脱出しましょう
「……う、ここは……?」
闇に飲まれてからどれくらい経ったのか。
妙な臭いに気づいて目が覚めても、やはり辺りは何も見えない闇だった。
だけど、意識を失う直前のような酷い揺れは感じられない。
「やっぱり真っ暗闇の中、か……。とりあえず灯りを……」
何が居るのか分からないため、小声でホーリー・カノンを詠唱。
威力を非常に低くしたうえで近くに放ってみる。
……毎回ホーリー・カノンやファイアボールじゃ威力の調整が大変だし、今度新しい魔術でも作るべきかな?
「って、何、ここ……?」
ホーリー・カノンが照らし出した周囲の地形は、私の想像をはるかに超える物だった。
液体で覆われたピンク色の不気味な部屋。
その部屋の形状は細長い巨大な袋のようになっていて、所々に岩や白い槍のような物が落ちている。
注意して見てみると、その白い槍はどうやら何かの骨のようで、所々に肉の欠片のような物がくっついている。
「私が倒れていたのも岩の上……? けど、本当に何なの、ここ……」
怪訝に思っていた時、何かがこの部屋の中に転がり込んできた。
上を見ると、肉や魚の欠片らしき物が次々に流れ込んでくる。
「食べ物が転がり込んできた……けど、形が何かで砕かれたようになってる。食料庫とかだったらわざわざこんなことしないだろうし、ここって、何かの身体の中なんじゃ……」
そう思った直後、部屋の中に異変が起きる。
部屋の一角に穴が開き、液体が流れこんできた。
その液体が先ほど入ってきた肉や魚だった物にかかると、凄まじい勢いでそれらが溶けはじめていく。
……やっぱり、私……。
「あの時、何かに丸飲みされちゃった……?」
そう考えると、あの時の暗闇の中で感じた衝撃も納得がいく。
飲み込んだ相手が何かは分からないけど、私を口に入れたまま移動して、強引に飲み込んだのなら当然私の身体もあちこちに叩きつけられながら飲み込まれることになる。
どうしてこんなことに……。
「って、このままじゃ私まで溶かされちゃう? 何とかして脱出しないと……」
壁から流れ込んできた液体が何かしらの消化液だとすると、まともに浴びれば私も恐らく溶かされてしまう。
そうなる前に脱出する方法を探さないと……!
「とりあえず、魔術でこの部屋に穴でも開けないと……! 溶かされるわけにはいかないよ!」
あっという間に溶かされ、奥に開いた下へと通じる穴へ次々に流し込まれていく肉や魚だった液体を見送り、私は魔術の詠唱を始める。
……とにかく、一発で穴を開けないと!
「一点集中……シャイニングスピア!」
無数の光の槍を、今度は一塊にして作成していく。
所々失敗して槍の角度がずれてくっついているため、傍から見れば巨大な針鼠か何かに見えるかもしれない。
まだ完全な制御なんて出来ていないし、おそらく爆破も不完全だろうけど、今は手段を選んでる場合じゃない!
「貫け光槍! そして――――」
私の言葉を合図に、光の槍の束が部屋の壁目がけて飛んでいき、壁の一角に深く突き刺さる。
……今だ!
「――――爆破!」
「ゴギャアアアアアアアアアア!!!!????」
部屋の壁に突き刺さった槍が大爆発を起こし、轟音と共に部屋に大きな穴を開ける。
開けられた穴からはおびただしい量の赤い液体が流れ出し、部屋の中にも流れ込んできた。
直後、何かの絶叫が部屋の中に響き渡る。
やっぱり魔物に飲み込まれてたんだ……。
「って、急に部屋の向きが……!?」
私を飲み込んだ魔物が今の一撃で気絶でもしたのか、急に部屋が横倒しになり、私の身体は天井の方に吹き飛ばされる。
何とか身体を起こすと、今まで立っていた岩のある床が壁になり、天井に開いていた食べ物が入ってきた入り口が目の前に移動して突入できるようになった。
……とにかく、早くここを出ないと!
「ギャアアアア!? ギャゴゴゴゴゴ!」
「ゴギャゴギャ! ギャギャギャ! ギャギャギャ!」
「グゴオオオ! ギャオオオオ!」
食べ物の入ってきた穴に突入すると、部屋の外から複数の魔物の声が聞こえてくる。
……まさか、丸飲みにされたまま何処とも分からない魔物の巣に運ばれたの!?
