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初仕事の洗礼

 受付嬢の助言を得ながらユウリたちが最初に依頼を請けた仕事は野草の採取。文字通り町の郊外で食用になる野草を探して収集してくるという、至って単純なクエストである。


 現代日本にいると往々にして錯覚しがちだが、国内津々浦々まで新鮮な野菜が流通する恵まれた国家は世界中に数えるほどしかない。

 日本と比べて農業技術が百年単位で遅れているこの世界では、貧弱な流通網も加わりその傾向がより顕著。

 作付けの主力が穀物類ということもあり、ついで感が強い青果類は特に地方で不足しがち。ゆえにそれを補う野草採取は、常に需要が供給を上回っているのである。

 なのでギルドにも当然のように採取の依頼が舞い込み、達成難易度が低い・需要が高いとなれば誰に振られるかは一目瞭然。


「初心者向けに常にある常設の依頼です。最初に請ける仕事には最適ですよ」


 なので、当然こういう図式となる。

 冒険者の仕事がどんなものか? 勧められるままお試しに選んだのだが、案の定レオノーラがぶんむくれ。


「地べたを這いずり回る仕事を請けるだなんて、正気の沙汰とは思えないわ!」


 採取の仕事を惨め臭いと大反発したのである。


「いや、だって。オレたち初心者だよ。基本の基本から始めるのがセオリーだろう」


 右も左も分からないのにムチャをするのは、冒険者を通り越して無謀者。

 サルでも分かる常識を説くのだが、歩く非常識のレオノーラに常識が通るはずもなく「それで?」の返し。


「セオリーだから、そうしないといけないと決めたのは、何処の何方?」

「ダメとは決まっちゃいないけど、ギルドはこれを勧めてきたぞ」


 当然だ。

 いかなる結果も自己責任とのスタンスを取るギルドといえども、なにも好んで殉職者を出したいわけではない。

 殉職原因で最も多いのがキャリアの浅い冒険者の知識や技能不足となれば、それ相応の対策を取るのは組織として当然の流れ。先ずは安全確実なクエストで経験値を稼いでもらおうと考えるのは極めて妥当。

 それゆえギルドも初仕事に最適と推奨するし、大多数の新人冒険者はそれに倣うのが自然と考えるが、レオノーラにそんな常識の枠など通用するわけがない。 


「そのような事柄は凡人の冒険者だけで結構。わたくしには不要だわ」


 当然のごとく異を唱えると、そんなお節介は不要だとバッサリと斬り捨てる。

 しかも髪をかき上げ「ふん」と言わんばかりに態度に、さすがのユウリもイラっとする。


「結構じゃねーわ! オレたち全員ド素人だろうが! オマエだけ〝特別枠〟みたいな顔すんなよ!」


 そんな罵声が喉元までせり上がり、今にも噴き出しそうになる。

 胸の奥で煮えたぎる苛立ちが、熱となって口から飛び出そうになったそのとき。


「ギルドは何も知らない」


 ユウリの怒声を押しとどめるかのように、ヒルデがやれやれと言わんばかりに二人の間に割って入ると、表情筋ひとつ動かさずに〝手間かけさせやがって〟という空気だけを漂わせて言葉を続ける。


「だから、凡人じゃない証明が必要」

「えっ?」

「えっ?」


 それはユウリの怒気が一瞬で霧散するほどの、あまりに核心を突いた一言。さらにはああ言えばこう言うレオノーラが、目からウロコとばかりの驚きの表情を見せたのである。

 その隙を衝くかのように、ヒルデが「それに」と更に続ける。


「ここのギルドはお嬢様の実力を知らない。知ればなにも言わなくなる」

「そ、そうね。わたくしの力を知らしめるためには、茶番に付き合ってあげる必要もありますわね」

「もう茶番でもなんでもいいよ。とにかく野草採取を始めるから」



     *



 と、勇んで森に出て採取を始めたのが半日前。

 

