第9話 医女志願
「朱夫人は止めて。璚英と呼んで」
「私が三姑六婆の悪党女冠でも?」
「あなたは私を家に帰す心があった。悪人じゃないわ。ね、私は父が嘆くほど世間知らずと思う?」
「やや危なっかしい。でも、私を連れ出す機転があって、官銀を使うのも上手かった。それで、私が夜のうちに銀を盗むと考えないの」
「家に金目のものはもうないわ。あの銀は護身用に夫がくれたものよ。彼のおかげで私は乗馬を学んだし、剣も少しは扱える」
淑雪が顔を洗うと、璚英は残り湯で彼女の足を洗おうとした。
「朱夫人、自分で洗うわ」
「やめて。私もあなたを淑雪と呼ぶわ」
「なぜ。私たちは出会って一日も経ってないのに」
「拒む理由があるなら聞くわ」
璚英は淑雪の履物と膝褲を取り、足を盥に入れた。
「古い金瘡があるけど、きれいな足だわ。
ねぇ、私は変かしら。纏足で揺れるように歩く姿を美しいと思えないの。
清明節に皆で東岳廟へ行ったわ、父の無事を祈願しに。そこで侍女に寄りかかって歩く婦人を見たの。往来は軟轎に乗って人目を避け、おそらく一生を家で過ごすわ、壁に囲まれた空を眺めて。それを思うと悲しくて」
「お父上の心配がよく分かる。あなたの価値観は官僚家の娘じゃないから」
璚英は小さくうなずいた。
「そのとおりよ、淑雪。
とっておきの話をするわ。父は三年前、兵部主事の呉大人に朱驥を紹介されて気に入って、私の縁談をすぐに決めた。私は結婚前に彼を物陰からでいいから確認したかった。顔も知らない婚礼は不安しかなくてね」
「それでどうなったの」
「父もどうかしてたか、夫を見せびらかしたかったのか、盤棋街の硯店で偶然を装って、私と引き合わせてくれたわ」
「要するにお父上はあなたに甘いのね」
「父の審美眼は厳しいから私は納得して結婚したわ。祝言してすぐに彼の唯一の血族だった母君が亡くなって、大興村の家を引き払って于家で同居することに。彼は職場が近くなって喜んだわ」
「彼は天涯孤独なの?」
「今はそうじゃないわ。でも、彼がもっと子供を欲しても応えられない。だから、女医になることで人の役に立ちたい。
淑雪、私は女医になりたいの。
この半年、医学書をいくつか読んだわ。『黄帝内経』『傷寒論』『金匱要略』が頭の中でこんがらがって困ってる。四診から診断する弁証法則は複雑だけど、法則だもの、筋道を見つけたら理解するわ。
ああ、正房の父の書斎が使えたら落ち着いて勉強できるのに」
璚英の涼やかな眼の奥に青い炎があった。
淑雪は驚いてしばらく声も出なかった。
璚英は彼女の足を拭きながら言った。
「私は親の心知らずではないわ。でも、一生は短い。私、十七歳になったばかりよ。女医のあなたが判断して学ぶには遅すぎる?」
「努力次第だわ。ただ、于家の皆さまはあなたの女医修行を認めているの?」
「兄と夫は知ってる。問題は母と嫂々(あによめ)よ。男みたいな伯母がいたら姪たちの縁談が難しくなるかもでしょ? さぁ、続きは明日にしましょう。私、厠に行って来るわ」