確かに、私が餌扱いされてるならあり得るけど……。
「だけど、このまま止まってたらまた気絶から復活されて飲み込まれる……! そうなる前に脱出しないと!」
けど、私も黙って溶かされるつもりは全くない。
外からは相変わらずおぞましい魔物の絶叫が聞こえるけど、そんなことは出口についてから考えればいい。
あんまり長くこの場所に居たら何が起きるか分からないしね。
「グオオオオオオオ!? グオオオオ!」
「急に床が……きゃあ!?」
――――けど、脱出はそう簡単にはいかない。
外から魔物の声が聞こえた直後、部屋が激しく揺らされ、突然動き出した床の隙間に落とされた。
幸い深さは無いみたいだけど……。
「な、何これ……?」
床の隙間に落とされた私の目に、激しく揺らされる部屋の動きに合わせて動く無数の床――――触手の束が飛び込んできた。
更に、触手の隙間からは妙な粘り気のある液体が染み出している。
……本当にさっさと脱出しないと不味い気がしてきたよ。
「……だけど、上ったところで激しく揺らされてまともに動けないんだよね……」
そもそも激しく揺らされて歩けなくなったからここの隙間に叩き落とされたような物だし。
「ゴギャ! ゴギャ! グオオオオオオオ!」
「ギャギャギャ! ギャギャギャ!」
「ギャゴオオオオオオ!!!」
直後、魔物の叫び声が次々に聞こえてきて、ますます激しく部屋が揺れる。
それでもこの部屋……つまり魔物の身体が全く動かない辺り、さっきのシャイニングスピアで相当なダメージを与えたのは間違いないみたいだけど。
「とにかく、この触手の束をかきわけてでも、脱出しないと……!」
魔物の体液で汚れるのはさすがに嫌だけど、激しく揺らされる身体の中から無事に出るにはこれしかないんだよね……。
……急いで外に出よう!
「アオオオオオン! ギャオオオオ!」
「ガオオオオオオオン! ガオオオオオン!」
「ギャギャー! グギャガガギャー!」
外の灯りが差し込む場所――――魔物の口に何とかたどりつくと、魔物の泣き叫ぶ声がすぐ近くから聞こえるようになった。
さすがにこの状態で喜ぶとは思えないし、どうやら、この魔物は倒したみたいだけど……。
「……この状態で私がこの魔物から脱出して気づかれたら、間違いなく襲われるよね?」
まあ、元はといえば先にこの魔物に襲われたわけだし、溶かされる前に手を打ったって感じなんだけど。
とりあえず、外を確認しないと。
「…………見たことが無い魔物だけど……何、かな?」
横向きに倒れている魔物の口から外を覗きこんでみると、この魔物の身体に縋りついて泣き叫ぶ三匹の巨人のような魔物の姿があった。
人の形をしているし、一見人のようにも見えそうだけど、血の気の無い青白い肌と指の間に生えた釣り針のような何か、そして腕の途中に生えた魚のえらのような物体がそれを完全に否定する。
……バグッタの原住民、じゃ無いよね? これはどう考えても化け物にしか見えないし。
「……まあ、何でもいいや。ここから脱出して皆と合流するには、倒さないといけないよね。このまま脱出して見つかったら間違いなく襲われるし」
魔物の死体の口の中に潜んでいる今なら見つからないけど、口から外に逃げ出したらどうなるのか分からないよね……。
最悪脱出した瞬間に見つかって叩き潰される気がする。
安全のためにも、ここで仕留めないと。
「ギャオオオオオン! アオオオオオオオンン!!」
「……泣き叫んでるところ悪いけど……」
こっちだって溶かされそうになったんだしね。
悪いけど、容赦はしないから!
「シャイニングスピア!」
再び放たれた光の槍。
目標は巨人の首。
――――長期戦なんてするつもりはない! 一撃で仕留める!
「ギャ……?」
「……刺さった! 爆破!」
首に何か違和感を感じたらしい巨人が自分の首に手を伸ばすけど、もう遅い。
そのまま爆破して、首を吹っ飛ばす!
「ゴギャアアアアアアアアアア!!??」
「ギャアアアアア!? グオオオオオオオ!」
首を文字通り爆破され、シャイニングスピアが刺さった巨人の首からはおびただしい量の血が流れ出す。
あれは恐らく放っておいても数秒で倒せるだろう。
――――よし! 次は――――
ボン!
