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令嬢の回想。拾われた美少女(仮)の真相

冒険者登録の申請書類を手に持って、レオノーラは淑女のお面を張り付けたままほくそ笑む。

 人生苦があれば楽もあるものね。

 思いがけない〝棚ぼた〟にワクワクが止まらない、退屈な視察がまさか人生最高の暇つぶしに化けるだなんて。

 ホントにもってユウリには感謝しかないわ。

 隣で書類記載に悪戦苦闘しているユウリに、レオノーラは嬉しそうに口角を持ち上げた。


 その日、ユウリを〝拾った〟のは全くの偶然であった。

 父、ヴァルフェリア侯フェルナンドの名代で行く、辺境の町オーガスタへの視察任務。レオノーラは領都から馬車で延々二日も揺られる、退屈で窮屈なお仕事の真っ最中であった。


 視察とは銘打つが、行う仕事は侯爵に代わって代理統治をする代官への報奨と、帳簿をチェックして統治が滞りなく行われているかの確認。平たくいえば本社の役員が地方の支社や営業所に、業務監査と会計監査をしに行くようなもの。

 ただしそれを遂行するのは、同行する執事のバットラーでありその部下たち。

 ではレオノーラの仕事は何なのか?

 最初に断ったように、ヴァルフェリア侯フェルナンドの名代。これまた平たくいえば、代官を相手に愛想笑いとおべっかを使うことである。


 オーガスタは辺境の町とはいえ背後に豊な資源がある魔の森を擁している、いわゆる〝豊かな辺境〟と呼ばれる地。その地を治める代官ともなると、侯爵家家臣でも重臣の末席に連なることとなり、仇やおろそかにできない存在となる。

 つまり視察(という名の会計監査)であっても、オーガスタの町にはそれなりの地位の人物が行く必要があり、一介の執事では格が足りないのである。

 

 それで駆り出されたのが令嬢であるレオノーラ。 

 狭く窮屈な馬車の内に押し込まれて、丸一日延々と続く森林を見せ続けられる難行苦行。

 窓の外はずっと木に木に木に木。正面を見ればバットラーのしかめっ面と、侍女兼メイドなヒルデの無愛想。陰鬱が当社比で2割増しになるほどの効能だ。

 しかも着いたら着いたで代官相手に愛想笑いとおべっか、とはいえ侯爵令嬢の権威を保つため媚び諂うのもダメという何気に難度の高いミッション。

 貴族令嬢というのも、なかなかどうして大変な仕事である。


 そんな時である。


 大森林の中をとぼとぼ歩く少女を見かけたのだ。

 なぜそこに女の子? 

 街中ならばいざ知らず、街道とはいえ森の中を女ひとりで往来などふつうはしない。

 さらには格好も変。

 スカートは膝が見えるほどに短いう奇妙奇天烈ないでたち、娼婦でもこんな破廉恥な恰好はしないだろう。しかし不思議と淫靡ないやらしさがなく、むしろ溌溂とした健康美すら感じる。

 森の中だというのにナイフ一つ持たない手ぶらで、旅装でもなければ狩りや採集に行くような格好でもない。強いて言うなら、町娘が近所の友人宅に遊びに行くような感じか? 

 肩を落として足取りが重いところを見ると、目的があって歩いているのではなさそう。


 何か事情がある?

 厄介ごとの匂いがするが、レオノーラにしたら些末なこと。そんなことよりもワクワク面白そうな存在がネギ背負って向かってくるのだ、この千載一遇のチャンスをみすみす見逃すほうが彼女にしたら大失態。


「疲れたからこの辺りでひと休みするわよ」


 御者に命じて馬車を小休させるや否や、ヒルデに「さっきいた娘を、わたくしのお茶に誘いなさい」と拉致……招待を指示をする。


「Yes, My Lady」


 面倒くさそうな表情を隠さず棒読みでヒルデが馬車から降りると、バットラーが「またですか」としかめっ面を更にしかめる器用なことをする。


「オーガスタへの訪問は、多忙なお館さまのご名代。遊びではございませんぞ」


 自由奔放な振る舞いを諌めるように注進するが、レオノーラはどこ吹く風。手にした扇子で肩を叩きながら「その建前は聞き飽きたわ」とバッサリ。


「わたくしの仕事は代官の前でカーテシー。あとは適当におべんちゃらを言うこと。違うかしら?」


 要は〝侯爵令嬢〟というネームバリューが仕事をしているのだ、レオノーラはそのネームバリューを包むパッケージに過ぎない。

 むろんバットラーが答えられるわけもなく「お言葉が過ぎます」とやんわり注意すると、間髪入れずに「それに」と次の屁理屈を畳み込む。


「森の中をわたくしと同じくらいの女の子が彷徨っているのよ。このまま放置したらどうなると思う?」


 街道とはいえ奥深い森の中である。若い女がこんな処で夜を過ごせば、獣に襲われるか野党に襲われるかの二択。

 運よく難を逃れたとしても、冷え込む夜半を耐えれるだろうか?


