防具を受け取りましょう
「いらっしゃいませ。ご注文いただいたミスリルシールド、完成しております」
防具に何を求めるのかの激論を交わしていた人たちの横を抜け、私たちがまず訪れたのは耐久を上げる加護をつけてくれると言っていた鍛冶屋だった。
ここの鍛冶屋にはミスリルの盾を注文していたよね。
受付の女性に話しかけると、すぐにミスリルの盾を店の奥から持ってきて引き渡してくれた。
「……綺麗ですね。家の壁に家具として飾っていても全然問題なさそうですよ」
女性に渡されたミスリルシールドを見たジルが感想を口にする。
確かに、ミスリル特有の薄緑色の輝きは家の中に家具として飾っても悪くないかもね。
盾そのものがよく磨きこまれていて、傷一つ無いから見た目もすごく綺麗だし。
というか、貴族の人の中には家の中に武器や防具を飾る人もいるんだっけ?
「家具として飾る場合でしたら、安物の盾の表面にミスリルを塗りつけた物の方がお安く作れますよ?」
「いや、これは盾として使うからミスリルだけで作ってくれないと困る。これで良いんだ」
まあ、この盾は飾りにするつもりなんかないんだけどね。
というか、そもそも私達は旅の途中で各地を転々とするんだから、家の飾りとかは考えられないよ。
「左様ですか。では、また何かありましたら、お気軽にお尋ねください」
「ありがとうございます」
受付の人に礼を言い、店を後にする。
これでミスリルの盾が1つ手に入ったわけだね。
「これと、あの鍛冶屋で作ってくれると言っていた盾、どちらが一級品かな」
鍛冶屋を出た後、ルシファーが腕に着けた盾を見ながら楽しそうに言う。
と言っても、私には盾の質の違いなんて分からないからこの盾も十分一流の品に見えてくるんだけど。
「この盾も悪くはない。いや、むしろ普通に使える品だと思うぞ? 仮にこの盾があの鍛冶屋で作ってもらった盾より優れていなかったとしても、加護をつけてマディスかルーチェが持てばちゃんと使えるはずだ」
「余り物を装備するみたいだけど……まあ、この程度なら私でもなんとか使えそうだしね」
ルシファーが渡してきたミスリルシールドを試しに右腕に着けてみる。
ずっしりとした重量感があるけど、見た目のわりには軽いよね。
「駄目ですよ。明らかに力不足です。ルーチェさんにはもう少し軽い盾の方が良いのでは?」
ミスリルシールドを腕に着けた私を見て、ジルがそんな事を言ってきた。
……そう、かな? これでも十分使えると思うけど。
「何言ってるんですか。防御するときには、その盾をつけた腕を咄嗟に動かすんですよ? 素早く腕を上げたり、向きを変えたり出来ますか?」
「それは……」
確かに、今私が盾をつけた腕を動かしている速度は明らかに遅い。
というか、試しに顔の前に持って来ようとしたけど、顔の前に持ってくるときに腕に力を入れる必要があって咄嗟に動けない。
更に、盾を構えた腕は重さに耐えるのが結構ギリギリで、少しでも私が気を抜くと少しずつ下がってくる。
「そんな状態で、攻撃が防げると思っていますか?」
「……悔しいけど、無理だね」
大振りの攻撃ならまだ間に合うかもしれない。
けど、剣を突きだして攻撃されたり、軽くて小回りの利くナイフで狙われたりしたら防げるとは思えない。
「マディス、これを装備しても大丈夫か?」
ルシファーはそう尋ねつつ、私の腕から盾を外してマディスに渡す。
……大丈夫だと思ったけど、咄嗟に腕を動かせないから駄目か……。
「まあ、これくらいならなんとかなりそうだね。慣れるまで少し時間がかかるかもしれないけど」
盾をつけたマディスがその腕を何度か動かして重さを確かめている。
確かに、マディスが盾を顔の前で構えていても私みたいに盾の重さに負けて腕が下がってくるようなことはないけど……。
「あれでもまだ遅いくらいですよ。顔の前やお腹、胸、身体の側面……狙われた場所がどこであっても即座に盾をその場所に合わせないといけませんから。鎧や他の防具はあくまで最終手段です」
「あれでも遅いの? マディスが盾を構えるまでの時間は私より明らかに早いのに……」
少なくとも、私が盾を構えるよりはずっと早い。
私が遅すぎるだけなのかもしれないけど。
「確かに、ルーチェさんに比べればマディスさんの動きはずっと早いですよね。ですけど、あれではナイフは防げませんよ。ナイフでの攻撃は速さを重視した物ですから、相手の腕の動きに追いつけないと駄目です」
「……盾があっても万全じゃないんだね」
「当たり前です」
……でも、あれくらいの動きは出来ないとこの先辛いかな?
