戦いましょう
灯りの確保のために周囲にファイアボールを放った直後、こちら目がけて突っ込んできた巨人の化け物。
辺りには障害物など見当たらない。
倒れている魔物は串刺しになっていて動けそうにないし、他に何か居るわけでもない。
正真正銘、私と巨人の一騎打ちだった。
「正面から突っ込んでくるなら……ファイアウォール!」
巨人が動き出すと同時に即座に炎の壁を出現させ、足を止めさせる。
狙い通り、突如出現した炎の壁を見て、巨人の足が止まった。
どうやら強引に突っ切っては来ないみたい。
「……」
「……」
燃え続ける炎の壁を挟んで無言で睨み合う私と巨人の化け物。
槍を構えてこちらを睨む化け物と私の距離はそこそこ離れている。
炎の壁もそこまで長くは保たないだろうし、あまり長い詠唱は出来ないかもしれないけど――――
「ファイアb」
「グオオオオオオオ!!」
「っ!?」
ファイアボールを放つくらいの時間はある、そう思った私の考えは甘かった。
化け物が口を開いた瞬間、口から青白い光線が吐き出され、炎の壁を吹き消した。
突如飛んできた光線を咄嗟に横に飛んでかわすも、体勢を立て直した次の瞬間には化け物がすぐ近くまで接近していた。
「なっ……速」
「グルアアアアアアアッッ!!!」
身構える暇すらない私の腹部目がけ、化け物の拳が放たれる。
無意識に腕を体と怪物の拳の間に割り込ませた瞬間、暴風にでも飲まれたかのような衝撃と共に私の身体は宙を舞う。
吹き飛ばされたと気付いたころには、すでに地面に背中から叩きつけられていた。
「ッ……! くっ……」
「ウオオオオオオオォォォォォ!!!!」
けど、魔物の猛攻は終わらない。
地面に叩きつけられたと認識した後、起き上がろうとした私の耳に魔物の雄叫びと、何かが投げられる音が入ってきた。
慌てて横に転がると、それまで私が倒れていた場所に槍が突き刺さる。
そして、巨人の魔物は私の方目がけて一気に接近してきた。
ヒローズで戦った魔族同様、圧倒的な速さで、その巨体がみるみる近づいてくる。
だけど、距離が開いたなら……!
「グオオオオオオオ!!!」
「間に合う! サンダーボルト!」
魔族相手に使った時と同じ戦法を実行する。
相手の攻撃に合わせて両手から同時に電撃を打ち込み、化け物の顔に直撃させた。
「ゴギャアアアアア!?」
「くうっ!」
電撃が化け物の顔を撃つも拳までは止められず、化け物の拳が私の腹部に叩き込まれた。
その衝撃で私の身体は再び吹き飛ばされる。
ローブの強度が相当あるのか、殴られた痛みが全く無いのは凄いけど、それで私の身体が強烈な吹き飛ばしに耐えられるわけじゃない。
抵抗すらできずに勢いよく後方へと飛ばされる私の身体が、この化け物の攻撃の威力を物語っていた。
「また吹き飛ばされた……けど!」
青白い巨人は顔を押さえて苦しんでいる。
その隙を活かさない手はない!
「今度こそ……爆破!」
周囲に居る魔物に突き刺さったシャイニングスピア。
恐らく爆破させないために猛攻をかけたんだろうけど、こうして隙が出来たなら!
「「ギャアアアアアアアアアアア!!!」」
魔物の棲み処に響き渡る爆音。
そして爆音の直後に聞こえてくる魔物たちの断末魔。
これでひとまず雑魚は――――!
「オオオオオオオオ!!!??? ギャオオオオ…………!!」
「回復が早い……!?」
私がシャイニングスピアを爆破し、周囲の雑魚を一匹残らず殲滅したときには巨人は既に電撃の激痛から解放されていた。
仲間の残骸を見下ろして嘆きの叫びを上げる巨人の姿は少し痛々しい気もするけど……!
「アアアアアア……!」
「やらなければやられる! シャイニングレイン!」
頭を抱えて蹲る青白い巨人。
その目からは涙らしきものが流れ落ちていく。
――――こんな隙、見逃すわけがない!
一気に勝負をつける!
