壱ノ刻 一緒
『ここから逃げよう!!』
-でも。
『もう何にも縛られることは無いんだ!!』
-でも・・そうしたら僕達は・・。
漆黒の闇の中、一つの手が冷たい鳥籠の中にいた僕に差し出される。
『さぁ一緒に行こう』
躊躇いはあった、恐怖もあった、不安もあった。
けれど僕はその手を取ってしまった。
そして僕達は闇の中から抜け出した・・。
それはそう・・遠い・・昔の話・・・。
まだ僕が冷たく狭い鳥籠の中の事しか知らない時の事・・。
-ポタッ・・・。
真っ暗な漆黒の闇の中・・何処かで響く水の音。
遥か上空で輝く淡い光がその正体を露わにする。
白い肢体が宙に浮かび、肢体に絡みついた黒い鎖・・無数の傷口からは鎖を伝い鮮血が滴り落ちる。
漆黒の闇の中なのに、鮮血の赤は異常な雰囲気を出していた。
その中に佇むのは、体を覆うほどのフード付きの黒いコート。そして光に輝くのは銀髪だった。下を向いていたその人物が気配を感じ、顔を上げると・・透き通る様な青い瞳を持つまだ幼い少年だった。
『・・次の仕事だそうだ』
気配はそれだけを伝え気配を消した・・。
少年はゆっくり瞳を伏せてから同じようにゆっくりと目を開けると、先ほどまでの青い瞳ではなく・・闇の様に黒い漆黒の瞳になっていた。
ゆっくりと立ち上がり、手をかざすと1つの古びてはいるが重厚で冷たい感じのする扉が出現しその中に入る。
-ポタッ・・・。
誰もいなくなった闇に、ただ鮮血の落ちる音だけが響いた・・・。
「お前いい加減にしろよな!?」
路上で争う男女を周囲の人物は見て見ぬふりをする。女は殴られその拍子に壁に頭をぶつけても誰も周囲の人は止めるようには言わない・・。
「お前みたいなの俺が相手するわけないだろ!?」
男は頭をぶつけ呻く女を冷たく見下ろしその場を去った。一人残された女は痛む体を抱えて立ち上がろうとしたが足下がよろけてしまい・・。
「・・ぁ・・・すっすみません」
その場に倒れそうになった女を学生服を着た少年が支えてくれた。
女は頬は赤く腫れ、手や足にも青い痣が痛々しく残っていた。
「・・病院、血出てるし」
「え・・あ、大丈夫です・・・それじゃ」
女はよろけながらも少年の言葉を断り、家路に着いた。
その次の日だった、テレビのニュースで死体が発見されたと。公開された写真の女は昨夜会った女だった。
「あの女死んだんだって~?お前やったのかよ?」
煙草の噎せ返るような店の中、派手な頭にピアスをじゃらじゃらと付けた男達が面白そうに話す。
「やってねーよ、あの女が勝手に死んだだけだろ?」
そう答えるのは昨夜女を殴っていた男だ。
「でもさあの女、金ヅルに良はかったんだけど・・まぁそれ以外は最悪ってやつ?」
そう言って何でもないかのように冗談を言って笑う男達を見つめるのは・・1つの影。誰にも見えてないようでその影が動いても・・そこにいないかの様に誰も反応しなかった。
男が連れと別れ一人路上で座り込んでいると、あの女のニュースが街頭テレビに映される。それを見て男は舌打ちをして、煙草に火を付けようとした時・・。
「お前、死ぬよ」
いつの間にか目の前に立ってた学生服の少年がそう言った。少年は見たことも無いほどの整った顔立ちをしていたが、それ以上にどこか他の人ととは違う雰囲気を纏っていた・・。
「何だよガキ?死にたいのか?」
男は変な事を言う少年の襟を掴み睨むが、少年は何とも感じないように無表情のまま男を見つめる。
「もう一度言う、死ぬよ・・近い内に」
あまりの気持ち悪さに少年を突き飛ばし、男はその場を走って逃げた。少年が怖い訳じゃなくて・・ただ不気味だった。不気味としか言いようがないほどに・・。
「何だよあのガキ・・ヒッ!」
足を止め、後ろを振り向くと顔が当たるほどの距離に黒い影がいた。不気味にゆらゆらと揺れるその影は、段々と形を作り人間の影の様になる。
「気持悪ぃ!何だよ!!」
男はそのまま一目散にその場から走り去った。影が追って来そうなため、後ろを振り返らず自分の家に帰り鍵を掛ける。それから男の周りでは家の中までは現れないが、外で気が付くと影はそこにいた。男は仲間たちに言うが、誰も信用せず・・途方に暮れいた。
「これが最後の宣告かな・・・」
「あの影とか全部お前がやったのかよ!?どういうつもりだ!?」
