技を見てみましょう
「さて、始めるか」
マディスと入れ替わるように広場の中央に移動し、剣を抜いたルシファー。
その剣からは相変わらずどす黒いオーラが噴き出している。
……剣、か。そう言えば、一つ気になってることがあるんだよね。
「ねえ、ルシファー」
「ん? どうした、ルーチェ?」
「斧はもう使わないの?」
グリーダーの時はずっと斧を得物にしてたよね?
けど、その姿になってからは斧を持たずにずっと剣を振ってるから……。
「ああ、この剣があったら要らないな。いくら精霊殺しで弱くなったとはいえ、これは元々勇者の聖剣だ。だから、その辺の斧に威力で負けることはない。それに……」
「それに?」
「あの斧も使えないことはないが、グリーダーの時と違って斧の重みで若干身体が振り回されるから、あまり使いたくないな。身体が縮んだと言ってもいいような状態だし、あの斧は前みたいに軽々と振り回せない」
……要するに、身体が小さくなってしまってあの斧を扱いきれなくなってるの?
「情けないが、そう言う事だな」
「まあ、しょうがない事だと思いますけどね。いくら力があっても、身体に武器の大きさが合っていないと使いこなせません。いくら力が強くても、身体が小さい人が大きな武器を軽々と使うのは困難ですよ」
「そうなの?」
……まともに武器を持ったことが無いからちょっと分かりにくいけど……。
「ルーチェにも分かるように説明するとしたら……そうだな。ルーチェの身体よりも明らかに長い木の棒があったとして、ルーチェはそれを軽々と振り回して戦えるか? という話だ」
「…………」
自分の身体よりも長い木の棒を軽々と振り回せるか……。
ちょっとそれは難しいかも……。
縦に振るのも一苦労だし、横に振った時には動きを止めようと思っても、棒の重みと勢いに負けて身体が引っ張られてしまいそうだよ。
「分かったか? そうなる以上、たとえ斧の方が威力があっても気軽に使えなくなるんだよ」
「そう言う事まで気にしないといけない辺り、前衛って大変なんだね~」
「マディス、これは前衛だけじゃなくて、後衛にも言えるんだ。どんなに威力がある武器を持っていても、頑丈な防具を身に着けていても、動けなければ意味が無い。装備の大きさや重さが身体や力に合っていないのに無理して使えば隙だらけになるし、その結果身軽な敵に一方的に攻撃されてやられた勇者なんていくらでも居る」
「例えば?」
「俺が元居た世界には、華奢で非力な身体の魔術師のくせに、大鎧と鉄兜、重騎士が使うような大盾を持ちだして戦おうとした奴がいた。だが、そんな物を無理やり使おうとした結果、装備の重量に負けてしまって戦場のど真ん中で動けなくなり、敵、味方双方の流れ弾によって何もできないまま倒されるという情けない結末を迎えた」
華奢で非力な身体の魔術師……って、そんな身体でよく大鎧や鉄兜なんて持ちだそうとするよ……。
どう考えたって動けなくなるのは目に見えてるのに……。
「そんな馬鹿な真似してればそりゃ動けなくなっちゃうよね~。というか、どうしてそんなこと考えたんだろ?」
「……そいつの知り合いが聞いた話によると、そいつは出撃前日、友人に対して「鎧で防御を固めた魔術師って無敵じゃね!? 鎧魔術師なんてどうよ! この発想は誰にも無いだろ!?」とか豪語していたらしい。確かにその発想はまずあり得ない。重装の魔術師なんて普通はあり得ないが……」
「無謀にも程があるよね」
ルシファーの話に出てきたその魔術師、発想自体は多分悪くないと思うんだ。
魔術師の弱点の一つは日常的に体を鍛えている騎士と比べて肉体的に華奢で弱いから重装備が困難であることと、それが原因で生じる防御面の弱さだからね。
もちろん私だって、重装備なんてとてもできない。
重い鎧を着て動き回れるかと聞かれたら、出来ないって即答するし。
その弱点を補うって意味だと、鎧を着こんだ魔術師ってすごく強いのかもしれない。
かもしれないんだけど……。
「自分の身体の事を全く考えてなかったために動けなくなり、結果的に自滅したな」
「まあ、魔術師の身でそんな重装備をしようなんて考えたらね……」
自分の身体を一切考慮してない辺り、無茶しちゃって……としか言えないんだよね……。
「今例え話で出した魔術師ほど極端じゃないが、俺もこの身体だとあの斧に少し振り回されるんだ。だから、そう言う意味でもあれはなるべく使いたくないんだよ」
「使えるかどうかが何よりも大事、って事なんだね……」
前衛の戦い方なんて単に装備を固めて前線で戦うってことくらいしか分からないし、考えたことも無かったけど、少し勉強しておいた方が良いかな?