「グググ……グオオオオオオオオオ!」
「って、逃げ……た?」
シャイニングレインが発動し、巨人の前に光の雨が降り注ぐ。
けど、巨人はその光に当たることは無かった。
巨人は踵を返し、全力で私から離れていく。
「……まあ、それならさっさと逃げた方が良いよね。早く皆と合流しないと……!」
どこに逃げるのかは分からないけど、私も皆の援護なしにあんな身軽な化け物の相手なんてしてられない。
向こうが逃げるなら、その間にこっちもさっさと逃げよう!
「…………結構距離は稼げたと思うけど……」
化け物が走り去った方向と反対側の通路に走り始めて結構な時間が経ったけど、先ほどの化け物が追いかけてくる様子はない。
幸い周りに魔物の気配もしないし、このまま逃げれば大丈夫かな?
左右を壁に囲まれたこの通路がどこまで続くのかは分からないけど、とにかく行けるところまで行かないと!
「それにしても、皆どこに居るんだろ……」
とりあえず周囲に敵がいないと分かったことだし、少し休もう……。
走り続けてたし、ちょっと疲れちゃった。
壁に背中を預けても大丈夫……だよね?
「……それにしても、まさか魔物に食べられるなんて……」
思い出しただけでも背筋が凍りそうになる。
邪魔な青い水晶をどかそうとしたらうっかり手が当たってしまい、小さくなって、その次の瞬間には魔物の口の中……だったんだよね?
もし落ちた場所があの岩場で無かったら、今頃私は――――
「それに、不可抗力とは言え、魔物の身体の中から爆破したわけだしね……」
最初に私が居た部屋は恐らく魔物の胃袋だよね?
食事をしたと思ったら、その次の瞬間に胃袋をいきなり爆破されてそのまま絶命したんだよね、あの魔物……。
まあ、私だって食われるわけにはいかないし、仕方なかったと言えば仕方ないんだけど……。
「そう考えたら、かなり惨い事をやっちゃったかも……」
というか、脱出した時なんて水晶の効果が切れて魔物の頭を内側から粉砕して――――
「――――っ! うっ……」
直後、頭に魔物の頭部だった残骸――――散らばった頭や目、骨の混ざり合った物体の姿が過り、再び強烈な吐き気が襲ってくる。
咄嗟に口元を押さえて抑え込んだけど、正直あまり抑え込めそうにない。
「……魔物を倒すのには、慣れてるはずだったんだけどな」
この旅に出た以上、魔物との戦闘は必然だし、魔物の群れを討伐するのも当たり前のこと。
当然魔物を倒す覚悟はあるし、魔物に止めを刺すことも躊躇いはない。
けど、こんなのはさすがに想定していなかったよ……。
魔物の残骸を直視することなんて無かったし、見ようとしてなかったもんね……。
「…………そろそろ、行かないと。早くしないと、追い付かれちゃう?」
気分は最悪だけど、今はそんなこと考えてる場合じゃない。
一刻も早くこの場を離れて、皆と合流しないとね。
あの化け物の事は気になるけど、あんな機敏な相手に私一人で戦うのはかなり分が悪いし。
「ゴギャアアアアアアアアアア!!!!!!」
「!?」
そう考え、再び走り出そうとした瞬間、遠くの方から魔物の雄叫びが響き渡る。
直後に何かが破壊されるような轟音が響き、遠くの方で何かが崩れるような音が。
「まさか、あの化け物? ……早く離れないと!」
あまり時間は無いかも。
安全なうちに逃げないと!
「……何でしょうか、今の音は?」
「いきなり向こうの壁が崩れて……って、何あの化け物? 巨大化したジルより更に大きいけど」
「……まさか、ルーチェはあっちか?」
「グオオオオオオオオオォォォ!!!」
「も、もうここまで……って、あの巨人、まさかさっきの……」
嫌な予感がして、すぐに走って逃げた。
だけど、振り切れるはずが無かった。
轟音と暴風と共に後方の壁が崩れ落ち、風圧で私の身体も前に飛ばされる。
起き上がって後方を見ると、そこには先ほど私の前から逃げ出したはずの巨人が数倍の大きさに巨大化して立っていた。
その右手には大木のような棍棒が握られており、もしまともに当たればひとたまりもないだろう。
「グルアアアアアアアアッ!!」
その巨人が棍棒を振り上げた。
もちろん、狙いは私。
咄嗟に飛びのくも、棍棒に叩き割られた通路の破片が飛んでくる。
当然詠唱など間に合わない。かといって、このままだと破片が頭に直撃する。
無意識に腕を顔の前に持ってくる私。だけど――――
グシャッ!
