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狩りと天罰と絶壁と

 モリカケ鳥は森の中を駆け回る小型の飛べない鳥である。

 食性は草食。地面に生える新芽を好んで食し、新芽を探すために活動範囲はかなり広い。

 運動量が多いのでその肉は滋味溢れ高級食材として徴用されているのだが、臆病な性格と素早い動きから捕獲には困難が付きまとう。


「だったら家畜化すれば? 飛ばないのなら柵で囲えば逃げないだろうし」


 ユウリの素朴な疑問をレオノーラが「甘いわね」と一蹴。


「飼うことができないからこそ、モリカケ鳥の価値が高いのよ」

「臆病だからヒトに捕まったら恐怖で直ぐに死ぬ。仮に生け捕りができたとしても、餌の新芽を確保できないから飼育するのはやはりムリ」


 ヒルデの説明に「そっかー」と納得。なおレオノーラの「わたくしの説明を無視しましたわね!」は聞かなかったことにする。


「それで、そんな臆病な鳥をどうやって捕まえるんだよ?」

「もちろん。この短矢で仕留めますのよ」


 再度のユウリの質問にレオノーラが改めて短矢を振りかざす。


「矢なんて射かけれるのか?」

「当然。私の華麗な技を見せて差し上げますわ」


 自信満々にそう言うと、地面に的を置いて「見てらっしゃい」と短矢を射る。

 ヒュンとも言わない緩い速度の矢は的から遠く離れて……のはずが、不自然に軌道を変えて的のど真ん中に。


「はあ!」


 目を丸くして驚くユウリに「どんなものよ」とレオノーラが鼻高々。


「わたくしの手にかかれば、ざっとこんなものよ」

「風魔法でズルをしているだけ」

「ヒルデはうるさいわよ!」


 一喝すると再度矢を射かけて、これまたど真ん中に命中。


「一度ならず二度もど真ん中に当てる?」


 驚くユウリに「これが魔法の威力よ」と胸を張る。


「弓で射た矢に風の魔法を纏わせて、矢の飛ぶ向きを調整するのよ。そうすれば動きの素早いモリカケ鳥でも確実に仕留めることができるわ」


 指先で矢を模して作戦の説明。要はホーミングミサイルのように、モリカケ鳥を矢が追尾するのだという。


「お嬢様の魔法精度は王国でもトップクラス」

「その通り。こんな緻密な魔法制御は、わたくし以外にはできないわ」

「威力はショボいけど」

「ひと言余計なメイドですわね」


 たとえ威力が弱くても、小型の鳥なら当たれば動きを封じれるだろう。

 でも、そう上手くいくのかな?



    *



 結論から言おう。

 世の中そんなに甘くない。


「はっ! やっ! たーっ!」


 見つけた傍からレオノーラが矢を射かけるが、当った矢はただの1本もない。ついでに言うとニアピンもない。


「ったく。ちょこまか、ちょこまか、ちょこまかと。この畜生どもは落ち着きという言葉を知らないの!」

「それを世間では野生動物っていうんだ」


 キレるレオノーラにユウリはツッコミを入れる。

 確かに短弓から放たれた矢は、レオノーラの魔法で細かく軌道修正されていた。だがモリカケ鳥の敏捷さには全く追い付かず、レオノーラの短矢はことごとく的を外していたのである。

 その場の流れで獲物の捜査をヒルデが、射手をレオノーラが、ユウリは矢の回収というポジションに収まったのだが、当然ながらいちばん動き回るのは矢の回収係。


「矢がなくなったわ。早く拾ってきて」

「って、もうかよ」

「つべこべ言わない」


 レオノーラの盲射ちの厄難を一身に浴びているのであった。


「結構頻繁に出没しているのだから、1羽くらい当てて見せたらどうなんだ?」

「煩いですわね。次の攻撃で当てて見せますとも」


 言った傍から茂みをかき分けて、モリカケ鳥がヒョコッと顔を出す。

 首を伸ばして左右の様子を窺うと、餌の新芽を見つけたのか、隣の茂み目指してトットットッと駆けていく。


「今ですわ!」

 

 掛け声と同時にレオノーラが矢を射ろうとすると、身の危険を察したモリカケ鳥が脱兎のごとく駆けだした。


「逃すものですか!」


 逃げるモリカケ鳥に矢の軌道を修正するが、結果はやはりモリカケ鳥の逃げ切り。

 射た矢は軌道修正も空しく的を大きく逸れて地面に転び、そんな醜態をあざ笑うかのようにモリカケ鳥は一声「ピー」と鳴くと茂みの中へと消えていった。


「ったく。あと少しだったのに」

「どこがだよ。全然じゃないか!」

「だったらユウリがやってみれば?」

「おう、やってやろうじゃないか! 貸してみろ」


 売り言葉に買い言葉でユウリも短矢を射るが結果は同じ。

 いや、魔法の軌道修正ができない分、外れ具合はさらに大きいのではなかろうか。

 悠々と矢を回避したモリカケ鳥が、まるでユウリを小バカにするように「カー」と鳴いてその場を後にする。


「ユウリだって同じではないですか」

「オレは初心者なんだよ!」

「もう1羽、現れていますけど?」


 新しい1羽を見つけたヒルデが告げるが、ユウリとレオノーラは見苦しい言い合いの最中。

 やれやれを肩を竦めたヒルデだったが、ふと地面にあった小石を拾うとモリカケ鳥めがけて軽く一投。


「石を投げたって当たらないわよ」


 掠りもしない投石にレオノーラが呆れるが、時速200キロを超えて迫る石の恐怖にモリカケ鳥が耐えれなかった。

 ショックのあまり心臓が止まったのか、モリカケ鳥がその場でパタリと倒れのである。


「えっ?」

「ウソ?」

 

 想定外の狩猟法にユウリとレオノーラが顔を見合わせる。


「……ヒルデ」

「はい」

「いま、何をした?」

「軽く石を投げただけです」

 

 軽く? アレがか? 