「まあ、前衛の立ち回り方までルーチェさんが覚える必要はないでしょうけど、今ルシファーさんが話したことは覚えておいていいと思いますよ。装備の強度や性能も大事ですが、確実に使いこなせるかどうかが一番重要だって事ですしね」
「確実に使いこなせるか……」
まあ、さっきルシファーが言った通り、どれだけ強力な装備でも重すぎて動けないんじゃ意味が無いよね。
防御を重視して鉄製の鎧を私が着たって一歩も動けなくなっちゃうだろうし。
何を装備するにしても身軽に動けるのが一番大事、って事だね。
「そう言う事だ。……さて、この話はこれくらいで切り上げてそろそろ使える攻撃手段の方に戻ろうと思うんだが、構わないか、ルーチェ?」
「あ、うん。ありがとう」
……それにしても、装備の使いやすさなんて全く意識したことも無かったよ。
単に性能だけで選べばいいって思ってた。
「まあ、さっきのルシファーさんの話で出てきた人の例は極端な物かもしれませんけどね。ただ、世の中には使っている装備品の使いやすさだけで勝敗が決まることもある、という事だけは覚えてくださいね」
「さっきの話を聞いた後だとなんとなく想像できるよ」
まあ、そこまで酷い結果になることはそうそうないのかもしれないけど。
とはいえ、命をかけた勝負だと惜敗も大敗も全く同じなんだよね。
……って、今はこの考えよりもルシファーの攻撃手段の確認の方が大事だよね。
意識をそっちに向けないと。
「さて、それじゃ今度こそ始めるか。――――――――砕破!」
ルシファーが勢いよく剣を地面に突き刺した。
直後、離れた場所から衝撃波と光が吹き上がって大地を吹き飛ばす。
……あれ、これって……。
「アース・ブレイカー?」
「グリーダーの時はそう言ってたな。まあ、やってることは一緒だ。さて、次は……」
剣を地面から抜き、構えるルシファー。
その瞬間、剣から紫色の火花が散り始める。
「――――紫電!」
叫びながらルシファーが踏み込み、空を目がけて剣を突き出すと剣の先から一本の光線のようになった電撃が飛び出す。
放たれた光線は土管の上を素通りし、そのまま空の果てへと突き進んでいった。
「見覚えがあるような、無いような……」
「ほとんど使っていないからな。というか、使っていない技の方が多いんじゃないか?」
言われてみると、確かに見たような気がするんだけど、全く思い出せない。
……まあ、こうして使ったって事は、これから多用するのかな?
「使えるかどうかは状況や相手によるんだろうけどな。さて、次の技だな。――――炎破!」
ルシファーが剣を構え、目を閉じた。
直後、炎が刀身から噴き出し始める。
ルシファーが眼前の敵を切り裂くようにその剣を振り上げると、剣から噴き出した炎が灼熱の衝撃波となって剣の通った場所を焼き払った。
「……結構な攻撃範囲ですね。ルシファーさん」
「だろうな。さっきの紫電も含めて、攻撃範囲が広い技が多いんだ。だから、余り下手に使えない。乱戦で使ったらジルまで巻き込みかねないしな」
……確かに、ルシファーの――――グリーダーの技ってやけに攻撃範囲が広いんだよね。
アースブレイカー……砕破だけはまだ大丈夫なのかもしれないけど、紫電も下手したらかなり長い距離を飛ぶよね?
「ああ。紫電は直線にしか飛ばないが、壁にでも当てない限りかなりの距離を進むだろうな」
「それに加えてさっきの攻撃……炎破だっけ? まあ、これは幸い自分の周囲にしか攻撃範囲は無いみたいだけど……」
「ああ。だが、周囲への攻撃を重視している関係上、ジルと同じ敵を狙っているときにうっかり使ったら確実にジルも巻き込むな」
……そう考えたら、実はかなり使いにくかったりする?
「後三つあるんだが、その内の一つは実質フリーズブレイバーだから省略する。だから後二つ……と言いたいんだが……」
「攻撃範囲に問題がある……んだね?」
「まあ、そう言う事だな」
まあ、攻撃範囲と言うなら紫電もそうだけど、こっちは空に撃てたから使えたんだよね。
ところでフリーズブレイバーって……。
「何度も見ている通り、地面に斧を叩きつけて氷刃を発生させ、直進させて前にある物を破壊する技だ」
「ルシファーの技ってとことん集団殲滅用だね~……」
本当に……。
無差別攻撃って言葉がぴったりだよ。
「で、その問題の技「氷砕」は、俺の前方の地面に扇状に広がっていく氷の刃を出現させ、突き進ませる技だ。……ここまで言えばどうなるか分かるだろ?」
「広範囲に広がっていくフリーズブレイバー……炎攻撃が使えないと大惨事を引き起こせますね」
……使わせて大丈夫なのかな?
