状況を確認しましょう
ルーチェに戻ります。
ルーチェside
あれ? 私、どうなったんだっけ?
確か、魔法陣に魔力を注いだはずなんだけど……その後、何があったんだっけ?
「う……ここは……宿屋?」
身体中が重く、気を抜くとまた寝てしまいそうになる。
この暖かい感覚……多分、布団に包まってるんだろう。
「私……確か……」
重たい瞼を開け、頭を覚醒させようとする。
それと同時に、何があったのか思い出せてきた。
「そうだ……。魔法陣に魔力を注ぎ終わった後、私もジルも倒れちゃって……」
バグッタに戻ってきた後、暇な時間に何をするのか考えて、貰った魔法陣の本を実際に使えるのか確かめようと言う話になったんだっけ。
それで、土台を作って、魔法陣を刻んで、最後に私とジルが魔力を注ぎ込んで魔法陣は無事に起動して、魔法陣の中に置いた盾に赤い光が纏わりついたんだ。
その後、魔力を注ぎ終えたと同時に身体から力が抜けちゃって……そこから記憶が無い。
「そうだ、ジルは……?」
私が倒れちゃったんだし、ジルも倒れたんじゃ……。
まだ身体が怠いけど……起きないと。
「う……くらくらする」
魔方陣に魔力を注ぎ込んだ後遺症なのか身体が少し重く、強引に起きたためか頭がちょっとくらくらする。
なんとか意識を覚醒させ、横のベッドを見ると、ジルが眠っていた。
完全に熟睡しているみたいで、起きる気配はない。
「……マディスとルシファーが運んでくれたのかな?」
まだ寝ていたジルを起こさないように注意しつつ、ベッドから降りる。
動き始めると少しずつ眠気や身体の怠さが無くなっていき、意識もはっきりしてくる。
「……あれからどれくらいの時間が経ったんだろ? 二人は隣の部屋かな……」
ここまで運んでくれたのは多分二人だろうし、お礼も言っておきたい。
なので、二人に会うために部屋を出ることにした。
「あれ、ルーチェ?」
宿の廊下に出ると、マディスと鉢合わせした。
今外から戻って来たみたいで、手には水筒を持っている。
「おはよう、マディス」
「ルーチェ、あの時いきなり倒れちゃったけど、身体は大丈夫?」
マディスが心配そうに尋ねてくる。
そうだね……まだちょっと脱力感はあるけど、問題ない、かな。
お腹が空いてるのもあると思うし。
「そう……一応、これを飲んでおいてくれる?」
体調が悪くないことを伝えると、少し考え込むような表情を浮かべたマディス。
直後、マディスは瓶に入った液体を手渡してきた。
濃い青色の液体が入った瓶は、ティーカップと同じくらいの大きさの透明な入れ物だった。
「これ、何?」
「魔力専用の特効薬、ってところかな。ルシファーに何度も試し飲みしてもらって効果も実証済みだよ」
魔力……あの時倒れたのは、魔法陣に魔力を注いで、魔力が切れたから倒れたって事かな?
とりあえず、渡されたこれは飲んでおこう。
マディスの薬で治せるなら、これ以上手っ取り早い治療法は無いからね。
特に何か考える事も無く、私は瓶の中の液体を一気に飲み干した。
「どう?」
「……何これ? ものすごく甘い……というか甘すぎ……」
飲み終えた私にマディスが感想を聞いてきた。
渡された瓶に入っていた液体は、大量の砂糖と様々な果物の果汁を混ぜ合わせて濃縮したような味だった。
甘いのは良いんだけど、あまりに甘すぎて……大量に飲んだら胃が苦しくなりそう……。
「ルシファーも同じような顔をしてたよ。効果の確認のために何度も飲んでもらったけど」
「……一体何で作ったの、これ……」
普通の甘さならともかく、これはもう美味しい甘さを通り越した甘さだよ……。
とにかく強烈で……舌もおかしくなりそう……。
「樹液に果実と砂糖を混ぜ合わせ、それに市販品のポーションを調合したんだよ」
「甘すぎるよ……」
というか、樹液と果実って一体何の樹液と果実なの?
「使っているのはその辺の木の樹液とこの町の店で売っていた果物だよ?」
「そ、そうなんだ……。ねえ、樹液ってその辺の木から採取するものなの……?」
特別な木――――例えば、魔力を宿した木や魔物が変異した木から採取するとかじゃないの?
