クリスマスと、イブ
「それではっ、クリスマスイブと私たちの友情を祝してカンパーイッ!」
本当は大きな声で音頭を取りたいのだが、店員さんの目があるのでボリュームは小さめに抑えた。
キンキン、と軽やかな音を鳴らしてお互いのグラスをぶつけ合う。
グラスに入っている氷がオレンジ色の照明を反射して幻想的にきらめく。
「でも、時間が時間なだけあってお客さん、いないね」
ただ今の時刻は午前10時。開店時間に合わせてきたので、一番乗りだ。
「ちょうどいいじゃん、さっそく作戦会議始めようよ!」
「その前に腹ごしらえ。何頼む?」
「私ベーグル!白身魚のやつね」
「あたしもそれ!」
「私は……卵スープで」
「わたしは本日のケーキにする」
私たちの注文を待ちかまえていたウェイトレスさんを呼んで注文する。
私たちが集まった訳は、明日に迫ったクリスマスを好きな人とらぶらぶして過ごすため! 具体的な作戦を練ろうと考えたのだ。
ここで軽く話をした後、槙の家に集まって告白の手はずを整えることになっている。そこで化粧やら何やらの細々しいことを施してもらうのだ。
槙には姉が3人いるのだが、その姉達の化粧を見たり手伝ったりするうちにメイクやらネイルやらの技術が上がり、メイク道具も姉たちから貰ったものがたくさんあるというので協力してもらうことにした。
ただし、私たちは冬休みだが、世間は平日。忙しい朝にお邪魔しては申し訳ないので、とりあえずファミレスで作戦会議を開きつつ待機しようということになった。
「ねぇ、皆はもう約束を取り付けた?」
マフラー、手袋、ニット帽とぱっと見だけでも分かるほどの重装備をしている槙。他のメンバーに比べておしゃれな服装でないのは、他の3人と違い、そういう(・・・・)予定がないからだ。極度の寒がりだということも関係してはいるが。
「あー、あたしはほら、相手が相手だしさ、直接家に行けばいいじゃんって思って」
と、甘い考えを口にしたのは奈那希。彼女のお相手はお隣のお兄ちゃんで、妹としてしか見られていないことが悩みである。
「かーっ、甘いなあ、奈那希。じゃあ、誘いに行ったときにお兄さんいなかったらどうすんの?」
「いいでしょ別に。なんとかなるもんね~」
ポニーテールにした髪を揺らしてそっぽを向く奈那希。妹としか見られていないのもわかる気がする。
「そういう夏輝はどうなのよ、ケンカしたっきり口もきいてないくせに」
「うっ……これから仲直りするんだもん」
奈那希の鋭い指摘に、夏輝の頭に付いているおだんごが動揺したように震えた。
「はーいはい、そんな二人は置いといて、結城は旭君のことちゃんと誘えたの?」
終わりなき言い争いに発展しかけたループをやんわり断ち切ったのは槙。
ケンカっぱやく、暴走しがちな奈那希と夏輝に、おとなしくて内気な結城。このグループが成り立っているのは、槙という調整役がいるからといっても過言ではない。
「うん、一応。昨日学校で言っておいたんだ」
「来るって?」
「うん」
「やったーっ!」
「よかったーっ!」
パンっとハイタッチした奈那希と夏輝が同時に結城に抱きつく。なんだかんだいっても結城のことを一番に心配していたのは彼女たちなのだ。
「よかったねぇ、結城」
「えへへ、ありがと、槙」
「うちらにはいってくれないわけー?」
「奈那希と夏輝も、ありがとっ」
4人が盛り上がってきたところで注文していた食事が届いた。
2時少し前くらいに行くと伝えてあるので、だいぶ時間は余っている。早く集まりすぎたかもしれない。
それぞれの恋話を披露しつつの長いご飯を食べ終えて店を出たのがちょうど1時半。
そこから直で槙の家へ向かう。
「「「お邪魔しまーすっ」」」
小学校からの付き合いなので、勝手知ったるなんとかである。
