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僕の隣に住んでいる彼女は、まるで猫みたいだ。  作者: Nekota Nekozawa


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第1巻 第0話|プロローグ

電車は一定のリズムで揺れながら走っていた。


まるで、彼を“始まり”の場所へ急いで運ぶ気などないかのように。


窓の外には、どこか似たような家並みや電線、まばらに立つ木々の影が流れていく。


車内の人々は、それぞれ自分の時間の中にいた。


スマホを眺める者。


眠っている者。


小さな声で会話を交わす者。


その誰もが、今この瞬間に何かが大きく動き出そうとしているようには見えなかった。


けれど、ヒリトにとっては、もうすでに始まっていた。


彼は、転校することになった。


別に、自分から望んだわけじゃない。


かといって、元いた場所にいられなくなったわけでもない。


ただ、あるときふと思ってしまったのだ。


このまま何も変えなければ、これから先もきっと同じ日々が続いていくのだろうと。


穏やかで、平坦で、間違ってはいない毎日。


けれど、その“間違っていない”ということが、どうしてか、どんな失敗よりも彼の胸を重くした。


前の学校では、ヒリトのことを知っている人は多かった。


けれど、それは特別な意味でではない。


誰かの記憶に強く残るような存在だったわけでもない。


ただ――都合のいいやつ。


彼は空気を乱さない。


無駄に反発もしない。


頼まれたことは、きちんとこなす。


波風を立てず、必要以上に前にも出ない。


そんな人間だった。


「いいやつだよな」


「普通にまともだし」


そう言われることは、別に嫌じゃなかった。


むしろ、それなりに好意的な評価なのだろうとも思っていた。


けれど、少しだけ立ち止まって考えれば、その言葉の奥にあるものはすぐにわかる。


――結局、特別じゃない。


ヒリトは、そう見られることに傷ついたことはなかった。


自分でも、たぶんその通りなんだろうと思っていたからだ。


けれど、年を重ねるにつれて、そんなふうに納得してしまう自分のほうを、少しずつ嫌うようになっていた。


東京の、彼が転校することになった学校は、これまでとは空気が違っていた。


べつに、わかりやすい名門というわけじゃない。


言葉ばかりが立派な学校でもない。


ただ、そこにはもう、自分が何をしたいのかを知っている人間たちが集まっていた。


少なくとも――そう見せることのできる人間たちが。


そういう場所では、「普通」という言葉はもう中立じゃない。


そこに悪意がなくても、まるで静かな宣告みたいに響く。


ヒリトは窓ガラスに映る自分の姿を見た。


ありふれたシャツ。


これといって特徴のない顔。


人の視界を邪魔しないようにと、無意識に他人から目をそらしてしまう、そんなありきたりな視線。


それでも彼は、そこへ向かっていた。


学生寮へ。


迷いなく前に進める人間たちのすぐ隣で、これから生活することになる場所へ。


ヒリトは足元に置いた鞄へ視線を落とした。


中に入っているのは、始まりの匂いがするものじゃない。


制服。教科書。書類。


どれもきちんと揃っていて、きれいに収まっていて――だからこそ、余計に落ち着かなかった。


ただの引っ越しだと、そう思いたかった。


けれど、「ただの」で済ませられるほど、彼の中は軽くなかった。


やがて電車がゆっくりと速度を落とす。


車内に駅名を告げる女性のアナウンスが流れ、その瞬間、周囲の人たちがいっせいに動き出した。


あまりにも自然で、あまりにも慣れきった動きだった。


ドアが開く。


ホームから流れ込んできた冷たい空気と、大きな街のざわめきが車内を満たした。


ヒリトは立ち上がる。


ほんの一瞬だけ、このまま座ったままでいれば、何も始まらない気がした。


人生のほうが、少しだけ待ってくれるような気がした。


けれど、もうドアは閉まりかけていた。


ヒリトは、一歩を踏み出した。


その瞬間、ヒリトは思った。


もう後戻りはできないのだと――いや、正確には、戻れないわけじゃない。


ただ、戻ったところで、もう意味はないのだと。


ホームに、彼を待つ人はいなかった。


そして、それはたぶん正しかった。


ヒリトは肩にかけた鞄のベルトを直し、新しい生活の始まりがあるほうへと歩き出した。


保証なんてない。


わかりやすいルールもない。


これまでみたいに、「普通だから」で全部を片づけられる場所でもない。


このときの彼は、まだ知らなかった。


その学生寮では、沈黙のほうがどんな会話よりも雄弁に響くこと。


そして、自分にとっていちばん大切な人は、


いちばん多くを語る誰かではないということを。


ただ、静かに見つめて――


理解してくれる人なのだと。



私は日本語を母語としていないため、表現に不自然な点や誤りが含まれる場合があります。


できる限り丁寧に執筆してまいりますので、温かく見守っていただけますと幸いです。


第一話は明日公開予定です。

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