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桜の花びらが舞う頃。黒い服を着た華奢な彼女は、久しぶりにその場を訪れた。その手には小さな花束と、ビニール袋。
何度目かは分からない墓参り。しかし『彼女』にとっては、これが初めての墓参りだった。
墓の前に着くと、彼女は歌いながら墓の掃除をした。その歌声はとても澄んでいて、綺麗だった。丁寧に慎重に、けれども慣れた手つきで掃除をする。掃除が終わると、彼女は小さな花を活けて、ビニール袋から桜餅を取り出した。
「わたしは小さい花の方が好きだから、地味になっちゃったけど…。あと、アイス以外にいいのが思い浮かばなくて。…春だし、桜餅にしちゃった」
静かにそう言うと、墓石を見つめた。
少し冷たい風が吹いて、桜の花びらが舞い散った。彼女はそれを見て、ほほ笑んだ。
「お花見、できたじゃない。思ってたのと形は違うけど」
言い終えると、彼女は下を向いた。そして歌いだした。綺麗なその歌声は、どんどん震えが大きくなっていく。やがて彼女は歌うのをやめると、震える声で言った。
「今日でわたし、も終わりなんだ。わたしはまた、純として生きていく。もう決めたの。だから、あなたにこうやって会えるのは、今日が最後」
彼女は震える声で、けれどもはっきりとそう言った。それからふっと笑った。泣き出す時みたいに、小さく息を吐いて。
「ね、いつか話したよね。やっぱりわたしは、笑えないみたい」
彼女の目から、大粒の涙がこぼれおちた。顔をあげて、墓石を見ながら彼女はほほ笑んだ。
「凛、わたしはね。大切な人が死んだら、泣くの」
桜の花びらが舞い散る暖かな場所で、彼女は静かに泣き続けた。