バグリャ城を覗いてみましょう
三人称side
重騎士の少女に売り飛ばされ、バグリャ城に連れてこられた少年の目に飛び込んできたのは地獄のような光景だった。
無数の人間が大きな白い岩を運んでいる、だけならまだいい。
傷だらけで倒れて動かなくなっている人間があちこちに転がっていた。
それもただ岩を運んでついた傷ではない。
何かで激しく打ち付けられたような痣、背中を高熱の何かで焼かれたような痛々しい火傷の痕、何度も殴られたのか醜く腫れ上がって目すら見えない顔……いずれも人為的につけられた傷なのは明らかである。
「おら! さっさと岩を運ぶんだ! 逆らったらどうなるか分かってんだろうな!?」
兵士の怒号が飛ぶ。
兵士はその手に鞭を握っており、仕事をせずに休んでいる輩が居ないか目を光らせていた。
少しでも休んでいる輩を見つけたらすぐさま痛めつけるつもりなのだろう。下卑た笑みを口元に浮かべている。
「働け働け! 貴様等愚民にはな、命を賭して働く以外の選択肢はねえんだよ!」
「勇者様のご命令だ! 逆らおうなどと考えてはいないだろうな?」
別の場所に目を向けても、やはり兵士が似たようなことを叫んでいる。
これではもはや奉仕労働でもなんでも無い。ただの奴隷である。
「なんだそのガキは?」
「新しい労働力だ。死ぬまでこき使ってやれ」
兵士同士のそんな会話が耳に入り、少年の意識は自分の傍の兵士に引き戻された。
仲間であるはずの重騎士の少女に売り飛ばされ、自分もこの中に入るのだと、改めて認識させられる。
「よし、とりあえずあそこの連中に混ざって岩を運ばせるか。おい、そこのゴミ! 戻るついでにこいつを連れていけ!」
たまたま目の前を通った労働者に兵士が僧侶の少年を押し付ける。
僧侶の少年と労働者はそのまま岩を運んでいる現場に向かって歩いて行った。
「さて、俺は一度勇者様の所に報告しに行くか」
「なんだ? 何かあったのか?」
「いや、国境に配置した大量の関所からの金が止まっていてな」
「何だと!? それは一大事じゃないか! あれだけ大量に設置した関所から金が入らないのか!?」
「だから今から報告しに行くのだ」
僧侶の少年を中に放り込んだ兵士二人はそんな会話をすると入口に施錠して出て行ってしまった。
ーーーー
僧侶の少年side
「おら、もっとペースを上げろ!」
後ろで兵士の怒号が響く。周りの人たちも僕も皆力を合わせ、必死に白い岩の塊を動かし続けている。
――――どうしてこんなことになったんだろう。
頭の中に浮かぶのはそんな思いばかりだ。
ここに連行される寸前、パトラ――――全身を鉄の塊みたいな鎧兜で覆った女の子に言われたあの言葉が頭をよぎる。
「こいつが貴方たちの城の再建事業に協力したいって申し出たのよ」
あの言葉を聞いたとき、パトラはいきなり何を言っているんだろうと思った。
僕はそんなこと一言も言っていない。というか、僕は一応アスカと共に魔王を倒す旅をしているんだ。
そんな物に参加できるわけがない。
――――でも、誰も僕に確認などしなかった。寝泊まりしていた路地からいきなり引っ張り出され、強引に城まで連行された。
……悪い夢でも見ているんじゃないか、って思ったくらいだよ。
「よし! この岩はここで良い! 次はあの岩をここの隣に運んで来い!」
思考に耽っているうちに一つ運び終えたらしい。でも、それで終わりではないみたいだ。
岩は城の中庭にこれでもかと言わんばかりに積み上げられており、それら全てを兵士の指示通りに運ばなければいけないのだろう。
……いつまで続くか分からないし、今のうちに、いつも使っている「アレ」をかけておかないと不味いかな……。
「……終わらぬ治癒の癒しを。リジェネレート」
誰にも聞こえないほどの小声で詠唱を済ませ、治癒術を自分にかけておく。
リジェネレート……本来であれば連続した戦闘や長期にわたる戦闘において累積する疲れやダメージを緩和、取り除くために使用する持続型の治癒術。だけど、僕の場合は日常的にこの治癒術を使い続ける羽目になっている。
……パトラが着用していた大量の鎧、兜、盾。そして買い込んだ食料などの物資の運搬は、全部僕に押し付けられた。もちろん拒否権などは無く、分担して持つことも無かった。
アスカも助けてはくれるけど、それでも明らかに僕の持てる限界を突破した量をパトラは押し付けてくる。
そんな物を普通に持っていたら、とっくに僕の身体は壊れているだろう。
この治癒術の力で、何とか身体を維持しながら旅が出来ているのだ。
「よし、その岩を運ぶんだ!」
リジェネレートの力で身体の疲労が消えていくのを感じつつ、兵士の命令通りに次の岩の所に移動する。
……そう言えば、一緒に岩を運んでいるこの人たちは疲れないのかな?
