技術を確認しましょう
「さて、それじゃ、私の番ですね」
私と入れ替わるようにジルが広場の真ん中に立った。
テーブルナイフは使うつもりがないのか、地面に突き刺してある。
「じゃあ、さっそく始めますよ。チャームは除外しますね」
「うん。お願い、ジル」
短い会話を交わすと、ジルはすぐに詠唱を始める。
ジルが使える魔術って、闇属性の魔術が二つあったよね。それとチャームの他に何かあったかな?
「闇よ、敵を討て! ダークショット!」
詠唱を終え、右手を空に向けて掲げたジル。
掲げた手に闇が収束し、闇の球体が空目がけて放たれた。
……今初めて見たけど、闇属性のファイアボールなのかな?
「ジル、それって今初めて見たけど、普段は使わないの?」
「ええ。ダークボムに威力も範囲も劣りますから。使う理由がありません」
まあ、上位性能の魔術を持ってたら、使う必要も無いよね。
私だって、威力も範囲も優れるサンダーボルトがあるのに、わざわざ両方の面で劣っているサンダーを使う理由はないし。
「次、行きます。――――ダークボム!」
右手を高く掲げ、詠唱を終えたジルがそう叫ぶとジルの右手の先に黒い球体が出現する。
黒い球体を投げつけるようにジルが右手を振り下ろすと、ジルの右手の先に出現した球体が地面目がけて飛んでいく。
地面に当たった球体は直後に破裂し、着弾地点に黒い爆風が出現した。
「さっき使ったダークショットは、これの完全劣化なんですよね。だから使う必要性すら感じないんですよ」
「まあ、性能でどうやっても勝てないなら、使う意味はないよね」
魔物を倒すのに、弱い魔術を敢えて使用する理由はないからね。
「そう言う事です。さて、次の魔術、行きますか。――――悪魔の槍、豪雨が如く降り注げ。デモンスピア!」
ジルが詠唱を終えた直後、無数の紫色の槍が上空から地面目がけて降ってきた。
無数の紫色の槍が豪雨のように降り注ぎ、地面に次々に突き刺さっていく。
「普段は前衛に立ってることが多いけど、ジルも強力な魔術使えたんだね。まあ、前衛に立たざるを得ない現状じゃ、あまり使えないだろうけど」
「ええ。さすがにルシファーさん一人に前衛を任せるわけにはいかないですから」
マディスと私が後衛しか出来ないからね……。
この魔術もかなりの威力があるし、上手く時間を稼げればいいんだけど……。
「まあ、深追いは出来ませんよ。私が魔術に集中している間に敵に抜かれてルーチェさんやマディスさんの方に敵が向かった、では意味がありません」
「それはそうだけど……」
けど、ほとんど使えないってちょっともったいない気がするんだよね。
何とかできないかこの後考えてみる?
「いえ、これはパーティの前衛の数の問題ですからどうしようもありません。私の代わりに前衛で戦う壁が居るなら私も後衛に入れますけど、そんな人のあてはありませんよね?」
「……うん。そんな人全く居ないよ」
そもそも、そんな人が居たらグリーダーと一緒にテラントを出た時点で連れてくると思うし。
ずっとテラントで暮らしてたから、他の町や国でそんなあては全く無いんだよね。
となると、こういう時は本来だったら傭兵を雇うことになるのかな?
傭兵は戦うのが仕事の人だし。
「けど、不用意に傭兵を雇うわけにもいかないよね」
「当たり前ですよルーチェさん。それに、傭兵で数の問題を解決出来たら良いんですけど、おそらく無理ですよ」
「まず実力的に大丈夫なのか不安だよね。仮に雇ったとしても、実力不足で死なれたら困るし」
マディスの言うとおり、せっかく傭兵を雇っても実力が足りないとどうしようもないよね。
雇った直後に魔物との戦いで死んじゃった、じゃ意味が無いよ。
「それに、傭兵は金のためにしか動かないです。なので、酷い人はその場の金次第ですぐに雇い主を裏切ったりしますよ。少なくとも、信頼は出来ませんね」
「ジルが言うような極端な奴でなくても、依頼次第でいつ敵になるか分からない相手なんだ。今やっているような互いの手札の公開は自殺行為になる」
ジルが言うような酷い傭兵でなくても、依頼によって敵対するかどうかが変わるからね……。
そう考えると、とても信頼は出来ないか。
「ああ。同じ傭兵団に所属している仲間……とかなら話は別だが、傭兵になるつもりはないだろ?」
「当たり前だよ」
まあ、似たようなことやってるような気はするんだけどね。
冒険者として依頼を受けながら旅をしてるわけだし。
「……傭兵の話は後でしましょう。今は、こっちが優先です」
話を打ち切り、再び魔術の詠唱を始めたジル。
今度は……今まで見たことが無い魔術かな?
