服を作ってもらいましょう
店の中に入った私たちの目に飛び込んできたのは、透明な壁――――ガラスの奥に陳列された衣装の数々だった。
さっき外で見かけた男の人が着ていた騎士の服や女の子が着ていた黒いローブと三角帽子、ジルが貰った導師の衣装の他にも、暗黒騎士の衣装、と題された全身真っ黒な鎧兜の衣装や、賢者の衣装と題されたローブなど、それぞれ個別の職業を意識したような変わった服がたくさん陳列されていた。
「改めて見ると、すごいですね……これ」
「……見たことも無い服ばっかりだよ。でも、本当に素敵な服ばっかり……」
ジルも私も目の前に並べられたたくさんの衣装に釘付けになっていた。
「……暗黒騎士の衣装、か。……衣装と言いながら完全に鎧じゃないのか?」
「だよね。これってどこからどう見ても金属製だよ」
「そりゃ、騎士が着るような衣装を絹糸で作るわけにもいきませんから」
ルシファーとマディスの呟きに答えるように、店の奥から赤色の羽根つき帽子とコート姿の女の人が現れた。
……この人の着てる服、確か土管を挟んだ反対側の町で見た……。この店の店員さん?
「職衣装にようこそ。わざわざここに来たって事は、あの衣装の中に欲しい物があるって事かな?」
「それもあるんですけど……」
どちらかと言うと、普通の服より数段頑丈な服が欲しいと言うか……。
「? ……もしかして、冒険者?」
「はい。強力な――――」
「強力な防具、ううん、この場合服かしら。も欲しい、と言うわけね」
強力な防具って言い切ったって事は、そういった客もたくさん来るのかな?
「もちろん。鍛冶屋と服屋を融合させた商売だから、頑丈な衣装を作ってくれ、って依頼は良く受けるわ」
「本当ですか!? じゃあ……」
ジルが取り出したのは導師の衣装。……本当に強化して着るつもりなんだ……。
「……これ、隣のエリアのドームでもらった物ね? この手触り、ただの衣装の物だわ」
「はい」
「……残念だけど、さすがに、これを更に加工するってのは無理かな。これは、作る段階から違う素材を使わないといけないから」
「あ……そうなんですか……」
ジルが今持ってるそれを強化するわけじゃ無いんだね。
まあ、既に出来てる衣装を改めて強化するのってすごく大変だろうし仕方ないのかな……。
「どうしてもと言うなら、改めて作るしかないわね。絹や羊毛はこちらで用意するけど、素材になる金属は持っている?」
「ありますよ。マディスさん、出してください」
「これなら使えると思うんだけど、どうかな?」
ジルに声をかけられたマディスがミスリルの塊を取り出し、店主の女性に手渡した。
……更に加工するのは無理、とか作り直すために必要な素材が、とか言ってるし、この人が店主で間違ってないよね?
「……うん。質に問題はないし、これなら、確かに冒険にも使えるような強度の衣装が作れるわね。貴方はこれで丈夫な導師の衣装を作ってほしいの?」
「はい。……他にも、単に強度を追求したミスリル製の服が欲しいんですけど」
「強度を追求した服? ……なるほど、確かに、今貴方たちが着ている服じゃあ、刃物は防げないわね」
たとえ防具が無くても当たらなければ問題ない! なんて言ってられないからね……。
あの魔族のようなものすごい速さで攻撃を繰り出してくる相手の場合、攻撃を防いだり避けることができないから……。
「……何を作れば良いかしら? 普通のミスリルクロークやミスリルローブ? それとも、見た目や形を変えてみる?」
「見た目や形を変える?」
……どういう事なんだろ?
「それを説明する前に、まずは普通のミスリルクロークやミスリルローブを見てもらう必要があるわね。ちょっとこっちに来て、これを見てくれる?」
店主の女性に案内されたのは店の一角。
そこには、ミスリル製と思われる装備品がいくつもガラスの奥に陳列されていた。
……ナイフ、大剣、剣、槍、手斧、斧、ハルバード、弓、服、ローブ、兜、帽子、鎧、靴……ざっと見ただけでこれだけの種類があった。
女性はそのガラスの奥にある服とローブを指さす。
「あれが、特に形を変えなかったりした場合の完成形よ」
女性が指さす先にあるミスリルの服とローブ。それらは私がイメージした物と全く同じ形だった。
文字通りミスリルだけで構成されたらしく、服の色は全身薄緑で、模様なども何一つない。
横に置いてあるミスリル製の鎧との違いは単に鎧の形をしているのか、服やローブの形をしているか、ただそれだけだった。なんていうか……。
「……ミスリル一色ですね……」
「これを常日頃着ようとはちょっと思えないよ……」
ジルとマディスも微妙な顔をしている。
……やっぱり、不恰好すぎるよね?