出てきたお姉さんたちに挨拶をして2階に上がった。
「今日のことお姉ちゃんたちに話したら真雪お姉ちゃんに手伝おうかーっていわれたんだけど……どうする?」
「マジで!じゃあお願いしちゃおうよ」
「じゃあ、呼んでくるね」
とととんっと槙が階下に下りていく間に少女たちはいつもの定位置に座ってゆったりと足をのばす。
「あー、緊張するなぁ。わたし、あと2時間後には旭君に告白してるんだよ」
「うん、-――うまく、いくといいね」
どうしよう、わたしちゃんと言えるかなあ……と不安そうに体育座りで丸くなっていた結城がガバリと顔をあげて、来なかったらどうしようっと根本から覆すようなことを言う。
「結城ってば………心配し過ぎ!大丈夫だから落ち着きなって」
「夏輝の大丈夫は信用できないよぅ」
「やーい、夏輝信用できないって」
「奈那希うるさいっ」
「おうおう、盛り上っとりますなあ」
「真雪さん!」
かちゃりとドアが開いて槙が真雪さんを連れて入ってきた。
「告白するんだって?アタシが飛び切りきれいにしたげるから、まかしといて!」
「はい、頑張りますっ!」
豪気で、つい「姉貴ッ」と呼びたくなってしまうほど男らしい性格の真雪さん。他のお姉さんたちも相当に個性豊かな人たちなのだが、それはまた別の機会に話すことにしよう。
「結城ちゃん、告白に行くのって何時なの?」
「あ、えーっと、4時の予定です」
結城の返事に満足げな微笑を浮かべた真雪さん。
「時間は十分だね。早速はじめるよ、槙、あんたはほれ、そこのやつは全部使っていいから、奈那希ちゃんと夏輝ちゃんのやったげて」
「はいなー」
「ほら、結城ちゃんはこっち来て」
「はいっ」
夏輝と奈那希、槙は部屋の真ん中に置かれたメイク道具達から右側を、真雪と結城が左側を使ってメイクを開始。
「じゃあ、まず下地から塗ってくよ。髪を後ろできっちりめにまとめてもらっていい?」
「下地……そこまでやるんですね」
三つ編みにしていた髪を解き、後ろで束ね、続いて渡されたコンゴルドで前髪を止める。
「もちろん………これから一世一代の偉業を成し遂げるわけでしょ?どうせなら一番可愛い自分でいたいじゃん」
下地を塗り終えた真雪さんが下地のチューブをファンデーションに持ち替えて、これまた慣れた手つきで塗っていく。滑らかな動きで“顔”を作る真雪さんの指はすごく速い動きをしているのに、肌に伝わる感触は優しく、ウトウトとまどろんでしまいそうなほどだ。
そっと薄目を開けてみる。
「じっとしててッ「ごめんなさいっ」」
一瞬覗けた真雪さんは自分の仕事に全力を傾けている人だけが見せる、真剣な表情をしていた。
実際、真雪さんの柔らかな指に誘われて少し眠ってしまったのかもしれない。昨日は不安でよく眠れなかったから、朝からなんども欠伸を噛み殺していたのだ。
「よーし、ファンデOK、アイメイクOK、チークもこんなもんでいいだろ、あとはリップだな」
「おおー、だいぶ変わったね」
「だろう?元がいいから余計にメイクも引き立つよなぁ」
「鏡で見せるのが楽しみっ」
聞こえてくる声の感じからすると奈那希と夏輝もこっちを見ている様子。自分たちのは終わったのだろうか。
「おい、口紅にはどれがいいと思う?」
「んーー、全体的に白っぽいし、こっちのサーモンピンクの方がよくないかな」
「ええー、こっちの赤いほうのが引き立つって」
「じゃあこうしよう、チェリーピンク!こっちにあったと思ったんだけどなあ」
かちゃかちゃ――おそらくはそばにあるメイク道具をあさっている音だろう――しばらくそんな音が聞こえていたかと思うと、あった!という真雪さんの歓喜の声が鼓膜を揺らした。
「あのー、私、目を開けちゃいけませんか……?」
