惨敗と暴走のタンゴ
あれだけ苦労したにもかかわらず、初仕事の収益はなんとゼロ。
正確には買い取りカウンターで買取不可の烙印を押されたのだった。
「単価の高い野草じゃないし……引き取りの手間賃を考えたら、持ち帰って自分たちで食べたほうが良いぞ」
受付の職員は気まずそうに言ったが、要は〝商品としての価値がない〟ということだ。
どうしてもと言うなら鉄貨7枚でなら買い取ってやると言われたが、黒パン一個にも満たない額である。半日歩き回ってこれでは、レオノーラでなくても「仕切り直しよ」と言いたくなるだろう。
だが、踏んだり蹴ったりはこれで終わらなかった。
戦略的撤退で宿に戻った3人を、バットラーが「お話がございます」と呼び止めると、装備も外させぬままリビングへに座らせようとするのである。
「疲れているから後にしてくださる」
さっさと休みたいとばかりにレオノーラが気怠そうに手を振るが、バットラーは即座に首を横に振って却下の姿勢。
「いいえ、そうは参りません」
主人の要求を撥ねつけると「どうぞ、お座りください」と逆にレオノーラに命令する。
うわっ。なんかヤバい雰囲気。
ただならぬ気配に〝触らぬ神に祟りなし〟と、そーっと離席しようとしたユウリだったが、そんな小賢しい脱走をバットラーが見逃すはずもない。
「オマエたちもだ」
同じように逃げようとしていたヒルデともども睨まれて、秒で回れ右をして椅子に座る羽目に。
3人の雁首が揃ったところで、バットラーが「さて」と言いながら眼鏡を押し上げる。
「先ずお訊きしたいのは、お嬢様たちのの〝今日のご活躍〟についてです」
その一言を皮切りに、野草採取の体たらくについての追及が始まった。
「今日3人で森に入って、どれだけの野草が採れましたかな?」
「小手調べだから、少なかったわ」
なぜそんなことを訊く? とレオノーラが不機嫌そうに答えるが、バットラーの追求は緩まない。執拗なまでにグイグイと問いかけを続けるのであった。
「それは、いかほどで?」
「採取袋に……よ」
「はて、聞こえませんでしたが?」
「だから。採取袋に……よ!」
あまりに執拗な問いかけにレオノーラが声を荒げるが、バットラーは微動だにしない。
「それは、買い取りカウンターで幾らで引き取って貰いましたか?」
「煩いわね! ゼロよ、ゼロ! 見ていたのだから知っているでしょう!」
「左様でございますな」
バットラーが静かに頷くと、ここからが本題だと言わんばかりに「改めてお嬢様に問います」とレオノーラに迫る。
「あれほどの労力を費やして収益はゼロ。これはお嬢様に冒険者の適性がないという証左ではございませんか?」
冷徹に告げる冒険者失格の烙印にレオノーラが「なっ!」と令嬢らしからぬ大声。
「なんてことを言うの! まだ、たった1日……いいえ、半日でしょう! 勝手に決めつけないでくださる!」
怒りに任せて烈火のごとく吠えるが、バットラーときたら眉ひとつ動かさない。山のような罵詈雑言を右から左に聞き流し「言いたいことはこれで終わりですか?」と訊くほどだから、面の皮はきっと超合金でできているに違いない。
「今日1日〝冒険者ごっこ〟をして十二分に楽しまれたでしょう。鋭気も養われたことでしょうから、明日からまた侯爵令嬢としてご研鑽なさいませ」
「言うに事欠いて〝冒険者ごっこ〟ですって!」
鼻っ柱を折られて怒り心頭なレオノーラの相手を「左様です」のひと言で済ませると、バットラーが「さて」と今度はユウリのほうに向きなおる。
えっ、オレ?