「おかしいですわ。こんなことって、絶体におかしいですわ!」

 

 今にもヒスを起こしそうな勢いでレオノーラが憤慨する。


「このわたくし自らが森に来たというのに、採取できた野草がこれだけだなんて、おかしいにも程があるわ!」


 ヒルデの腰に付けた採取袋の中身の少なさに不満たらたら。予想とのあまりのギャップに「信じられないわ」を連発しているのだった。

 だが、レオノーラの愚痴を嗜めることはできなかった。

 

「これは……オレもこの依頼を舐めていた。思った以上に採れないわ」


 ユウリも同じく野草採取に悪戦苦闘、右に同じく予想外だと頭を抱えているのだった。

 受付嬢から聞いた場所を探してみても、目的の野草はこれぽっちも生えていない。やっとの思いで見つけても数はまばらで量が少なく、採取効率は言っていて悲しくなるほど。

 口だけ番長のレオノーラは戦力外だからカウントしないとしても、目を皿のようにして探すユウリも採取できた野草はごくわずか。今日の成果の大半は、ひとり黙々と探すヒルデが摘んだものである。


「いったい、どこをどうやって探したら見つかるんだ?」 


 思わず空を仰ぐユウリに、レオノーラが「そんなの、わたくしが知りたいですわ!」と噛みつく。


「下々が口にするような野草ごとき……もっとこう、そこかしこに群生しているものではなくて?」


 さすがにその言いかたはどうかと思うが、ユウリも森に来た当初はそんな風に考えていた。

 ところが、いざ蓋を開けてみたらどうだ。群生どころか疎らにすら見当たらない。


「そこまで都合よくはないにしても、オレだってそう思っていたさ。でも生えてないもんは生えてねーんだよ!」


 逆ギレのように愚痴ると、ヒルデが「そんなことはない」とボソリと反論。


「よーく探せば、少しはある」

「少しは、かよ。受付の担当者は「初心者向けの採取箇所」なんて言っていたのにな」

「それは仕方がない。この場所に生える野草はほぼ採り尽くされている」 


 指摘されてハッとなる。

 常設依頼で新人向けな場所だからホイホイ案内するだろが、そんなペースで皆が群がれば野草が枯渇するのも自明の理。


「そういうことかーっ!」

「少し考えれば、分ること」

「……だよな」


 肩を落として手にした採取袋をぶらんと揺らすも、ヒルデの冷徹な正論ゴールの追い打ちにユウリはぐうの音も出ない。

 

「ここが採り尽くされたのは理解したけど。だとしたら、他の新人たちはどこで摘んでいるんだろう?」

「たぶん森の奥に群生地があると思う。けど、絶対他人には教えない」

「だよなー」


 まあ、そうだろう。

 新人に多く割り振るだけあって、野草の買い取り価格は高くない。今日の採取量では精々パンがどうにか買えるかといったところ、子供の小遣い稼ぎにしかなっていない。

 とはいえ、これ以上粘ったところで劇的な成果は望めまい。それにもうじき日が暮れる、日没を過ぎて森に居残るなど自殺行為も甚だしい。


「悔しいけれど……今日はここまでか」

 

 不本意ながらギブアップ宣言をしようとしたら、突如レオノーラが「納得できませんわ!」と縦ロールを揺らしながら声を荒げる。

 

「わたくしが直々に森まで足を運んだというのに、成果がこれだけだなんて。こんな屈辱、許せませんわ!」

「そんなこと言っても。実際、採れなかったんだし」

「黙りなさいユウリ! これはヴァルフェリア家の矜持の問題です!」 

「んな、大げさな」

「いいえ。依頼を受けた以上、わたくしの威信にかけても侯爵家に相応しい結果を叩きだしますとも」


 そこで一拍間を置くと、レオノーラが胸を張り堂々と宣言した。


「仕切り直しよ!」

「…………一緒じゃん」


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