現れた学生服の少年に怯えながらも、恐怖心で叫ぶ。
「ほんとに解らない?・・あれが何のためにいるのか」
少年の目線の先にいたのは、人間の形をした影だった。ゆらゆらと動きながら男へと近づき・・男が逃げようとしても両足には影の腕が絡みつき、ただ恐怖心で震え叫ぶ。
男に近付き、まとわりつくように多い被っていく。男の絶叫が響き、影が男の首を絞めていく・・。
「本当にいいのか?」
影に一言聞いた少年に、影はどんどんと本来の姿に戻り・・以前に会った女の姿に戻る。女は悲しそうに頷いて、もう声が出ない口をぱくぱくと動かし・・。
『・・ありがとう』
と言ったように見えた。その後、女の影は男がバタバタと暴れるのをジワジワと締め続けしばらくすると男は動かなくなった。動かなくなった男を影は覆い尽くしすべて闇に溶けていった。
「止めることなんてできへんって」
頭上から声が聞こえ、少年が振り向くと漆黒のフード付きのマントを着たまだ幼い少女が自分を見下ろしていた。
身軽にビルの上から飛び降り、軽いトンッと言う音とともに地面に降り立つ。月夜に照らされた姿は、薄いピンク色の髪に大きく黒い瞳、白い肌の少女だった。
「まぁあんたの仕事やし関係ないけど、あんまり反抗しない方がいいんじゃない?」
少年が闇に溶けた場所へ行くと、黒い灰が少しだけ残っていた。それを掴み地面を軽く蹴るとふわっと体が浮き、そのままビルの上へと移動する。
もうすぐ春だがまだ夜の風は冷たい。少年は握っていた手を開くと黒い灰が舞い散る。
「ほんま、不器用やな」
その様子を見ていた少女はそう苦笑混じりに呟いて闇の中に消えた。
少年はしばらく灰が舞った場所を見ていたが、バサッと言う音と共に先ほどの少女と同じようにフード付きの漆黒のマントを着ていた。
「・・・・」
その次の日のニュースの中には、男の変死体が見つかったというのがあげられていた。恐ろしい形相で自分の首を掻きむしるようにして死んだと言うことだった。
暗い闇の中、扉の閉まる音が1つ聞こえると暗闇だった場所にスポットライトの様な光が数本さす。
光の中には一人ずつ立ち、全部で12人の人物がいた。その後ろには扉が人数分あり、個々に独特の作りと雰囲気があった。
『今回集まった理由はもうご存じかと思うが、その件について継続して行って欲しい』
一人の人物がそういうと、反論の声がないためそのまま話は淡々としばらく続き、散と言うと光は消え真っ黒な闇に戻った。
そこにさっきは姿を見せなかった人物が現れる。その少年の後ろには同じく先ほどまで見えなかった一つの扉があった。
闇の中には先ほどの少年が一人音もしなほどの静寂の中に立っていた。
足下を見ると波紋が見えるが水ではなく、鏡に映る絵の様だ・・。その中を見ていると昨夜の男と女が闇へと飲まれていく姿が見える・・。
男は絶叫し憔悴仕切った表情だが、共にいる女はやつれ髑髏の様な姿になってはいるが表情はひどく幸せそうに見えた。
少年は知っている。
彼らが行き着く先を・・そこは想像もできないほどの地獄への道。
愛していた恋人に裏切られて殺され・・それでも尚、彼の事を愛していた彼女はとうとう闇に魂を売ってしまった。彼女の願いはただ1つ、恋人と一緒にいたかったと言うだけ・・。けれどその思いは通じることなく・・。
「今ならまだ間に合う」
説得しようとは思わなかったが、どうしてもそう言いたかった・・。
彼女は悲しそうな顔をしたが、はっきりと頷いた。
それを否定させることなどどうしてできようか・・。
結果、彼女は彼の全てを手に入れた。そして願い道理一緒にいることができるだろう・・ただその世界は魂の輪廻などあり得ない、魂が終わりを告げるまで繰り返される苦痛だけの地獄。
少年がそう思っている内に、2人は完全に闇の中へ消えていた。
少年は頭から被っていたフードを脱ぐと、黒かった瞳が青になり、髪も銀髪へと戻っていく。
彼は13番目の魂の門番。担当するのはもっとも重い罪を背負った魂。
彼が門番なり長い時があったが、未だに人の心は解らない・・。
少年が宙に手をかざすと扉が現れる。その扉をくぐり少年が立ち去った後の闇の中には一滴の水音が響いた・・。
-ポタッ・・。
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