「レオノーラの短矢って何だったの?」

「…………」

「…………」


 レオノーラが口を噤み、ヒルデが首を傾げる。というか、ツッコんじゃアカンやつだった。


「とにかく。せっかく仕留めたのだから、アイツを捕まえよう」


 急きょ話題を変えると「そ、そうですわね」とレオノーラがこくこくと頷く。

 生け捕ればそれなりの収入になると手を伸ばしたその瞬間、茂みの奥から身の丈1メートルほどの小鬼を思わす醜悪な物体が獲物を掻っ攫う。


「なにっ!」

「ゴブリン!」


 予期せぬ横取り行為に、ユウリとレオノーラの声がハモる。

 ファンタジー世界ではお馴染みの存在なゴブリンが、気絶したモリカケ鳥を横取りしたのである。


「うわっ、キショっ」


 見た瞬間ユウリは生理的嫌悪感を隠せない。

 見た目が体毛のないサルといった風貌に加え、鼻が曲がるようなキツイ体臭、下顎から生える黄ばんだ牙はまさに小鬼そのもの。

 その醜悪さに身震いをすると、嫌悪するよりも怒りをたぎらしたレオノーラが既に臨戦態勢。


「よくもわたくしの獲物を横取りしてくれましたわね」

「いや、仕留めたのはヒルデ」 

「その罪、万死に値しますわ」


 言うや憤怒の表情で、レオノーラが短矢を射かける。

 しかしモリカケ鳥以上に敏捷なゴブリンに、レオノーラの矢は見事に空振り。


「ギッ! ギッ! ギィーッ!」


 これ見よがしに奇声を発し、ゴブリンがレオノーラを挑発する。

 そして安い挑発にまんまと乗せられるのがレオノーラ。


「キィーッ!」


 顔を真っ赤に紅潮させると、意地になって短矢をすべて射ち尽くす。

 反撃手段がないと見るや、ゴブリンがこれ見よがしにモリカケ鳥に食らいつく。


「アイツ、最初から狙っていたな」


 予想以上に狡猾なゴブリンの行動にユウリは舌打ち。

 してやられたと悪態をつくが、良いようにあしらわれたレオノーラの怒りはユウリの比ではない。


「売られた喧嘩は買いますわぁぁぁっ!」


 言うや短矢を投げ捨てて胸元に両手を突っ込むと、豪快に乳パッドを引き抜いた。


「お、オマエ。その胸は?」


 驚くのも無理はない。

 レオノーラの胸から膨らみが失われ、ものの見事にまっ平。そのエグレ具合は、ユウリと何らそん色ない。

 予期せぬ行動にユウリは呆気にとられると、ヒルデがもっと蒼い顔。震える声で「お嬢様が拘束具を取った」と言い放つ。


「乳パッドが?」

「あれはお嬢様の魔力を抑える拘束具。乳パッドの頸木を外せば、お嬢様の魔力は大魔導士にも匹敵する。ただし制御はまったくできない」

「な、なんですと!」


 ヒルデがそう言うや「覚悟なさい!」とレオノーラの怒りが爆発。

 空気が震え頭上に巨大な光の球が形成され、その周囲を魔力のプラズマがのたうち回り、小さな太陽が形成される。


「ウソだろ?」


 ユウリは慄き、何時の間にかヒルデが視界から消えると、脳裏にムソルグスキーの有名な交響詩が鳴り響く。


「ギィィィィッ!」

 

 恐怖を感じたゴブリンが逃げ出そうとするが、時すでに遅し。


「逃がしませんわぁぁぁっ!」 


 魔力の塊が核となり周囲に嵐が巻き起こる。放たれた魔弾がゴブリンに炸裂するや、土煙が舞い耳をつんざくような轟音が解き放たれた。

 どこかで断末魔の悲鳴が聞こえた気がするが、ユウリはそれどころではない。

 レオノーラの魔力は蟻一匹を駆除するのに、殺虫剤を一缶まるまる使ったようなもの。その余波はユウリにも牙を剥き、爆風と衝撃が容赦なく襲い掛かる。


「オマエ、やりすぎだぁぁぁぁーっ!」


 ユウリの絶叫は荒れ狂う嵐に飲み込まれかき消される。

 気付けばゴブリンは跡形もなく消え去り、その場にはちょっとしたクレーター。周囲の土は抉れ木々も悉くなぎ倒されており、超局所級の台風が暴れまわったかのような惨状。

 とばっちりを受けたユウリは服も髪もボロボロで、生きていたのが不思議なほど。無事なのは台風の目にいたレオノーラだけ。


「酷でえ、ありさま。死ぬかと思った」

「わたくしに楯突いた天罰が下ったわね」

「とばっちりは勘弁してくれ。それよりも……いや、オマエ、その胸は?」


 指差すレオノーラの胸元は、見事なまでど平坦。そして地面には、さっき豪快に投げ捨てた乳パッド。


「み、み、み、見ないでくださいまし……っ!」


 レオノーラが慌てて胸元を両腕で隠し、乳パッドを拾い上げる。

 しかし時すでに遅し。


「お嬢様は胸をどこかに置き忘れてお育ちになられたのです」


 ちゃっかり避難していたヒルデに、トップシークレットを暴露されたのであった。


読んでいただきありがとうございます。


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