「――――あいつを………………へ?」
「ギャアアアアアアアアアアア!? ギャギャギャ! ギャギャギャ!」
「ギャギギェエエエエエエエエ!? ギャギュギェ!? ギューギェギャギュギェ!?」
突然周りの巨人が小さくなった……ううん、私の身体が元に戻った?
ジルが触った水晶の効果も時間経過で切れていたけど、これも切れたんだ……。
「って、何か私の身体に妙な物が沢山こびりついて……うっ……」
そう思ってほっとしたのも束の間、直後に身体中に感じる不快感。
見ると、私の全身至る所に何かの身体の残骸のような物がこびりついており、足元には首から上が完全に弾け飛んだ元巨人の亡骸が。
地面に散らばった魔物の頭部――――砕け散った脳や頭蓋骨、眼球などの混じり合った見ただけで気持ち悪くなるような残骸を見てしまい、思わず吐き気がこみ上げる。
けど、今はそんなこと考えてる場合じゃ……!
「キイイイ! キイイイイ! キキャー!」
「グオオオオオオ! ギャルオオオオオオ!!!」
「……やっぱり、こうなったら見逃してはくれないよね」
私を取り囲むように巨人のように見えた魔物が次々に現れる。
魔物の大きさは私より若干小さめの大きさで、巨人には見えない。
ただ、いずれの目にも私への敵意がはっきりと感じ取れる。
まあ、仲間の一匹を突然死させた挙句、死体の頭部を木端微塵に破壊して飛び出してきたらね……。
「そっちが飲み込んだから抵抗しただけじゃない! ……って言いたくなったけど、魔物相手だし、言うだけ無駄だよね。……全部一掃する!」
私がそう叫ぶと同時に、魔物の群れが飛びかかってきた。
その手には木の枝に石を括り付けたような斧や槍を携えている。
まともに戦えば数の暴力で押しつぶされるだろうけど――――。
「こんな暗い場所でずっと過ごしてたなら光にはあまり強くないはず! まずは目を潰す!」
魔物の一角に左手を向け、ホーリー・カノンを叩き込む。
光の爆風が魔物を飲む込み、直後に目もくらむような光の柱が立ち上って魔物の視界を奪う。
松明の灯りくらいしか無いような暗い場所で暮らしてる以上、光には弱いはず!
「ギキャアアアアアアアアアア!!??」
「……予想通り! 一気に切り崩す! シャイニングスピア!」
目を押さえてのた打ち回る魔物目がけ、シャイニングスピアで追い打ちをかける。
先ほど巨人の首に放った時とは比べ物にならない大きさの槍が上空に次々に出現し、光の雨となって降り注いだ。
動けない魔物の大群には攻撃を避ける術など無く、次々に串刺しになって地面に縫い付けられていく。
後は爆破するだけ――――
「……っ!?」
「――――グルオオオオオオオオオオオ!!!!!!」
直後、感じる悪寒。
爆破を止めてその場を離れた直後、魔物の雄叫びと共に巨大な岩が飛んできて私が居た場所に叩きつけられた。
岩が飛んできた方向を見ると、グリーダーと同じくらいの大きさの青白い肌の巨人――――シャイニングスピアで地面に縫い付けられている魔物の集団のボスらしき魔物が、怒りに震える目でこちらを見据え、巨大な槍を構えている。
巨人の挙動に隙はなく、こちらを見る目は怒りに震えながらも冷静そのものだった。
恐らく奇襲や不意打ちなど通じないだろうし、皆の姿は見当たらない。
……普段と違って助けは借りられないし、足音も誰かの気配も無いから増援も期待できない……。
「……やるしかない、か……。私一人だけで、化け物と一騎打ち……」
「…………」
鋭くこちらを睨みつける巨人はこちらの出方を窺っているのか、動こうとはしない。
とはいえ、こちらが詠唱したりシャイニングスピアを爆破しようとしたらすぐさま襲い掛かってくるだろうし、この状態を作り出した以上、相手に言葉が通じると楽観的に仮定したって停戦なんてできない。
身内らしき魔物を全員串刺しにされて、更にその槍には爆弾がついてる。
こんな惨状を見て尚相手を許せる……わけないか。
「――――だったら、倒して生き残るだけだよ! ファイアボール!」
火球を周囲にばらまき、灯りを確保する。直後、化け物が私目がけて駆け出してきた。
私より足が速く、更に前衛で戦える化け物が相手ではどこにも逃げ場はない。
生き残るためには、この化け物を倒すしかない!