「あぁ、ごめんごめん。どーぞ、鏡見る?」
恐る恐る目を開けて差し出された鏡をのぞく。いままでも部分的にちょこちょことやってみたことはあったけどここまでやったのは初めてで、怖いような、嬉しいような。
「う……わぁ」
困惑とも、喜びともとれる声をあげた結城のそばにわらわらと皆が群がる。
「どう? 結構いい感じに仕上がったと思うんだけど」
「すごいです、全然もう、なんていうか―――これ、わたしですか?」
鏡を見たまま微動だにしない結城。
完璧にメイクした顔の中で唯一未完成のままの唇が、別人みたい、こんなに変わるんだ……と驚きを隠さないつぶやきを漏らす。
鏡に映る結城は、いつもにも増して白く、透明感のある肌をし、頬は薄い桃色に色づいている。コンプレックスでもあった短いまつ毛はさりげなく長くなって目元を彩っていたし、一重瞼はそのままだったが、こうなってみるとその方が合っているような気がする。
総じて言うと、彼女の元来持つ大人っぽく優しげな印象を前面に押し出した、まさに彼女のためのメイクだ。
「けど、ちょっと顔が重たいかも」
照れくさそうにはにかむ結城。さて次はみんなのメイクを見ようかと回した頭をぐいっと強引に鏡の方のむけられる。
「感動したところで次は髪をやるからね、冗談言う元気があるならいけるでしょ、ほら前向いて」
「うぅ、はーい」
それまで止めてあった前髪はおろし、髪も解いて先ずは梳かすことから始める。
真雪のたおやかな手が結城の細い髪を着々と結いあげていく。
どんなふうにするかはもう決めてあった。こっちの髪をこうして、あっちはねじってピンでとめて……
暇になってしまった面々は部屋の漫画を読み始めているので、部屋は非常に静かである。
刻々と時を刻む時計の音が空間を支配し、響いている。
~♪
びくっと身をすくめたのは全員同時。終始真剣な顔で取り組んでいた真雪も、この時ばかりは肩を揺らした。
静寂を破ったのは美しいクラシックだった。
夏輝があわてて音の発信源である携帯を手に取り開く。
音が鳴りやまないことから、おそらく電話なのだろう。
画面の表示を見た夏輝の目がぱっと輝き、すぐに耳に当てようとするが友達からの注目を一身に浴びていることに気がつき部屋を出る。
もちろん槙と奈那希は扉に耳をくっつけて出歯亀の用意。
結城は無言で真雪に「聴きに行きたい」と訴えたものの完全にスルーされてしまった。
紙コップまで取り出して聞き耳を立てようとする二人だが、どうやら聞こえないらしく難しい顔をしている。
「………分かった、すぐ行く!」
足音とともに夏輝の声が近づいてくるといきなりドアを開け放った。
このドアが外から内側に向かって開けるタイプのドアだったため、当然そこにいた2人はおでこやら耳やらを抑えて悶絶している。開いたドアで強打したのだろう。
鼻息も荒く部屋に戻ってきた夏輝はその勢いをそのままに、
「ごめん!先帰る!!!」
一言そう告げ、バタン! と乱暴に扉を閉めて、行ってしまった。
数秒もたたないうちに窓の外からがたん!と音がして自転車が走り去っていく音が聞こえた。
「………夏輝、彼氏と仲直りできるといいね」
ただ1人すべてを察した結城は小さく言ったが、今だ唸っている2人には聞こえていないようだった。
「3時15分、メイクアップ大作戦終了~っ!!」
最後の仕上げと、ヘアスプレーをまんべんなくかけて髪を固める。
このスプレー、ジャスミンの香りもするようになっていて香水の意味も兼ねている。
じっと座っているだけでも香るほど強いにおいだが、意外と嫌ではなく、心地よい。
旭君はどう思うだろう? とつい心配になるが、真雪さんの言葉を思い出して自分に喝を入れる。
前をむいて、アタシがきれいにした結城を信じな!
