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そのうち私は、毎日墓参りに行くようになった。墓参りに行ったら絶対に純に会えるから。雨の日でも墓参りに行った。そして近くにあるお寺で雨宿りしながら、いろんなことを話した。
純は本当に、ひまわりみたいな人だと思う。私はあっという間に純に惹かれた。彼女は魅力的だった。明るくて、優しくて、知的で。ただ、何故か彼女には影が見えるときがあった。何かを抱えこんでいるような、暗い影が。ひまわりは花が大きければ大きいほど、少し下を向いただけで大きな影ができる。
だけど彼女は少し影を見せた後は、いつも綺麗な顔で笑った。私は彼女の笑顔に惚れてるんだと思う。彼女が笑ってるのを見ると、自分の心も少し軽くなるような気がした。
けれど私は、いつか彼女に言わなければならない。
「ここってさあ、春になったらすっごい綺麗だよね。桜が咲いて」
緑の葉っぱがキラキラと光っている木を見ながら、純が笑った。今日は珍しく、彼女はバニラアイスを食べている。いつもはクリーム系のアイスなんて食べないのに。彼女にそう言ったら、「たまには違うのも食べたくなるんだよ」と言って笑った。
純はおいしそうにバニラアイスを食べながら、緑の葉っぱのように目をキラキラさせた。
「ね、来年さー。お花見しよ!!ここで」
「ええ!?墓地でお花見!?」
笑いながらアイスを食べる。食べるふりをする。そうやって、自分をごまかす。
多分私は、来年桜が咲くころにはもうここには来れない。
それをいつか、彼女に言わなければならなかった。
良かったのは、彼女に出会えたこと。悪かったことは、彼女に出会ってしまったこと。
私はいつの間にか、死にたくなくなっていた。
死にたい、と思うことが少なくなっていった。むしろ勿体ないと思った。彼女と、純といる時間は楽しい。今まで上辺だけの友達しか作らなかった私が、初めて心の底から笑いあえるような友達を作れた。いや、友達になってくれたんだ、純が。
死ぬのが怖いとか嫌だとか、そんなことは思わなかった。ただ、勿体ないと思った。もう少しだけ、長く生きれたら。あるいは、もっと早くに彼女に出会えていたらよかったのにと思う。
「まだ死にたいって思ってる?」
彼女の声はとても静かだった。駅に向かう途中で急に雨が降り出し、シャッターの閉まっている文具店のひさしの下で、雨宿りをしているときだった。
「え?」
純はまっすぐに前を見ていた。視線の先には、路肩に停まっている軽トラック。それを見ているのか見ていないのか、とにかく彼女は前を向いていた。
「…将来のことを話すたびに、凛の顔がちょっと曇る。暗くなる。だから」
彼女の声は透き通っていた。その言葉には、透明な感情が込められていた。私には、それが悲しみなのか、怒りなのか分からなかった。
「自分で死ぬ気は、ないよ」
彼女と同じく、前を見ながら小さな声で呟いた。何故か大きな声では言えなかった。
「…でもね、私はもうすぐ死んじゃうんだ」
純がこちらを見上げたのが分かったけれど、私は純の顔を見れなかった。
「病気なの。もう、治らない。だから私、…長くは生きられないんだ」
なるべくさらっと言うつもりだったのに、途中でつっかえて、声が震えた。
ひさしを叩く雨の音が頭上で響く。私はそっと、純の方を見た。
彼女の目は震えていた。だけど、泣かなかった。
「…そうだったんだ」
声に、悲しみの色がついた。だけど同情とか憐れみとか、そんな声ではなかった。彼女は大きなため息をつくと、パッと上を見上げた。
「言っとくけど、あたしは泣かないよ」
その声は思いっきり震えていた。私は自分が今、どんな顔をしているのか自分でも分からなかった。もしかしたら、泣いているのかもしれない。
「まだ凛は生きてる。だから諦めないし、泣かない。凛が死んじゃっても、泣かない」
純がゆっくりと、顔をこちらに向けた。その眼はまだ震えていた。だけど、私の顔をまっすぐに見つめて言った。
「凛が死んだら、あたしは凛のお墓の前で笑うよ。にこにこしながら手を合わせる。そっちの方が、あたしらしいでしょ?」
私は笑った。彼女は強い。そして、強がりだった。
「そうね。そっちの方がいい。そうしてほしい」
私の墓の前でひまわりのように笑う、純の姿を想像した。
私がその姿を見ることは、ないけれど。