使うならファイアウォール必須?
「もちろんここでは絶対に使わないから安心しろ。空中に進ませられればいいが、そんなことは出来ないしな」
「フリーズブレイバーの時点で十分危ないしね……。直進していくし……」
それが前方広範囲に拡大するって……。
まあ、便利といえばそうなのかもしれないけど、どこまで攻撃範囲広いの……。
「一人で戦ってきた人間の知恵だからな。まとめて薙ぎ払うくらいの意識が無いと戦ってられなかった」
「数の暴力対策なら仕方ないですよね」
そう言えば、ほとんど一人で戦ってたんだったっけ、ルシファーは。
それじゃ、こんな広範囲攻撃や長射程攻撃がメインでもおかしくはないけど……。
「だから、最後の技もこんな性能だ。――――風刃!」
ルシファーの剣に風の刃が終息したと思った瞬間、ルシファーが剣を軽く空に向け、振り上げ、そのまま切り下す。
すると、二発の風の刃が剣から放たれて空を切り裂いて行った。
「技はこんなものだな。見ての通り、単独で戦う事を考慮したような技しかない」
「気軽に使えそうな技が少ないですね……。挟み撃ちにしたり同じ方向で戦うにしても、巻き込みの事を考えたらほとんどの攻撃を使えないんじゃないですか?」
「そうなるな。まあ、どうにか改善していきたいが……」
巻き込みがあるからね……。
ジルとルシファーが同士討ちするわけにもいかないし。
「だからと言って、ルシファーさん一人で立たせて三人後衛、というのも問題ですよ」
「間違いなく抜けられるな。俺一人に群がるならともかく、俺を素通りされたら抑えられない」
まあ、そうならないために前衛二人にしてるんだしね。
じゃあ、現状ではほとんど使えないって事?
「そうなるな。だから、現状ではこんな攻撃手段が使える程度の認識で良い」
そう言うとルシファーは剣を鞘に入れる。
……技はそれで終わり、って事?
「で、本来なら次は魔術なんだが……」
「見たことがある魔術のうち、ここでも使えそうなのが一つしか思いつかないんだけど……」
「安全を考えたら、サンドストーム以外無理だな」
まあ、そうだよね。
エクスプロードもロックスコールもこんな所(バグッタの土管がある広場)で使って良いような魔術じゃないし。
「どんな魔術かだけ教えてくれる? 僕は見たことが無いから」
そう言えばマディスは見たこと無かったっけ。
「サンドストーム以外に二つあるんだが、エクスプロードは上空から火球を落として大爆発を引き起こして攻撃する魔術だ。そして、ロックスコールは文字通り上空から岩の雨を降らせる魔術。ここまで言えば、使わない理由は分かるな?」
「この辺一帯を吹き飛ばすわけにもいかないもんね~。それに、岩の雨なんて降らせたら後始末が大変そうだし」
「そう言う事だ。だからサンドストームしかここでは使わない。幸いそんな威力が出るわけではないからな」
そう言うと詠唱を始めるルシファー。
……まあ、家を削り取ることができたあたり威力はあるんだろうけど、あれって確かに他の魔術に比べたら随分大人しい威力だよね。
「――――流砂の渦、竜巻今巻き起こさん。サンドストーム!」
ルシファーの魔術が発動すると、広場の一角が突然砂地獄のように削られはじめ、それと同時に小さな砂の竜巻が形成されていく。
……あれ? 家の床を破壊したときって竜巻なんて出たっけ?
「下が地面だからな。ちなみにこれは、砂地獄で足を封じ、その時削られた砂によって発生する竜巻で相手の視界も封じる、それが目的の魔術だ。だから普通の生物にはそこまで殺傷力は無い。……これで、一応全部説明だけはしたことになるな」
「そっか。……じゃあ、次はどうしようか?」
「数日後に防具が出来ますし、それを受け取ったら地下洞窟に入りますよね。なのでそれまで訓練をしておきましょう。互いに手札は明かしましたし、これからはルシファーさんの技みたいに改良の余地がある物を実戦で使えるようにしていけばいいと思います」
「分かった。二人もそれでいい?」
「構わないよ」
「ああ、それでいい」
一通り互いに手札も見せたし、今度は改良していきたいよね。
防具が出来るまで結構時間に余裕もあるし、やっておこう!
次話からようやく地上、地下共に本編が動きはじめます。
まさか術技回がこんなにグダって書きにくい物だとは思わなかったよ……。