バグリャに帰りましょう
12/22 後半若干修正しました。匠の報酬、完全に忘れてたよ……。
「バグリャに戻る? 何故だ、ルーチェ?」
採寸が終わってルシファーとマディスに一度バグリャに戻る旨を伝えたら、ルシファーが不思議そうに尋ねてきた。
……私達、一応バグリャのギルドでここの調査の依頼を受けてるんだけど……。
「……ああ、そう言えばそうだったな。確かに、何日も報告をしないで放置しておくのは不味いか」
「はっきり言って報酬には期待できませんが、報告しないのは問題ですから」
相手が相手だからね……。
まあ、だからって何も報告をしないのは間違ってるよね。
「なるほど。じゃあ、変装用の衣装でも買うの、ルーチェ?」
「うん。そのつもりだけど……」
でも、何を買えばいいかな?
「やっぱり、この店の人に聞くのが一番ですよね」
「そうだね、聞いてみようか」
ここの店になら良い物があるかもしれないしね。
「あら、どうしたの? 見ての通り、まだ始めたばかりよ?」
店の奥に戻ると、先ほどの女性が服の作成をしていた。
白い糸の塊と薄緑色に輝く綺麗な糸の塊が机の上に置かれていて、それらが凄い速さで手繰られ、生地へと変化して行っている。
……薄緑色に輝く糸? こんな物まであるんだ……。
「いえ、そっちでは無くて……これからある場所に向かうんですけど、変装用の衣装みたいなものがあるかな、と思いまして……」
「変装用の衣装? ……例えば?」
店主の女性は私たちの方に顔を向けているけど、その手は一向に止まらない。
……見ずに裁縫をするなんて、危なくないのかな?
「そうですね……一目見ただけでは女の子だとばれないような衣装があれば……」
「……男装……でも駄目ね。貴方たちじゃ普通の衣装を着ても女の子だとすぐに分かるわ。中世的な女の子ならどうにかなったんだけど……」
普通の衣装じゃ駄目か……。
どうすればいいかな……。
「そうね……全身を覆うタイプの衣装に、仮面をつければ大丈夫だと思うけど……こんなの何処からどう見ても怪しいでしょ?」
「……確かに、怪しすぎますね……」
「……」
イメージしてみたけど、フードをつけて髪を隠し、コートみたいな衣装で身体を隠し、仮面で顔を隠して歩く姿はどう見ても不審者にしか見えないよ……。
「……いっその事、サイズが明らかに合っていないフード付きのコートを着て、隠してみる? それなら、寒かったり雨が降っていたらフードを取らない言い訳にもなるでしょ?」
「……そうですね……それが一番妥当ですよね」
……変装も駄目だし、それしかないよね。
顔が見えなければ、分からないだろうし。
「あれは……こっちね。来てくれる?」
女性は作業の手を止め、私達についてくるように促す。
案内されたのは衣装が陳列されていた場所と丁度反対にある一角だった。
そこには、至って普通の服や上着――――この店の売りになっているような衣装とは正反対の衣服ばかりが陳列されている。
「ほら、これくらいぶかぶかなら、顔も隠せるでしょ?」
そう言って女性が私達に見せたのは、グリーダーが着るような大きなコートだった。
明らかに私より大きい。
……こんなの着たら明らかに引きずっちゃうよ……。
「あ、あの、もうちょっと小さめのを……」
「あら、確かに大きすぎたわね。じゃあ、これくらいかしら? 着てみて」
次に見せられたのは、マディスより若干背が高い人が着るような大きさのコートだった。
試しに着てみたジルでさえ、フードを被れば顔が見えなくなり、コートから手を出すのがやっとの大きさだった。
私が着たら腕の所をまくらないと、手も出せなくなりそうだよ。
「良いですね。確かにこれなら……。これと、もう少し小さい物を用意してもらえます?」
「……じゃあ、これがいいかしら? 着てくれる?」
手渡されたコートを着る。
コートの大きさはマディスが着るような大きさで、やっぱり私にはぶかぶかだった。
でも、フードを被れば顔が見えなくなるし、これで前のボタンを留めれば私が喋ったりフードを取らない限り男にも女にも見えるよね?