「ああっ……! 右手が……!」
飛んできた破片が当たったのは腕だけじゃなかった。
右手の甲を破片が直撃、貫通し、激痛と共に右手が全く動かなくなる。
右手を貫通した破片を抜こうと思っても、激痛が邪魔してまともに力が入らない。
「ウオオオオオオオオオオオ!!!!」
「しまっ……」
当然相手はそんな隙を見逃してはくれない。
棍棒を再び振り上げた巨人が、血走った眼で私を見据えている。
それに私が気づいたときには、すでに棍棒が振り下ろされていた。
振り下ろされた棍棒を認識した途端、突如ゆっくりになる世界。
何もかもがゆっくりになり、自分の身体の動きすら非常にゆっくりとした物になる。
これだけゆっくりなら詠唱くらい出来るだろうと思って口を開こうとしても、それも出来ない。
振り下ろされる棍棒がゆっくりと迫って来て、そのまま叩き潰され――――
「全く、何やってるんですか。ルーチェさん」
「同感だ。突然魔物が出てきてすぐに逃げたと思ったら、忽然と消えやがって……」
「……え?」
――――る事は無かった。
ジルとルシファーがそれぞれの武器で棍棒を食い止め、巨人の一撃を受け止めていた。
「マディスさん! ルーチェさんを下げて治療を!」
「分かってるよ! ルーチェ、今すぐ治療するから!」
ジルが叫ぶのとほぼ同時にマディスが私の右手首を掴み、右手に刺さった破片を強引に抜き取った。
破片を抜いた直後にマディスが透明な液体――――薬を私の右手にかけると、風穴が開いていた私の右手がみるみる元に戻り始める。
「皆……?」
「ルーチェ、大丈夫?」
声をかけてきたマディスの後ろ――――水路には分厚い氷が張っていて、奥の通路からここまで地続きになっている。
「う、うん……。皆が助けてくれたから……」
正直、これが都合のいい夢なんじゃないか、って思ってたりするけど……。
でも、こうして話せるって事は現実なんだよね?
「じゃ、あれを片付けようか。いつまでも二人に任せるわけにはいかないしね。立てる、ルーチェ?」
「え? う、うん。もちろん!」
私一人じゃ勝てないけど、一緒なら……!
「じゃ、とりあえず強化しておくから。これでさっきみたいな酷い事態は避けられると思うよ」
その言葉と共にマディスの手から光が放たれ、私の身体を包み込む。
身体に纏わりついた薬の効果が発揮され、私の身体能力を底上げする。
「グオオオオオオオオオオ!!!!」
「こんな魔物一匹……って言いたいですけど、随分俊敏な魔物ですね」
「ああ、これじゃルーチェとは相性が悪いな。それに加えてこの威力か。マディスの薬が無かったら即死もあり得るな」
二人が巨人を食い止めている方に目を向けると、猛り狂う巨人の一撃で次々に破壊されていく通路の残骸を飛び回りながら応戦する二人の姿が。
だけど、このままじゃ足場が……!
「ルーチェはあの化け物への攻撃を。僕が二人を支援するから」
「……分かった。そっちは任せるね。光属性の魔術を使うから、敵への薬もお願い」
マディスにそれだけ告げ、一旦距離を取り、詠唱を始める。
私が離れていくのに気付いた巨人は当然私の方に近づこうとする。
けど、その足が前に進むことは無かった。
先ほどまでとは違い、前衛としてジルとルシファーが立っていて、更にマディスの薬の援護がある。
強引に進もうとした巨人の左足が二人に切り付けられ、怯んだ直後に巨人の顔に激流が叩きつけられ、視界を奪う。
顔に激流を叩き込まれてバランスを崩した巨人が背中から倒れ、起き上がろうとしたときには私の詠唱は終わっていた。
「これで倒せるかな?」
「ホーリー・カノン!」
マディスの薬が巨人に纏わりつき、直後にホーリー・カノンの光弾が巨人の顔に叩き込まれた。
強烈な光と閃光が立ち上り、魔物の断末魔のような叫び声が辺りに響き渡る。
光が収まると、先ほどまで暴れまわっていた巨人の魔物はいくつかの赤い水晶玉の欠片を残して消滅していた。