「うん。その辺に生えている木から採取してきたんだよ。予備もあると良いから一度バグリャ側に戻って集めて来たよ」
マディスはそう言って私に琥珀色の液体が入ったやや大きめの瓶を渡してきた。
瓶の蓋を開け、中に入っている液体を少し指先につけて舐めると甘い味がする。
……本当にただの樹液なんだ、これ……。
「だって、必然的に魔力と関わる物だからね。植物って。地面ほど魔力が集まりやすい場所は無いと思うよ」
「そう……なんだ。知らなかったよ」
でも、言われてみたら確かに、魔法陣に放った魔力はその場にとどまっていたし、地面に描いた魔法陣もちゃんと機能してるってルシファーが言ってた。
そう考えると、地面に魔力はちゃんと残るよね。
だったら、魔力を植物が取り込んでもおかしくはないよね。
魔物でもないただの植物に魔力の使い道があるのかはともかく。
「ねえ、ところでジルは?」
「まだ眠ってる。私の方が早く起きただけみたい」
ジルもあの後倒れちゃったんだよね?
「あの後、僕が肩を貸して、何とかここまで意識を保って歩いてきてたけど、ベッドに入った途端に眠っちゃったよ」
「……そっか」
まだ眠ってるんだよね、ジル。
早く治ると良いんだけど……。
「ルーチェも倒れたんだよ? ルシファーが背負って宿まで連れて来たけど。それと、あれから二日経ってるよ」
「え!? 丸一日眠り続けてたの!?」
そんなに深刻だったんだ……。
「ちゃんと薬を作っておくべきだったよ。魔法陣に魔力を注いだ後、すぐにそれを飲めば次からは魔法陣を作っても倒れることは無くなると思うけど」
「まあ、過ぎたことを言ってもしょうがないよ」
大体、言い出したのは私だしね。
「ルーチェ? 目が覚めたのか」
「あ、ルシファー。おはよう」
宿の廊下でマディスと話してたらルシファーが部屋の外に出てきた。
「マディスが居ると言う事は……あれを飲んだんだな。どうだった?」
ルシファーがいきなりそんな事を聞いてきた。
あれ……って、どう考えてもさっき飲んだ薬だよね。
「……甘すぎる、としか言えないよ……。その直後にちょっと舐めた樹液がすごく美味しく感じたもん」
「だから言っただろ、マディス。あれは明らかに甘すぎて飲めるものじゃないと……」
そう言えばマディスも言ってたっけ……。
薬の効果の確認のためにルシファーに飲ませたって……。
「魔力の回復に使う薬だし、より甘い方が効果も良いと思ったんだけどな……」
「というか、作ったマディスは味見したの、これ?」
空っぽになった瓶を見ながらマディスに言う。
ルシファーにだけ飲ませて、自分は飲んでいないんじゃ……。
「え? ……ああ、そう言えば僕は一度も飲んでないや。魔術が使えないから薬の効果の確認もできないし飲む必要が無い、って思って飲まなかったけど」
「やっぱりか……」
「普通自分で最初に飲むでしょ!? 何考えてるのマディス!?」
味見してるにしては、味が明らかにおかしいと思ったよ!
味見してたら、これは絶対に飲めるものじゃないって分かるはずだもん……。
「そんなに飲めるものじゃないの……これ? せっかく作ったのに……」
ぼやくようにそう言って新しい瓶を取り出し、中に入っていた液体を飲み干すマディス。
「……」
「ね? 甘すぎて飲めるものじゃないでしょ?」
「……確かに、砂糖や果実は要らなかったかも。それに、それらを加えた液体を何度も濃縮したのも不味かったかな~……。これじゃ何度も飲めないよ」
作ったマディス本人も微妙な表情をしている。
いくら味見をしてなかったからって、甘い液体を何度も濃縮するのは明らかにやりすぎだよ……。
「……マディス」
「分かってるよ。次からはちゃんと飲めるように味も確認するよ……」
ジト目でマディスを睨んだルシファーが呆れたように呟く。
マディスもさすがに飲めるものじゃないってわかったみたい。
いくら効果があっても、飲めなかったら意味が無いんだからね?