「これは私が作ったんじゃなくて余所からの仕入れ物だから、一着700ゴールドになるけど……どうする?」
「……買いましょう、ルーチェさん」
「そうだね。……買います。……二人も、怪しまれないように着てくれる?」
「まあ、別にかまわないが……」
「良いよ」
マディスとルシファーにも着てもらえば、私達だけがフードを目深に被ってても怪しくないよね?
代金の2800ゴールドを女性に手渡し、コートを4つ購入した。
……じゃあ、一度バグリャに戻ろう。
依頼の達成報告だけしたらすぐに戻るけど。
「ですね、長居しない方が賢明です」
「だね。厄介ごとに巻き込まれる前に戻って来よう」
店主の女性に見送られながら、私たちは店を後にした。
……さあ、戻ろう。
ーーーー
「……この門だよね?」
「ああ、間違いない」
土管を抜けて隣のエリアに戻り、バグッタの入り口に戻ってきた私達。
偶然かは知らないけど魔物との遭遇は無く、一気に駆け抜けることができたのであっさりと戻ってくることができた。
そして、バグッタの入り口には私達が来た時と同じ形の巨大な門が。
この門の中に入ってバグッタに来たんだよね。
「じゃあ、門を開けて中に入りましょうか」
「うん。行こう」
門を開け、その中に足を踏み入れる。
すると、視界が暗転し、身体がどこかに引っ張られていった。
私の意思を無視して強引に身体を引っ張って行かれるような急激な浮上感。
浮上感から開放されたとたんに感じる眩しいほどの光。
……戻ってこれた?
「……みたいですね。地上みたいです」
目を開けると、そこには見覚えのある平原が広がっていた。
私たちの背後にはバグッタに通じる巨大な門がそびえたっている。
「……雨が降ってるね~。それに風も強いし……。コート着ていこうか」
「本当ですね……。服が濡れる前に、早くコートを着てしまいましょう」
「俺たちまでフードを被ることになるなんてな……」
……まあ、今までの旅で全く雨に見舞われなかったことの方がむしろ不思議だよ。
たまには雨も降るよね。
……そんな事よりコートを着ないと。ボタンを留めて、フードを目深に被って……これでいいかな?
「それでいいと思います。下から覗き込まないと顔が見えませんよ、ルーチェさん」
「正面から見ても、お前より背が高いと目元がまったく見えないな。当然髪も見えないから、喋るかフードを取らない限り、男か女かは分からないな」
声をかけてきたジルとルシファーもフードを目深に被っていた。
まあ、雨が降っているとは想定外だったよね。
簡単な変装用に買ったはずだったのに、雨合羽みたいになっちゃった。
「だよね~。僕は別にフードまでは被るつもり無かったけど、雨が降ってちゃね……」
そうぼやくようにつぶやいたマディスも、頭を雨で濡らさないようちゃんとフードを被っていた。
「戻ってきたときに雨とは、運が悪いな」
ルシファーが呟く。
運が悪い? ……そうかな?
「むしろ、このおかげでフードを取らなくていいかも。さ、行こう」
「ああ、さっさと用事を済ませてバグッタに帰るぞ」
「だね。行こうか」
「行きましょう」
私たちは雨の中、バグリャを目指して歩きはじめた。
……雨の中だし、フードを目深に被ってもコートを着てても全然違和感ないよね。
ーーーー
「戻ってきたね」
「ああ、だが……なんか変だな。前に来た時とは何か……」
雨の中歩き通し、北門を抜けてバグリャの町に戻ってくると、ルシファーが違和感があると呟いた。
……違和感? 何もないよね?
「……俺の気のせいかもしれないな。こんなところで呑気に話すわけにもいかないし、さっさとギルドに向かおう」
「そうですね、急ぎましょう」
……ルシファーは何を感じたんだろ?