「これは今まで使っていませんね。――――ポイズン!」
ジルの言葉通り、ジルが使用した魔術は今初めて目にする物だった。
魔術が発動すると突如紫色の煙がどこからともなく発生し、一点に集まって包み込むように渦を巻く。
……何も無いところを包み込んでるように煙が動くのは、ジルがそこを指定して放ったからかな?
「毒の煙を発生させ、吸い込んだ者に致死性の毒を与える魔術です。更にこの毒、水にも地面にも溶けるので使い方次第では村どころか国一つ潰せます」
「そんな物騒な魔術使えたんだ……。一体いつから使えたの?」
最近、ってわけじゃないよね?
「数年前ですよ。ルーチェさんと一緒に覚えたチャームの時に依頼主がしていたような実験を、ヒローズの勇者教会から盗んだ禁書を参考にして実行して、覚えたんです」
勇者教会から盗んで、ってところがジルらしいよ……。
ところで、どうして今まで使わなかったの?
「有毒な煙を発生させる魔術ですから、下手に使えば前線で戦うルシファーさんだけでなく、ルーチェさんやマディスさんまで巻き込む可能性があります。それに……」
「それに?」
「これは私にとっては切り札みたいなものですからね。さっきのルシファーさんの話じゃないですけど、何があるか分からないですから、切り札は最後まで隠しておく方が良いと思ってたんですよ」
「まあ、切り札というくらいだから、あっさり公開するわけにはいかないだろうな。あっさり公開して日常的に使いまくるような切り札は、切り札と言えない」
……切り札と言わない切り札……。
じゃあ、どう言えばいいんだろ。
「主力武器――――メインウェポンですよ。多用する武器ですし」
「ルーチェが多用している魔術は間違いなくこっちだな」
主力武器……。
まあ、私の場合、サンダーボルト、ホーリー・カノン、シャイニングレインは多用してるからね。
切り札ってイメージには合わないかも。
「もしこの魔術を使う事があるとしたら、雇った傭兵に裏切られて襲われたときや、私以外全員殺されてしまった時などの極限状態だって決めてましたからね。まあ、そのおかげで使う機会はありませんけど」
「本当に追い詰められるまで使わない、って決めてるんだね。僕の一部の薬と同じだね」
ジルの魔術だけじゃなくて、マディスの薬にまで「切り札」があるんだ……。
「そりゃあね。僕だって、ルーチェやジル、ルシファーまで巻き添えにするような劇薬を日常的にばらまくわけにはいかないから、注意はしてるよ。安全を気にせず毒薬をばらまかれたら困るでしょ?」
「困る困らない以前に多分私達の命が危ないよ……」
そう考えたら、ジルのポイズンもマディスの毒薬も、よほどのことが無いと使えないよね。
……まあ、私たちが一時的に手を組んでるだけの傭兵で、依頼を達成した直後に殺し合いを始めるような集団だったら話は別だろうけど。
「なので、多分ポイズンは日の目を見ませんよ。使わない方が良いと私も思っています。……さて、他にもまだ使っていない魔術があるので使いますね。――――ファイアボール!」
ダークショットの時と同様に空に向けられたジルの右手から、火球が空目がけて放たれる。
ジルのファイアボール、そういえば私は一度見たっけ。
能面の遺跡で飛び出た武器の仕掛けを突破するために放って、反射されたんだよね。
「ああ、ファイアボールはルーチェさんの前で一度使いましたね。覚えてたんですね、ルーチェさん」
「そりゃまあ……」
……あの遺跡での出来事は印象が強すぎてそうそう忘れられないんだよね。
「僕が居ない時の話?」
「そうだね。マディスに出会う前の話だよ」
まだ三人で行動していたころの話だからね。
ヒローズの勇者と戦う前だったかな?