「……ルーチェさん? 起きてたんですか?」
「ジル? 身体は大丈夫なの?」
部屋の外で話してたら起こしてしまったのか、ジルが部屋から出てきた。
魔力が回復していないからか強引に起きて来たからかは分からないけど、部屋から出てきたジルはちょっとふらふらして足元もおぼつかない。
「……甘すぎるかもしれないけど、とりあえず薬を作っておいたから、飲んで。魔力が回復すれば治ると思うから」
「……? はい。ありがとうございます」
ジルに薬を渡すマディスの表情は、少し申し訳なさそうな物だった。
マディスの表情を見て不思議そうに首を傾げるジル。
……まあ、この薬が甘すぎるのは事実だし、それを分かってて飲ます時点で……ね。
「……何と言うか……ドロドロになるまで溶かした砂糖とこの世の甘い物体を混ぜ合わせて作ったような味ですね……。薬と分かっていなければこれは飲みたくないです」
ジルもこれを美味しいとは言わないよね……。
「何も食べられなくなりそうだしな」
「同感です。これを3本飲んだらもうその日は何も要らなくなりますね」
ルシファーとジルが空っぽの瓶を見ながらそんな話をしている。
……それは要らないんじゃなくて、食べたくても胃が気持ち悪くなって食べられないんだよ……。
「はあ……分かったよ。まだこの瓶と同じ大きさのものが50個分あるけど、これはその辺の道具屋に「痩せられる薬」として売り飛ばすよ」
「何考えてるの!? こんな物道具屋で売ったら駄目だよ!」
誰がこの激甘ポーションの被害に遭うか分からないじゃない!
「……とりあえず薬の事は置いておいてさ、ルーチェもジルも起きたんだし、これからの予定を考えない?」
……こんなこと言って話題を逸らして、後でこっそり道具屋に売り飛ばしたりしないよね?
まあ、今はそんな事よりも予定を決めるのが先だよね。
「……そうだな。廊下で話すのもなんだし、部屋に入るか?」
「うん」
私もジルも目が覚めたし、とりあえず、これからの予定を考えよう。
部屋に戻ろうか。
「……丸一日眠りこけてしまっていたとは思いませんでしたね」
マディスに今日が魔法陣を動かした日の二日後だと言われて驚きを隠せない様子のジル。
本当だよ……。魔法陣の反動ってかなり深刻だよね……。
「一応、この薬を飲めばもうあんなことにはならないと思うんだけど……」
マディスが取り出したのは目が覚めた直後に私やジルが飲んだ激甘ポーション。
……確かにあれを飲んでから魔力が満ちるような感覚はするし、朝起きたときの調子が嘘のように快調だよ。
だけど……。
「甘すぎて飲めないんだよね……。せっかく作っても、飲めないのは盲点だったよ」
頭を掻きながらマディスが呟く。
いくら身体によくても、これじゃ気軽に使えないよ……。
「それに、魔力は回復しますけど胃が……」
「ああ……何も食べられなくなるな」
それが一番の問題だよね。
これに頼ろうとしたら、何も食べられなくなるから……。
「何も食べられなくなったら、今度は体力の回復が出来ないよね」
食事抜きで戦うなんてことになったら、ね……。
「じゃあ、魔法陣の作成は一旦中断する?」
「今は後回しにした方がよさそうですね」
手軽に飲めて魔力を回復する薬が出来るまでお預けかな?
「そうなるな。マディス、次は普通に飲めるようにしてくれ」
「分かったよ。……ねえ、ところで、あの盾ってちゃんと加護の効果を得られたの?」
盾? ……そう言えば、まだ見ていないよね。
どうなったのかな?
「一応こんな感じだ」
ルシファーが取り出した盾は、盾に纏わりつくオーラどころか、盾その物まで燃え上がる炎のように真っ赤に染まっていた。
盾の表面にはうっすらとだけど、燃え上がる炎をイメージしたような模様が浮かび上がっている。
「何ですか、これ……。ただの安物の盾がどうしてこんなことに?」
「分からない。だが、どう見てもただの鉄じゃないな」
「……加護の効果はどうなったのかな?」
あの魔法陣の加護がちゃんと働いていたら、これは炎の攻撃に対する耐性を持つようになっているはずだけど……。
「まだ確かめていない。確かめてみるか?」
「そうだね。ここまでやったのに効果が無かったら、意味が無いからね」
じゃあ、鍛冶屋に任せていた盾を取りに行く前に食事と盾の加護の確認だけしようか。
「そうですね。まずは何か口に入れておかないと……」
「二人とも丸一日寝ていたしね。じゃあ、食事に行こうか」
「うん、行こう。あ、そうだ」
あの後二人が私達を宿まで運んでくれたんだし、お礼、言っておかないと。
宿まで運んでくれて、ありがとう。
「ああ……別に気にすることでもないだろ」
「仲間だしね」
「それでも、ね」
「ええ。ありがとうございます」