「ん? 何だあの一団は? 全員妙な物を被ってるが……」
バグリャギルドを目指して町を歩いていたら、町の広場で見回りであろうバグリャの兵士数人の姿が遠くに見えた。
と言っても、私達は全員フードを目深に被っているし、私達の顔は見られていないけど。
「……雨の中だ。濡れないようにしているだけではないのか? 確かに晴れた日にあの恰好は変だが……。それに、あの恰好はどう考えてもこの町の人間じゃないだろ。放置しても問題ない」
「ああ、じゃあ放置しておくか。……それにしても、静かになっちまったよな」
「だよな。数日前までは、こんなことにはならなかったのにな」
……兵士たちが何か話しているみたいだけど、遠くにいるから何を言っているのか聞き取れない。
何を話してるんだろ?
「本当だよな……。勇者様に「この町の男を老人も子供も関係なく城に連行して城の修理のために働かせろ!」って命令出されて、逆らった男を見せしめに痛めつけて、泣き叫ぶ子供を虐待して……」
「言うな。俺たちはあくまでこの国の道具なんだ。それに逆らったら今度は……」
「俺たちの番、か……」
……何を言っているのかは聞き取れない。
けど、話している兵士たちが若干俯き気味だから、あんまりいい話じゃなさそうだね。
「貴様ら! そこで何をしている!?」
「!?」
その時、私達の背後から怒鳴り声が突然響き渡る。
自分たちに向けられた言葉かと思って固まった私の横を兵士が一人走り抜けていった。
兵士はそのまま広場で話している兵士たちの所に向かっていく。
「た、隊長……」
「貴様ら、今すべき仕事を忘れたのか!? ただちに任務に戻れ!」
遠くを歩いている私達にも聞こえるほどの怒鳴り声が響き渡った。
……あの兵士たち、サボってたの?
「はっ!」
広場で話していた兵士たちは町に散って行った。
隊長……? それにしても大きな声……。
心臓が止まるかと思っちゃったよ……。
「驚きましたね。私たちの事かと思ってしまいました」
「ああ、しかし、いったい何の話をしていたんだ?」
「分からないままだよね……」
盗み聞きしようとする前に、広場に居た兵士を追い払われたような物だしね。
「気になりますが、まあ、今考えてもしょうがないでしょう。早くギルドに向かいましょう」
「そうだね。……ちゃんと報酬、払ってくれるのかな?」
まあ、前に来たときみたいにジルが交渉に出ると言う手もあるだろうけど……。
「私が何とかするしかないでしょうね。まあ、任せてください」
「任せるぞ、ジル」
「ええ。絶対に報酬は払っていただきますよ」
ルシファーとジルのそんな会話を聞きながら、私たちはギルドの入り口を開いた。
ギルドの中は相変わらず閑散としていて、受付の女の子以外誰も居ない。
「いらっしゃいませ。本日はどのような……」
「依頼の報告です。先日、バグッタの調査を行う依頼を受けた者ですが……」
受付の女の子の言葉にかぶせるようにジルが発言する。
まだフードを取っていないから相手には顔は見えていないみたい。
「え? ですけど、あの依頼なら勇者様の専用依頼に……」
「おかしいですね。私は確かに、貴方からその依頼を受けましたよ?」
「そんなはずないです。私は、勇者様の依頼しか……っ!?」
恐らく、勇者様の依頼しか受注していない、と言おうとしたんだろうけど、その前にジルがフードを軽く上げて相手の女の子に顔が見えるようにした。
女の子はようやく相手が誰なのか思い出したのか、みるみる顔の表情をこわばらせていく。
「思い出しました? 匠討伐の件もですけど、あんまり口答えしていると、このギルドの悪評と勇者様の悪評を町中に触れ回りますよ? 報酬は払ってもらいます」
「ふ、ふん。無駄ですよ! この国は、もう勇者様の物なんですからね! そんな脅し、効きません! 私を脅したって、勇者様の御力があれば全て無駄になるんです!」
この国は勇者様の物? ……一体、どういう事なの?
