呪いの魔法陣を作ってみましょう
「ねえ、ジル。実験って言っても、何をするつもりなの?」
ジルは実験をやりたいみたいだけど、幸運強化を実感できるような実験なんてあるかな?
「そうですね……ここでじゃんけんでもしてみようと思ったんですが、それではちょっと面白くないです」
「え? じゃんけんならこの場ですぐに出来るし、そういう簡単な物で良いんじゃないかな?」
だって、今は魔法陣を作ってるし、私達が話してるのもちょっとした休憩時間なんだよ?
「そうですけど、いくらなんでもじゃんけんで実験するのって面白くないでしょう?」
「面白いかどうかの問題じゃないと思うんだけど……」
というか、ここでじゃんけん勝負しないって言うなら一体何をやるの?
「決まっています。賭博で少し勝負しますよ」
「え? と、賭博……?」
賭博って……要するに賭け事?
一体誰と勝負するつもりなの……?
「夜の酒場にでも行けば、誰か一人くらい居るでしょう。こんな町ですし、バグリャで騙されたりすべてを奪われて荒れた人たちが賭博をやってても不思議じゃありません」
「って、酒場に行くのはさすがに不味くない……?」
私たち全員未成年なんだけど……。
「そんなこと気にしなくても大丈夫でしょう。まあ、お酒は飲みませんが」
「そういう問題じゃないよ……」
大人、と呼べる人がもう居ないし……。
それに、お酒を飲まなかったとしても未成年が営業中の酒場に入るのは……。
「そんな事一々気にする必要も無いだろ。俺の居た世界では子供も普通に酒場に入り浸れたし、酒を飲むこともできたからな」
「それはもうルシファーの世界が特殊すぎるだけだよ……」
少なくとも、テラントじゃ酒場には子供は入れなかったよ。
それに、ここの酒場に一度行ったけど……。
「まあ、子供扱いされてましたね。ですけど、じゃあ、どうするんですか? 実験は是非やっておきたいんですけど」
「……賭博で実験するのは別に良いけど、先に魔法陣を作ってからだよ? というか、別に賭博でやらなくてもいいじゃない……」
簡単な実験なら、今ここでじゃんけんでもすればいいのに……。
じゃんけんが嫌なら、簡単なカードゲームでも……。
「確かにそう思いましたが、そんなのつまらないじゃないですか。ここで私達だけでじゃんけんしても、何にもなりませんよ?」
「だからつまらないとかそういう問題じゃないよ……。一応幸運強化の実験なんだけど……」
ジル、私たちが今何をするべきかちゃんと分かってるよね?
「え? もちろんじゃないですか。この後ルーチェさんが賭博で遊んで、幸運強化の加護の力で大儲けするんですよね?」
「もう! 先に必要な魔法陣作らないと駄目でしょ! 賭博は魔法陣の作成が終わってから!」
実験はするけど、そんな時間のかかりそうな実験は後回し!
「…仕方ないですね。丁度体調も回復しましたし、賭博は後回しにしましょう」
「後でちゃんと付き合うから、今はこれに集中してね」
「ええ。お願いしますね」
それにしても、ジルは賭博で必ず大儲けできるって思ってるみたいだけど、私が必ず勝てるとは限らないんだよ?
失敗してたり、加護があっても負けたりすることはあるかもしれないし……。
まあ、後で実際にやってみればいいかな?
今は魔法陣を作っていかないと。
「それで、次はどんな魔法陣を作るの、ルーチェ?」
「まだ思いつかないけど……みんなは何かあるの?」
尋ねてきたマディスにそう返すと、ジルが即座に魔法陣の本を開いて呪いの頁を見せてきた。
……扱いには気を付けてね? というか、絶対、自滅しないようにしてよ?
「分かっています。それに、この呪いなら気にする必要も無いでしょう?」
そう言うジルの言葉の通り、ジルが見せてきた頁に書かれていた呪いは「色欲や煩悩を抹殺し、食欲に変換する呪い」だった。
何この変な呪い……。
「効果としては、恋愛感情もいかがわしい感情も全部消え失せ、そのかわりにひたすら何かを食べたくなるようになるらしいです。空腹感に常時襲われて目についた物を全部食べようとするとか」
「目についた物全部? 岩が目に入ったら岩にでも齧りつくのか?」
ルシファーがジルに尋ねる。さすがにそんなことはないと思うけど……。
「ええ。ここの頁を見る限り、そうらしいですよ。地面でも岩でも鉄の塊でも武器でも目にした物全部に齧りついてしまって、呪いにかかった人は大抵数日で死んでしまうのだとか」
「そりゃ地面を食べたり武器に齧りついて無事でいられるわけないよ……」
それってやっぱり相当酷い呪いなんじゃ……。
「いや、使い方によっては役立つんじゃないのか?」
「一体何の役に立つの……」
ルシファー、こんな呪いが役に立つ光景なんて想像できないよ……。
「異常なまでの女好きに対してこの呪いのかかった装備をつけたら、無害化できるんじゃないのか?」
「……そう、なのかな?」
確かに、女尊男否の精神の塊のような人間にこれをつけたら色欲が無くなって、少しはマシになるような気がしなくもないけど……。
でも、呪いなんだからやっぱり反動はあるよ?