この人たちにもこっそりリジェネレートをかけておこう。
ばれたら面倒だし、気づかれないように注意しながら……。
(そういえば、パトラにもリジェネレートをかけてあげたっけ。まあ、本人には全く自覚が無かったみたいだけど)
この治癒術は、他の治癒術と違って「効果を受けた感覚がしない」特殊な治癒術。
だから、こっそりかけたところで誰も気づかない。……毒じゃないから害があるわけじゃないけど。
まあ、勝手に怪我が治っていくのを見たら明らかにおかしいって気づくだろうけど。
パトラがあんな無茶な事をやってられるのもこの治癒術のおかげ……なのかな?
まあ、本人は強い男の人にしか興味が無いみたいだし、僕みたいな存在は足手纏だと思っているみたいだけど。
「……あれ? 何だ? 身体が軽くなってきたような……」
「気のせいか? 俺もだ」
リジェネレートが効果を発揮したらしく、疲労感が吹き飛んでいって不思議な感覚を覚えているみたいだ。
怪我に対しての場合と違い、疲労に対するリジェネレートは即効性がある。
怪我の場合は小さな切り傷でも二分程度かかるけど、単なる疲労の場合は使ったその場から効いてくる。
だからこそ、パトラの拷問みたいな荷物運びにも通用していたわけだけど……。
(勇者の仲間として同行して、人のためにこの力(治癒術)を使うはずだったのに、ほとんど自分のためなんだよね……)
僕がベルツェの勇者一行に選ばれたのは丁度半年前。王様は護衛として傭兵もつけてくれたっけ。
それから、毎日のようにパトラが問題を起こして一緒に来ていた人たちが去っていき、出発から丁度二ヶ月で僕以外の男の人は全員去ってしまった。
リジェネレートを使い始めたのは僕以外に男が居なくなってパトラが僕に全ての荷物を強引に押し付け始めてからだから……四ヶ月前か。
……人を救うために治癒術の勉強をしたのに自分の身しか救えていないって……なんだか虚しくなってくるよ。
「不思議だ……何で疲れないんだ?」
「おいそこ! サボってないで働け!」
「は、はいっ!」
思考に耽っていたら、横の人がリジェネレートの効果に困惑して兵士に怒鳴られた。
別にサボっているわけじゃないけど、突然怒鳴られたから僕も心臓が止まりそうになる。
「お前も、疲れなくなってるのか? 俺もだ。何でだろうな?」
「不思議だよな。だが、疲れないなら動けなくなって罰を受けるようなことが無くなる」
リジェネレートの影響を受けて疲れを吹き飛ばされた人たちが小声で話している内容の中に、気になる言葉があった。
動けなくなったら罰を受けるって一体どういう事だろう。
ここで岩を運んでいる人全員に効果が及ぶようにリジェネレートをかけた方がいいかな?
「……おかしいな。そろそろまた誰か倒れてもおかしくないはずだが……」
「変だな。何故だ? そろそろ倒れた人間を痛めつける時間がやってくると思って準備もしてあるのに」
次の岩の所まで移動するときに働いている人全員(兵士除く)にリジェネレートをかける算段をしていたら、監視の兵士たちが気になる言葉を呟いた。
倒れた人間を痛めつける……!? どうして城の再建なんて奉仕労働で、倒れた人間を痛めつける必要があるんだろうか。
作業はやりつつも、兵士たちの会話に意識を向ける。
「勇者様の指示だから、仕方ないよな~。やりたくはないんだけどな~。仕方ないよな~。命令だから」
「お前、絶対楽しんでるだろ? 誰か一人でも倒れたら、即座に向かって行って痛めつけるだろうが」
「いやいや~。命令だからさ~、仕方ないんだよ。俺も嫌なんだよ? 善良な住民を痛めつけるなんてね? でもさ、勇者様の崇高なるご命令だから従うしかないんだよな~」
片方の兵士の口調は、明らかに痛めつけることを楽しんでいる口調だった。
……おかしい。明らかに何かおかしい。
これは本当に奉仕労働なんだろうか?
「そんなこと言いながら、あの時満面の笑みで糞ガキを徹底的に痛めつけてたの誰だよ。ハハハ」
「おいおい。あれはあいつが悪いんだぜ? 何が「ママの所に帰してよう!」だ! お前はこの国の国民だろうが! 逆らってんじゃねえよ! って思ったぜ?」
子供を痛めつけ……!?
……一体どういう事なんだろう……。
奉仕労働なのにどうして子どもを痛めつける必要が……?
