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自分の友達が、…凛がもうすぐ死ぬんだって分かった時、あたしは一瞬「純」じゃなくなった。久しぶりの感覚だった。一瞬だけあたしは、「わたし」になった。
いつの間にか、彼女のことが好きになっていた。恋愛感情とかそういうのじゃない。説明しろって言われると分からないんだけど、友情以上の感情。
多分、許してほしいんだ。そして、気付いてほしい。彼女ならそうしてくれるんじゃないかって、期待してるんだきっと。勝手に。
「ただいまー」
なるべく明るい声で、玄関を開けた。雨に濡れていたので、タオルを取りに洗面所へ向かう。その間ずっと、奥の部屋から「純、純」と呼んでいる母の声が聞こえていた。
タオルで頭を拭きながら、寝室のドアを開ける。ベッドの上の母は、私の顔を見て安堵の表情を浮かべた。
「おかえりなさい。遅かったから心配してたのよ?まあ、びしょ濡れじゃない」
「…うん」
「あら?どうしたの、それ」
母に言われて、自分の手元を見る。
雨が降る前にいつもの駄菓子屋で買った、アイスのゴミだった。
それを見た瞬間、しまったと思う。ゴミ箱に捨ててくるのを、すっかり忘れていた。
母は首をかしげながら、笑った。
「純がバニラアイスだなんて、珍しい」
「そうだね。これは、翠が好きだったアイスだもんね」
そう言うと母は一瞬だけ顔を曇らせた。それからふっと笑顔を作ると、
「そんなこと、よく覚えてたわね。純は本当に優しい子」
と、かすれた声で言った。
「…。」
私は無言で、アイスのごみを握り潰す。
失敗した。今度から気をつけないと。