鎧なら金属の輝きが自然に映えるけど、服が全身一色の輝きを放つってのはいくらなんでも……。
「でしょうね。その反応が普通よ。鎧ならまだしも、服やローブだもの。金属製のローブなんて誰もイメージできないでしょ?」
そう言って悪戯っぽく笑う女性。
……確かに、鉄のローブや鋼のローブなんて聞いたことも無いし、鋼で出来た服なんてのも……。
「……ルーチェさん。それはもう鎧ですよ?」
「鋼で出来た服なんて、もう鉄の鎧と変わらないと思うぞ?」
ジルとルシファーに突っ込まれた。
……だよね、そんな服は、もう服って言わないよ……。
「だから、形を工夫したり見た目を変えたりするのよ。こんな不恰好な物でも構わない! って人もいるみたいだけど、こんな服を着て旅をするなんて正気とは思えないわ」
この言葉を聞いて、町の入り口で出会った厚手の鎧の女の子を思い出した。
あんな不恰好な鎧を素晴らしいと思ってるなんて、いったいどんな感覚してるんだろ……。
「あれは酷かったですね。厚手の鎧はさすがに考え物です」
「あら……未だにああいった物を欲しがる人が居るのね……嘆かわしい」
ああいった物って言い切った?
知ってるの?
「もちろん知っているわ。あの厚手の鎧を売っている店の店主と私の考えは見事に正反対なのよ? いくら頑丈でも、あんな不恰好な鎧を人に着せるなんて、信じられない」
女性は頭に手を当てて嘆くようにそう言った。
……本当に、不恰好すぎるよね。胸の所だけ変に飛び出した鎧だから尚更……。
「……あれと同レベルの不恰好な物を着て旅をしないためにも、見た目と形はちゃんと変える事を勧めるわ」
「そうですね。……さすがに、これを日常的に着るわけには……」
全身ミスリル一色の服やローブはさすがに……。
でも、強度は大丈夫かな?
「大丈夫よ。そのためのミスリルなんだから。……さて、見た目と形を変える以上、デザインを考えないとね」
「そうですね。よろしくお願いします」
どんな外見にするのかなんて、まだ考えてないけど……。
「まあ、いきなりだからね。どうしても思いつかないんだったら、今着ている服と同じ見た目にしてあげましょうか?」
「今着ている服と同じ見た目?」
今着ている服……テラントの魔術師のローブだよね。
暗い紫色一色で模様も何もないけど……。
「ルーチェさん、違う服に変えてみたらいいんじゃないですか? この賢者の衣装とか、似合いそうですよ?」
ジルが見せてきたのは陳列棚の奥にある賢者の衣装。
薄い青紫色のコートみたいなローブ姿の衣装だった。
……確かに悪くないけど、でも……。
「私、魔術師だし、回復や補助の魔術は……」
「……そっちですか?」
呆れたような目で私を見るジル。
でも……。
「……真面目すぎるな」
「そこまで気にすることかな?」
……私の方が変なのかな?
そんなことないと思うんだけど……。
「そもそも、今作ってもらおうとしているのは全然関係ない服なんですよ?」
「え? それは分かってるけど……」
……まあ、これを着るわけじゃないなら見た目が近くても関係ないか。
と言っても、色の方はどうしよう?
「僕はこれと同じ服でいいかな」
「良いんですか、マディスさん?」
「まあ、変に違う服に変えるのもちょっと違和感があるからね」
マディスは灰色のコートと黒色の服のまま?