異常なまでの空腹感に襲われて誰彼かまわず襲い掛かるようになるかもしれないし……。
「駄目ですか? 使える呪いだと思ったんですが」
「確かに、使い方によっては役に立つかもしれないけど……」
でも、そんな状態の人間放っておいたら手当たり次第になんでも食べようとして酷い事になりそうだよ……。
「じゃあさ、ルーチェ。これもセットでつけたらどう?」
「えっと……高い魔術耐性を得られる代わりに呪いの魔力で動けなくなる呪い?」
マディスが見せてきたのは魔術全般に非常に高い耐性を得られる代わり、呪いの効果で身体がまともに動かなくなると言う物だった。
……身体がまともに動かなくなる、か。
単に動かなくなると言ってもいろいろあるだろうから、どんな感じなのか知りたいけど……。
「本には「身体を後ろから見えない糸か何かで引っ張られるような感覚と共に突然動けなくなる」と書いてありますけどね。実際にはどうなんでしょうか?」
「けど、呪いなんだから自分で確認するなんて論外だよ?」
大体、いきなり身体が動かなくなったら戦闘中じゃなくても十分危険だし。
ジル、分かってると思うけど……。
「分かっています。自分達で効果の確認をするなんてそんな馬鹿な真似はしないですよ」
まあ、さっきの食欲の呪いだけじゃ放っておいたら危ないからこれも候補に入れようか。
魔術に強い耐性を得るって書いてあるし、一見すごく強そうだけど……。
「ただ悪い効果が起きるだけの呪いだと、見向きもされないでしょう? だから、異常なメリットで釣るんですよ。身体が動かなくなる効果なんて、戦場で一回発動したらその場でその人の命は終わったような物ですし」
ジルの言ってることは尤もだけど、そもそも呪いがかかってる時点で危険すぎて見向きもされないような……。
「ルーチェ。以前話したことがあると思うが、世の中にはそういう呪いのかかった品を大喜びで装着するような人間も居るんだぞ? デメリットなど気にせず着ける奴も要るはずだ」
「それに、ルーチェさんには呪いがかかっているかどうかが見えたとしても、私達には一切見えないですからね。一見して強そうな装備だったらその場でつけてしまいます。これもそうですし」
ジルが服の中から取り出したのは能面の遺跡から押収した六芒星のペンダントだった。
まだ売らずに持ってたんだ……。
「当たり前です。……と言っても、最近は着けてること自体忘れてしまってたんですよね。敵の魔術はフォークで防ぐことも多かったですし。と言う事で、これはルーチェさんにあげます。加護の実験にでも使ってください」
そう言ってペンダントを渡してくるジル。
これ、一応遺跡のお宝で、かなり貴重な物なのに……。
というか、ジルがこれを手に入れる時、文字通り汗だくになって伸びる通路を必死に走り抜けてたのに……。
「だって新しいペンダント買いましたからね」
そんな事を言うジルの手にはさっきの装飾品の店で買ったと思われる新しいペンダントが。
銀色の鎖の先端に赤い宝石が付けられたずいぶんシンプルな形状の物だった。
「要らなくなったからっていきなり渡されても……。まあ、売るのはあまりにもったいないし、貰っておくけど……」
皆がこんな考えしてるから、貴重品がどんどん行方知れずになっちゃうんだろうな……。
確かに、強い装備に乗り換えるのは旅の基本だけど、でも……。
「そんなペンダントの事より呪いの魔法陣ですよ。どんな物に呪いをかけましょうか」
「首輪とか良くない、ジル? 盛った犬のしつけみたいで」
「良いですね。ただ、残念ながら首輪は一つしか買っていないんですよ。二つ同時に呪いをかけるなんて……」
「多分大丈夫だろ。不安なら、まとめて呪いをかけられるか実験してみろ。これで上手く行ったら普通の加護でも使えるはずだし、駄目だったらその時は買いなおせばいい。とりあえず、魔法陣は作っていくぞ?」
「それもそうですね。ルシファーさん、お願いします」
って、いつの間にか私だけ置き去りにされてる……。
呪いを二つまとめてかける、か……。できるのかな?
「まあ、試しにやってみましょう、ルーチェさん。とりあえず、この首輪に呪いを二重にかけてみます」
ジルが取り出したのは金色に輝く首輪だった。
首輪の正面には目玉のような黒色の丸い石が2つはまっている。
……なにこれ? 純金の首輪?