盾を使えるように練習した方が良いかも。
「まあ、ルーチェさんは重量のある物をまともに持ったことが無いですからね。せめてあれくらいは使えるようになった方が良いと思いますよ」
……空いた時間があったら、盾を持っても大丈夫なように練習しておこうかな。
「それが賢明だと思います。……ところで、裏鍛冶屋はどこでしたっけ?」
「そう言えば、表通りには無いんだよね」
裏鍛冶屋の入り口は路地の中だったよね。
それも、普通に入っただけじゃ駄目で、壁のように見える通路を通り抜けないといけないし……。
えっと……どこ、だっけ?
あれ? どうしよう……どこの路地から入ったのか全く思い出せないよ……。
「……ルーチェ、まさかどこから入ったのか覚えていないのか?」
「あ、あはは……」
だって、裏鍛冶屋の人に連れてきてもらっただけだったし……。
帰り道も一本道だったから、裏鍛冶屋に戻るための目印になる建物すら確認してなかったよ……。
「……何考えてるんだか。ルーチェが誰かに裏鍛冶屋への道を尋ねられたらどうするの?」
振り返ったマディスが呆れたようにそう言ってくる。
……だ、大丈夫だよ! そんな時はジルに聞くから!
「私が忘れてたらどうするつもりですか、ルーチェさん」
「え!? そ、その時はルシファーかマディスに聞くから……」
だ、大丈夫だよね……?
まさか、全員分からないなんてことは……。
「……全く、次からはちゃんと自分でも道を覚えておくんだな。ここの路地に入るんだ。ここの一番奥の壁を通り抜けたら裏鍛冶屋がある」
「あはは……ごめんね、ルシファー」
私の反応を見て、呆れた様子で道案内してくれるルシファー。
次からはちゃんと覚えておかないと……。
「複数人での旅の利点は、こういう事があってもパニックに陥る危険が減らせることですよね」
路地を奥に進む最中、ジルが口を開いた。
「確かにそうだな。一人旅をしていたから分かるが、少しでもミスがあったら取り返しがつかない。話の聞き逃しが文字通り致命的な失敗につながることだってあったな」
ジルの呟きにルシファーが答える。
……確かに、もしこれが私一人だったら……。
ううん、今回はまだ安全な町の中での話だったから、町中探し回ればちゃんと目的地に行けたかもしれないけど……。
路地裏って事は分かってたんだしね。
「話の聞き間違いで見当違いの方向に進んでしまって自分が痛い失敗をしてしまった、だけならまだいい。本来の目的地と違う場所を三日三晩彷徨っても自己責任だからな。ただ、急な魔物討伐の依頼を受けていてそんな事をやらかしたら、最悪町が潰れるな」
「倒してくれると思って依頼したのに、依頼を受けた人が完全放置してしまったような物ですからね」
……そうなったら、本当に取り返しがつかないよね。
自分の事ならまだいいけど、自分の失敗で町が魔物に滅ぼされたりしたら……。
「そんなことにならないためにも、次から注意した方が良いですよ。ルーチェさん」
「……そう、だね。そんなことやらかしたら取り返しがつかないからね……」
自分が話を聞き間違えたり聞き逃したせいで町が魔物に滅ぼされた、なんてことになったら……。
「後悔してももう遅いし、償いきれないな」
「……」
どれだけ謝っても決して許されないし、償おうと思っても償えないよね……。
「まあ、今の所私達はそんな事やらかしていませんし、そうならないように注意しておきましょう。……えっと、この壁の奥でしたよね」
話している間に路地の一番奥まで到着し、ジルが壁の方に手を伸ばす。
ジルが伸ばした手は壁に当たることなく通り抜けている。
裏鍛冶屋はこの壁の奥だね。
「しかし、不思議な壁ですよね。壁にしか見えないのにすり抜けるんですから」
「本当だよね。一見通り抜けられそうにないこの壁が実は見せかけだったなんてね」
壁を通り抜けた先には裏鍛冶屋の建物が。
ここに連れてこられたときはまさか壁をそのまま通り抜けるなんて思わなかったよ。
実体が無いからこの壁は幻か何かなのかな?
「それにしても、なんでこんな壁作ったのかな?」
そもそも路地裏ってだけで人が入ってくることはないと思うのに……。
「誰も来ないところで自分の腕を磨くことに集中したい、と思ったんじゃないのか?」
「誰も来ないところで? どうして?」
別に誰か来ても良いような気がするけど……。
「道を極める時に、余計な事を考えたくはないだろ。まあ、あくまで俺の個人的な考えだが」
「確かに、一つの事に集中しようとしているときに他の事に関心を持つわけにはいかないよね。あれもこれもと手を出したら、たいてい中途半端になっちゃうし。……まあ、中には両立してしまう人もいるんだろうけどね」
ルシファーやマディスはそう思うんだ。
……でも、ずっと同じことばっかりやっててもたまには気分転換したくならないかな?