「そうなんだ。僕はその時居なかったから分からないけど」
「俺も見たことないんだが」
私とジル二人だけの時に使ってたし、ルシファーが知らないのは当たり前だよ。
勝手にどこかに行っちゃったじゃない。
「ところで、他に使える魔術はあるの?」
「……ええ。一応一つだけあることはありますが……あれはちょっと……」
「どうかしたのか?」
何故か躊躇するような様子のジル。
……そんなに危険な魔術なの? ポイズンでも危険な魔術だと思うけど。
「殺傷力という意味ではそれほどでもないですが、範囲と魔術の効果に結構深刻な問題があるんですよ。一応魔術の説明をすると、魔術の名前はブリザード。暴風を伴った吹雪を巻き起こして辺り一帯を攻撃する氷属性の魔術です」
「暴風を伴った吹雪か……。確かに、攻撃範囲が広くなりそうな魔術だな」
「ええ。仮にここで使った場合、この広場どころか、泉の入口辺りまで暴風雪が発生すると思います」
どれだけ攻撃範囲が広いの……その魔術。
「攻撃範囲の広さも問題ですが、一番の問題点は戦っている敵のみならず、私達まで吹雪の餌食になる事です。範囲の指定がまともに出来ない上、この魔術を使うと辺り一帯は猛吹雪で何も見えません。視界が奪われてしまうので、私たち自身も被害を受けかねませんよ」
「何も見えなくなるほどの猛吹雪を巻き起こす魔術なんて、切り札にも使えないね。攻撃範囲が広すぎて自分も被害を受けてしまうんだし」
ジルの説明を聞いたマディスが納得したように頷く。
自分まで容赦なく巻き込んでしまう魔術なんて、確かに使えないよ。
「ええ。だから、これは使わないつもりなんですよ。先ほど使ったポイズンのように範囲を指定できるわけでもないですし、使えば問答無用で私自身も被害を受けます」
そんな状態じゃ、ブリザードは絶対に使えないだろうね。
ところで、それで全てなの?
「ええ。闇属性の魔術以外は使う必要が無いかなと思ってましたので、戦闘用の魔術もほとんどありません。私にはテーブルナイフを使った特殊な戦闘技能などありませんので、後はこのフォークの簡単な説明くらいですね」
「魔術を吸収して食べてたような……どういう効果なの? そのフォーク」
初めて出会った時や教皇と対峙した時にジルが魔術をフォークで吸収して、そのまま食べていたよね。
「このフォークですか? 魔術の魔力を吸収して魔術を無効化し、無効化した魔術の魔力をフォークに溜める武器ですよ。ただ、フォークに溜められる魔力には限度があるので、一度吸収したらすぐに魔力を取り込まないといけないんですよ。ただ、溜まった魔力はフォークに刺さった食べ物みたいにくっついているので、食べるようにしないと魔力が取れないんです」
「武器なの? 防具みたいに使ってるけど……」
というか、武器に使えるイメージが浮かばないよ。
投げて相手に突き刺すわけにもいかないだろうし。
「このフォーク、無生物相手なら魔力を込めて突き刺すことで大体の物は食べられるようになりますよ。ほら、一度岩を食べて処理したことがあるでしょう?」
「えっと……テラストへ行くときの話だったよね?」
確かに、あの時ジルが岩にフォークを突き刺して食べてたような……。
「岩を食べられるの? じゃあ、ジルはもしかして鉄でも食べられる?」
「ええ。魔力を使う上にたまに胃に刺さったりしますし、割に合わないんですけどね」
マディスの疑問に答えるジル。そのフォークがあったら鉄まで食べられるんだ……。
……だけど、胃に鉄が刺さるって十分問題だし、なるべくそんなことはさせないようにしないと。
「私の使える魔術はこんなところです。猛吹雪に自分まで巻き込まれるブリザードは絶対に使いませんし、ポイズンも全滅寸前になったりしない限り使うことはないと思いますけど」
「味方ごと攻撃するような魔術は気軽には使えないだろうな。そうなると、自然と使える魔術も限られるわけか」
「ええ。そうなってしまいます。……まあ、どうしてもと言うなら使わなくはないですけど」
……一応使っても良い、って事?
だけど……。
「いや、俺も味方の攻撃に巻き込まれるのは避けたい。ジル一人で戦うような状態にでもならない限りこれまで通りでいいんじゃないか?」
「そうだね。無理して使って自滅するわけにもいかないし、安全に使えるように出来るまで使わなくていいと思うよ」
「分かりました。じゃあ、これまで通りって事で良いですか?」
「うん。……そもそも、前衛が足りないから使える暇も無いだろうし……」
「それもそうですね」
ジルは前衛でも戦えるし、私とマディスが前に出れないから、結局これまで通りの戦い方しかできないと思うんだよね。
まあ、ジルが使える魔術を知っておけば、ジルも後衛に回れるようになった時の戦い方に工夫できるかもしれないけど。
「さて、じゃあ、次は僕かな?」
ジルと交代でマディスが私達の前に立ち、素材が入った収納具を取り出した。