最後にリップを塗る時、真雪さんはすぐに下を向いて悩みだす私の頬を両手で包みこんでそういった。
今日は、その言葉とメイクの最中に見せた真剣な瞳が私のお守りだ。
告白の場所に選んだのは、学校から近い所にある教会。
それらしすぎるかな、とは思ったが、その教会は牧師さんの親しみやすさから他の生徒の出入りも多く、うちの学校の生徒には身近な場所だ。よく相談事を持ちかけるらしい。牧師さんも公認しているため、人気の告白スポットでもある。
一応OKはとれたものの、どうやらそのあとに用事があるらしく分かりやすい場所がいいと言われていたということもある。
槙の家から教会までは徒歩約25分。
微妙なところだが、もうそろそろ出発した方がいいだろう。
奈那希と槙はまだここでのんびりするらしいので、ここからは本当に1人で行かなければならない。
覚悟を決めて階下へ降り、槙の家族に一言告げて玄関へ。
気分は戦争前の兵士だ。結城にとって告白とは戦場における戦いに等しい。
ブーツのチャックをあげ、しっかりと大地を踏みしめて立ち上がる。
視界の端に大きな姿見がはいった。
正面で向き合って上から下まで見直す。
絡まりやすくまとめにくい髪は左をリボンも取り交ぜての編みこみに、そうして右に流した髪は耳の位置でおだんごにした後、緩やかに胸元までかかっている。
服はいろいろな雑誌を読んで研究した結果、クラシカルにまとめた。
上品で、しかし女の子らしいラインのワンピース。ざく編みのストールも羽織って寒そうには見せないように工夫した。
着膨れずに暖かい装いをするのはなかなか至難の業なのだ。
足には黒のストッキング。細く見えるような視覚効果があるものを採用。自分では違いが分からないが、使わないよりは……ということだ。
ブーツは白の編みあげ。向こうに着くまでに汚さないように気を付けなければ。
全体的に茶色っぽいが、リボンの黄色やストッキングの黒、ブーツの白など、決して地味ではない。
自分のものしか使っていないのでそこまで凝ることは出来なかったが、今の自分にとってはベストといってもいい。
うしッ、と真雪をまねた掛け声をかけ、チェリーピンクの口元をぎゅっと引き締める。
それから1、2度笑顔の練習。よかった、引きつってない。
持ち物確認。小さなハンドバッグには手直し用のメイク道具がはいっている。その一つ一つを確認して再びふたを閉めた。
「行ってきます」
誰もいない後ろに向かって静かにそう言い、ドアを開ける。
冬の風は冷たく痛いほど。しかし道にはさんさんと日差しが降り注いでいた。
「あー、結城行っちゃった、私どうしようかなぁ、行くのやめようかなぁ」
「………」
「ねえ、きいてる? ねえ、槙ってばー! あーぁ、今が夏だったらよかったのに」
「……なんでさ?」
「だって、冬になると一気に動かなくなるじゃん、槙って」
「………」
「口だけは冬も変わらず達者なんだけどね」
「ついていってあげようかと思ったけどやーめた」
「ごめん! 機嫌直して下さいよ槙様ー」
「うっわぁ現金。 ……仕方ないなあ」
重い腰をあげて表へ出る。
陽は大分落ちてきたが、そこまで冷えてはいなかった。
白い息を吐き、しばし怪獣ごっこ。何というか、本当に私たちは高校生なのだろうか?
そんな馬鹿を繰り広げながらの道中、両方の携帯電話が同時になった。 すぐに切れた。 メールだ。
本文には一言、『リア充です!』。
添付された写真を開けば、夏輝の彼氏、棗君が夏輝をその腕に抱きしめる形で写っている。棗君の伸ばされた腕から、自分撮りだと分かる。まあ、人に頼んで取ってもらうような写真ではないので当然か。
「仲直りしたんだねえ」
「この文は男っ気のないわたしへの嫌みか」
「槙は深く考え過ぎー。 もっと楽に生きなって」
「結城はどうだったんだろ」
「そう言えば、まだ来ないね」
「メールしてみよっか」
報告できる気分ではないんじゃ、と暗い予感が走り、ボタンを押す指が一瞬止まる。
しかし、慰めるにしても祝うにしても聞いておかなければ。
ポチリ。
微妙な間をおいて着信音が鳴る。
『告白できました。泣きそう』
これってどっちの意味? 物も言わずに顔を見合わせてアイコンタクト。
傍にあったベンチに腰を掛け次のメールを待った。
おなかに貼ったカイロで手を温め、無言で座っていると、横で私と同じ様に座っていた奈那希がぐるんとこっちに向きなおって一言、
「後は頼んだ!」
奈那希が走っていったのはごくふつうの歩道橋で、特に変わった様子もない。
人が一人、歩いているくらいで……。
~♪
あわてて携帯を開き、食いつくほどの勢いで届いたメールを読む。
もたらされた知らせにホッとため息が出た。
まだ年も明けない12月。
からりと晴れた青空の下、ピンク色の季節は、一足先にやってきたようだ。
拙作『クリスマスと、イブ』楽しんでいただけたでしょうか。
タグにも付けておきましたが、この小説は連作となっております。
また後日残りの短編を出しますが、そちらの方も読んで頂けたら幸いです。
まだまだ技術が足りない私ですので、感想・意見などぜひぜひ教えて下さい!
はじめましてな方も、辛口な意見も、お待ちしております!
それでは、またどこかでお会いできることを祈っております。