「だから保護するのは当然のことよ」


 ノブレス・オブリージュを持ち出すと、ぐうの音も出ないのかバットラーが「……御意」と頷く。

 ここでわたくしをやり込めれないから筆頭執事になれないのよ。優秀でも有能ではないと、同行する執事をバッサリ斬ったのはここだけの話。


 それはさておき。

 メイドたちに茶席の用意を指示すると、件の少女ユウリを強引に同席させる。

 内心ニンマリとしつつ「こんな森の中でどうしたの?」と優しい言葉をかけたのである。


 茶席に拉致……もとい招待したユウリは、侯爵令嬢のレオノーラから見ても極上の美少女。

 愛らしい瞳に桜色の頬。ぷっくりとした唇は瑞々しく、ちょんと尖った顎は愛らしさが満ち満ちている。

 シンプルなポニーテールながらも、陽の光を受けた黒髪は輝くほど艶やかで、手入れの良さはその辺の貴族令嬢を凌駕している。

 肌もきめ細やかでシミひとつなく、日に焼けてボロボロな農夫の娘とは比べるまでもない。いや、これとて貴族令嬢と比しても差異がない。

 胸は……胸は……まあ、健康的だ。


 ただ口を開けば恐ろしくがさつ。

 自分のことを「オレ」と言い放ち、所作も淑女のそれからほど遠い。カップの持ちかたは乱暴だし、茶菓子を口に運ぶマナーもいただけない。

 ただ品がないか? といえばそうではなく、平民から叙勲した兵士官のような印象があり、見た目と著しいギャップを生んでいるのである。

 

 見た目の可愛らしさと中身の残念さのアンバランスに奇妙な感覚を覚えつつ「女の子がたった一人でクラガッリの大森林を抜けようとするだなんて」と正気を疑うと、ユウリが「違う!」と大きな声で全否定。


「オレは絶賛遭難中なんだ!」

「わたくしには常識外れの世間知らずか、旅を舐めている愚か者にしか見えませんけど?」


 いやいや、その両方かも知れない。クラッガリの森を少しでも知っていれば、こんな暴挙に出る命知らずはいない筈。

 ところがユウリの口から出てきたのは「気が付いたら此処にいた」という、予想の斜め上をいくようなトンデモ発言。

 馬に乗っても踏破に丸1日要すような大森林に、気付きもせずに侵入ができるとでも? 


「授業中に意識が遠くなって、気が付いたらこんな奥深い森の中。しかも学ランを着ていた筈なのに、ヒラヒラスカートな格好になるなんて、マジで訳分かんねーよ!」


 スカートの裾を引っ張り逆ギレするようにユウリが喚くが、訳が分からないのはむしろレオノーラのほう。


「何を言っているのか、意味不明ですわ。ひょっとして「ユウリ。あなた、前後の記憶がないの?」

「いや、そういう訳では……」


 口ごもるということは記憶のない証左。

 でもまたどうしてと首を傾げると、バットラーが「もしかしたら」と意見具申。


「どこかの町で攫われて、奴隷市場に運ばれるところを逃げ出したのではないかと?」

「頭でもぶつけた」


 ヒルデの黒い付け加えに「なるほど」とレオノーラは頷く。

 すかさずユウリが「なんでやねん!」と目を剝くが、記憶が怪しい小娘よりもバットラーの「あり得ますな」のほうが傾聴に値する。


「見れば器量良しの娘です。どこかの町で攫われて奴隷市場に運ばれる途中、運良く逃げ出したものの記憶が混濁しているかと」

「いや、そういう事実はないから」

「なるほど、それなら辻褄が合うわね」


 確かにそれならばユウリが言う「気が付いたら」の件と併せて、旅装もせずに森の中で彷徨っていたことも説明が付く。

 ユウリの戯言は恐らく記憶の混濁でヘンな夢でも見たのだろう。この美少女が男ならば、世の大半の美女がすべて男になってしまう。

 ただ所作ががさつな点を除いて。

 

 まあとにかく、クラッガリの大森林は馬車でも踏破に丸一日を要する交通の難所。ど真ん中のこの場所から歩いてでは、女子の足では日暮れまでに抜けるのは困難。

 レオノーラの決断は早かった。


「安心なさい。ユウリはこのわたくしが侯爵家の名に懸けて、町まで無事に届けて差し上げるわ」


 こんな面白そうな玩具……もとい娘を捨て置くなんてできるものですか。

 退屈な儀礼旅行が一変した瞬間であった。


読んでいただきありがとうございます。


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