「おい、そこの二人! 勇者様が国境に様子を見に行くそうだ! 同行せよ!」
「「はっ!」」
妙な話をしていた兵士二人は呼ばれて出て行ったらしい。足音が遠ざかっていく。
「本当に……奉仕労働なのかな、これ……」
パトラに売り飛ばされた時の兵士のあの乱暴な対応、さっきの兵士の会話……。
大丈夫なのかな……不安になってくる……。
ーーーー
三人称side
「国境の関所から金が入らないと言ったな。どこの関所だ!?」
兵士からの報告を受けたバグリャ勇者の顔は憤怒に染まっていた。
まさか、関所から金が入らないなどとは夢にも思わなかったのだ。
時折バグリャに人間がやってくることから考えると関所は機能しているはず。なのに何故?
そんな思いがバグリャ勇者の頭の中に生じる。
「はっ! 西のヒローズとの国境よりここまで街道に設置した35の関所、その全てから金が入っておりません!」
「ヒローズだと……!? 財政破綻した田舎国家の分際で僕たちに金を払わないつもりか!」
兵士の報告を受け、ますます不機嫌になるバグリャ勇者。
バグリャ――ヒローズの街道にある関所から金が入らない。
これはすなわち、ヒローズからバグリャへの物の流れや人の流れが止まっていると言うことを意味するのだ。
「僕は今からヒローズとの国境、街道に配置した35の関所全てを見回りに行く。貴様らも同行しろ!」
「はっ!」
怒りに震えるバグリャ勇者は、城に居た兵士を動員してバグリャ――ヒローズ間にある関所の調査に乗り出すことにした。
出撃の準備を整え、直ちに出発する。
町を通過し、街道に出ると最初の関所が目に留まった。
バグリャ勇者はその関所の中で見張りをしていた兵士の所に歩いて行き、声を張り上げた。
「貴様! 金が入っていないじゃないか! どういう事だ!」
「ゆ、勇者様!?」
「どういう事だ! 言え!」
有無を言わさぬ強い口調で兵士を怒鳴りつけたバグリャ勇者。
「それが……最近、街道を通過する者が居なくなってしまって……ここだけじゃありません。他の関所も、まともに人が通らないと報告されております」
「何だと!? ……ヒローズ国境に置いた関所はどうなっている!?」
「現状特に問題は起きてはおりません。しかし、どうもヒローズ側で何かあったようです。街道を通る者が極端に少なく……」
「ヒローズだな……おのれ! 僕の策を台無しにするとは!」
兵士から事情を聴き、即座にヒローズとの国境へと走るバグリャ勇者。
その後ろにはバグリャの兵士達が追従している。
「僕を怒らせたな! ド田舎ヒローズの糞共が! 何をやったのかは知らない。だが、僕の邪魔をするなら貴様らも僕の支配下に置いてやる!」
ヒローズとの国境に急ぐ際、勇者の口からは自分の策を空回りさせているヒローズに対する怒りの言葉が吐き出された。
「おい、貴様!」
街道に設置された34の関所を走り抜け、勇者は最後の関所……ヒローズ国境の関所に到着した。
「ゆ、勇者様!?」
「何故金が入ってこない! ヒローズからやってくる連中から金を奪うのがお前らの仕事だろうが!」
ヒローズとの国境に立てられた関所に乱暴に押し入った勇者が、中に居た兵士を問い詰める。
「し、しかしですな……あれをご覧ください!」
「……あれは……ヒローズの城壁か?」
しかし、問い詰めた兵はヒローズの城壁の方を見るように言うばかりで何もしない。
勇者もヒローズの城壁の方に目を向ける。そこには――――。
「ただ今、ヒローズ――――バグリャ間の街道を通るのは非常に危険です。バグリャに向かうのはお止め下さい」
ヒローズの門の下で、ヒローズの兵士によって通行止めに遭っている行商人などの姿があった。
どうやらこれが原因のようだ。
「ちっ、屑が余計な事を。……そこのヒローズの兵士! 貴様あ! 今すぐその封鎖を解け!」
ヒローズ側で通行止めにされていることを理解したバグリャ勇者が、通行止めをしているヒローズの兵士に怒鳴り散らす。
しかし、ヒローズの兵士はこちらを見る事さえしない。
「屑の分際で……僕を無視するか……! 屑の分際で、ゴミの分際で!」
ヒローズの兵士に完全に無視され、怒りで顔を真っ赤にするバグリャ勇者。
「おい。通せよ。行商があるんだ!」
「ポートルに行けねえじゃねえか」
「駄目です! 今向かうのは非常に危険です!」
「そこの兵士! 貴様! その封鎖を解け! さもなくば……」
この封鎖している兵士が原因だと断定したバグリャ勇者。
激昂し、剣を抜き、構える。そして――――
「斬り殺してでも封鎖を解いてやる! そこの商人たち。もう少しの辛抱だ! 僕が、今すぐ君たちを通せんぼするその悪人を倒してやろう!」
――――ヒローズの出口を封鎖している兵士目がけて猛然と突撃していった――――。