……そういえば変えないって選択もあるんだよね。
「俺も今着ているのと同じ物で良い。どのみち上から鎧を着る以上、腕部分が頑丈になれば構わない」
「まあ、ルシファーさんの場合は上からミスリルの鎧を着ますしね」
「そうなの? まあ、それなら着ている服の見た目を変えてもあまり変わらないわね」
……確かに、ルシファーは鎧を着る関係上、下に着ている服の見た目はあまり反映されないよね。
赤色の服に細かく黒い線が入った服なんて、すごく珍しいんだけど。
「……私は、どうしましょうか……。今着ている服と同じ物でも別にかまわないんですけど……」
「じっくり考えて決めてくれればいいわ。……さて、とりあえず、二人の分だけでも先に採寸しちゃいましょうか」
どんな服にしようか考えている私とジルを置いて、三人は店の奥に行ってしまった。
「……ルーチェさん、決まりそうですか?」
「ジルが見せてくれたこのローブの色違いにしようと思ってる。けど、何色にしようか決まらなくて……。ジルはどう?」
「今着ている服と同じ物で良いような気もするんですが、そう簡単に決められません……」
ジルの今の格好は動きやすさを重視してるのか長袖と長ズボン。
……似たような衣装、あればいいんだけど……。
「……あれ? あの服……」
ガラスの奥に並べられた衣装の中からジルに合いそうな服を探していたら、合いそうな服を見つけた。
見た目は黄色とオレンジを基調にした半袖半ズボンの衣装で、鎧やローブと違って動きやすそうな衣装だった。
「何か見つけたんですか、ルーチェさん?」
「あの服、ちょっと見た目を変えればジルに似合うんじゃないかかなって。ほら、あれ」
声をかけてきたジルにその衣装の場所を見るよう促す。
「……亜流騎士の衣装、ですか。えっと――――正規の型から外れた特殊な戦い方を得意とする亜流騎士。その戦い方は非常に特殊で、武器でない物まで武器として戦う……なるほど」
「ジルって変わった戦い方してるからね。どうかな、この衣装?」
だって、フォークとテーブルナイフを武器にするような戦い方だし。
やっていることは大剣を振り回しつつ、短剣で牽制する双剣のような戦い方だけど。
「……悪くないですね。これの見た目を少し変えた物にしましょうか」
「じゃあ、後は色かな?」
まあ、私もまだどんな色にするのかが決まっていないんだけど……。
「無難に白色にしておきます?」
「ん~……どうしよう……」
白色のローブ……確かにいいけど、この衣装みたいなコート型のローブだと、白一色はちょっと……。
「何かしらの模様みたいなものを入れてみます? ルシファーさんの服みたいに」
「ああ、それ良いかも」
そう言えば、ルシファーの着ていた服は赤を基調にしたものに黒色の線が入ってたよね?
色はさすがに変えるけど、あれと似たような感じで……。
「私も、そんな感じにしてみましょうか。色の方ももう決まりましたよ」
「そう? じゃあ、私達も奥に行こうか」
「ええ。行きましょう、ルーチェさん」
ジルも考えがまとまったみたいなので、私とジルは店の奥に向かって行った。
ーーーー
「……うん。これで二人の採寸は終わりよ。四人全員の分を作るとなると、完成まで、大体七日はかかるわね」
「四人分作ってもらうし、まあ仕方ないよね」
「ああ」
私たちが店の奥に入ると、ルシファーとマディスの採寸はもう終わっていた。
後はもう私たちの服だけ?
「そうなるわね。どういう感じにするのか決まったの?」
店主の女性が私の方を見て服の事を尋ねてきた。
「はい。私は、ここに置いてあったあの「賢者の衣装」と似たような感じの服が……」
「賢者の衣装を基にするのね。それで、見た目は……」
「えっと、白を基調にした服に、ルシファー――――そこの金髪の男の子の服の黒色の部分みたいなラインを、金色で入れてほしいんですけど」
これで伝わった、かな……?
「……賢者の衣装を白くしたものに、金色のライン……。ラインは細くしておく、太くする?」
「細くしてください。細くして、全身に張り巡らせるように入れて欲しいです」
「なるほど、ルーンね。分かったわ。他に、注文はある?」
……他には……無いよね。
うん、それだけ、かな。
「よし、じゃあ次は貴方ね」
女性がジルの方を見る。
「はい。私は……亜流騎士の衣装、でしたっけ? あれを長袖長ズボンにした上で、ちょっと見た目を変えた物が欲しいんですが」
「亜流騎士の衣装の長袖……分かったわ。それで、どんな見た目にするの?」
「そうですね……黒色の服に、ルーチェさんが頼んだような線の加工を銀色でお願いします。上下どちらも」
「上下どちらも? 分かったわ」
「それと、上着として灰色のコートもお願いします」
ジルは上着まで作ってもらうんだ。
……まあ、寒い場所での戦いになったりしたら必要かもしれないけど。
「上着ね。了解。それでいいの?」
「はい。お願いします」
何にしろ、これで終わりかな?
「よし、じゃあ、最後は貴方たち二人の採寸ね」
「俺とマディスはさっきの衣装でも見ている。終わったら出てこい」
「うん、分かった。じゃあ後でね、ルシファー」
ルシファーとマディスが出ていき、私たちの採寸が始まる。
……さっきの話を聞く限り、七日はかかるんだよね?
「ええ。だから、それまで待っていてもらうことになるわね」
「……盾も含めて時間がかかりますし、防具が完成するまで土管の通路の途中の壁も壊せません。一度バグリャに戻って調査報告に行きます?」
「……そうだね。バグリャ勇者に見つからないように変装用の衣装だけ買って一度戻ろうか」