いくらそれが好きでも、それしかやっちゃ駄目だったらそのうち飽きてきたり違う事をやりたくなるような……。
「その飽きに耐えるのも修行だと思うけどね。まあ、剣術や魔術の修業を飽きたと言って投げ出したりしたらその代償は自分に跳ね返ってくるんだけど」
「そうですね。いくら辛くても、それを投げだしたら命を投げ出すような物ですよ」
……まあ、剣術や魔術の修業は投げ出すわけにはいかないよね。
それを投げだすのはとんでもない事だよ。
「さて、鍛冶屋に入りましょう。盾と鎧はもう出来ていますよね?」
「大丈夫だと思うよ」
盾の方は、だけど。
そう言えば、鎧がいつまでかかるか聞いてないよね?
「二日もあれば十分だよ! と採寸の時に言われたが……」
そんな会話を交わしつつ、裏鍛冶屋の中に入る。
中は相変わらず職人たちの集まる場所になってて全くお客が居ないけど……。
「ああ……物語に出てくるようなガラスの靴を作ろうとしていたのに、何だこのガラクタは! ウヘヘへヘ……俺は何をした!」
「ああ……靴にガラスは駄目でしたね。そりゃすぐに割れますよ」
「誰でもいい。俺の話を聞いてくれ!」
「だったら壁にでも話しているんだな」
「ああ……この曲線美……その辺の弓では作ることすらできない至高の逸品……」
「全身黒タイツ……筋肉ムキムキ……やらな……駄目だ! 僕は人形相手に何を……!」
そして相変わらず変な事を口走っている人ばっかり……。
「魔術を完全に極めても、ああはなりたくないよ……」
「日常的にあんなふうに変な事を言いまくるルーチェさん……どう考えても頭の痛い人ですよ」
反面教師にでもしておかないと……。
って、今はそんなこと後回しだよ。先に防具を受け取らないと。
「二日前に頼んだ防具、完成していますか?」
受付に座っていたのはルシファーの鎧を作ってくれると言っていた女の人だった。
「ん? ああ、あんたたちかい! 盾も鎧も出来てるよ! 取ってくるから、ちょっと待っててくれ!」
受付に座っていた女の人――――鎧職人はルシファーの顔を見た直後、すぐに立ち上がって店の奥へと入っていく。
戻って来た彼女の手には鎧と盾が抱えられていた。
「ほら、どうだい。少なくとも、表の鍛冶屋には負けないと思うけど」
女性はそう言って鎧と盾を机の上に置く。
鎧は作ってもらってないから比較はできないけど……。
「……盾は明らかに違いますよね。本当に同じミスリルで作った盾ですか?」
渡された鎧も盾も、薄緑色の輝きは共通だった。
鎧の方は比較自体出来ないから何とも言えない。
だけど、盾の方は表の鍛冶屋で作ってもらった物との違いがはっきりと出ていた。
「厚さは変わらないのに、こっちの方が軽いよね?」
「うん。明らかに軽いよ。ルーチェが問題なく持てているしね」
そう、一見同じくらいの厚さ、大きさの盾なのに、ここで作ってもらった盾の方が明らかに軽い。
さきほどの鍛冶屋で作ってもらった盾が支えられなかった私の腕でも難なく支えられるくらい、ここで作ってもらった盾は軽かった。
「ただの溶接や金属加工だけが鍛冶屋じゃないってね。まあ、さすがに何をやったらこうなるかは教えられないけどさ」
「鎧を着ているはずなのに、全然動きに影響しないな」
渡された鎧を着たルシファーが感想を口にする。
胴体と肩を覆う鎧と腕に着ける筒のような防具二つがセットになった鎧みたい。
……腕も覆ってる分、明らかに動きに影響しそうなんだけど……。
「だろ? あたしの自信作さ。腕につける筒の部分なんか、腕の動きを阻害しない最低限の厚さで丈夫さを得られるようにしたからね。肩当てとぶつかり合わないようにするのは苦労したよ」
職人の女性の言葉通り、ルシファーが腕を動かしても鎧と腕につけた筒がぶつかり合う様子が無い。
自信作って言うだけのことはあるよね。
「向こうで鎧を頼まなくて正解でしたね。盾の時点で既にどちらが上かはっきりしていますよ」
「そうだな。比べるまでも無かったか」
まあ、あの時はここの存在を知らなかったし、作り比べるつもりで頼んだんだけどね。
次は服……なんだけど……。
「まだかかりますからね。その間どうしましょうか?」
あれもこれもと手を出したら失敗したり中途半端になる。
二つ同時連載なんて自分には無理です。
しかし、アイデアは勝手に出てくるのでどうしても書きたくなってくることがあると言う。書きませんが。
短編ならまだしも、超長編ばっかり出てくるんですよね。