「へえ、そうですか。ですけど、まあ、洗脳してしまえばどうってことないですよね?」
「え? せ、洗脳? な、何言ってるんですか! そんな禁呪使える人間がいるわけ……」
「(チャーム)右腕を上げなさい」
恐らく無言でチャームを詠唱したのか、ジルが右腕を上げろと命じると女の子の右腕は何かに引っ張られたかのように勝手に上がってしまった。
「な、何なんですかこれは!? 右腕が、右腕が降ろせません!」
自分の意思と関係なく突如右腕を上げた女の子が慌てながらも左腕を使い、なんとか右腕を下ろそうとする。
しかし、女の子がどれだけ左腕に力を入れても右腕を下ろすことは出来なかった。
「理解できました? 私に逆らったら、貴方の意思に関係なく報酬を頂きますよ? 前回の匠と今回のバグッタ、両方の分を」
「くっ、私は、そんな脅しには屈しません!」
「それに、洗脳するのは貴方でなくても良いんですよ? 知っていますか? 国と言うのは、トップを操ってしまえば自由に動かせるんです。貴方がここで私に逆らったら、誰が私の犠牲になるんでしょうね?」
これは交渉と言う名の明らかな脅しだけど、まあ、相手が相手だしね……。
依頼を受けていた事実すら無かったことにしようとしていたくらいだし……。
「で、ですけど、私は」
「それに、この場で貴方を操ってしまえば、貴方の意思に関係なく報酬が貰えるんです。わざわざそうしない理由は、分かりますよね? 貴方に選択の余地をあげているんですよ? もし報酬が欲しいだけなら、出会いがしらに貴方を操ってしまえばいいんですから」
「………………」
ジルの言葉を聞いて黙り込む女の子。
これで諦めてちゃんと報酬を払ってくれたらいいんだけど……。
「それに、考えてくださいよ。ここで貴方が洗脳されちゃったら、私は貴方に、誰彼構わず依頼を受けさせ、報酬もちゃんと渡すように命令しますよ? 一方、ここで貴方が私に操られることなく、ちゃんと報酬を払えば、その後何をしようとそれは貴方の勝手です。どっちがいいのか、言うまでもないですよね?」
まあ、これでこの子が言う事を聞いたら、私達と無関係の人はこれまで通り、全く救われないんだよね……。
でも、今は他の冒険者の事まで気にしていられないか。
「……………………こちらが、前回の匠討伐依頼及び、今回のバグッタ調査依頼、報酬になります。バグッタ調査依頼の報告をお願いします(この人にちゃんと報酬を払えばこれまで通りやれるなら、これを捨てれば今まで通り……)」
「賢明な判断、ありがとうございます。そうですね……結論から言わせていただくと、異界、という言葉がぴったりでしたね。魔物も居ますし、人が住める世界ではありません。あちこちに白骨が転がっていました(まあ、安全な世界だと知られて踏み込まれると困りますし、出まかせを言っておけばいいでしょう)」
って、思いっきり出鱈目な報告じゃない……。
何考えてるの、ジル!?
「そうですか。では、戦えない者がそこに逃げ込んだとしたら、どうなると思いますか?」
「死にますね。間違いなく。戦える私達だからこそ、生きて帰ることができた世界です(こう言えば、相変わらず恐ろしい場所だと認識するでしょうし、この国の兵士が近づくことはないでしょう)」
戦えない者が逃げ込んだら、って、何か不吉な事を言うよね……。
まあ、そんなことまずありえ……この国だと、あり、える?
「そうですか。ありがとうございました。それでは(もう二度と来ないでください!)」
「ええ。報酬、確かに受け取らせていただきました(まあ、ここで依頼を受ける理由などもうありませんね)」
……まあ、ちゃんと報酬は貰えたし、さっさとバグッタに戻ろうか……。
こんな場所にもう用はないしね。