「いえ、こんな玩具が純金のはずありません。金っぽく見せただけのまがい物ですよ」
「こういう偽物はいくらでもあるから、見分けが付けられないと騙されて変な物買っちゃうかもね」
ジルとマディスはそう言うけど、これが偽物の金かどうかなんて、一目見ただけじゃ分かるわけないよ……。
「まあ、そもそも純金を見ないですしね。ただ、純金がこんなに軽いわけありませんよ」
「金を薄く塗っただけ、なのかもね。中身は薄い金属の板だったりして」
確かに、装飾品屋で純金が売ってるはずないもんね。
「さてと、また薬の用意をしないとね。と言っても、まだまだあるけど。ルシファー、手伝うよ」
「ああ。マディスは身体が動かなくなる方の呪いを頼む」
「分かったよ」
「ルシファーさんとマディスさんが魔法陣を作ってくれている間に私達も準備しますよ、ルーチェさん」
「うん。……呪い、か。やっぱり、黒い煙が纏わりつくのかな?」
まあ、実物を見たことはないんだけど。
身体の調子も問題ないし、いつでも始められる、かな。
一気に二つ呪いをかける、って初めての事だから、それは心配だけど。
さて、もう少しで呪いの魔法陣が出来上がりそうだから、気合入れないとね。
「出来たぞ。薬も準備出来ている」
「二つとも触媒も置いたよ。どちらから始めてみる?」
二人が魔法陣の完成を告げてきた。
いよいよだね。
「じゃあ、魔術の耐性と引き換えに身体が動かなくなる方の呪いからかけていこうか。……呪いの装備品なんて初めて作るけど、移動させるときも気を付けてね? 何が起きるか分からないから」
「分かっている。これで悪ふざけが出来るほど呑気な神経はしていない」
ルシファーの言葉にマディスとジルも無言で頷く。
ルシファーがジルから首輪を受け取り、魔法陣の上に置いた。
「始めよう」
「ええ」
首輪を置いた魔法陣を挟むように向き合った私とジルは開始の合図だけ口にし、魔力を魔法陣に流し込み始めた。
直後、魔法陣から禍々しい黒い輝きが放たれ、黒い煙が魔法陣からじわじわと吹き出しはじめた。
噴き出した煙はそのまま魔法陣の中央に置かれた首輪に向かって集まりはじめ、首輪に吸い込まれるように消えていく。
……首輪に集まる黒い煙を見ていると無意識に身体が震えてくる。こんな感覚初めてだよ。
「……ルーチェさん、だんだん、あの首輪が恐ろしくなっていくような感じがするんですけど、気のせいじゃないですよね?」
「……ジルの考えは恐らく正しいよ。首輪に黒い煙が吸い込まれていって、グリーダーの物より恐ろしい真っ黒なオーラが首輪を包み込んでいってる」
ジルと短い会話を交わしている間も、魔法陣からは黒い煙が首輪に集まり続けている。
黒い煙が吸い込まれた首輪はその輝きを増しているように見えるけど、同時に黒い煙が首輪からじわじわと漏れ出していて、どんどん不気味になっていく。
黒い煙が魔法陣から出なくなったときには、首輪からは不気味な黒い煙が止まることなく溢れだしていた。
「ルーチェ、薬」
「……ありがとう、マディス」
マディスに薬を飲まされている間も、私の目は魔法陣の中央に置かれた首輪に向けられていた。
首輪は生き物じゃないから襲ってくることはありえない。けど、首輪から漂う不気味な煙が無意識に意識をそっちに向けさせてくる。
「ジル、大丈夫か?」
「ありがとうございます、ルシファーさん」
ルシファーに薬を飲まされているジルも、薬を飲ませているルシファーも、というか、私たち全員あの首輪を無意識に警戒しているみたい。
やっぱり、あの呪いの首輪今すぐ破壊した方が良いんじゃ……。
「いえ、さすがにそれはもったいないです。ですが、呪いの装備品って本当に不気味ですね……」
ジルの言葉にルシファーとマディスも首を縦に振る。
一見金色の綺麗な首輪なのに、その首輪からは不気味などす黒い煙が噴き出してるわけだからね……。
「幸い、持った程度で呪いにかかるわけじゃなさそうだが……不気味なのは変わらないな。持ち運ぶときは箱にでも入れておくか?」
「そうだね。これだけ不気味だと、隔離したくなってくるよ」
「……これを押しつける相手は、よっぽどの悪人だけにしておきましょうか。こんなの普通の人に渡してはいけません」
ジルも呪いのかかった首輪を見て考えを改めたみたい。
けど、これからもう一度呪いをかけるんだよね……。
「……ええ。せっかく作ったわけですし、頑張って作りましょう」
「だ、大丈夫なのかな……これ……」
今の時点で既に首輪から黒い煙が噴き出してるのに、もう一度呪いをかけるなんて……。
でもまあ、やるしかないんだよね……。