動をとる。
油や石を投げるなどまだ良い方で、食べ物の残骸の袋詰め(=生ゴミ)を投げ捨てたり、気まぐれで殺した強制労働者の死体を投げ捨てる者、そして、あろうことかヒローズ軍目がけて放尿する者まで出現した。
兵士たちの顔には醜悪な笑みだけが浮かんでおり、彼らが完全にふざけてやっている事は誰の目にも明らかだ。
「くそっ……こんな、奴らに……!」
「畜生……!」
「ち、治療が間に合いません!」
「炎が消せれば……! この炎、なかなか消えません……」
しかし、普通の戦を想定して城壁を破壊しようと動いたヒローズ軍にはこれに対する対抗策など無い。
指揮官は即座に退却の指示を出したものの、油の対策などあるわけが無く、ヒローズ軍の兵士は一人、また一人と倒れていく。
衛生兵が同行していようと、被害の甚大さゆえに被害を食い止める事も出来なかったのだ。
ヒローズ軍の先遣部隊は、バグリャの奇策で半壊することとなったのである。