半ば他人事で腑抜けて聞いていたら、まさかの御指名。思わぬ飛び火にユウリは「ど、ど、ど、どゆこと」と声を上擦らせて慌てる。
「冒険者の名称でカン違いなされているようですが、ユウリ嬢は請ける仕事を間違っているようですな」
「間違っているって、なにが?」
「野草採りが悪いとは申しませんが、ユウリ嬢には日雇いで飲食店での配膳や商店の売り子か清掃などをして欲しかったのです」
「えっ、そんなのあるの? すっげーバイト感覚。アプリとかあったら、こっちと変わんねーじゃん」
服装の所為とはいえ相も変わらず性別を勘違いしているのはアレだが、現実的な職業提案に思わず身を乗り出すと「もちろんですとも」と即答。
それだけでない。
「野草採りは初心者でも採取が容易な反面、狩場を秘匿もあって新参者には厳しいものがあります」
「……確かに」
バットラーの指摘にユウリは深く頷く。
今日の惨状など、その最たるもの。恐らくではあるがコンスタントに成果をあげる採取者は、森のそこかしこに〝自分だけが知る〟ポイントを持っているのだろう。それがないド素人の新人にとっては、野草採取は巷の通説とは裏腹な高難易度のクエストと化してしまうのだ。
「そんな理由もあって等級の低い冒険者の仕事としては、むしろ日雇いの売り子や荷物運びみたいな街中の仕事のほうが主流ですな」
「マジで? 受付の人、そんなこと一切言わなかったけど……」
「たぶん、お嬢様に忖度したと思う」
ヒルデの分析に、ユウリは「あー……」と納得。
侯爵家のご令嬢が戯れに冒険者の仕事をするのだ。目端の利く受付嬢ならば日常の延長みたいな仕事ではなく、いかにも冒険者らしく危険の少ない仕事を勧めるのはむしろ当然。
「オレ独りだけで仕事を聞いていたら、勧める仕事も違っていたんだ」
「そうかも知れませんな」
思い当たる節があるのかバットラーも首を縦に振ると、いったん咳払いをして「些か話がずれましたが」と再び本来の用向きに。
「配膳、売り子などの依頼を複数回請ければ、それが〝信用と実績〟となります。ユウリ嬢は見目も良ろしいので、接客の仕事で〝看板娘〟となる可能性も高いかと」
「げっ!」
バットラーの説明を受けて、ひらりとスカートを翻し笑顔で「いらっしゃいませ~」と客に頭を下げる自分の姿が鮮明に脳裏に浮かんだ。
うわぁぁぁ……イヤすぎる……
なまじ似合いそうなのが余計にたちが悪い。
「謹んで遠慮したいです」
正直な気持ちを答えたら、バットラーが「しかし」と困った風。
「実績を作れば、侯爵家として推薦もし易くなるのですが……」
「う~ん……そうは言っても……」
理屈は分かる。理屈は分かるが。考えただけでサブイボが立つし、男としての尊厳がガリガリと削られてしまう。
安定を取るか、尊厳を取るかの究極の二択。
決めきれずにウジウジ迷っていると「それでは、ちっとも面白くありませんわ!」とレオノーラが割り込んできた。
「いいこと。冒険者というのは、冒険をするから冒険者なの! 冒険をしない冒険者なんて、ただの日雇いの人夫ですわ」
「そりゃまあ、理屈だけど……」
「……また、暴論を」
レオノーラの屁理屈にユウリは呆れ、バットラーが疲れたように眉間を押さえる。
悟りを開いたようなヒルデの「お嬢様だから」の声が聞こえる中、ゴーイング・マイ・ウェイな持論を更に展開したのである。
「そもそも、わたくしたちは〝冒険者〟ですのよ! 配膳? 売り子? 清掃? そんなものは冒険者のすることではありませんわ!」
「しかし、ギルドの斡旋は……」
「関係ありません!」
「では、お嬢様はどうすると?」
「そんなの、カンタンですわ。野草採取でギルドを唸らせれば良いのよ!」
そう言ってバットラーの前に立ちはだかると、レオノーラがジョジョ立ちするように胸を張る。
キッパリと宣言するレオノーラに根負けしたのか、それとも泣く子となんとやらと思ったのか、やれやれと首を左右に振りながら「そこまでおっしゃるのなら……見せてもらいましょう」とバットラーが答える。
「ええ。目にものを見せて差し上げるわ」
いや、おいおい。今日の収穫を、もう忘れてんのかよ!
ユウリは心の中でツッコむが、当然レオノーラには聞こえない。
「オレは平穏無事でいたいだけなんだけど……」
壮大な夢を見ているようだった。
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